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ギソウ 05


 道中立ち寄った町を発ってから3日。

 ボクは御者台に座り馬の手綱を繰りながら、膝へ頭を乗せ昼寝するアルマを撫で、王都に向け馬車を走らせ続けていた。


 一面を緑に覆われた丘陵地帯。そこへ敷かれた街道を進むのだけれど、所々には農家らしき家々が見える。

 ここ王都周辺地域は、本来そこまで低級な魔物ばかりが生息する地域ではない。

 ただ過剰なまでに集まった勇者により、常時魔物が狩られているおかげで、こうして都市外でも農業が営めるようだ。


 現に今も、遠くで魔物と対峙する人物の姿が見える。

 今日だけで何度もああいった光景を目撃したけれど、見られる魔物は決まって無機物。

 つまり土や岩で構成された、ゴーレムと呼ばれる類のものばかり。

 ボクらが住むカルテリオ周辺が昆虫型の魔物が多いのに対し、王都近隣はゴーレム型の魔物が多いとクレメンテさんは言っていた。



「私とは相性が悪そうね」


「弓はどうしても、物に対する威力は落ちますからね。より破壊力重視な武器の方が、効果的だとは思います」



 馬車の荷台で小さく溢すサクラさんの言葉に、頷き肯定を返す。

 いくら高い命中精度を誇れど、硬く身体も大きな魔物を相手にするには、彼女の弓では不向き。

 以前戦った大蜘蛛でもそれは証明されているし、身体が岩そのものである相手などは言うまでもない。


 先ほどから見るに、対峙する勇者たちの持つ得物は大槌や戦斧、大剣などの大型武器がほとんどで、中剣以下の大きさな武器はまず見られなかった。

 ああいった相手には一撃のもとに叩き斬る、あるいは粉砕するといった武器が有効のようだ。

 前にゲンゾーさんたちを追いかけてきた、ソウヤとコーイチロウもそういった理由で、身体に合わぬ戦斧を使っていたのかもしれない。



「でも今回は魔物を狩るのが目的ではないですし、そこまで気にしなくても良いんじゃないですか?」


「そうね……。そもそもしばらく弓を手元から離さないと」



 そう言ってこちらに身を乗り出し、サクラさんは僅かに不安そうな様子を見せる。

 行うのは貴族の屋敷への潜入。使用人として入るのだが、当然大きな武器など持ちこめよう筈がなかった。

 ただ彼女がこの世界に召喚されて以降、ずっと自身の身を守ってきた武器だ。

 弓以外にも戦う術は持っているとはいえ、それがすぐ側に置かれていない状況は、不安感を煽られるようだった。



「大丈夫です。いざとなったらボクがま……、護りますから!」



 今回貴族の屋敷に潜入するサクラさんと共に、ボクも一緒に行くことになっている。

 ボクなどが行って、本当に役に立つのだろうかとはとは思う。


 ただ最近は随分とこの世界の常識にも慣れてきたとはいえ、サクラさんがこの世界へ来てまだ半年も経っていない。

 そこである程度補佐をする人間が必要であろうということで、半ば無理やり同行させられることになったのだ。

 おそらくボクは、執事見習いとして潜入する破目になるのだろう。



「せめてもう少し自信有り気に言ってくれないと、逆に頼りないんだけど」


「や、やっぱりそうですか……」


「そうよ。包容力と頼り甲斐を示してもらわないとね」



 そんな使命感にも似た感情を口にするも、苦笑しながら返すサクラさんの言葉は軽い。

 当然のことながらボクは彼女を護れるほどに強くはないし、もし何かが起こっても逆に護られる側になるのがオチ。

 だからボクがすべきは、サクラさんの援護に徹することのみ。



「だったら私が帳簿見てる間に後ろから刺されないよう、しっかり見張っててもらおうかしら」


「その一点に関しては任せてください。全力で見張っていますから」



 全力で見張るという言い回しは少々変だろうか。

 サクラさんも珍しくクスクスと抑えた笑いをしながら、いまだスヤスヤと眠るアルマの尾を撫でていた。


 最近彼女らは、気付いたらくっついている時間が増えたように思える。

 主にサクラさんが、アルマの尾や耳を触って遊んでいるのではあるが。

 どれだけの期間貴族の屋敷に潜り込むのかは定かでないけれど、しばし会えない分アルマを今のうちに触ろうとしているようだ。

 ただなんとなく……、ペットに対して可愛がるそれに見えなくはない。



「ところでサクラさん、もう帳簿の方は大丈夫そうですか?」


「そうね、大体は問題ないかしら。基本的な仕組みが同じで助かったわ」



 ここまでの道中、サクラさんはクレメンテさんから必要な部分を教わっていた。

 意外な事に、帳簿の基本な構造はあちらの世界で使われている物と大差なかったらしい。

 というよりその仕組み等を持ち込んだのは、サクラさんと同じかつてこの世界へ来た勇者の一人であるという。



「でも本当に横領した金額を書いた帳簿なんて存在するんですか? ボクはそっち方面には詳しくないですけど、そんな証拠をわざわざ作る必要があると思えないんですけど……」

「それに関しては少々語弊がありますね」



 ふと沸いた疑問を、サクラさんへと問うてみる。

 そんなボクの言葉に横から割り込み答えたのは、馬車の荷台で詩集と思わしき本を捲っていたクレメンテさんだ。

 荷台で横になり高いびきをかくゲンゾーさん共々、ボクらの会話を聞いているとは思っていなかった。



「正確に言えば、見つけてもらいたいのは現金そのものですね。貴族はまず現金を使ったやり取りを行わないので、本来ならばあまり屋敷のへ金銭を置かないのが普通です」


「現金が見つかったとして、それが不正なものであるとどう証明するんですか?」


「貴族の資産というのは全て国に管理されているのです。人を雇うにも食費を捻出するのも、基本的には全て国庫から出される。とはいえ一切持たないというのも不自由ですので、細々とした物を購入できるよう多少の現金を渡しています」


「ではその記載されていない資産を見つけろと?」


「支出した分は帳簿を付けているはずです。それと照らし合わせ、合わない部分を見つけるのが彼女の役割ですね」



 そういえば貴族が破産したという話を聞いたことがない。

 その正体がこれであるようで、少しばかり羨ましい気がしてならなかった。


 ただ何にせよ、これはなかなかに難しそうな役目だとは思う。

 ボクらは使用人として潜り込むのだけれど、その帳簿を見せてもらえなくては話にならない。

 なのでまずはその貴族とやらに、信用してもらわねば話にならないはずだ。



「現金のままではなく、美術品に換え保有している可能性もあります。ですのでそちらの目録とも、別途照らし合わせて下さい」


「一気に仕事量が増えた気がします。それに聞けば聞く程貴族のイメージも悪くなるし」


「殆どの人はこれを知りませんからね、知った途端に貴族嫌いになるという人は多いですよ。でもこれはこれで大変なようで、インク壷一つ買っても後で確認されますからね」



 つまり真っ当にやっている貴族にとっては、労も多いという事か。

 ボクらがやるのは、そういった真面目にやっている貴族を尻目に、不正を行う者を暴くことだ。

 そう思えば、多少は身の入り方も違う。

 もちろん本来ならば勇者たちへ還元されるはずの予算を、着服している輩が許せないというのもあるけれど。



「もっとも今回これが解決しても、忘れた頃にまた別の貴族が同じような事を仕出かすんでしょうがね。……と、そろそろ王都が見えてきましたよ」



 クレメンテさんの言葉に、ボクらは正面へと視線を向ける。

 すると視線の先にある丘の谷間へと、徐々に大きな町が姿を現し始めていた。

 過去に一度だけ行ったことがある。あれがここシグレシア王国の王都エトラニアだ。



 若干天気が下り坂となってきたため、ボクは手綱を繰り馬の歩く速度を速める。

 しかし王都を二重に囲む外壁の内、1つ目を越えたあたりで雨が降り始めてしまった。

 雨除けの幌を出すよりも進んだ方がいいかと、2つ目の壁を越えた先に在る勇者支援協会本部まで馬を走らせる。


 ゲンゾーさんは気にもしていなかったが、ボクとサクラさんはアルマが濡れないように外套を被せる。

 やっぱり面倒臭がらず、早めに幌を張っておくべきだったのかもしれない。




「すみません、間に合うと思ったんですけど」


「別にもういいわよ。確かに幌を張るのって少し面倒臭いし」



 王都に在る協会本部が運営する宿。

 そこへ到着するなり、一足先に宿へ入ったアルマたちを余所に、ボクとサクラさんは馬車を預けるため併設された厩舎へ。

 そこで馬から手綱を外しつつ、申し訳なく思い謝罪する。


 サクラさんは気にしないよう告げ、濡れた防具を外し借り受けた布で髪を拭いている。

 今でこそ小降りになっているが、ついさっきまではかなりの土砂降り。揃って全身濡れ鼠だ。


 長く艶やかな黒髪を、布で挟み込むように吹いていくサクラさんの動き。

 そして肌へ張り付いた服が見え、ボクは馬の濡れた身体を拭きながら明後日の方向へ視線を逸らす。



「ほら、早く中に入って着替えましょ」


「は、はい」



 馬の濡れた身体を拭き厩舎の中で落ち着かせると、視線を逸らしたまま先を歩くサクラさんの後ろを歩く。

 時々前へと視線を向けると、夏場で薄着をしているせいで、雨に濡れ透けて見える下着が目の毒だ。


 そんな視線を逸らすボクの様子に気付いたのだろうか。

 サクラさんはボクの横へ並ぶよう歩調を合わせ、少し上から見下ろすようにニヤつく。

 少し俯き加減で歩くボクの首へと腕を回し、グイと身体に寄せられると、引きずるように協会の中へと連れて行かれた。


 雨で濡れたこもる臭いに混じり、どこか甘い香りと柔らかな感触に動悸を速めながら、人の少ない廊下を歩く。

 その最中、ボクは久方ぶりにこう思った。やはりちょっと小さ目だなと。

 しかし直後に、ボクは言葉も無く拳骨を食らうのであった。


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