ギソウ 04
閑散。という言葉がピッタリな光景なのかもしれない。。
久方ぶりに顔を出した騎士団の施設は、人っ子一人とまでは言わないまでも、かつての様子とは程遠い有様だった。
召喚士の育成を主とする棟に足を踏み入れるも、以前には多く見習い召喚士たちの賑わいが聞こえてきた場所が、シンと静まり返っている。
覗き込んだ談話室もガランとし、宿舎の部屋もほとんど名の刻まれた板が掛かっておらず、住人が居ないことを表していた。
「どうしたんだろう……、人が少なすぎる」
ボクは誰も居ない食堂の中で、一人立ちつくし呟く。
元々召喚士というのはこのシグレシア王国に限らず、この世界において花形と言える職業の一つ。
ある程度の増減こそあるものの、毎年相当数の志願者が集まるし、募集の定員が割れることなどまずない。
一定水準に達した者から順次召喚を行い巣立っては行くも、それでも常に下の期となる見習いたちが残っている。
毎年見習い召喚士を連れて行う遠征訓練などはあるけれど、どうやらそれとも異なるようだ。
「お前、クルスか? いったいどうしたんだ」
そんなボクが首を傾げつつ食堂へ足を踏み入れると、すぐ背後から名を呼ぶ声が聞こえる。
驚きながらそちらを振り返ると、立っていたのはボクがお世話になってきた教官。
「教官、ご無沙汰しています」
「久しぶりだな。急にどうしたんだ、お前はとっくに旅立ったはずだが。……まさか」
数か月ぶりに再開する恩師へ挨拶をすると、本来ならばこの場に居るはずの無いボクの姿に、教官はよからぬ想像をしたようだ。
ボクはそれに対し、すぐ首を横に振って否定する。
「ボクも勇者も無事ですよ。王都に行く途中に町へ寄ったので、教官にご挨拶と経過報告を」
「……そうか、それなら良いんだ。つい悪い想像をしてしまうのは悪い癖だな。勇者を失って途方に暮れた召喚士が、思い悩んで相談に来るなんてのはしょっちゅうだ」
やはり教官は、ボクがサクラさんと死に別れたと思ったらしい。
教官自身も元は召喚士であり、早々に自身が召喚した勇者を失っているため、どうしても気になってしまうようだった。
確かにここで暮らして訓練を受けている時期に、ボクも何度かそういった理由で宿舎を訪ねて来た先輩召喚士を見かけた。
皆一様に暗い顔をしていたり、先の見えぬ不安に押しつぶされそうであったのを覚えている。
ボクら召喚士が、異世界の人を呼び出す術を使えるのは人生に一度きり。
生涯唯一となる相棒を失った召喚士の多くは、騎士団を辞め故郷に帰っていくと聞く。
……ボクがもしサクラさんを失ったら、きっと同じ道を辿るのだろう。
「だがそういえば、お前たちの噂はここへも届いているのだったな」
「噂ですか?」
「カルテリオで随分上手くやったと聞いたぞ。奴隷売買の組織を壊滅させただの、山ほどの大きさをした魔物を狩っただの」
「奴隷商はたった数人でしたし、魔物の大きさが山並みってのは大げさですよ。せいぜいがちょっと小さな家くらいで」
どうやら勇者としての活動は、移動日数にして数日ほど離れたこの地にも届いているらしい。
とはいえ王都で活動する勇者にも届いていた話なのだから、教官が知っていてもおかしくはないか。
若干誇張されて伝わってしまったようだけれど。
「まあそうだろうな、流石にそこまで巨大な魔物が今まで放置されたりはせんだろう。家といえば、今ではその報酬としてもらった豪邸に住んでいるとも聞いたが?」
「豪邸だなんて……。ちょっと立派ですけど、普通の家ですよ」
と、一応は謙遜しておく。
ボクとサクラさんにアルマ、3人それぞれに広い寝室を持てる庭付きの一戸建てが、ちょっと立派程度かどうかは置いておくとして。
実のところこれらの噂は、町に勇者を呼びたがっていたカルテリオの町長により意図的に流されたもので、今のところそれは効果を挙げているようだ。
この様子ならば、あの町へ行っても良いと考える勇者が他にも出てくるかもしれない。
「それにボクたちだけの力で得たものではありません。魔物を狩るのだって、居合わせた他の勇者たちの助力もあってですし」
「ゲンゾー殿の助勢もあったと聞いたが、それでもそう容易く成せるものではない。この町でも、そしてカルテリオでも君たちは成果を残し評価された。それは十分誇っていい」
これ以上の謙遜は嫌味になるだろう。
ボクは嬉しそうに肩を掴む教官へと、笑顔で頷いた。
ただ唐突に、その話で一つ思い出したことがある。
サクラさんが壊滅させた奴隷商たちは、確かこの町へ連行されたはずで、裁判もこの地で行われたのではなかったかと。
「ああ、あの連中なら確かに連れて来られた。一応は裁判を経て、数日後にはこれだ」
教官はこれといった感情を表に出さず、涼しい様子で首元に親指を当てて横に引く。
どうやら奴隷商たちの処刑は執行されたようで、口振りからすると教官もそれに立ち合っていたようだ。
重犯罪である奴隷売買は、処刑の手段もそれなりに苛烈な方法が用いられる。
聞いた話によると、……かなり目を覆いたくなる手段であるそうだ。
とはいえアルマを危険な目に遭わせ、多くの子供たちを売り捌いてきたであろう連中に対し、同情する気など欠片もない。
「本来ならば居るはずの見習いたちが居ないのは、ある意味で救いだったかもしれんな。既に騎士団所属の身とはいえ、ああいった行為を見せるのは些か躊躇われる」
「そうだ、その事なんですけれど。どうして召喚士見習いの姿が見えないのですか? 今までなら、こんなに閑散としている時なんて無かったと思うのですが」
教官は食堂の隅に置いてあるポットから水を取り、一気に飲み干すと、適当にある椅子の一つへと座る。
一息つきボクにも座るよう促すと、彼は卓に肘をつきとても愉快そうには見えぬ顔をした。
「ほとんどの連中は、既に召喚の儀を終えここを発った。僅かに残っている連中は、まだ召喚の許可を下ろせない人間ばかりだ」
「ほとんど発ったって……、ボクより何期も下の子たちがですか?」
「中央からの命令でな、とりあえず勇者の数を揃えろと。実力の程度は二の次でいいそうだ」
ボクなどは同期の中でも、かなり召喚の許可が下りるのが遅い方だった。
訓練の進みが芳しくなく、人よりも召喚士としての適性が劣るのではと評価されていたためだ。
それはボクら召喚士もある程度の力を身に着けなければ、強い勇者を召喚するのは難しいという説に基づいている。
年下の召喚士見習いたちに、ボクは幾度となく先を越されていた。
ただそれでも精々が一期か二期の差程度、それより下のまだ子供と言えるような年齢の子たちは、到底召喚の許可など下りるはずがなかった。……今までは。
「中央……、王都の騎士団本部のことですよね」
「この命令が届いたのは、"森の王"が町を襲った直後だったか。もう少ししたら新しく見習いの小僧どもが入ってくるが、そいつらも1年ちょっとの訓練で放り出すハメになるだろうな」
そう言って、教官は口惜しそうに頭を抱える。
当然だ。召喚士としての訓練も碌に済ませていない子供が呼べる勇者の実力など、たかが知れているというのが有力な説だ。
その仮説が正しかったとして、実力的に不安のある勇者を送り出したらどうなるか。そんなのは考えるまでもない。
ボクなどは召喚士としての力が弱い方とされるが、それでもサクラさんのように高い水準の勇者を呼び出せた。
ただこれは万分の一などと言われかねない、奇跡的なことなのだと思う。
「そんなに勇者の数が足りていないんですか?」
「王都だけを言えば飽和状態だ。しかし地方が圧倒的に足りていないし、最近は徐々に魔物の発生数も増えつつある。それに加えて……、国同士の意地の張り合いもあるらしい」
いったいどういう事であろうかと問うと、どうやら近々王都へと、他国からの使節団が来るのだと言う。
つまり他国から来る使者に対し、我が国はこれだけ多くの勇者を揃えているから舐めるなよと言いたい訳だ。
表面上協調する国同士で牽制し合っているというのは、召喚士にとっては遠い話。
だがそのために揃えられた勇者が、どれだけ戦える存在であるかは甚だ疑問だった。
「あいつらが勇者共々、運良く生き残ってくれればいいんだがな……」
そう呟く教官の表情からは、苦悩が色濃く漏れる。
教え子たちが自身と同じように勇者を失う、或いは共に倒れる可能性を考えると、居ても立っても居られないようだった。
その後ボクは、珍しく愚痴を溢す教官に最後まで付き合い、少しばかりの時間を過ごした。
ただあまり長く拘束するのも申し訳ないと口にする教官と別れ、完全に日の落ちた大通りを歩き、協会の宿へと戻っていく。
中へ入り食堂を兼ねた広い空間を眺めると、そこには30人近くの人間がたむろしていた。
ここにこれだけ大勢の人が居るのを見るのは初めてだ。
ただ協会運営の宿を利用している時点で、まず間違いなくこの全員が勇者と召喚士。
それとなく一瞥すると、少年少女たちはボクへと会釈をする。
やはり面識はなくとも、ご同業であるというのは察するらしい。
ボクも会釈を返しつつよくよく見てみれば、彼ら彼女らは明らかにボクより何歳も年下。成人も迎えてはいない年齢であると知れる。
やはり教官が言っていたように、まだ子供と言える年齢の子たちも駆り出されているようだ。
「随分と盛況ですね」
「今のところはそうだな。これがどれだけ生き残ってくれることか」
カウンターへと行き、おじさんと言葉を交わす。
おじさんもまたこの若く訓練も積んでいない召喚士たちが、この先やっていけるかを心配しているようだ。
それも当然か。人は見かけに寄らないとは言うものの、彼らが連れている勇者はとてもではないが強そうには見えない。
極度の肥満で歩くのも辛そうな男や、その逆に過度に痩せすぎ、触れば折れてしまいそうな腕をした少女も居る。
召喚士の実力が勇者の実力を決めるというのは、あくまでも有力な説というだけに過ぎない。
ただこれを見てしまえば、その説はあながち的外れではなく、サクラさんが例外中の例外だったのではと思わされてしまう。
「正直、難しいとは思うがな」
「……死ぬときは呆気ないですからね」
「お前さんらも精々生き残ってくれよ。五体満足で引退できるやつは一握り、その中に入ってくれれば何も文句は言わん」
この町で"森の王"と呼ばれる魔物を討伐した時、新たに呼び出された勇者たちが、アッサリとそいつに食い殺された光景が脳裏をよぎる。
近隣の草原で出くわすウォーラビットやランプサーペントなどは、魔物全体から見れば下の下。
強い魔物に遭遇してしまえば、命を落とすことは赤子の手を捻るよりも簡単だ。
願わくばこの勇者と召喚士たちが、そうならないようにとおじさんは考えるばかりのようだった。
「ところでお前の連れだが、全員が飯は外で食うと言って出て行ったぞ」
「そうなんですか? 久しぶりにおじさんの作った食事が食べられると思ったのに」
「そう言ってくれるのはありがたいがな。これだけ泊まってる連中が大勢居るんだ、……当然ワシ一人じゃ手が足りん」
おじさんは背後の壁向こうへ存在するであろう厨房へと、肩ごしに親指を向ける。
そうだった。これだけ人数が多い時には、近所のおばちゃんたちが食事を作るのに協力してくれるのだ。
つまりここで出される食事は、おばちゃんたちの善意による「若いんだから味よりも量が欲しいでしょ」という、絶対的な理論で武装され構築された代物。
ただでさえ激安な宿代から捻出される食材費を、質より量に向ければどうなってしまうか。
この脅威、ボクも身に染みていた。
「すみません、ちょっと用事を思い付いたのでボクも外で食べてきます」
「……用事は思い付くものじゃない、思い出すもんだ。まぁいい、ゆっくりしてこい」
おじさんも出されるであろう悲惨な代物を前に、逃げ出すという選択肢を勧めているかのようだ。
食堂で談笑する新米勇者と召喚士たちを背にし、彼らの胃が無事であるのを祈り、ボクは急ぎ宿から逃げ出したのだった。




