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内に隠して 12

┌(┌^o^)┐注意


 サクラさんが報告に出て行った後。ボクは地下から上がってすぐの場所に在る物置から、適当なロープを拝借してきた。

 それで気絶した状態の貴族を縛り上げ、地下室の隅に転がしておく。

 助平オヤジとはいえ曲がりなりにも貴族、この扱いはどうなのだろうと思いはするが、これも自業自得と受け止めてもらおう。


 そこからしばらく、ボクとリカルドは座り込んだまま言葉すら交わしていない。

 どれだけの時間が経過したのかは知らないが、少々気まずい空気であるのは確か。

 しかしボクは今このタイミングでしなければならない事がある。

 サクラさんが戻ってくる時までに済ませなければならないこと……。それはリカルドとの別れの挨拶だ。



「ごめんリカルド、巻き込んでしまって。結果的にこの屋敷へ居られなくしてしまった」


「……いや、ミリスは悪くないよ。どの道いずれはこういう事になってたんだろうから」



 少し時間を置いて気を持ち直したリカルドは、ボクの謝罪に対してこれといって責める様子もない。


 クレメンテさんに報告に行くと告げたサクラさんは、すれ違いざまに軽くボクの肩へと触れた。

 それはきっと、こういう意味だったのだろう。

 今のうちにリカルドとの関わりを、後腐れ無いよう解消しておきなさいと。


 関係も何もあったものではないのだが、ただ何も言わず彼の前から姿を消してはリカルドが不憫だ。

 それにボク自身も鬱屈したものを抱えたままとなるだろう。

 これは彼女なりの気遣いであるようだった。



「それで……、これのことなんだけれど」


「まぁ、だいたいわかってた」



 とボクが切り出しリカルドへと差し出したのは、彼から預かっていた例の指輪。

 当然のことながら、ボクは彼の気持ちに応えてあげる事など出来はしない。

 例えボクが本当に女性であったとしても、これは返す破目になっていたはずだ。

 ただ言葉にして断りを告げる前に、彼はそれを理解していたらしい。



「俺の我儘で余計な気遣いをさせてしまったね。すまなかった」



 まぁ確かにそうなのだろう。かなりボクの精神を酷く掻き乱してくれたのは否定しない。

 とはいえ、リカルドもまた一世一代の勝負に出た結果としての行動だ。あまり責める気にもなれない。

 もしボクが今の彼と同じ行動をする日が来たらと考えると、なかなかに勇気があると思えてならなかった。



「これが終わったら、わたしたちは王都を離れる」


「そうか……。寂しくなる」


「リカルドや他の使用人たちには罪はないし、出来るだけ何とかしてもらえるように掛け合ってみるから」



 こういった横領の類が、どれだけの罪として裁かれるのかをボクは知らない。

 しかしこうやって完全な証拠を押さえた状態では、早々言い逃れも叶わないだろう。

 地位の剥奪といった結果になるかはわからないが、この男にも相応の処罰は下るはず。


 ただもし万が一貴族がその地位を追われず、他の使用人たちが続けてここに居続けられたとしても、リカルドに関してはそうもいかない。

 どういった結果にせよ、雇用主である貴族の男を裏切った形になるのだから。


 なのでクレメンテさんに相談してからになるけれど、せめて彼だけは何とかしてあげなければ。

 それが延々騙し続けてきたボクにとっての、義務であるように思えてならない。



「一応、期待させてもらうよ」



 と言って、リカルドは小さなランプで照らされた暗い室内で微笑む。

 ただ言葉とは裏腹に、あまりそういった事を期待しているようには見えない。

 信用されていないというよりは、自分自身の行動に対して後悔をしていない結果であるように感じるのは、ボクの都合の良い解釈なのだろうか。



「そうだ、俺の側から言うのも何だけど、贖罪代わりに一つだけお願いがある。聞いてもらっていいかな?」


「……ええ、わたしに出来る事なら何でも」



 ここまで彼の生活を滅茶苦茶にしてしまったのだ。頼みの一つや二つ聞いたところで罰は当たるまい。

 リカルドの言う通り贖罪の意味も兼ねて、ボクは一つだけと言う願いを聞くことにしたのだが……。



「君の本当の名前を教えて欲しい」


「…………ごめんなさい」



 一瞬だけ迷いはしたが、教えてしまう訳にもいくまい。

 ボクらはこれが終われば、当分王都に来ることは無い。そして彼はボクとは異なり、この街に残り続けるのだろう。

 とはいえどんな理由で再び顔を合わせるとも限らない。

 その時に他人の空似をするにしても、本当の名前を知られているというのは都合が悪いものだ。



「それは残念だ。でもしょうがないか、どうしても話せない事だってある」


「そ、その代り他の事だったら何でも!」


「本当に? それじゃあ思い切ってこれを」



 流石に何もしないというのは気が引け、つい安請け合いが口をつく。

 しかしその発言をボクはすぐさま後悔することになる。

 なぜならリカルドは、指を一本立ててボクの顔へ向け、触れるか触れないかといった距離で口元を指したのだから。


 リカルドが言わんとしていることなど、言うまでもなかった。

 これまで紳士的であった彼にしては、随分と激しい要求にボクは心臓が跳ねる。

 最初の願いを断ってしまった手前、二度は断り辛い。それはわかっているだろうに。


 最初の頃リカルドに大して感じていた、純朴な青年という印象はここ数日でどこかへ逝ってしまった。

 街中へと買い物に行って以降の彼は、常に強い積極性を見せてきている。こちらが本性であると言わんばかりに。



「流石に口になんて言わないよ、頬でも額でも」


「……そ、それなら」



 いっそ男であるとバラしてしまおうかと思うもそれは可哀想に思え、約束を断言した手前ここで逃げるという選択もできない。

 そこで意を決したボクは、リカルドの頬へと向けて顔を近づけた。

 正直、こういう行為をする初めての相手はあの人でありたかったのだが、こればかりは致し方ない。

 口同士ではないのでたぶん……、そういった点では無効なはずだ。


 リカルドの頬へと、ゆっくり近づいていく。

 ただ掠る程度に触れようとした時、不意にバタバタと人の足音が聞こえてくる。

 それに驚いたボクは、勢いよくリカルドから離れると、機を窺っていたかのように小部屋へ人が流れ込んできた。



「ご苦労だった、上手くやってくれたようだな」



 きっとサクラさんがクレメンテさんに報告し、そのまま証拠を押さえに人を引き連れてきたのだろう。

 小部屋へと入ってきたのは、騎士団の制服を着た数人の男たち。

 その中で先頭を切っている口元に髭を生やした男は、室内を一瞥するとボクへ平坦な声で告げる。


 危なかった、もう少しでとんでもない場面を目撃されるところだった。

 ボクは安堵から密かに息を漏らすのだけれど、リカルドを見れば彼は少しだけ残念そうに苦笑していた。



「これが例の証拠か。よし、全て運び出せ。それとそこの男はこちらで引き受けるとしよう」



 ずかずかと入ってきた数人の男たちは、その指示に従い置かれた裸婦画を一枚ずつ布でくるみ、次々と運び出していく。

 気絶し縛り上げた貴族もまた、随分とぞんざいな扱われ方ではあるが、担がれて連れて行かれてしまった。


 ただよくよく見れば、先頭を切って入り指示を出している男はクレメンテさんだ。

 偽髭を着けているのか、それとも会わないうちに生やしたのか。

 口元に髭があるのに加え、演技のためか口調が違うせいで気付かなかった。



「貴方が協力して下さったという方ですね? 少々状況をお聞きしたいので、我々について来て頂けますでしょうか?」


「は、はい」



 若干の変装をしたクレメンテさんに促されるも、リカルドはどうすれば良いのだろうとばかりにボクへと視線を向ける。

 その彼に向け小さく頷くと、それに安心したのかリカルドは部屋から出て行くクレメンテさんの後ろを、大人しくついていった。


 部屋から出る直前に、リカルドは小さく後ろを振り返る。

 おそらくこれが彼との別れになるのだろう。

 ボクは極力笑み小さく手を振ると、リカルドもまた同じように返し、楽しかったと一言告げ出て行った。



 その背中が見えなくなると、気疲れしたのだろうか、全身が疲労感に襲われる。

 服が汚れるのも構わず、小部屋の壁へと寄りかかり脱力し床へと腰を落とした。



「"クルス君"、おつかれさま」



 壁に寄りかかり深く息を吐いていると、地下室の入口から声が響く。

 そこにはサクラさんが立っていたのだが、彼女はいつの間にか回収していたのだろう、部屋に置いてあった荷物を持っていた。


 ここで本当の名を口にしたということは、ボクらの任務はこれで終了という合図に違いない。

 サクラさんは荷物を放って寄こすと、早く帰ろうとばかりに背を向ける。

 さっさと元の生活に戻りたい。ひいてはこの先に行くであろう保養地で、早く英気を養いたいという意味を込めて。



「あの、サクラさん!」



 だが地下室から出て行こうとする背中へと、ボクは少しばかり大きな声で呼び止める。

 まだ何かあるのかとばかりに、振り返り首を傾げるサクラさん。

 その彼女に向け、ボクは労いの意味を兼ね、自らの想いを言葉として伝えることにした。

 リカルドとの接触に対して、イラ立ちを感じていたであろう彼女に対する想いを。



「ボクは今までも、これからもサクラさんだけの相棒です。……ボクは貴女のもと以外、どこにも行かないですから!」



 発した言葉に彼女はキョトンとした様子を見せ、呆れた様子を浮かべる。

 そして「何言ってんのよ急に」と返し、再び地下室から出るため歩を進めた。


 調子に乗り過ぎたであろうかと思いながら、慌てて後ろを追いかける。

 だが不意に前を歩くサクラさんは歩を止めると、聞こえるかどうかといった程度の小さな言葉を漏らした。



「生意気」



 とても小さな声。

 だが人の居なくなった狭い空間故にだろうか。その小さな言葉はとてもハッキリと、ボクの耳には澄んで聴こえたのだ。



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