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内に隠して 04

クルスを女装させて以降筆の進みが早い。

人を選ぶネタだけれども。


 もしや彼はただの寂しがり屋なのだろうか。わざわざ先を歩くボクを追いかけてまで、一緒に行こうと言うのだから。

 隣を歩く彼は、名前をリカルドと言ったか。ボクとサクラさんが潜入する屋敷で、庭師をしている青年だ。


 年齢は20歳になるかならないかといったところ。

 聞いた話ではつい最近までは見習いだったが、親方が引退したのに伴って、今は屋敷で唯一の庭師となっているという話。

 高い身長に、少しだけくすんだブロンド。そして力仕事で鍛え上げられた筋肉。

 良く日焼けした肌と対照的な白い歯が映える、爽やかな笑顔を向けてくる好青年だ。



 その彼、リカルドは歩きながら時折頭を捻り、思い出したかのようにボクへと話題を振る。

 会話が途切れないよう、常に話の種を探しているようだ。



「植木に手を入れている時に見かけますけど、メイドさんの仕事もかなり大変そうですよね。ミリスさんも大きな荷物を沢山運んでて」


「わ、わたしもここに来るまでは、メイドがあんなに大変だとは思ってもいませんでした」


「本当、いつも見かける度に感心しています」



 ボクを横で見降ろすリカルドは、とても楽しそうに話す。

 同性の中でも比較的小柄な方であるボクと、とても大柄な彼では並ぶと激しい差がある。

 サクラさんも身長は高い方だけれど、それ以上であるリカルドとでは頭1つ分は違う。

 正直言って、ちょっとだけ分けて貰いたいくらいだ。



「そうだミリスさん、お昼の予定とかはありますか?」


「えっと……、今のところこれといって予定はないのですが」


「でしたらこの後でご一緒しませんか。美味しい店を知ってるんですよ」



 本当は予定でギッシリだ。

 これからクレメンテさんに会い、色々と相談をしなければならないのだから。


 「これから人と会う」と、それだけ言えば彼は諦めてくれるのだろう。

 ただ外出先で誰かと落ち合っていたという内容を、あまり他の使用人には知られたくはなかった。

 なにが切欠となって素性がバレるとも限らないのだから。

 そのためここは少しだけ彼に付き合い、その後でクレメンテさんと合流を試みることにする。



「でもいいんですか? 折角のお休みなのに、わたしがお邪魔しても」


「もちろんです! むしろミリスさんと一緒に食べに行きたいと思ってたくらいで」


「そ、それならご一緒させてもらいますね……」



 リカルドは満面の笑みを湛える。よほど一緒に行けるのが嬉しいのだろうか。

 それなりにモテそうな容姿をしているのだから、誰か意中の人でも居れば誘えばいいだろうに。

 これではまるで、ボクがその相手であると言わんばかりだ。


 …………いやいや、ありえない!

 ボクは信じないぞ。これはきっと数日に渡る女装によって発生した、ある種の自意識過剰が生み出した空想でしかないはずだ。

 断固としてこの可能性は否定する、ボク自身のためにも。



「そういえばミリスさんと一緒に入ってきた女性の執事さん。あの方もいい人ですよね、いろんな人の話を親身に聞いてくれるし」



 心の内で必死にその可能性を振り払っていたボクだが、ふとリカルドから振られた言葉へと、意識が敏感に反応するのを感じた。

 彼は何度か会話をしていたようで、何かと親切にしてくれているであろうサクラさんを称えている。


 まさか今ボクに近づいているのは、彼女にアプローチをかけるために、近しいボクを利用しようという魂胆なのではなかろうか。

 確証は持てないが、もしそうだとしたら警戒しなければならない。

 するとボクが放つ若干の警戒感を感じたのだろうか、リカルドはこちらの顔を覗き込み、どうかしたのかと怪訝そうに尋ねる。



「い、いえ……。ちょっと陽射しが強いなと思いまして」


「本当に、今日は良い天気ですからね。ちょっと早いですけど、日除けも兼ねてさっき言った店へ行きませんか? 俺が奢りますよ」


「そんな、悪いです。ちゃんと自分のは出しますから」


「気を遣わなくてもいいですよ。見習いのメイドさんだとあまりお給金も貰えていないでしょう、ここは任せてください」



 リカルドはドンと胸を叩き、自信ありげに言い放つ。

 確かに見習いのメイドに支払われる金額など微々たるもの。

 本来ならば休日に外を出歩いても、食事さえせず屋敷に戻りたくなる程度の額でしかない。


 もっともボクらは多くの魔物を狩ってきたため、それなりに財布は分厚い。潜入中である今は必要分しか持ち歩いていないけれども。

 ただあまり意地を張ってしまうのも怪しまれるだろうかと考え、大人しく厚意を受けておくことにした。



「では、お言葉に甘えて」


「良かった。こちらです、すぐ近くですよ」



 頷いたボクの反応に気を良くしたリカルドは、意気揚々と進んでいく。

 貴族の居住区域を抜け一般の住宅地へ、そして商店の集まる地域へ移り、活気のある大通りへ。

 通りの一角へ断つ建物に入ると、そこは王都近郊で育てられている家畜の肉を専門に扱う店だった。


 そこで席に着くなり、彼はボクの好みを問いながら一通りの注文をしていく。

 卓の上に料理と少しばかりの酒が並べられ、芳ばしい香りを立てるそれを前に、リカルドはどうぞとばかりに料理を勧めてきた。



「さあ、好きなだけ食べて下さい」


「こ、こんなには食べられません」


「大丈夫ですよ。俺もそれなりに食べますし」



 出てきた料理は、皿に山盛りとなった炭焼き。そして巨大な鍋で煮込まれたであろう肉の塊。

 さらには申し訳程度に置かれた、生野菜のサラダの上にも肉、肉、肉。

 サラダのトッピングとして肉があるんだか、肉の付け合せにサラダが敷かれているのだか判別がつかない。


 ただ食べてみるとどれも美味しく、しっかりと塗された香辛料も芳ばしい。

 ボクは値段を見ていないのだが、周囲に居る客たちは至って普通の王都住民たち。

 となるとそこまで高い店ではないようで、味と量もあってとても良い店なのかもしれない。

 その証拠とばかりに、お昼時というのもあり店内は客でごった返している。



「ここは休みのたびによく来るんです。量が多くて安くてウマイ。おまけに酒の種類も豊富」


「そうなんですね。わたしは王都へ来たばかりだから、こんなお店知りませんでした」



 愛想よく笑むボクではあるが、食べ進めていくとすぐ満腹になってしまう。

 人並み程度の食事量でしかないボクには、日ごろから肉体労働に勤しむ男が注文する量は多すぎた。

 正直、……かなり胃が苦しい。



「喜んでもらえたようで良かった。どうですか、まだ昼間ですけどもう少し飲みます?」


「いえ、あまりお酒に強くないので……。ちょっとすみません、お手洗いに」



 リカルドは置かれたメニューへ視線を落としつつ、酒のおかわりをするか問うてくる。

 きっと彼は別段意図するところがある訳でなく、ただ単純に気を使っただけ。

 しかしこんな満腹な状態で、得意ではない酒を飲まされたらどうなってしまうか。

 まず間違いなく、盛大に逆流してしまうことだろう。


 大人しい女性を演じるのにも疲れてきたので、小休止を入れるために断りを入れトイレへ立つ。

 女性を演じるのに疲れ退避する場所が、女性用のトイレというのもおかしな話ではある。

 でも他に逃げ込める場所がないのだから仕方がない。



 ボクは店の奥に設えたそこへ逃げ込み、ようやく胃からせり上がる空気を吐き出す。

 リカルドはきっと気のいい人なのだろう。ここまで話した限りだと、陽気ながらも喧し過ぎないため好感を持つくらいだ。



「でもこの調子だと、王都を案内するとか言いだしかねないな……。どうやって断ったものか」



 おそらくリカルドは食事を終えた後も、何か理由を付けて行動を共にしようとするはず。

 設定上王都に来たばかりで、なおかつ貴族の屋敷に篭りっぱなしのボクを、楽しませようとするのではないか。

 いや、正確には新米メイドのミリスをか。


 彼の好意がボクとサクラさんのどちらを向いているかはわからないけれど、それそのものはありがたいと思う。

 しかしボクはこれからクレメンテさんと会わねばならぬ以上、どうにかして誤魔化し逃げ出さねばならなかった。



「なるようにしかならないか……。もしダメだったら、明日がお休みのサクラさんに頼もう」



 大きく嘆息しながらもそう結論付け、逃げ出す手段を思案しながらトイレを出る。

 しかし考え事をしながら歩いたのがマズかったか、廊下の真ん中に立っていた他の男性客たちとぶつかってしまった。


 彼らが女性用トイレの前で何をしていたのかは知らないが、ボクはぶつかった事を謝罪し、リカルドの待つ席へと向かおうとする。

 しかし不意に感じた抵抗に、進もうとしていた足は止まる。

 いったい何が? と思う間もなく見てみれば、ボクの腕が掴まれているのに気付く。今ぶつかった男によって。



「この店に女が居るなんて珍しいじゃねえか」



 随分と酒を飲んでいるのか、酒臭い息を吐きながら男はボクを強引に引き寄せる。

 その赤ら顔を見る限り、真昼間だというのに完全に出来上がっているようだ。



「嬢ちゃん、ひとりか? 暇ならオレらと飲もうぜ」


「えっと、連れが居まして……」


「いいじゃねぇか。そんなやつ放っておいてよ」



 泥酔した男らは、酒臭い息で顔を寄せてくる。

 そして視線を顔から胸へ、腰や脚へと舐め回すように這わせ、ボクは背筋が粟立つのを感じた。


 まさかとは思うが、トイレに入っていくボクの姿を見て、外で待ち構えていたのだろうか。

 なんというかこの恰好をするようになって色々と、世の女性たちに申し訳ないような気がしてくる。

 ボクが酔っぱらったとしても、絶対に女性へと絡んだりはしない。そう決意させるような体験だ。


 とはいえ今はそんな場合ではない。

 男たちは「ちょっと付き合えよ」や、「酌くらいしてくれてもいいだろう」などといったお決まりの言葉を吐きながら、さり気なくボクの腰へと手を回してくる。

 ああ……、食べ過ぎたというのもあって凄くキモチワルイ。



「ひ、人を呼びますよ!」


「なら呼んでみな。呼べるもんならよ」



 ボクも今でこそこんな格好だが、一応は騎士団員の端くれ。

 ある程度の体術も修めているし、体格に劣るとはいえ酔っ払いの程度なら、組み伏すことなど造作もない。


 あまり目立ちたくはないけれど、その覚悟もしつつ警告を発するのだが、結局実行を移すことすら叶わなかった。

 後ろに立っていた男が腕を後ろへ捻り上げ、前に立つ男はボクの口元を押さえる。

 これでは戦うどころか、逃げることも悲鳴を上げることも叶わない。

 酔っ払いと思い侮りすぎたかと、ボクは後悔と同時に強く身の危険を感じてしまう。



「お前らなにしてるんだ!」



 正体が露見したらどうしよう。無事で帰れるのだろうかと冷や汗をかく。

 しかしそんなボクの思考を掻き消すように、突如廊下の向こうから強い声が響く。


 声の主へなんとか視線を向けると、そこに立っていたのはリカルドだ。

 戻りの遅いボクを気にして、様子でも見に来たのかもしれない。

 そんなボクの状況を見たリカルドは、途端に顔を赤く染めていく。

 意図したわけではないのだが、ボクが顔へかいた冷や汗が涙にでも見えた可能性はある。



「彼女から手を離せ!」


「あぁ? ちょっと仲良く話してただけじゃねえか。テメェこそ引っ込んでろ!」



 酔っ払いは恫喝するように、リカルドへと食って掛かる。

 こんな2人がかりで囲み押さえつけている状況で、"仲良くお話し"もなにもあったものではないが、そんな事はお構いなし。


 しかしリカルドもまた男としての矜持があるようで、簡単には引くつもりはなさそうだ。

 幾度か大声で怒鳴り合った後、酔っ払いにボクとの関係性を脅すように問われ、リカルドは一瞬押し黙ってから意を決したように言い放つ。



「……お、俺はその娘の恋人だ!」



 なるほど、リカルドはボクの恋人だったのか。知らなかった。

 でもそれなら彼が激昂する理由も納得がいく。うん。


 ……彼はいったい何を言い出すのだろうか。

 一応この場を乗り切るための、方便であるというのは理解できるんだけれど。

 実際リカルドも、男たちを睨みつけるようにしながら時々こちらへと、指でサインを送っている。

 これはきっと、『隙を見てこっちへ来い』という意味だろう、きっと。



「痛ッテェ! おい、待て!」



 そこでボクはなんとか男の脛を蹴飛ばし、緩んだ手をすり抜ける。

 捕まえようとする男の腕を掻い潜り、全力で走ってリカルドの背後へ。

 その頃には店内で起きた騒動に気付いたようで、店の人間が様子を見に駆けつけ始めていた。


 それに気付き逃げていく酔っ払いを睨めつけるリカルド。

 彼はそいつらの姿が見なくなると、ドッと疲れたように肩の力を抜き息を吐いた。

 立派な体格をした青年ではあるけれど、リカルドはこういった荒事は得意ではないと見える。



「だ、大丈夫でしたかミリスさん。お怪我とかは? 酷いことされませんでしたか?」


「わたしは大丈夫です。……すみません、助けていただいて」


「こちらこそすみませんでした、急に恋人だなんて言ってしまって……」



 リカルドが勇気を振り絞り、助けようとしてくれたのは事実。

 彼の肉体は庭師としての仕事で鍛えられたものであって、戦いが出来るよう付けられたものでないというのは見ればわかる。

 それでも身を挺して間に入ってくれたのだから。


 軽く笑い彼の言葉を気にしていないと告げると、リカルドは照れながら良かったと返す。



「食事どころではなくなってしまいましたね」


「そうですね、どちらにせよもう満腹ですけど。お店も騒がしくなってしまいましたし、そろそろ出ましょうか」



 一旦席に戻り、会計だけ済ませ外へと向かう。

 色々と困った状況ではあるが、奢ってもらった上に、酔っ払いから助けてくれたのだ。

 リカルドには一角の敬意を払って然るべきなのだろう。


 隣を歩くリカルドを横目で見て、ボクは予感めいた確信を抱く。

 彼がサクラさんを狙ってボクに近づいたのではという可能性は、捨て去っても良いのだとは思う。

 その代わり彼が持つ好意の矛先は、あまり好ましくない方向に向いているようだった。


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