内に隠して 10
「俺の知る限りだと、敷地内でそれらしい物がありそうなのは2か所」
昨夜ボクがリカルドと落ち合ったのと同じ時刻、同じ場所。
ボクとサクラさんは昼間にリカルドと接触し、再びこの場で落ちあう約束をしていた。
各々の手には、小さなランプが握られている。
ただ出来るだけ目立たぬように、点火しているのはその内一つだけ。
それさえも余計な光が漏れ気付かれぬよう、布を被せられていた。
「一つは裏庭の塀側に在る古い地下通路。これは大昔に王城と繋がる脱出路として造られたそうですが、今は老朽化しているため使用されていません。ただ入り込むことそのものは容易ですね」
「もう一つは?」
「使用人用の休憩室に置いてある、食器棚横の壁が可動するようになっています。そちらも脱出路として造られた物らしいですが、本来は裏庭の方が正規の物だと聞いています」
サクラさんの投げかける質問に、リカルドは澱みなく答えていく。
昨夜か昼間の内に、そういった物が在りそうな場所を思い出していたのだろうか。
木の枝で地面に簡略化した地図を描いていくリカルドの手元を覗き込むと、少しだけ彼と視線がぶつかった。
これといった意図の込められた目ではなかったのだが、緊張から心臓が跳ね上がる。
すぐにリカルドは視線を手元へと戻したので、ボクはなんとか動揺を表に出さずには済んだが。
「早速見てみますか? 休憩室はまだ人が居るかもしれませんが、今なら裏庭の方は大丈夫なはず」
「そうね……。早い方がいいでしょうし、今夜のうちに片方だけでも。ミリスもそれでいい?」
急にサクラさんから話しを振られたボクは、狼狽えすぐに返事を返せない。
返す言葉に悩んでいるうちに、ボクのハッキリしない様子に呆れたのであろうか、彼女は答えを待つこともなくリカルドへと了承の意を伝えた。
「とりあえず行きましょう。運が良ければ今日だけで物が見つかるかも知れないし」
しっかりしろと言わんばかりに、サクラさんはボクへと行動を促す。
リカルドからの押し付けられた例のアレが、ボクはずっと気になって仕方がなかった。
だが今何よりも、自身の役割をこなさなければならない。
気を持ち直し、先導するリカルドの後ろを突いていく。
すると裏庭の奥、植えられた木々と敷地を囲う塀の間に、数個の樽が置かれているのに気が付いた。
その樽に手を添えるリカルドは、この下に地下道へと繋がる穴が開いているのだと言う。
「俺の見る限り、しばらくこれを動かした形跡はなさそうですけど……。一応見てみますか?」
「お願い。最後に品を隠したのがいつ頃なのかは定かではないし」
サクラさんのその言葉に頷くと、リカルドは置かれた樽と、その下に敷かれた板を動かし始めた。
どうやら樽そのものの中には何も入っていないようで、軽々と隅に移動させている。
樽と板を動かし現れたのは、ボクの身長半分くらいといった広さの縦穴。
ランプに掛けられた布を捲り、その中へと光を向けると、中には大人一人が立って歩ける程度といった高さの通路が伸びていた。
「俺も入ったことがありますが、中は一本道なので迷うことはありません。ですが灯りが消えては困るので、もう一つは点けておきましょうか」
と言って、リカルドは自身の持っているランプの火種を、ボクが手にしたランプへと写す。
その時に僅かに優しく微笑まれ、ボクはどう反応してよいものか悩み、引きつった笑いを浮かべる事しかできなかった。
その明りの灯ったランプを手に、地下の通路へと足を踏み入れた。
何処かから通っているのだろう、風の音と共に夏のものとは思えぬほど、ヒンヤリとした空気が頬を撫でる。
「随分と涼しいわね。いっそ夏場はここで寝たいくらい」
「そうですね、俺も毎年そんな欲求に負けそうにはなります」
冗談を交えながら、狭い通路の中を一列になってゆっくりと進む。
先頭を進むのはサクラさん、次いでボク、そしてリカルドという順に。
非常時などに、王城から脱出するために造られた通路であるというここのような存在は、半ば公然と言えるものであるように思う。
どうしてもいざという時には必要となるものだろうし、むしろ王都のような国の中枢では無い方が不自然。
当然密かに脱出する為に存在するので、その存在は実しやかに囁かれながらも、一般の目に触れる機会はない。
魔物の出現により人同士の戦乱が終わった現在では、その役目もほぼ無くなり、老朽化によって打ち捨てられているようではあるけれど。
そんな事を考えていたせいか、ボクは再び呆としていたのかもしれない。
老朽化によって崩れ落ちた煉瓦の欠片に、足を取られ体勢を崩してしまった。
手にしたランプを落としては困ると、瞬時に体勢を立て直そうとする。
しかし暗く狭い通路の中では、思うように身体が動かせない。
結果、ボクは背後を歩くリカルドによって、身体を支えられるという状態になってしまう。
「大丈夫かい?」
「あ、うん……。ごめんなさい」
「気を付けて、ミリスが怪我をすると俺も辛い」
ボクの身体を支え、何故か手を握るリカルドはジッとボクの目を見つめてくる。
やたら熱っぽいその視線は、この状況下にあっても昨夜の返事を求めているかのようだ。
返事は全てが終わった後でいいと言っていたはずなのに。
どう切り抜けたものかと困っていると、強い視線を感じハッと正面を向く。
その先には当然のことながら、足を止めこちらを向いているサクラさんの姿。
またからかわれるのであろうかと一瞬だけ思いはするが、どうにも様子が普段と異なる。
彼女は若干困ったような、何かを言いたそうな視線を向けていた。
ボクのあんまりな体たらくに、遂に呆れ果ててしまったのだろうかと肝が冷え、すかさず体勢を立て直して元気よく声を発する。
「い、行きましょうか! 時間もあまり無いことですし」
「……そうね」
ボクの発した声に、嘆息するサクラさん。
彼女は再び前の方を向くと、無言になって先へと進んでいく。
最近妙に助けてもらう場面が多いせいで、気が抜け過ぎてしまったやもしれない。
リカルドから向けられる、焼かれるような好意に動揺しているというのはある。
でもこのままではいけない。サクラさんを失望させてしまっては、ボクはこの先どうしていいかわからないのだから。
ボクは心の中で自身の頬を叩き、僅かに気合を入れ直して更に奥へと進むべく歩を進めた。
その後、地下通路を奥まで進んだボクたちであったのだが、結局目の前に現れた壁に阻まれ、戻るのを余儀なくされた。
どうやら位置的には、もう一つの場所であるという使用人の控室近辺。
かつてリカルドが入ってみた時には無かったという壁の存在に、そちらこそ本命であろうかという期待が高まる。
しかしこの時点で既に深夜。
今から動いて変に怪しまれてもいけないので、今日のところは諦めてお開きとなった。
そうしてボクとサクラさんは自室へと戻ってきたのだが……、正直室内の空気が重い。
というのも先程から、どうにもサクラさんの様子がおかしいため。
地下通路を引き返す最中や、リカルドと別れ部屋へと帰る時にも妙に口数が少なかったし、どこか不機嫌そうにも見える。
「あの、サクラさん」
「ん?」
「ボク、やっぱり情けなかったですよね……?」
最もありそうな可能性としては、ボクが度々呆としていたり情けない様を見せてしまっていることか。
しかし普段の彼女であれば、それを諌めたりからかいの種にしたりといった事はあるが、こう不機嫌な様子を見せるという場合は少ない。
何かほかに理由でもあるのではないかと思えてならず、自力で突き止めることが難しいため単刀直入に聞いてみることにした。
「別にそんなことはないわよ。それに今日は見つからなかったけれど、怪しそうな場所の目途もついたし上々の成果じゃないの?」
そのどこか淡々と告げる言葉には、妙な棘を感じてしまう。
攻撃的、投げやり。そして不貞腐れという言葉が頭をよぎる。
「その……、サクラさんが何かボクに言いたそうに見えてしまったので」
「あえて言いたいことがあるとすれば、クルス君がリカルドに翻弄され過ぎているって点かな。私が言い出した事だけれど」
ただ本当にそれだけなのだろうか。
なんとなくではあるのだが、彼女からはそれとは異なる、どこか強い感情的なものを感じずにはいられない。
ボクはそれがどうしても知りたくなり、意を決して尋ねてみる。
「何かあれば言って下さい。ボクは出来るだけサクラさんの気持ちを汲みたいとは思いますが、言葉にしてもらわないと知れない事も多いんです」
少し、小生意気とも取れる発言だったかもしれない。
それでも彼女がボクへと感じている感情の正体を知らないことには、ボク自身どうしようもない。
ここは少し波風立ててでも、言葉にして伝えてもらいたいと思ったのだ。
「……わかったわよ。それじゃあもう一言だけ」
観念したと言わんばかりに、サクラさんはベッドから身体を起こしてその縁に腰かけ、ボクの目をジッと見つめる。
いったいどんな強い言葉が飛び出て来るのだろうか。
動悸を早くし緊張していたボクであったのだが、放たれた言葉は想像の範疇を超えたモノであった。
「私はね、折角得た相棒を易々と他の男に渡してやる気はないから」
「え?」
「それだけ。おやすみなさい」
これは罵声や不満といった類のモノではない。どちらかと言えば、決意表明に近いか。
そう言い切り再びベッドへと横になって背を向けるサクラさんの姿は、どこか恥ずかしさを纏っているように感じる。
まさかとは思うけれど、これは……。
「あの、サクラさん。まさかリカルドに嫉妬してくれて――」
「そんなわけないでしょう。寝言は寝てから言いなさい」
「す、すみません」
ボクが言い終わらないうちから、否定の言葉が射掛けられる。
ただサクラさんは否定をしたけれど、これは嫉妬心と呼ばれるものではないのだろうか。
半ば演技であるとはいえ、これまでずっと共に行動してきたボクが、リカルドと仲睦まじくしている様子に対する。
などと考えてしまうのは、ボクの妄想が暴走してしまっている結果であるのかもしれないが。
「それじゃ、今度こそおやすみなさい」
それを問おうにも、サクラさんは一日の最後を締めくくる言葉を発する。
僕はベッドで背を向ける彼女へと、それ以上の言葉を求めることはできなかった。




