内に隠して 11
リカルドに案内されての、2度目の探索。
その夜、ボクらは想像していたより遥かにアッサリと、目的の品である不正の証拠を発見するに至っていた。
「これが……、そうなんですよね、きっと」
屋敷で働く使用人たちが、食事や仕事の合間に使う休憩室。
置かれた食器棚横の壁を、暗がりの中入念に調べた結果発見した小さな窪み。
そこに手を掛けると、いとも簡単に壁は動き通路が姿を現した。
恐る恐るランプの小さな明りを頼りに奥の地下へと進むと、ほどなく見えてきたのは小さな部屋。
ボクらが屋敷で使っている、二人部屋と同じ程度の広さの場所へ置かれていたのは、十数点にも及ぶ絵画であった。
美術品である可能性が高いとは聞いていたけれど、全てを絵として保有しているとは思ってはいなかった。
「そうね。でもこれはちょっと……、どう反応したものやら」
小さなランプの明りで照らされた絵画は、その全てが人物を描いた物だ。
しかしただそれだけならば、暗闇の中で見るのは気味が悪いと感じるだけで済んだはず。
当然ボクの横に立つサクラさんも、バツが悪そうに佇んだりはしないはずだ。
彼女がこのような反応を示すのは、絵の全てにとある共通点が存在したため。
「俺もこれを見るのは初めてですが、なんで全部が裸婦画なんでしょう?」
若干の困惑が見え隠れするリカルドが、ボクらの考えを見事に代弁してくれた。
そう、ここに隠されていた絵画。十数点に上るその全て、人物の裸体を描いた品であったのだ。
それも至って普通な、横になった状態や立った姿を描いたものではない。
見る者を扇情せんばかりな、身体の線や肉体の一部を誇張する姿勢となったものばかり。
つまりは男性が鑑賞することを主目的とし描かれた品なのだろう。
「私はあの貴族を、ただの助平オヤジだと思ってたけれど訂正するわ。あれはドが付く助平ね」
サクラさんは"ド"の部分を随分と強調し断言する。
その意見には賛成だ。不愉快なことに、ボクもその被害に遭いかけただけに反論の余地はない。
「エロ本を隠す中学生じゃあるまいし、こんな手の込んだ場所に隠して」
彼女の言う言葉の意味はよくわからない。
ただ言葉から発される空気を察するに、あちらの世界でもこういった性的な品を隠すのに、男性陣は苦悩しているようだった。
ボクはそういった品を保有していないので定かではないが、世の女性たちがそれらの品を発見する術に長けているという話しは聞く。
騎士団の宿舎に居た頃、同期の女性陣が男子部屋に乗り込んでそれらを没収するという光景は、何度か目撃したものだ。
「裸婦画を専門に扱う画商というのは聞いたことがあります。かなりの値がつくそうなので、そう言った理由なのかも」
「だとしても恥ずかしくならないのかしら……」
「まぁ、確かにあまり人に吹聴できる資産ではないですが」
そう言いながらボクは一枚ずつ、頭に修めた貴族が公に保有している品のリストと照合を進めていく。
もっともその中には裸婦画の存在は記載されていなかったので、照らし合わせるのは容易ではあった。
一枚ずつ確認していくと、中に一点だけ少年の裸体を描いた作品が紛れ込んでいた。
……これにはあえて触れずにおくべきなのだろうか。
「き、貴様ら! なにをしているか!」
全ての確認を終え、証拠品も押さえそろそろ撤収しようかと考えていた頃。
突如として背後から聞こえてきた甲高い声に、ハッとさせられる。
こんな場所へと夜中に入り込むなど、証拠を探していたボクら以外には一人しか考えられない。
隠した美術品の様子を見に来たであろう貴族の男は、わなわなとその肩を震わせ、怒りとも動揺とも見える眼つきでこちらを睨んでいた。
「ご、ご主人様! ……これは」
「黙れ! さては貴様ら、わしの宝を奪うつもりだな!」
リカルドの否定しようとする言葉を押しのけるように、罵声を浴びせる。
わしの宝とはよく言ったもの。横領によって得た品であるはずなのに、よくぞそこまで開き直れたものだ。
その図々しさにはある意味では感心してしまう。
この中で貴族の次に動揺しているのはリカルドだろうか。
ボクらは例えバレたところで、いざとなれば実力行使をしてでも逃げ出すという手段が使える。
おまけに実際には存在しないはずの人間であるため、追及が及ぶこともない。
しかしリカルドにとってはそうもいかない。
ボクへの好意から協力をしてくれる彼は、この貴族が万が一御咎めなしだった場合、この屋敷から追われることになる。
一気に不安が押し寄せ、慌ててしまうのも無理からぬことだった。
「許さんぞ。今すぐにでも衛兵を呼んで、お前らなど牢にぶち込んでやるわ!」
貴族の男はボクらを一瞥し、震える声で恫喝を行う。
しかし男はその場から一歩として動く様子はなく、額に汗しボクらを睨みつけるばかり。
それも当然か。実際に衛兵を呼ぶなどということは不可能なのだから。
そもそも貴族が宝であると言っているこの品、本来ならばここに存在すらしてはならない代物。
当然のように衛兵を呼ぶという手は使えない。それを一番理解しているのは、当の貴族本人だろう。
男はチラリと、隅に置かれた一枚の絵へと視線を向ける。
それは例の少年の裸体を描いた品だったのだが、まさかとは思うが彼の本命はあれなのだろうか。
「ええい、わしの物から離れんか! 汚い手で触るな!」
威勢よく罵声を浴びせてくるが、男自身もよくわかっているはずだ。今の時点で打てる手は少ないのだと。
取れる手段の一つとしては、大人しく捕まって裁きを待つことか。
あるいは一応護身用に持っているのであろう、その腰に差した小さなナイフでボクらを始末するという手段。
だが普段から何の訓練も受けてはいないであろう貴族では、サクラさんはもちろんのこと、ボクでさえ傷を負わすのは叶わない。
貴族の男にとって最も損が少ない選択は、前者の大人しく降参するという手になるはず。
しかし残念なことに、貴族の男は無謀にも前者を選択しようとしているようだった。
震える手でナイフの柄を握り締めて抜き放つと、その刃先を激しく揺らしながら向けている。
「ご主人様、お止め下さい! 今ならばまだ御咎めなしにできるやもしれません」
「黙れリカルド! これまでわしから受けた恩を仇で返しおって!」
いったいリカルドにどんな恩を与えたつもりでいるのかは定かでない。
ただ怒り心頭となった貴族は、激情の赴くままにその刃を降り回し突進を仕掛けた。
「リカルドっ!」
その瞬間、ナイフの向かう先へ居るリカルドの名を叫ぶ。
貴族の男が構える動作があまりにも粗末であったがために、つい油断してしまっていた。
確かにそれは、ボクのような到底武闘派とも言えない騎士団員にさえ軽々躱せそうな攻撃ではある。
だが争いごとに関してズブの素人であるリカルドには、それすら戦慄する状況であったようだ。
咄嗟の出来事に目を閉じ、身を縮ませることしか出来ない。
ボクはその間に反応し、貴族とリカルドの間へと入ろうと床を蹴も悟る。到底間に合いはしないと思いつつも。
だがそれでも必死に食らい付こうとした瞬間、貴族の男が握るナイフが、リカルドとは別の方向へ弾かれるのが見えた。
甲高い金属同士の打ち合う音と共に。
「……あ?」
突然な状況が理解できぬ様子の貴族は、マヌケな声を吐き短剣の失われた手元を見やる。
状況が理解できぬのはボクとて同じ。いったい何がどうやって、その短剣があらぬ方向へ飛んで行ったのか。
しかしそれを考えるのは後回し。両者の間に割って入ったボクは、全力で拳を顔面へと繰り出した。
「へ……? え、あがっ!」
最近身に付き始めた女性としての仕草など、完全に忘却の彼方。
強く握った拳へと体重を乗せ、サクラさんが言うところの"ド"助平オヤジのマヌケ面へと叩き込んでやる。
小柄なボクが放った拳ではあっても、思いのほか勢いはあったようだ。
顔面から僅かな血を吹き出し、男は後ろへと倒れそのまま気絶してしまった。
ただ殴り方が悪かったようで、かなり手首が痛い。
「ミ……、ミリス?」
いつの間に目を開いていたのだろう。
リカルドは尻餅をつき、唖然とした様子でボクへと視線を向け、名を呼んだ口を開いたままにしている。
それもそうか。彼が今まで目にしてきたボクの姿といえば、街中の酒場で酔っ払いに絡まれ怯えていたり、貴族に襲われかけていたか弱い女性。
いきなり目の前で大の男を殴り倒すなどという行動は、彼の頭にあるボクの姿とはかけ離れていたに違いない。
「リカルド、怪我は?」
「いや……、俺は大丈夫だけれど、君は」
「大丈夫、なんともないよ。ちょっと手首が痛いけど」
と言って浅く笑う。
リカルドは小さく「良かった」と呟き、呆然と床へと座り込んだまま、気絶した貴族を眺めている。
彼の動揺が収まるまで、少しだけ時間が必要だろう。
それにしても、どうして貴族の手にした短剣が失われたのか。
と考えていたがある考えが頭を過り、リカルドの背後に立つサクラさんへと視線を向ける。
ボクの視線を受けた彼女は小さく舌を出し、その手に持ったナイフを一瞬だけ見せた。
おそらくは隠し持っていたナイフの一本を、この暗がりの中で投げ、貴族の短剣を弾き飛ばしたようだ。
凄まじい技量であるとは思うが、彼女の保有するスキルを考えれば案外造作もないのかもしれない。
最近ボクも忘れがちではあるのだが、彼女の移動する物体を誘導するというスキルは、なにも普段使っている矢に対してのみ作用する訳ではない。
手から離れてた状態で動いているのであれば、ナイフだろうと木の棒だろうと有効なのだから。
「さて、……これからどうしますか?」
「どうもこうも、もう隠れて行動するのも無意味ね。証拠も見つかったし、人に刃物を向けて襲い掛かったのも無視できない。ちょっと今から上に報告してくるわ」
そう返すサクラさんは、貴族が逃げないよう縛っておいてと言い残し、小走りで部屋を出て行ってしまった。
上というのは、まずクレメンテさんのことを指しているはず。
その彼に報告に行くということは、ボクらの役割はこれで終了となるようだ。
終わってみれば案外アッサリとしたものだ。
リカルドに相談して以降、これまでの労が何であったのかと言わんばかりに一気に進んでしまった。
ボクは未だ呆然とした状態のリカルドと気絶した貴族を眺め、小さなため息と共に適当な縄を探しに地下室から出るのだった。
要約
貴族のスケベオヤジは横領した金で二次元エロ本(絵画)を買っていた
だが実はその女体が描かれたエロ本さえもカモフラージュ
本当のお宝は一枚だけ紛れ込んだショタ本だったのだ