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ギソウ 03


 前回この街道を通ったのは、4ヶ月ほど前だろうか。

 その時は今と逆の方向へと進んでいた。つまり現在ボクらが拠点とする、港町カルテリオへ向かって。


 だが今度はその道をひたすら北上。

 ボクがサクラさんを召喚した騎士団の拠点がある町を経由し、一路この国における政治経済の中心である王都へ。

 よもやこんなにも早く、一時的とはいえ町を離れるとは思わなかった。人生何が起こるかわからないものだ。


 カルテリオで家を持ったとはいえ、町長との約束でボクらにはそれなりに移動の自由が有る。

 ただ一つ気になるのは、こうして王都行きを決め町を離れている間に、もし町が魔物の被害を受けてしまったらという点。



「大丈夫でしょ。今は少しだけ勇者も居るし、無茶しないなら十分対処できるって」


「だといいんですけど……」


「心配しすぎだって。見た限りだけど、彼らも実力的には低くなさそうだったもの」



 幸運なことにと言っていいのか、現在カルテリオにはサクラさん以外に、幾人かの勇者が滞在している。

 どうやらその勇者たちは、元々王都近辺で活動していたらしいのだけれど、王都は常に多くの勇者たちにより激しい競争に晒される。

 そんな暮らしに辟易していたところに、風の噂でボクらが巨大な魔物を討伐し、家を貰ったという話を聞きたのだという。


 きっと彼らからすれば、渡りに船だったのだろう。

 他の勇者に先を越されないよう、急ぎ王都を離れカルテリオを目指したというのは当人たちの弁だ。



「ねークルス。王都ってまだなの?」


「あと4日ってところかな。その前に別の町に寄るけれど」



 カルテリオの商家から借り受けた馬車の上で、転がり遊んでいたアルマが問いかけてくる。


 王都へ向かうと決まった時点では、アルマはクラウディアさんに預かってもらおうと考えていた。

 だが亜人であるこの子は、どうしても狙われ易い。ボクらが町を離れている時などは特に。

 そこでいっそ同行した方が安全であろうと連れてきたのだけれど、貴族の屋敷へ潜入している間は、クレメンテさんが自宅で預かってくれることになった。

 それになにより、アルマだけ置いて温泉を楽しむというのも気が引ける。



「もう少しでその町へ着くから、ちょっとだけ我慢してね」


「遠いんだね」


「そうだね。町から町まで何日もかかるし、街道上には魔物も出るから、普通の人はなかなか遠くに移動できない」



 多くの人は、生まれたその土地だけで一生を終えていく。

 移動を繰り返すのはボクらのような勇者と召喚士か、あるいいは行商人。もしくは配属先の変更となった騎士くらいなもの。

 例え他所の土地に興味が沸いたとしても、移動の危険もあって普通は動かないのだ。


 本来カルテリオにおいてもそうなのだけれど、あそこは町自体がずっと魔物の脅威に晒され続けてきた土地。

 そのためより安全な土地を求め、多くの人が出て行ってしまったらしい。

 サクラさんが来て以降は、魔物の減少により歯止めがかかっているようだけれども。



「でもボクらは大丈夫だよ。サクラさんとゲンゾーさんは凄く強いし、魔物が来たって安心だからね」


「うん!」



 端から不安など感じていないかのように、アルマは満面の笑顔をボクに向ける。

 本来であれば、以前アルマを運んでいた奴隷商の馬車ごと、魔物に襲われた時の恐怖の記憶が残っていてもおかしくはない。

 ただその時は早々に気絶してしまったのか、当人にそういった実感はないようだった。


 昨日、その魔物に襲われていた近辺を通るも、夏になり木々が鬱蒼と覆い繁ってしまったせいか、結局奴隷商の馬車を発見することは叶わなかった。

 あの時は碌に埋葬もできなかったので、もし骨の欠片でも残っていれば祈るくらいはしたかった。

 それに少しでも、アルマに関する手掛かりが残っていないかと思ったのだけれど。




 そうこうする内に、ボクらは街道上の魔物を数匹狩りつつ、無事経由地となる町へ到着した。

 カルテリオよりも少しばかり北に位置するだけあってか、あの町よりはかなり涼しいと思える。

 丘を駆ける風によって、熱がこもらないでいてくれるというのが、その理由なようだ。


 南門から市街地を通り、街の中心部にほど近い協会の支部へ着く。

 ここを離れてしばし、別段昔とは言えないけれど随分懐かしい気がしてくる。

 入口の簡素な扉を押し開け薄暗い中へ入ると、カウンターの向こうへと座り目を閉じていたおじさんが、こちらへと視線を向けた。



「お前らか。久しぶりだな」



 相も変わらず愛想はない。しばらくぶりの再会で無事を喜んでくれるのを、僅かながら期待していたのだけれど。

 ただ彼のような立場だと、こういった再会も日常茶飯事なのかもしれない。



「ゲンゾーさんも、ご無沙汰しています」


「まだこの町に居ったか小童が。ここへ来るのは久方ぶりだが、流石にもう居らぬと思っておったぞ」



 ゲンゾーさんも顔見知りなようで、おじさんへ近寄り懐かしそうに肩をバンバンと叩く。

 それだけでこの二人が、旧知の間柄であると知れた。


 比較的大きな騎士団の拠点があるこの町は、召喚士たちを育成する場でもあるため、ここで召喚される勇者は多い。

 なかなか想像がつかないけれど、ゲンゾーさんも昔ここで召喚され近隣の弱い魔物を狩っていたのかもしれない。


 そんな手荒い再開を喜ぶゲンゾーさんをあしらい、協会職員のおじさんは、ボクらが今日泊まるための手続きを進めていく。

 その様子は以前と同じく、非常に淡々としている。

 ただ食事面での面倒をよく見てくれたりと、意外に親切な一面を持つ人物だ。



「すみません、ついでにこれも引き取ってもれませんか」



 ボクは馬車から降ろしていた、道中に狩った魔物をカウンターの上へ袋ごと置く。

 袋の中に入っているのは、街道を行く途中で出くわしたウォーラビット。

 食料とするために狩りはしたものの、結局食べないままで街まで辿り着いてしまったのだ。

 少しばかり小銭になれば上々だし、案外今夜の食事として出してくれるかもしれないという期待を込めて。


 ただ置かれた獲物を一瞥したおじさんは、すぐチラリとサクラさんへ視線を向ける。



「確かお前さんの得物は、弓じゃなかったのか?」



 流石に年季が入っている。おじさんは一目見ただけで、使われた武器が何であるのか察しがついたらしい。

 ウォーラビットの首元へ刻まれた傷は、矢によって穿たれた穴ではなく、鋭く裂かれた細長いもの。

 こいつを狩ったのはサクラさんだけれど、その時に使ったのは普段使っている弓ではなく、かつてボクが彼女へ贈った短剣だ。


 今回王都エトラニアに行き潜入するのは貴族の屋敷。

 当然屋内では弓矢を使う訳にもいかないし、第一そんな物を持っていては目立ってしょうがない。

 そこでここ数日はあえて、普段あまり使わない短剣など扱いに慣れるべく、積極的に使おうということになったのだ。



「どうかしら。弱い魔物相手とはいえ、私としては会心の出来なんだけど」


「……悪くはない。急所を一撃で突き、無駄に傷を付けていないようだ」



 どうやら本職の目利きから、完璧のお墨付きはいただけたようだ。

 サクラさんの持つ"スキル"は、移動する物体に干渉しその軌道を細かに修正するという、地味ながら非常に有用なもの。

 ただ一方でそれは弓矢にこそ有効でも、手に持った短剣を使うとなればそうもいかず、逆にスキルを活かしていくのが難しい。


 しかしここまでの経験が活きたのか、かなり弱い部類の魔物とはいえ、サクラさんは上手く一撃で仕留めることに成功している。

 そんな様子に満足したであろうおじさんは、大きく頷きカウンターの下から幾ばくかの硬貨を取り出した。



「とりあえずこんなところか。今のお前らには、物足りない額だろうがな」


「十分よ。金額よりも腕前を評価してくれた方が重要だもの」



 その出された金銭を受け取り、サクラさんは穏やかに微笑む。

 確かにその額は最初の頃と違い、昨今のボクらからすれば微々たる金額になりつつあるのは確か。

 それでもサクラさんにとっては、おじさんから評価の言葉を受けたことが、余程価値のあるものだったようだ。


 受け取った金銭を財布に入れ、おじさんはウォーラビットを裏手に運んでいく。

 その最中にふと協会の建物内を見回してみると、一つあることを思い出し、戻って来たおじさんへと問う。



「そういえば、ベリンダとミツキさんはもうここには居ないんですか?」


「装備を揃えるのに少々時間はかかったが、1ヶ月くらい前に出て行ったな。行き先なら聞いてないぞ、王都以外に行こうとしているような話はしていたが」



 協会の建物内には、数人の勇者と召喚士がたむろしている。

 ただその中に、最初のボクらと同じくここで活動していたベリンダとミツキさんの姿はない。

 なかなか戦いへの踏ん切りがつかなかったミツキさんも、なんとかベリンダと共に新たな地へ旅立ったようだ。


 親しい友人に会えるのではないかと、微かに期待していたのだけれど、なかなか上手くいかない。

 もっとも新天地を求め、旅立っていったのは喜ばしい事だ。



「とりあえず、ボクは騎士団の施設に顔を出してきますね」


「了解。私はそうね……、武具店にでも行ってこようかしら。おっちゃんたちは?」



 協会への挨拶と一晩の宿を確保するのは済んだ。

 ボクが次にしなくてはならないのは、町の郊外に建つ騎士団施設へと顔を出し、少しばかりの報告を行うこと。


 サクラさんがゲンゾーさん達へと向けて問うと、彼らは手をひらひらと振って、ここで休んでいると告げる。

 おじさんに酒を注文しているあたり、これ以上動くよりも腰を下ろして酒盛りに興じたいようだ。

 毎日のように呑んでいる彼からすれば、何日も酒に在り付けない旅は耐えがたいのかもしれない。



「ではサクラさん、アルマをお願いしていいですか? 場所が場所なので、小さい子を連れて行くのは少々……」


「いいわよ。とは言ってもこっちも行くのは武具店だから、あまり変わらない気もするけど」



 ボクはアルマをサクラさんに任せ、騎士団の施設へと向かう。

 そこへ行くのはサクラさんに発現したスキルを調べに行った時以来だろうか。

 久しく会っていない教官に、いったいなにを言われるのだろうかと、ボクは若干の緊張をしながら協会の外へ出るのだった。


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