遺伝 02
迷走感漂っておりますが、今後ともよろしくおねがいします。
朝一で王都を離れ、ボクらはクレメンテさんの案内で、一路予定していた保養地へ。
距離にして馬車で約半日といった距離ではあるが、流石は王都近隣地域だ。
多くの勇者たちによって魔物が討伐され続けているおかげで、ここまで一切遭遇する事もなく行程は順調そのもの。
時は既に夕刻、間もなく目的の町が見えてくるという。
その言葉にボクは徐々に、湧き立つ気持ちを隠しきれなくなっていく。
「それでね、それでね、お姉ちゃんがたくさん文字をおしえてくれたんだ」
揺れる馬車の上。御者台へと座るボクの横で、アルマは離れていた間の話をしてくれている。
ボクらが変装し屋敷へと潜入している間、アルマはクレメンテさんのはからいで、騎士団の一部署に預けられていたそうであった。
そこはクレメンテさんに調査を依頼した人物が管理する部署であり、そこへ在籍している女性にずっと世話になっていたのだと。
アルマの話によれば、その女性もまた同じく亜人であるそうだった。
事情は知らないが、狙われ易い存在である亜人が騎士団へと在籍しているというのは、随分と珍しいとは思う。
ただ逆に考えれば、亜人たちにとってある意味で一番安全と言える場所なのかもしれない。
「耳とシッポのかくしかたとかも教えてくれたんだよ。こうやってギューってするの」
アルマはそう言って、スカートの裾を捲り自身の尻尾を晒すと、教わった通りに円を描くように小さく丸めた。
そうやって小さくし、スカートの下へと隠すようだ。
ボクには存在しない器官であるだけに感覚はよくわからないけど、器用なものだと思う。
「そうなんだ。それじゃあもしまた会えたらお礼を言っておかないとね」
「お姉ちゃん、くだもののおかしが好きっていってた」
「なら次に会う時は、それを買ってから行こうか」
ボクの言葉にアルマは楽しそうに頷く。預かってもらっている間に、よほどその女性になついたようだ。
残念ながらボクらのような一般の人間には、尻尾の丸め方など教えようにも教えられない。
そういう意味でも、騎士団に在籍しているという亜人女性との交流は、アルマにとって良い経験になってくれたようだった。
「クルスもいっしょにいってくれる?」
「そうだね、アルマがお世話になったんだから、ボクもお礼をしておきたいし」
「なら私も行かないといけないわね、一応保護者の一人なんだし。ちゃんと"正装"してさ」
後ろの荷台で寝転がっているサクラさんが、不意にボクらの会話に入ってくる。
きっと彼女のことだ、"正装"の部分を随分と強調して言っているのは、こういった意味なのだろう。
「言っておきますが、その"正装"にメイド服は含まれませんからね」
「あら、そうなの? あんなに可愛かったのに」
「それは残念でした。でもあれなら処分したのでもうありませんよ」
今朝宿を出発する前に、宿の従業員へと厳重に布で包んだメイド服を押し付け、焼却処分するよう頼んでおいたのだ。
くれぐれも中身は見ないようにと念を押し、少々高めの口止め料も握らせたのできっと大丈夫。
アレはこれ以上世に有ってはならない物体だ。主にボクの精神状態への悪影響が懸念されるために。
サクラさんは不服だろうけれど、アレを持ち歩くなど耐えられない。
「そう。それならしょうがないわね」
いやにアッサリと諦め、再び馬車の荷台へと寝転がるサクラさん。
普段ならばここで多少の罵声めいたイジリが飛んできそうなものだが、随分と大人しく引き下がった。
珍しいこともあるものだと思う。ただそれと同時に、なにやら不穏な気配を感じてしまう。
「お、あれがそうかな?」
ともあれ気を取り直し道の先へと視線を向けると、彼方にはうっすらと町の影らしきものが見え始めていた。
ボクの言葉に反応し、身を乗り出すサクラさんとアルマ。
よほど楽しみにしていたのだろうと思いはするが、今ではボクもその気持ちが多少なりとも理解できる。
ボク自身も浮足立つ気持ちが抑えられず、早く早くと思い無意識に手綱を握る手へと力が入ってしまっていた。
そうしてほとんど太陽が沈んだ頃に到着したその町は、これまでボクが見てきたどの町とも異なる空気を漂わせていた。
まず建物の多くが、これまで見た事もない建築様式だったためだ。
「なんですか……、この町」
少しだけ狼狽え、挙動不審とも言われかねないくらい左右を見渡し、誰にともなく問う。
町の大通りへと立ち並ぶ、宿と思わしき建物群。
一風変わった赤く丸いランプによって照らされる、それら建物の全てが木造だ。
柱と板で造られた家々の屋根には、魚の鱗を彷彿とさせるような、暗灰色の陶器が敷き詰められている。
その町並みに対し、最も反応を示したのはサクラさんであった。
「なんだか、大昔の宿場町みたい……」
「見た事あるんですか?」
「見た事があるっていうか、これは私たちの国でする建て方ね」
つまりはサクラさんやゲンゾーさんたち勇者の故郷である、"ニホン"と呼ばれる異世界の国における建築様式であるようだ。
どうしてここにその光景が広がっているのだろうと思うと、後ろを歩くゲンゾーさんは「当たり前だ」と告げた。
「ここを整備したのは俺らと同じ日本人だからよ。向こうの町並みが再現されてるのも当然っちゃ当然だな」
「ということはその人も勇者だったんですか?」
「かなり昔の話らしいがそうなるな。なんとかノ助だか、なんとか衛門だかっていう男が居たらしい」
ナントカではサッパリ名前が定かにはならないが、つまりはそういう事のようだ。
かなりの昔に。おそらくはこの世界へ魔物が出現を始め、各国が勇者を呼び出し始めた頃。
ゲンゾーさんの大雑把な説明によると、当時召喚した勇者の一人が、多大な功績を上げたのだという。
その報酬としてこの地を譲り受け、私財を投入して温泉宿を造ったのが、この町の興りであるとのことだった。
なるほど名誉と資産を得たその人物が次に欲したのは、故郷の風景そのものだったのだろう。
もちろん商売としての側面もあるのだとは思うけれど。
「ある程度小金の溜まった勇者連中は、時々ここに来ちゃ遊んでくのさ。一見こっちの世界に順応してるように見えても、内心は故郷が恋しいもんだ」
歩きながらするゲンゾーさんの声には、どこか寂しげなものを感じさせる。
彼のする説明を聞き、ボクは後ろを歩くクレメンテさんへコッソリと問う。
「もしかして、サクラさんをここに連れてこようとしたのも?」
「そうですね、そういった意図はありました。言い出したのは私ではなくゲンゾーですが」
ボクの前をサクラさんと並んで歩き、町に関するうろ覚えと思われる説明をしているゲンゾーさんの背中を見る。
ボクには、彼ら勇者たちの心の内を知りようもない。
きっと彼らのように無理やりこの世界へと呼び出された者には、そういった同類にしか理解できない思考や苦悩が存在するに違いないから。
サクラさんは向こうに家族を残していないと言っていた。
それでも未練の一切が無いとは言えないようで、酔った時などは時折あれが欲しいこれが欲しいと、向こうの世界を懐かしむ姿を見せている。
きっとゲンゾーさんにしても、それは同じなのだろう。
「……すみません、感謝します」
「彼には後で伝えておきますよ。人前で感謝されたり褒められるのが、あまり得意ではないので」
難儀な性格だ。勇者などしていれば、そういった機会は多くあるだろうに。
だがむしろゲンゾーさんのそういった気質は、好意的にすら思える。
豪快で嫌味の無い性格であるが故に、そこもまた多くの人から魅力的に見られる点なのだろう。
今ならば、遠くまで弟子入りを志願し追いかけてきた勇者たちの気持ちがわかる気がする。
「なんだお前ら、早く来んか。もう日は暮れておるんだぞ」
考え事をするうちに、いつの間にやら距離が開いてしまっていたようだ。
先を歩くゲンゾーさんの声にハッとする。
その彼とサクラさんの表情は、大通りへ灯る小さな赤い街灯だけでは照らしきれておらず窺えない。
「す、すみません。ちょっと呆としてしまって」
「町を眺めるのもいいが、あんまり遅くなると夕飯を食いっぱぐれるぞ」
カラカラと陽気な笑いを上げて言うゲンゾーさんの声と、ポンと軽く背中を叩くクレメンテさんに促されて先を急ぐ。
折角のご招待だ。本来の目的はサクラさんへの慰労なのだろうけれど、ボクも便乗して楽しませてもらうとしよう。
ただここでの滞在によって、サクラさんが里心ついて帰りたいと言い出しはしないか。
それだけが心配になってしまい、願わくばそうならないよう祈るばかりであった。