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内に隠して 09


「ゴメンね、こんな時間にわざわざ来てもらって」


「大丈夫だよ。それよりもこんな暗がりを明りも無しに来て、大丈夫だったかい?」



 夕食を終え、就寝まで各自の自由時間となった頃。ボクは約束した通りに裏庭に在る用具小屋の裏へと来ていた。

 リカルドが指定した場所なのだが、ここならば昼間であってもリカルドくらいしか来る者は居ない。夜間であれば尚更だろう。


 とはいえ絶対に見つからないという確証もなかったため、人目に付かぬよう明りの類は手にしていない。

 人に見られたくないというのはリカルドも同じであったようで、彼もその手には蝋燭やランプの類を手にしている様子はなかった。

 見られたくない理由は、ボクとは大きく違うようだけれど。



「少しだけ袖を枝に引っ掛けた。リカルドは平気?」


「俺は大丈夫だよ。時々大雨の日とか、夜中に植木の様子とか見て周ってるし。暗がりには慣れてるから」



 仕事と割り切ってしまえばいいのだろうが、なかなかに踏ん切りがつかない。

 これ以上嘘を塗り重ねることへの罪悪感か、それともボクの言葉を待っているであろうリカルドへの申し訳なさか。


 とはいえ頃合いを見計らって姿を現せるように、影でコッソリとサクラさんも今の状況を見守ってくれている。

 既にここで逃げ出すという選択肢は選べそうもない。



「ねえリカルド、実は貴方に言わなければならない事があるの」



 暗闇の中でもよくわかる。表情こそハッキリとはしないけれど、リカルドが期待に胸ふくらませているであろうことが。

 非常に心苦しいところではある。しかし彼の期待には応えられないし、その純情を踏み砕かせてもらわねば、ボクらの任務は達せられない。



「ごめんなさい、わたしは貴方に謝らないといけない。今までずっと騙していたから」


「えっと、それはどういう……」


「本当はとある目的のために、わたしはこの屋敷に潜り込んだ。そして貴方を利用するために近付いた」



 急な告白に、それもリカルドが想像してはいなかったであろう展開に、暗がりの中であっても、狼狽える様子が見えるかのようだった。

 その様子を確認し、畳みかけるように考えておいた設定を捲し立てていく。



 ボクとサクラさんが次に偽装する身分、それは"騎士団員"だ。

 王国騎士団内の一部署として現実に存在する、違法な行為を取り締まるための部署。そこの人間に成りすます。

 とはいうものの、勇者と召喚士というのは一応騎士団所属であるために、騎士に偽装するというのもおかしな話ではあるけれど。


 名目としては、違法な手段で流通した美術品がこの貴族の手に渡ってしまった可能性があるので、表沙汰になる前に回収したい。

 多少なりとも貴族も不正に関わっているであろうため、その品をどこかに隠している可能性もある。

 だがこの件が無事に解決すれば、表沙汰にしない代わりに今回は見逃す。という内容だ。


 多少といわず、かなり無理やりな設定にも思えるが、今回なんとか一夜で捻り出した設定がこれだ。

 これだと現金で保有していた場合にはどうしようもないけれど、そうであった時には残念だが観念するしかない。

 それと一応、男であることについては隠したままにしておく。流石にこれは逆鱗に触れるだろうし。



「まさかそんな……。それだったらご主人様にお教えした方がいいんじゃ」


「それが手っ取り早いんだろうけれど、こちらの見栄もあるし、知られては不都合があるの。出来るだけ誰にも知られずに済ませたかった」


「まさかミリスと一緒に入ってきたあの人も……?」


「もちろん彼女もわたしと同じ。同僚で同じ件を捜査している」



 貴族の男に知らせた方がと言われた時点で少々焦った。

 そう言ってくる可能性もあったはずなのに、想定せず返す言葉を用意していなかったために。

 ただなんとか気合を入れ堂々と話したおかげか、これといった説得力の無さそうな言葉にも、ある程度納得してくれたようだ。


 そこからボクは、具体的な成果が得られず八方塞がりとなっている事や、思い悩んでリカルドに協力してもらおうと考えたこと、自分たちに手を貸して欲しいといった内容を話す。

 この辺りは別に嘘でもなんでもないけれど、よりリカルドの存在こそが最後の頼りであると強調する。



「本当はリカルドに打ち明けるのは反対された、自分たちだけでやるべきだって。でも貴方を騙し続けるのは心苦しくて……」



 サクラさんが反対したというのは当然嘘だ。むしろ最終的には、彼女の方こそ乗り気になっていたくらいだし。

 ただここでは、彼女の反対を押し切って打ち明けようと決意するくらいに、ボクがリカルドを気にしていると印象付けたかった。

 心苦しいという点については嘘はないので、信じてもらいたいところではある。



「任務だったとはいえ、リカルドを騙してしまっていた。……ごめんなさい」



 しっかりと、深く頭を下げ続ける。おそらく彼の気質であれば、これで協力だけはしてくれるはずだ。

 それにこうしておけば、リカルドは貴族に報告することもない。

 ここで働いた期間の長いリカルドではあるけれど、あまりあの貴族を快く思っていないという点に関しては、これまでの会話から推測できていた。

 ただボクを許してくれない可能性はある。とはいえ仕方がない、意図して利用しようとしているのは事実なのだから。



「顔を上げてくれないか」


「でも、わたしは貴方を――」



 ボクの言葉を遮るようにリカルドは近づき、そっと手を添えて身体を起こす。

 殴られるくらいは覚悟した。しかしその大きな影は両腕を開き、覆いかぶさるかのようにボクを包み込む。

 予想は大きく外れ、殴られるどころか固く抱きしめられたのだと知るや否や、不意の事態に頭が混乱する。



「あ……、あの」


「俺はミリスを信じるよ」



 流石にこいつは予想外の展開ではあったかもしれない。

 ここまで好意を持たれていたとはいえ、手痛いしっぺ返しを食らわしたのだ。不信感を抱かれるのは当然。

 しかしそれを押しのけてしまう程にまで強い感情を抱かせてしまっていたとは、我ながらなかなかに罪作りな真似をしてしまったものだ。


 サクラさんの言う、結婚詐欺師の才能が有るのではという言葉を冗談交じりだと思って聞いていたが、あながち本気だったのではないかと思えてくる。

 だが……、今回ボクが彼に対して行った誑し込むという行為は、いささか""度が過ぎた"ものとなっていたらしい。



「君が何者だろうと構うものか。例えどんな目的があったとしても、俺はミリスに力を貸す。だから――」



 と言って、リカルドはそっと腕の力を緩めると、右手を差し出す。

 何であろうと思っていると彼は手を開き、その手の中で握られていたものを露わにした。



「俺の気持ちを受け取ってくれないだろうか」



 ボクはジッと凝視する。手とその上に乗せられた物体を。

 暗がりではあるが、僅かに月明かりを受けて鈍く輝くそれは、銀かなにかの金属だろうか。あるいはただの鉄か。

 細いその金属は、綺麗な曲線を描いて輪となるように加工されている。

 つまるところ指輪だ。



「うえぇえぇ!?」


「返事はすぐでなくてもいい。俺も協力するけれど、ミリスが目的を果たした後でも構わない。その時に返事を聞かせてくれ」



 形容しがたいボクの発した悲鳴を無視し、リカルドはそれだけ告げると急に恥ずかしくなったのであろうか。

 指輪をボクの手に無理やり握らせ、勢いよく背を向け暗がりの中屋敷の方向へ走り出してしまった。


 取り残されたのは、呆然として指輪を握り締めるボクただ独り。

 いや、何故か姿を現してはくれなかったが、サクラさんも居るはずなので2人か。



「えっと……、なにこれ?」



 なにこれと自問してはみたが、これが意味するところなど解りきっている。

 古今東西男が女に指輪を渡し返答を迫るなど、答えは一つしかあるまい。


 いやもしかしたら彼の生まれた地域では、女性に渡す指輪には友情を表す意味が込められているのかもしれない。

 これからもずっと仲良くして下さいとか、そんな感じで。

 だが待て、そういえば以前に彼は王都の生まれだと言っていたか。それも一度として出た事は無いのだと。

 ならばやはり世間一般通りの意味合いが込められていると考えるべきか。



「まさかこんな状況でプロポーズかましてくるとは思いもしなかったわ。彼、なかなかに根性据わってるわね」



 ボクは懸命に頭を回転させ、現実からの逃避を試みる。

 だがそんな事など露知らず、草むらから姿を現したサクラさんはボクへと非情な現実を突きつけた。


 ボクが嫌われる覚悟でリカルドへと更なる嘘を塗り重ねるも、何故か返ってきた反応がこれだ。

 指輪とセットで向けられた言葉の意味。つまりはプロポーズ。

 しかし残念ながら、それをした相手は男なのだ……。



「な、なんで助けてくれなかったんですか! 打ち合わせしたじゃないですかぁ……」


「いやホントゴメン。出ようと思ったんだけどさ、そのタイミングで指輪なんて出てきちゃったからついパニクって」



 我ながら情けない声だとは思う。ボクの言葉にサクラさんは頬を掻き、若干困った様子を見せる。

 ただ今回はボクをからかおうという意図はなく、サクラさんの言葉に偽りはないようだ。

 想像を遥かに超える展開となってしまったが為に。


 それにしてもマズイ。リカルドの様子だとこれはかなり本気で、一念発起して渡したというのが明らか。

 いったいいつの間に買ったのかは知らないけれど、こんな物を用意しているあたり、かなり本格的に入れ込まれてしまっている。



「これ、どうすればいいんでしょうか?」


「どうと言われてもね。とりあえず預かっておくしかないんじゃないの? 今さら突き返す訳にもいかないでしょう」


「明日からどんな顔して会えばいいのか」


「そこはこっちでフォローしとくからさ。あまり気にし過ぎないことね」



 ボクの肩へと優しく手を乗せ、普段よりも少しだけ柔らかい声色で告げる。

 それはこんな状況になってしまったボクへと、多少なりと同情する気持ちの表れであるように思えた。

 もしくはリカルドに対する計画を言い出した側として、彼女にも少しは気まずい感情があるのかもしれなかった。


ブクマの増減から、「いつまでもバラの臭い漂う展開してんじゃねえよこのボケめ」という意思をビンビン感じる(気がする)ので、そろそろ先に進める方向で。

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