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ギャップ 04


 召喚を果たしてから一夜明けた翌早朝。

 ボクとサクラさんは騎士団の宿舎から出て、市街地へと向かう道を歩いていた。


 周囲にはほとんど人の気配がない。

 それも当然で、この道を通る人は騎士団施設に用が有る人か、市街地に遊びに行く非番の騎士か召喚士見習いくらい。

 そのため普段から人通りはまばらだ。


 市街地へと向かう目的は、これからの魔物討伐に備え武具を調達するため。

 戦う力に優れた異界の人とはいえ、強靭な牙や爪を持つ魔物相手に、武器もなく素手で戦えという訳にもいかない。

 騎士団が持っている武器を支給してくれてもいいのだが、勇者は基本各地を転々とする。

 という訳で管理上の理由もあって、個々で武具を所有する方が面倒がないし、なにより適性に合った物を選ぶことができる。



「ねえ、なんで市街地がこんなに離れてんの」



 その武具その他を買いに行く道中、サクラさんは眉を顰めて呟く。

 彼女を召喚した施設から出発しある程度歩いているが、行けども行けども変わらぬ景色に辟易したらしい。



「あそこは基本的に新兵の訓練施設ですからね。あんまり市街地に近いと、色々誘惑が多いんです」


「なるほど、買い物するのも一苦労ね」


「でもここはまだ近い方ですよ。それに旅を始めたら、毎日この数倍は移動しますし」


「車……、はないか。馬車とかそういうのはないの?」



 勇者たちが居た世界において、徒歩での長距離移動というのはあまり一般的でないと聞く。

 確か車というのは、向こうでよく利用される乗り物のことだ。

 動物が引かずとも走る荷車のような物らしいけれど、いったいどういう物なのかイマイチ想像がつかない。



「町の間を行き来する、乗合馬車がありますね。行商人や農家も使いますけど、個人が持つっていうのはあまり聞きません」


「てことは延々歩きね。……そっか、異世界なんだもの仕方ないか」



 ボクがした説明にある程度納得してくれたのか、サクラさんは諦めたように息を吐く。

 実際は飛竜など人に慣れた騎乗用の生物も存在するけど、あれは完全に騎士団の占有。馬車どころじゃなく出回ったりしない。

 極々一部の、英雄的な活躍をし名の通った勇者であれば、例外的に与えられる事もあるそうだけれど。

 彼女がそういった偉大な勇者になってくれるかどうか、それはまだわからない。



 そのサクラさんは召喚した時とは違い、今は一時的に支給された制服を着ている。

 木綿と家畜の革で作られた、至って普通な騎士が用いる制服を、少しばかり崩して着ていた。

 一見すると勇者とは思えないけれど、その長い黒髪はこのあたりではまず見かけない特徴。

 知っている人が見れば一目でわかるだろう。異世界から来た勇者の多くは、黒い髪を持っているのだ。



「ところでサクラさん、昨日着てた服は真っ黒でしたけど、異世界の人ってああいう服をよく着るんですか?」



 黒髪からふと思い出し、サクラさんを召喚した時から少しだけ気になっていた質問をぶつけてみる。

 彼女が着ていた服は薄手で滑らか、そして綺麗に黒く染色された質の良さそうな布で、まずこちらではお目にかかれない上等な代物だったからだ。

 絹とも木綿とも違う未知の質感に、若干の興味が沸いていた。



「ああ、あれね。違うわよ、あれは礼装」


「礼装ですか? えっと、それって結婚式とかお葬式とかで着る……」


「そうそれ。こっちにも同じ文化があるんだね」



 仮にもボクは騎士団に所属していることもあって、何がしかの理由で命を落とす仲間の葬儀に参列し、礼装を身に着けた経験が何度かある。

 というよりもああいった場で揃って似た衣装を着るのは、随分前に召喚された勇者が持ち込んだ向こうの風習だった。

 ただこちらでは参列者全員が揃って、白く脱色した帽子をかぶるのだ。



「それじゃあお目出度いことか、誰かがお亡くなりに?」


「うちの爺さんがね。丁度葬儀が終わったタイミングだったのよ」



 告げるサクラさんの表情からは、そこまで哀愁漂う気配は感じられない。

 むしろどこか憑き物でも落ちたかのように、微妙な穏やかさすら見える。



「仲……、悪かったんですか? お爺さんと」


「どうして?」


「勘違いだったらごめんなさい。サクラさんがあんまり悲しんでるようには見えなかったから……」



 その言葉にキョトンとした顔をすると、彼女はすぐに苦笑いへと表情を変える。

 なにかおかしな事でも言ってしまったのだろうか。



「そう見えちゃった? まあ確かに悲しいって感じじゃないわね。でも、仲が悪かったわけじゃないのよ、喧嘩は絶えなかったけど」


「それじゃあどうして」


「闘病期間が長かったのよ。だからこれ以上苦しまないでいいって点では、救いではあったかもね」



 サクラさんのお爺さんが、どういう状況だったのかは想像する他ない。

 ただ口振りからするとかなり苦しんでいたようで、祖父の葬儀は彼女にとって悲しむべきものではなかったようだ。



「爺さんが唯一の肉親だったから、独りになっちゃったのは頂けないけどさ」


「す、すいません。余計なことを聞いてしまって……」


「別にいいわよ。これから先一緒に旅するんでしょ、今じゃなくてもいずれ話題には上ってたはずだから」



 横を歩くボクの目には、"独りに"という部分で、今度こそサクラさんの瞳へ悲しみの色が宿ったように見えた。

 そのことを謝罪するも、別段気にする必要はないと返される。

 ただ思い出したようにサクラさんは手を打つと、難しそうな表情を浮かべた。



「そういう意味では、あっちの世界に未練はないわね。葬式は途中で放り出す形になっちゃったけど、まぁ町内会のおっちゃんたちが何とかしてくれるでしょ。それよりも……」


「それよりも?」


「放り出してきた仕事が問題ね。忌引きが終わったらプレゼン資料揃えなきゃいけなかったし、新入社員の教育計画も放りっぱだし、まだ役職に就いたばかりで責任を痛感し始めていたところだし……」



 さきほどと違い、今度は頭を抱えて呻り始める。こちらは本格的に重い悩む内容のようだ。

 言っている事の半分も理解はできなかったが、どうにもサクラさんはそれなりに仕事で多忙な日々を送っていたらしい。

 それを放り出してきた事で、強い心労に襲われているのかもしれない。



「あちらの世界も大変なんですねぇ」


「……ねえクルス君、その原因が君にあるの理解してる?」



 切れ長の眼に鋭く睨まれ、ボクは反射的に委縮してしまう。

 背筋に冷たい汗が流れた気もするが、あえてそれを振り切り聞こえなかったフリをする。



「ちょっと、聞こえてるの?」


「あ! もうちょっとで市街地に着きますよ。混むといけませんから早く行きましょう」



 なんとか誤魔化そうと、言葉へ被せるように先を急かす。

 かなりの棒読みになっているし、実際それで誤魔化せるほど甘くはないけど。

 ただごめんなさい、ボクも命令だったんで仕方なく召喚したんです。上からの命令は絶対なんです。

 本当のことを言えば、もっと訓練を積んでからが召喚に望みたかったんです。



 逃げるように先を急ぐボクへと、罵声を飛ばしながらサクラさんは追いかけてくる。

 これは周囲に人影がないせいだろうか。その内容には遠慮がない。

 ただいくら教官からの指示だったとは言え、召喚を行ったのがボク自身である以上、言い返せないだけの迷惑をかけてしまっているのは事実。

 心が折れてしまわない内は、しっかりと抗議を受け入れるべきだろう。


 ボクとて大人なのだ、一人の女性が抱えた鬱憤を、それだけのことで晴らせるのならば喜んで受け入れる。

 いや、責められるのが好きとかそういったものでは断じてない。

 それはきっと、これから先の戦いで相棒となる相手の心の内を知るため、どうしても必要な事なのだ。

 そう考えれば今もなお続けられる罵声とて、多少は可愛く思えてくる。


 しかし、直後にサクラさんが小さくボソリと呟くように発した一言には、振り返って反論を叫ぶ。



「……この包○野郎」


「だ、誰が包○ですか! 違いますよ!」



 この一言だけは看過できなかったのだ。

 例えそれが胸へ鋭く刺さる、証明して見せられないものであったとしても。




 結局市街地へ入るまで、発言の真偽について罵るサクラさんと、否定するボクの応酬は続いた。

 ただ人目があるところでそのやり取りを行うほど、サクラさんも非道ではなかったようで、町中に入って以降は黙って真っ直ぐ目的の場所へ向かう。


 武具の購入も大切だが、まず向かうのは勇者の支援協会。

 その名の通り、そこは各地を戦い歩く勇者を支援するために設立された団体だ。


 そんな勇者支援協会の主な活動内容は、勇者とその相棒である召喚士への助言や情報提供、魔物の討伐依頼等の斡旋。

 そして始めたばかりの時期に、安全な宿泊場所や食事を提供すること。討伐した魔物から得られた、各種素材の買い取りも含まれる。

 あとは各支部間の情報交換による、勇者と召喚士の活動状況把握と生存確認。そして専用の銀行業務といったところか。



「随分と多角的な活動をしてるのね。でも一か所で多くが済むのは便利かも」


「そういえば、ここ最近は勇者がその協会を一目見た時に、"ギルド"とかいう言葉を発するそうですよ。教官から聞いたんですけど」


「ああ、なるほどね……」


「意味がわかるんですか?」


「……一応は」



 特にここ数年顕著であるという、謎の単語を発するという勇者の存在。

 それについてサクラさんへ問うてみると、彼女もまた思い当たるフシがあったようで、軽い苦笑をしていた。

 そのことについて問うてみるも、どういう訳か言葉を濁し教えてはくれなかった。


 ただ案外行ってみればわかるかもと思い、ボク自身も一度として足を運んだことのない協会へ向かう。

 しかし目的とする建物の前へ辿り着くなり、一目見て肩を落とした。

 理由は至って単純。協会の外観が、ただの古く小汚い酒場であったからだ。


 その酒場……、もとい協会の入口に据えられた、腰から胸の高さくらいにあるスイングドアを押し開けて中へと入る。

 ただ中もほぼ外観と同じ印象で、年季こそが唯一の長所であると言わんばかりな、何の変哲もない酒場兼宿屋といった佇まいだった。



「すみません、ちょっといいですか」



 そんな協会のロビーを奥へと進み、バーカウンターの向こうへと立つ、強面なおじさんへと声をかける。

 深い古傷が頬へ刻まれているが、おそらくは協会の職員かなにか。

 ジロリと一瞥する彼へと、ボクは騎士団への所属を示すタグをチラリと見せた。



「……新米か」


「はい、昨日召喚をしまして」


「そうか。お前さん、ここについてどの程度知っている」



 簡潔な言葉を投げかけてくるおじさんに問われ、ボクは協会について知る限りの内容を説明する。

 その最中おじさんは笑顔を見せることもなく、ただ一言一言に反応し頷くのみだ。

 とはいえ不機嫌になったり、訝しげな表情などをしてはいないので、これといって間違った内容は言ってはいないはず。



「だいたいそんな所だろうな。そこまで知ってるならワシから説明することはない」


「ではこれで活動に移っても大丈夫ですか?」


「いや、勇者の方は今から身分証を作らにゃならん。お前さん、名前は?」



 ぶっきら棒な態度を崩さぬおじさんは、次いでサクラさんへと視線を向ける。

 互いに気難しそうな人間であるだけに、もしや一触即発かと思うも、平然とやり取りをし進めていった。



「サクラです。宮代さくら」


「サクラが名前でミヤシロが家名だな。ちょっと待ってな」



 そう言っておじさんはカウンターの下から木箱を取り出すと、中から槌と複数の金属片を取り出した。

 手に取った金属片を使い、別に用意した鉄のプレートへと槌で打ち付ける。

 打ち付けた部分には文字が刻まれていく様子からすると、これで名前を彫金しているようだった。

 最後に協会のエンブレムと数ケタの数字を打ち付けて刻み、開けた穴に糸を通す。これで完成のようだ。



「そんな機会はまだまだ先だろうが、こいつを持っていればシグレシア国内はおろか他国に行っても通用する、無くすんじゃねえぞ。再発行には金が要るからな」


「わかりました、お手数をおかけします」



 穏やかな表情を浮かべ、丁寧に頭を下げ礼を口にするサクラさん。

 とても柔らかな物腰であり、昨日教官に見せたのと同様、こちらはおそらく外用の顔であるようだ。

 ボクに対してそれを出してくれないのは、最初の時点で素と思われる態度を見せてため、それが必要ないと判断したせいだろうか。



「どうかしたかしら、クルス君?」


「い、いえ……。何でもないです」



 そんなことをちょっとばかり不満に思い、ジッと彼女の顔を見る。

 するとこちらの視線に気づいたサクラさんは、柔和ながらもどこか迫力のある笑顔を向けてきた。

 これはおそらく、「余計なことを言わなくていい」という無言の圧力に違いない。なんて恐ろしい。


 まあ、何はともあれこれで協会への顔見せと登録は済んだ。これでボクらは以後正式に、召喚士と勇者を名乗り活動できるようになる。

 乗合馬車にも優先して席を回してもらえるし、宿へ泊まるのだって割引が利く。

 ただその分だけ背負う期待は大きく、これからは名実共に召喚士と勇者として認めてもらえるよう、頑張っていかなければならない。


 しかしそんな決意を新たにし、グッと拳を握りしめるボクの背へと、協会の入り口から水を差す叫び声が響いて来た。



「おいおい、いつからここは女子供が出入りする場所になったんだ。おままごとなら余所でやんな!」



 少しばかり棒読み臭い、なんというか芝居下手な旅芸人のような声。

 なにやら面倒臭そうな気配を感じつつも、ゆっくり後ろを振り返る。


 バタリバタリと往復するスイングドアの手前に、部分的な革鎧を着けた小太りな青年が、どういう訳かこちらを指さしふんぞり返っていた。

 髪は黒。とても強そうには見えないが、間違いなく彼もまた異世界から召喚された勇者。


 お師匠様、ボクが見た二人目の異世界人も、若干アクの強い人であるかもしれません。


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