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内に隠して 08


 もう本当に、限界が近いように思えてならない。主に体力面ではなく、精神的な理由によって。

 普段人前でリカルドと会った時には、これといって何もない、ただの同僚としてその他大勢と同じように振る舞っている。

 しかし彼と二人だけになった時には、ボクはその態度を変え甘えるような素振りで接しているのだ。


 もちろんこんなのはボクの本意ではない。サクラさんの監修による、リカルド攻略法と銘打たれた手段の改良型だ。

 彼女曰く、『ああいう人は自分の前でだけ甘えてくる子に弱いはず』と。



「ボク、もうダメだと思います……」


「大丈夫よ、すごく上手くやれているじゃないの」


「自分でもそう思うんです。でもだからこそ、段々どっちが本当の自分かわからなくなってきそうで……」



 ベッドに突っ伏し、もう嫌だとばかりに弱気な言葉を漏らす。

 毎朝起きて顔を洗い、詰め物をした下着と共にメイド服へ着替え薄く化粧をする。

 この一連の流れを平然とこなすようになって、もう何日が経過したことか。


 昨夜などは部屋に戻っても、一人称がボクではなく"わたし"になったまま戻ってはいなかった。

 その事をサクラさんに突っ込まれようやく気が付き、一人悶々としながら夜を過ごす破目になってしまった。



「確かに女の子が板についてきてる感じではあるかな。よく見たら普通に内股になってるし」


「ホントですかそれ」


「本当。仕草とかめっきりそれっぽくなってきちゃって、そのうち女の子座りしちゃうんじゃないかって思うくらい」



 なんということだろう。知らず知らずの内に、そう振る舞うのが自然となってしまっているようだ。

 このままではいけない。早急にこの状況から脱し元の生活に戻らなければ、自己の確立という危機に晒されてしまう。

 しかしそのためには、より女性的に振る舞いリカルドを籠絡しなくてはならないという、とても相反する行動を継続する必要があった。



「これ以上続けると、何かに目覚めて後戻り出来なくなりそうで怖いんですが」


「もうちょっと頑張りなって。男の子でしょ」


「もしかして男扱いしとけば、ボクの機嫌良くなるとか思ってません?」


「…………まさか、そんな」



 嘘だ。隠す気があるのかないのか、外した視線が泳ぎに泳ぎまくっている。

 そんなサクラさんの反応に脱力しつつ、ボクはなんとかベッドから身体を起こす。



「それはいいとして! 彼もいい具合にクルス君に夢中みたいだし、そろそろ探りを入れてみてもいいんじゃない?」


「そんな無理やり話を逸らさないでください。……まぁ、いいですけど」



 かなり強引に話を逸らされたように思えるが、その件について話をしておくのが優先だろう。なにせ就寝までそう時間があるわけではない。

 サクラさんの言う通りここ数日のアプローチによって、リカルドは随分とボクへの好意を強めているように見える。


 よほど生理的に合わない相手でもない限り、向こうから好意を向けられれば、自然と自身も相手に対し好意的な感情を抱くようになるのかもしれない。

 きっとリカルドにとって、ボクはそういった相手であるようだった。

 一方のボクはと言えば、生理的にというか性別的に勘弁願いたいので、彼へとそういった意味での好意は持てそうにない。

 その代わり抱えるのは、リカルドへの申し訳なさだ。



「リカルドさんが何かを知っていれば、この苦労も報われるんですがね」


「そこに関してはもう賭けね。少なくとも建物外の敷地に関しては、彼以上に知っている人は居ないんだし。もしダメならもうお手上げ」


「他の使用人にもそれとなく探りを入れてみましたが、やっぱり何も知らなそうでしたね」



 当然のように、情報を集めるのはリカルド以外からも行っている。

 具体的に不正の証拠となる物品がないかなどと聞けはしないため、どうにでも誤魔化しようのある聞き方しかできなかったけれど。

 ただその結果わかったのは、おそらく他の使用人は何も知らないであろうという事。



「仮にですけれど、リカルドさんに本当のことを話して協力を……。ってのはダメですよね、やっぱり」


「一瞬それも考えたけれど、万が一彼があの貴族に加担でもしてたら、全てが台無しになるからボツね」


「そんな! リカルドさんはそんな人じゃないですよ」



 つい小声で話すのも忘れ、少しだけ声を荒げてしまう。

 そんなボクの様子にビックリしたのか、サクラさんは僅かに唖然とした様子を見せた後で、声を抑えるようジェスチャーを交えながらクスクスと笑う。



「随分と彼に肩入れするわね。まさか本当に惚れた?」


「そ、そんなわけないでしょう」


「静かに。冗談だからそんなにムキにならないの」



 サクラさんはボクの口元へ人差し指一本を押し当てて黙らせ、面白そうに笑む。

 途端にボクは恥ずかしさから、顔が赤くなるのを感じた。


 そんなのは言うまでもなく当然であるというのに、ちょっとしたからかいでムキになってしまっている。

 やっぱりここまでの潜入で、それなりに疲れているのだろうか。

 宥められ声のトーンを落としたボクへと、サクラさんは「仮に」と前置きし話始める。



「証拠が見つかったりしたら、あの貴族はその立場を追われる可能性もある。もしそうならなくても、ある程度の処罰を受けるのは間違いないわね」


「ええ、それは確かに」


「そうなってしまったら、ここの使用人たちは皆お役御免になってしまうかもしれない。ほとんどの使用人はあの男を嫌っているけれど、自分たちの職場を潰そうとしている私たちに、リカルドは協力してくれるかしら?」



 それは……、そうなのだとは思う。

 リカルドに限らず、ここで使用人として働いている人たちのほとんどは、それを専門として今までやってきている。

 当然ここに居続けることが叶わなくなれば、どこか別の屋敷で同じ仕事を得たいと考えるはず。


 でも貴族や富豪の使用人として召し抱えてもらえるなど、誰かの紹介でもない限り難しい。

 ましてや不正を行った貴族の下に居たともなれば、紹介をしてもらうのは望み薄。



「それじゃあもしボクらが、不正の証拠を見つけてしまったら……」


「ここの人たちは、私たちにかなり良くしてくれている。その人たちを裏切る破目になるわね」



 気が進まない理由がまた一つ増えてしまった。

 正直そういったことまで頭が回っていなかったのは否定できない。

 ただ単純に依頼を受けたから懸命にやろう、不正を行っているのであれば許してはならない、そう考えていた。



「その時になって初めて気付くよりはまだマシでしょ。あんまりそういった覚悟もなさそうだったし。どうする、辞めちゃう?」


「いえ、続けます。確かにそういった点に考えが及んでいませんでしたけれど、ボクにも責任があるので」


「上等。私たちは私たちで、自分自身のためにやるのみよ。出来るだけリカルドを傷付けない方法でね」



 安請け合いしたと思っていた彼女であったが、やはり経験ある人物。

 ボクよりもずっと先について考えていたようだ。

 やはりボクは色々と至らない、そう思わせられた。




 しかし結局のところ、次の一手に悩んだクレメンテさんの了承により、ボクらはリカルドへ協力を仰ぐことになってしまった。

 とはいえ当然のことながら、彼には事情の説明などできない。

 故にどういう名目で協力を取り付けるか悩み、首を捻って浮かんだのは、自分たちの身分を再度偽装することであった。

 今の時点で既に、メイドや執事という立場に成りすましているのではあるが、そこから更に別の立場を被せることになる。



「ねえ、リカルド。少しだけ……、時間いい?」


「どうしたんだミリス。急に改まって」



 昼食の席、ボクは偶然を装ってリカルドの隣へと座り、コッソリと声をかける。

 この数日で、ボクとリカルドの距離は随分と縮まった。いや縮まってしまったと言うべきか。


 今では互いの名前に敬称を用いず呼び合うようになっている。

 これはボクから言い出したのではなく、彼がそう望んだからであるのだが、正直まだ内心では抵抗があった。



「2人だけで話したい事があるの。でもここでは話せないから、後で時間をもらえないかな」


「わかった。それじゃあ今日の仕事が終わって夕食の後、夜に裏庭の用具小屋裏で」



 ボクの言葉に、リカルドは若干顔を赤らめながら了解し、待ち合わせの場所まで指定してくる。

 きっと彼は勘違いしていることだろう。間違いなく、ボクからの告白が行われるのだと思っているはずだ。

 というよりもこの状況であれば、男なら誰だってそう思うのではないだろうか。


 急に親しくなった女性と敬称無しで名前を呼び合い、人目のない所では甘えてくる。

 さらに神妙な面持ちで2人だけで話があると告げられれば、誰だって勘違いする。

 ボクがリカルドの立場なら絶対にそうだ。



「ゴメンね、急に」


「いいよ、楽しみにしてる」



 リカルドの確信した様子に、罪悪感から胸が痛くなる。

 可哀想であり、申し訳ないという想いも重なって、もうどうしていいやら。


 食事が喉を通るような状況でもなく、ボクが食事を残そうとしている様子に、リカルドは心配し声をかけてくれる。

 やはり、嘘を上塗りするのは気が重い。


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