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ギソウ 02


「と言われましても……」



 クレメンテさんから告げられた言葉に、ボクはいったい何をと狼狽える。

 突然手伝わないかと言われても、何をすればいいのか。

 きっと届いた手紙に関わる内容なのだと思うけれど、彼らのような実力者が受けるような仕事、ボクらのような新米ができるとも思えない。

 もし強力な魔物の討伐を手伝えなどと言われでもしたら……。


 などとボクが考えていると、クレメンテさんは自身の頼み方が悪いと考えたのか、苦笑いしながら訂正してくる。



「すみません、あまりにも説明不足でしたね。実は彼女の数字を扱う能力をお借りしたいのです」


「数字……、ですか?」



 追加で説明をしてくれるが、ボクにはまだ彼が頼もうとしている内容が掴めずにいる。

 かといってゲンゾーさんが冗談交じりで言っていた、書類仕事を任せてしまおうという話を本気で言ってるようにも見えない。

 クレメンテさんは視線で周囲を見回すと、声を抑えこの場所では話し辛いと漏らす。


 ならばと早々に食事を終え、酒場からボクらの住まう家へ移動することに。

 彼らが使うクラウディアさんの宿でも良さそうに思うも、どうやら本格的に人に聞かれては困る内容のようだ。

 その漂う緊張感から、ボクは暑さとは別の理由で背に汗をかいてしまっていた。



 家へ戻ると、サクラさんの背で寝息を立てていたアルマを部屋へ運び、ボクらはリビングへと集まる。

 そこで大きな卓を囲み、全員分のお茶を淹れて配り終え座ったところで、クレメンテさんは神妙な顔をして話を切り出した。



「これは是非内密に願いたいのですが……」



 そう前置きし、神妙な様子で話し始める。

 あまり表に出せない、というよりも相当に秘匿性の高い内容であるとこのことで、部屋に漂う空気はより張り詰めていく。



「勇者支援協会の本部内には、得られた素材の売買を管理したり、特殊な魔物の討伐報酬算定を担う部署がありまして」


「そうでしょうね。私たちが扱うだけでもかなりの量だし、ましてや国内全土を監督する規模なら、専門的に扱う部署があってもおかしくはない」


「ええ、つまりは勇者たちが受け取る金銭のほとんどを管理する場です。……どうやらそこで、不正が行われているそうで」



 クレメンテさんの口から発せられた内容に、ボクは息を呑む。


 複数の国に跨って活動する勇者支援協会は、各国毎に本部となる拠点を構えている。

 ここシグレシア王国では王都エトラニアに在り、国内に散らばる勇者たちの活動状況を把握し、監督する役目を持つ。


 魔物討伐を行い、それらから得られる素材の値を定めるのも協会の役割であり、これは勇者としての活動の生命線。

 その金銭を扱う部署において、クレメンテさん曰く不正が行われているという。



「勇者が各地で採集した素材は帳簿に纏められ、定期的に本部へと送られます。その成果を精査し、各地の支部へと予算配分を行っているのですが……」


「途中で数字が歪められた、と?」


「仰る通りです。今回密かに調査を行った結果、本部内でその改竄が行われていたことが判明しました」



 サクラさんの言葉に、クレメンテさんは肩を落とし頷く。

 カルテリオにおけるクラウディアさんのように、各地の人間が運営する支部から送られた帳簿は、一旦本部へ集められる。

 そこでボクら召喚士が提出している活動報告などと照らし合わせ、各支部へと給付を行っている。

 ただここ数年、帳簿と各地の支部へ実際に交付した数字に大きな隔たりが生まれるという例が、顕著になってきていたらしい。



「長年細々とした数字の不一致はあったのですが、それなりに大きな組織ですからね。単純な間違いによるものと、問題にはなっていなかったのです」


「それも大概どうかとは思いますが……」


「仰る通りです。本来ならちゃんと確認し、原因を洗い出さなければなりません。ですがまあ……、いわゆるお役所仕事というやつで、今までは適当に処理されてしまいました」



 クレメンテさんの言葉で、この町に来た時にアルマを預けた役場の人間を思い出す。

 あの彼がちゃんとしていれば、アルマは危険な目に遭わなかっただろう。その代わり奴隷商は捕まらなかった可能性もあるが。

 その後、役場の彼が何らかのお叱りを受けたかどうかは知らない。



「ですがここ数年、その額が無視できない程になりまして。ここに至ってようやく、これが作為的に行われている疑いが強まってきたという訳です」


「……まさかとは思うけれど、私たちにそれを探れっていうのかしら?」



 サクラさんの訝しげな質問に、クレメンテさんは言葉無く首を縦に振って肯定する。

 つまり帳簿の扱いなど数字に強いであろうサクラさんに、監査の真似事をしろと言っているのだ。

 しかしなぜそれをするのが、彼女なのだろうかという疑問が浮かぶ。



「でも確かこの国にある協会って、騎士団が管轄しているんでしょう? そういうのを専門にやる人たちが居るんじゃないの」



 当然のことながら、サクラさんもボクと同じ疑問を抱いたようだ。

 本来ならばそういった監査は、王国騎士団にある専門の部署や係の人間がやるものであって、現場の勇者に放り投げるようなものではないはず。

 サクラさんら勇者も、立場上は一応は騎士団所属ではあるのだけれど、それでも畑違いであるのに違いはない。

 クレメンテさんに関しては、ここまでの功績などから協会の要職に就いているらしく、そう言った理由でこの騒動へ関わっているに過ぎない。


 それにそもそも数字を扱う仕事をしていたからといって、彼女がこちらの世界での帳簿を見れるとも限らないわけで。

 ボクも以前に少しだけ見たことがあるけれど、あんな難解な代物が異世界でも全く同じ仕組みで作られているとは到底思えなかった。



「その考えもご尤も。ですが今回は、あまり表だって動けないのですよ」


「というと?」


「実を言えば犯人の目星はもうついています。ただこれが少々難儀な相手でして、……この国の貴族なのです」



 困ったような様子でクレメンテさんは呟く。

 ただそういう事情であれば、堂々と動けないというのも納得だ。


 騎士団や協会に限った話ではないけれど、この国において公的な組織の中枢で上の方に座る人間の多くは、貴族出身者で固められていると聞いたことがある。

 一般の協会職員から成り上がった人も居るけれど、それはごく少数。

 この国が王や貴族により統治されている以上、彼ら貴族はこの国における支配者。


 ようするに支配者階級である貴族が相手なので、追及が難しいということのようだ。

 それにおそらくは、監査を行う担当の人間も貴族階級の出身者。

 クレメンテさんたちへその情報を知らせてきた人物は、貴族か否かはわからないけれど、それを快く思わない人なのだろう。



「もし仮に告発したとしても、衆人が理解できるほど明確な証拠がない限りは、門前払いをくらうだけでしょう。なので貴女方には、その確固たる証拠を掴んで頂きたいのです」


「証拠を掴めって言われても、具体的にどうすれば……?」



 帳簿の閲覧を求めたり、証拠を探すために家を捜索したりなどという権限は、当然ボクらが持つはずもない。

 そもそも許可など降りはしないはずだし、例え降りたとしても、碌な協力も得られはしないはずだ。


 ボクはクレメンテさんへその手段を問うのだが、彼は食堂でサクラさんに目を付けた時と同じような、ニンマリとした笑みを浮かべ始めた。

 ……どうにも嫌な感じがする。

 そういえば引き受けるかどうかを答えぬまま、随分と深い部分にまで話が及んでしまっている。

 まさか既に、引き返せぬ段階にまで首を突っ込んでしまったのだろうか。



「では単刀直入に。お二方には、犯人思われる輩の屋敷に潜入してもらいます」


「……は?」


「別に盗みに入れと言ってるのではないですよ。使用人として潜り込んで証拠を探り、頃合いを見計らって逃げていただければ」



 やけにアッサリと言うが、その内容は呆気に取られるものだ。

 ボクらは正面切って魔物と戦うのが仕事であって、間諜のような真似をする訓練など受けてきてはいない。

 完全に専門外、門外漢の類だ。


 だがこれでクレメンテさんが、サクラさんへ狙いを定めた理由がわかった。

 数字に強く、王都で活動をしていないため顔が割れておらず、荒事が起こっても自身で身を守れる。

 そういった理由を考慮し、話を持ちかけてきたのだと。



「でも大丈夫なんですか……? その、ボクらみたいな部外者がやっても」


「法的な問題については心配されなくて大丈夫ですよ。証拠を掴んだら司法を介さず、適切に処理を行いますので」



 彼の言う適切な処理の方法とやらは、あえて聞かないでおこう。

 もし露見してしまったらどうしようと思ったが、クレメンテさん曰く、身元の偽装に関しては任せてほしいとのこと。


 まさかゲンゾーさんやクレメンテさんが、日常的にこんな役割を担っているとは思わない。

 だが度々こんな厄介事を片付けなくてはならないとすれば、この長閑な町に長居したくなる気持ちもわからなくはなかった。



「もちろん、私たちの仲に免じてタダでなどとは言いません。相応の謝礼はお出ししましょう。そうですね……、このくらいで如何ですか?」



 流石に荷が重いと考え、ボクは断りの言葉を吐こうとする。

 しかしクレメンテさんが提示した額は、おそらく駆け出しの勇者と召喚士が受け取る額としては法外なものだった。

 正直その額に心が揺れる。これだけあれば、ひと夏と言わず2年かそこらは、ノンビリ暮らしていけるはずだ。


 とはいえそれでもサクラさんは、危険に見合わぬと考えたらしい。

 首を横へ振って息を漏らすと、すぐさまボクが言いかけた言葉を口にする。



「やめておくわ。確かに魅力的な額だけれど、報酬が多いって事は苦労と危険も多いってことでしょう?」


「そうですね、否定はしません」


「ならやっぱり止めておいた方が賢明ね。折角だけど、もっと経験を積んだ他の人に回して頂戴。私たちはここでゆったり休暇を楽しんでいるから」



 これは普段やっている、魔物を相手にした戦いとは大きく勝手が異なる。

 悪事を働くような輩の屋敷に潜り込むのだし、場合によっては人を相手とし戦わなければならない可能性だってあるのだ。

 奴隷商たちを相手にした時は、これといって難なく切り抜けたけど、今度もそう上手くいくとも限らない。


 彼らには少々世話にはなっているし、ここまで話を聞いておいて心苦しいというのはある。

 でもサクラさんの言う通り、ボクらより適任な人が居るのではないか。

 王都の鍛冶工房に渡りを付けてくれるという約束も、これを断ったからといって無効にするような人たちではない。

 そう思い、ボクはサクラさんの言葉に同意しようとするのだが、クレメンテさんは追加で一つ条件を提示してきた。



「王都から乗合馬車で半日ほど行った所に、貴族や富裕層向けの保養地が在ります。事が終われば、そちらへご招待いたしましょう。もちろん費用は全額こちら持ちで。……温泉もありますよ」


「やります!」



 2つ目に提示された報酬に、アッサリと釣られたのはもちろんボクではない。

 リビングの卓に身を乗り出し、瞳輝かせながらクレメンテさんの手を取ったのはサクラさん。


 そういえば彼女は以前言っていた、風呂の無い世界なんてありえないと。あれは確か彼女を召喚した初日の出来事だったはず。

 それ以降もサクラさんは、度々風呂を欲する発言はしていた。

 最近でも彼女が庭を凝視し、風呂を置く計画を練っている姿を度々目撃している。


 それ程までにあちらの人々にとって、風呂というのは重要な存在であるようだ。

 当然温泉などと聞けば、居ても立っても居られないらしい。



「ではよろしくお願いします。詳しい段取りなどは、向こうに着いてから話しましょう」



 手を握り返し、ニコリと微笑むクレメンテさん。

 ……ボクはこれまで、彼が穏和で誠実な人物だと思っていただけれど、それは間違いだったのかもしれない。

 今ではその笑顔の向こう側に、腹黒い策謀家の顔が潜んでいるように見えてならなかった。



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