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内に隠して 05


 酔っ払いに絡まれた店をあとにたボクとリカルドは、王都の大通りを歩き立ち並ぶ店舗を物色していく。

 リカルドは当然のようについて歩いてくるのだが、クレメンテさんと合流したいボクとしては、出来ることなら帰って貰いたいところ。


 ただ食事を奢ってもらい、酔っ払いから助けてもらった手前、もうついて来ないでくれとも言い辛い。

 ならば早々に諦め屋敷へ戻ろうかと思うも、彼に対し買い物に出ていると告げた以上、何も買わず帰るのは不自然な気がした。


 横目でリカルドを見れば、ボクがまた絡まれてはいけないという警戒感の入り混じった表情をしている。

 さながらその空気は護衛を行う騎士。使命感に燃えた彼を撒くのは難しそうだし、妙に楽しそうなのでやはりそれも気が引けた。



「ミリスさん、これなんてどうですか。とてもよく似合いそうです」



 それとなく入った店で適当に商品を眺めていると、背後に立っていたはずのリカルドがスッと手を差し出す。

 彼に手に持たれていたのは、一枚のハンカチ。

 それとなく入った衣料品店だけど、リカルドは自身の物ではなく、ボクに合いそうな物を物色していたようだ。



「いえ……、こんなに可愛い物、わたしには似合いませんから」


「そんなことはありませんよ。俺が保証します」



 リカルドはそう言うものの、保証されても困る。

 よくよく見ればそのハンカチは随分と品の良い物で、高価な白い糸を使い淵を彩るように、細部まで丁寧に花が刺繍されている。

 ボクのような女装した男が持つよりも、優雅にお茶でもしてそうな深窓の令嬢が持つ方がよほど違和感はない。そんな品だ。


 それに値段は見た目ほどに高くはないようであるけれど、こんな物を買ったところで使い道がない。

 ボクは当然のことながら、この手の品はサクラさんにも似合わないだろう。

 彼女はもっと質実剛健と言わんばかりの、実用一点張りな品を好んで使うのだから。



「折角のお奨めですけど、今回は止めておきますね。ハンカチは足りていますし」


「そうですか……。では他に何か」



 断りを入れると、リカルドは少しばかり肩を落とす。

 ただすぐさま気を取り直し、一人他の商品が置かれたコーナーへと向かう。

 もっともあちあらは女性向けの下着売り場なので、きっと大慌てで戻ってくるのだろうけれど。


 女装してからここまで、今のところ誰にも招待を見破られてはいない。

 けれど流石にあの空間にだけは、踏み込む勇気は得られなさそうだ。挙動不審になってバレるのがオチな気がしてしまう。


 案の定、リカルドは踵を返し顔を赤くして戻ってくる。

 それはそうだろう、男一人で女性下着のコーナーに入り込めば嫌でも人目に付く。



「リカルドさん、何か気に入った品はありましたか?」


「勘弁して下さい。いやはや、失敗しました」



 ボクは若干おどけた調子でリカルドをからかうと、彼は頭に手を遣り参ったと言わんばかりの仕草を見せた。


 結局冷やかしになってしまった衣料品店から出て、外の大通りを並んで歩く。

 通りは昼過ぎということもあってか、随分と人出が多い。

 ただ人々はどこか浮足立っており、そこを気にしているとリカルドがその理由を口にする。



「お祭りの時期が近いので。買い出しをしている人が多いんです」


「お祭りですか。故郷の小さなお祭りは経験ありますけれど、王都のはさぞ盛大なんでしょうね」


「では一緒に周ってみませんか? お休みが一緒に取れればですが……」



 大抵どこの町でも、大なり小なり日常の鬱憤を晴らす祭りは存在する。

 それについて話すリカルドは、ボクへその祭りを共に見て周らないかと申し出た。


 しかしその頃にはボクらも潜入を終え姿をくらましている予定。

 それに下手に申し出を受けリカルドに期待させるのも悪く、断る理由を必死に捻り出そうとする。

 ただ上手い言い訳が見つからず、どうしたものかと考えていると、前方から十数人の物々しい一団が近づいてくるのに気付く。



「あれは……」


「ああ、勇者たちですね。魔物を狩って戻ったのでしょう」



 渡りに船とばかりに話を逸らし小さく指を差す。

 それはリカルドの言うように、鎧と大きな武器を抱えた黒髪の勇者たち。そしてその勇者と共に行動する召喚士の一団だ。

 この王都エトラニアに居を構える勇者たちは、採取した素材を入れた袋を担ぎ、疲労困憊といった様子で歩いている。



「最近は王都近辺の魔物も狩り尽くしてきたとかで、魔物一体を見つけるのも大変だそうです」



 リカルドは勇者たちを眺めつつ、どこかノンビリとした口調で説明をする。

 港町カルテリオに勇者はほとんど居らず、多少増えた現在でもサクラさんを含め数人だけ。

 ただ王都ともなればその数も相当なもので、ここでは勇者というのは町に溶け込む日常であるようだった。


 そこまで聞いたところで、ボクはもしあの中に知り合いが居たら面倒だと思い至る。

 ここまで会った勇者の数は知れているが、召喚士の中にはボクを知っている人間が居てもおかしくはない。


 そう思って一団を窺ってみると、見知った人間は本当に勇者たちの中に存在した。

 そこに居たのは、港町カルテリオでゲンゾーさんの弟子入りを賭けて勝負した2人組、ソウヤとコーイチロウ。

 これはマズい。過去に一度だけ会ったような人ならばともかく、一時は半ば激情めいた感情を抱かれた相手だ。

 それほど長い期間が空いてもいないので、ボクの顔を覚えている確率は高いはず。


 勇者たちとの距離はどんどん近付きつつある。

 そんな状況に慌てたボクが取った対処法は、いくつか浮かんだ選択肢の中で、最も突飛なものであった。



「ど、どうされたんですか?」



 ソウヤとコーイチロウがすれ違うその時、ボクはリカルドの太い腕にしがみ付き、顔を埋めるように隠すという行為に出ていた。

 彼は随分と困惑しているようだけれど、それも当然だろうか。

 リカルドの立場から見ればこれといった前触れもなく、突然女性に腕へと抱き付かれたのだから。……正確には女性の恰好をした男ではあるけれども。


 勇者たちが二人が通り過ぎたであろう頃合いを見計らい顔を上げる。

 するとそこには動揺し、上手く言葉が出せていない様子のリカルドの表情があった。



「すみません……、つい」



 見てて可哀想になるほど動揺しているリカルドに、反射的に謝ってしまう。

 つい何だというのだろう、我ながら謎だ。

 どうしてこの行動を選択したのか、これも謎。

 焦っていたとはいえ他にやりようは幾らでもあったのに、よりにもよって選んだのがコレか。



「えっと、その。……ちょっと人とブツかってしまって」


「ああ……、そういうことですか。酷いですね、ぶつかっておいて謝りもしないだなんて」



 咄嗟についたボクの嘘に、困惑しながらも憤ってくれるリカルド。

 基本的に良い人なのだろう、騙し続けている事に若干心が痛む。


 っと、まだ腕にしがみ付いたままだった。

 ボクはそれに気付いて離れようとするのだが、意外にもその動きは、ボクの肩へと手を添えたリカルドによって制止される。



「またぶつかってもいけませんし、この人混みです。……はぐれては困るので、このままで」



 先ほどの動揺とはうって変わって、ボクの目を真っ直ぐに見つめるリカルド。

 その表情は、さっきまでのどこか純朴で、温厚そうな青年の顔とはうって変わって真剣だ。


 振り解こうとするも、それをさせてはくれぬ雰囲気。

 気圧されアッサリと頷いてしまったボクは、リカルドに引き連れられて買い物を再開すべく、どこか気まずい雰囲気で腕へとすがったまま通りを歩く破目になるのであった。




 そしてリカルドとの買い物を済ませ、その後の夕食までもご馳走になってしまったボクは、なんとか屋敷へと帰り着く。

 部屋で自己を異なる存在に塗り替える服を脱ぎ、湯を使って身体を拭いて一心地ついた後、サクラさんと日課である報告を行う。

 ただそこで言葉を詰まらせながらした内容に、彼女は眉間へ皺を寄せていた。



「ここまでの話を踏まえて思うに――」



 サクラさんの手には、カップに入れられた果実酒。

 これはボクの同室であるサクラさんへと、リカルドが渡してくれた手土産だ。

 その酒を一口飲み思案した彼女は、呆れ混じりに端的な結論を口にする。



「完全に惚れられてるわね」


「……やっぱりそうですか」



 もう否定するつもりはない。恋愛経験など皆無なボクであっても、あれだけ露骨であればそう判断するのは容易だ。

 困った事に、そして恐ろしい事に、リカルドがボクに良くしてくれたのはそういった理由のようだった。



「暴漢に襲われて助けられるとかどこのお嬢様よ」


「面目次第もありません……」


「偶然すれ違ったソウヤ達から隠れようとして、腕に抱き着いたですって? それ完全に落としに行ってるじゃない。彼たぶん両想いだって勘違いしてるわよ」


「そこはもう、ボクも重々反省してます」


「結局腕を抱いたまま歩いて買い物したと。完全に恋人同士でのデートよね、ごちそうさまでした」


「もうその辺で勘弁してくださいぃ……」



 昼間ボクがした行動や発言を思い返せば、"リカルドに気がある、か弱く守ってあげたくなる女性"を演じていたように思える。

 結果的にではあるが、どうやらボクは彼を落としてしまったらしい。


 そりゃ確かにそういうのが好みの男であれば、コロっといってしまうかもしれない。

 どうやら元々ボクを意識していたようでもあるし。

 でも彼はメイドとして、ドタバタと走り回ってたボクを見てたんじゃないのかとは思うが、そういう点も含めて彼の好みであった可能性もある。



「まさかあの童貞のクルス君が、男を手玉に取って遊ぶ女になるだなんて……」


「人聞きの悪い。あと何気に妙な事を言わないでください、なんか矛盾してますし」



 ただでさえ自己嫌悪の海に沈みそうなのを、ギリギリのところで堪えているのだ。

 あまりそこを弄られると、そのうち泣いてしまうかもしれない。わりと本気で。



「私はこれが終わったらアルマと一緒に帰っちゃうけど、クルス君はお幸せにね。時々は手紙書くから」


「なんでボクがリカルドさんとくっついて、ここで暮らしていく前提で話してるんですか」


「だって最近のクルス君て、女装するのに違和感なくなってきてるみたいだし、遂にそっちへ目覚めちゃったのかなって」



 ボクの手を握り、神妙な面持ちで言うサクラさん。

 ……なのだが、若干口元がヒクヒクと動いている。笑いを堪えているというのが丸わかりだ。


 確かに女装に慣れ始めている自分に気付き、危ないと思う時は多々ある。

 しかしいくら何でも、それで恋愛対象の性別まで変わったりはしない。

 彼女はそれは承知した上でやっているのだろう。ボクの想いを知ってか知らずか。



「という訳なので、結局クレメンテさんとは合流できませんでした。すいませんが、明日お願いしてもいいですか?」


「わかった。今日の顛末も含めてしっかり報告してくるからね」


「そこは省略して結構ですので。それよりもボクみたいにならないでくださいよ、サクラさんだって結構慕われてるみたいですし」



 仕返しを兼ねて飛ばした忠告に、サクラさんは「そんなまさか」と鼻で笑う。

 彼女はボクと違って、性別を偽っているような状況ではない。

 しかしボクの見る限り、偶然を装いサクラさんと接触しそうな人物が、使用人の中だけで数名居そうなのだ。

 自分もまた、似たような状況に置かれつつあると認識していないサクラさんへと、ボクはガクリと肩を落とすのであった。



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