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ギソウ 01

今章は少々人を選ぶ話になると思います……。

でもその中でヒロインとの関係は進めていきたいところ。


――――――――――


 拝啓 お師匠様


 ボクがサクラさんを召喚し、既に3ヶ月少々。

 港町カルテリオでの活躍を認められ、町長から頂いた邸宅へ移りこの町を活動の中心として以降、日々忙しい毎日を送っています。


 預かることとなったアルマという少女は、そろそろサクラさんにも慣れてくれたようで、よく揃って買い物にも出かけているようです。

 しかしボクは、いつまたアルマが奴隷商に狙われるのかと気が気でなく、どうしても出かける度に周囲を窺ってしまう癖が抜けません。

 サクラさんに言わせれば、「神経質になりすぎ」とのことだそうですが。


 そんなアルマを連れ、現在ボクとサクラさんは一時現在カルテリオを離れています。

 というのもとある依頼を受け、王都へ行かなくてはならなくなったため。

 突然どうしてと思われるかもしれませんが、そうなったのには少しばかりの事情が――


――――――――――



 港町カルテリオの海側に築かれた、石を積まれただけの簡素な港の一角。

 ボクはその人もまばらな場所へ座り、ゆったりとした時間を過ごしていた。


 相変わらず夏の太陽は容赦なく照り付け、ジリジリと肌を焼いていく。

 そんな中でいったい何をしているかと言えば、別に大したことではなく、海へ釣竿を向けているから。



「……っ!」



 指先へ触れる感触を頼りに、思い切りよく竿を振り上げる。

 しかし針が魚の口へ食い込む前だったか、上がったのは餌だけを取られ鈍い色を晒す細い金属。

 その光景に悪態を飲み込み、餌だけを付け直し再度海へと放る。


 こうして釣りをしているのは、なにも節約のためにではない。

 この町で魚は安価に手に入る。むしろ釣竿や餌の値段と手間を考えれば、最初から買った方が安いし面倒がない。

 なのでこれは単純に、ボクが趣味としてやっているものだった。



「でも正直、こうも毎日暇だと……」



 なかなか掛からぬ魚に焦れ、ボクはつい愚痴が零れる。

 季節は本格的な夏を迎え、ここ最近は少しばかり魔物を狩るのもお休み。

 暑さから集中を欠いて怪我などせぬように、そして何よりサクラさんが肌を陽射しに晒され続けるのを嫌がったためにだ。


 その間、サクラさんは連日クラウディアさんの宿へと出向き、世間話に興じている。

 アルマも近所の子供たちと遊んだり、教会の司祭が行っている子供向けの勉強会に参加していた。


 一方ボクはと言えば、これを機に久しくやっていなかった趣味である釣りを行うため、一念発起し釣竿を購入。

 ただこれは下手の横好きと言われる類で、意気込みに反しまるで釣れやしない。

 ついさきほども漁港で働くおじさんたちから、「兄ちゃん才能ないな」とお墨付きを頂いたばかりだ。



「…………帰るか」



 最初こそ釣れずとも楽しかったけど、数日も碌に獲物がかからなければ、流石にウンザリしてくるというもの。

 港町で暮らすには丁度良いと思った趣味だけれど、やはり楽しむには極僅かでも素養が要るのかもしれない。



 少し早めに切り上げたボクは、釣竿と空のままな木桶を手に家路へつく。

 帰ったらきっと、サクラさんはさぞからかってくるだろう。

 人前ならば慰めてくれるはずだが、我が家の中であれば間違いなく指さして笑われてしまう。



「これ……、買って帰ってもバレないよね?」



 市場にある魚屋の前を通りかかり、並べられた魚の数々を眺める。

 笑い者となるのを避けるに一番いいのは、買った魚を釣ったと言い張ってしまうという手だろうか。


 そんなに大きくない、小さ目な魚であればきっと大丈夫。

 などと情けない考えに支配され始め、本気で魚を選びそうになる。

 しかし店主に注文しようとしたその時、不意に頭上から甲高い鳴き声が聞こえてくるのに気付く。


 キュイィィィっ。


 その鳴き声に驚き見上げてみれば、上空には一騎の飛竜が悠然と舞っていた。

 カルテリオに来て3ヶ月以上になるが、ここで飛竜を見るのは初めて。

 サクラさんを召喚した町に在る、騎士団の施設で飼育されていたのを見て以来。


 騎士団が主に遠距離との連絡用に運用している飛竜だけれど、一般にはよく魔物と間違われることが多い。

 だが実際には魔物が現れるよりずっと以前から、人によって飼われ続けてきた家畜なのだ。

 獰猛そうな外見に似合わず、意外と人にも慣れ易く大人しい。



「こりゃまた珍しい。あんた達んとこの客人か何かかい?」


「どうでしょう。これといって覚えはないんですが」



 同じく見上げる魚屋の店主は、貴重なものを見れたとばかりに感嘆の声を上げる。

 シグレシア王国の中でも、僻地に分類される土地であるここは、騎士団の駐留施設も極々小さなものでしかない。

 わざわざ飛竜を使うほどの、火急の用件があるようには思えないのだけれど……。



 その飛竜は上空を何度か旋回した後、着陸できそうな場所を見つけたのか、ゆっくりと降下を始めた。

 少しばかり気になりはするも、あまり関係ないかと思い、魚を買わず店主に別れを告げ一路家へ。

 そこから釣り具一式を物置へ納めると、汗にまみれた服を着替える。


 いつもなら、これから夕食の支度をするところ。

 ただ最近は自炊を頑張っていたので、たまには楽をするのも良いだろうと、この日は酒場へ食事に行く予定となっていた。

 ボクとアルマは一旦サクラさんが居る宿で合流して、そこから向かうことになる。

 行き先が酒場であるだけに、ボクはともかくアルマを一人で向かわせるというのが憚られたからだ。



 そうしてクラウディアさんの宿へと到着すると、アルマは既に座って待ち、、サクラさんに尻尾の毛を小さな三つ編みにされているところだった。

 あまり人前に晒す事の無い尾ではあるけれど、こうしてみるとなかなかに可愛いかもしれない。



「おう坊主、今夜は酒場で飯を食うんだってな。ワシらもこれから行くから、たまには奢ってやらんでもないぞ!」



 クラウディアさんの宿へと入ってすぐ、殴りつけるかのように大きな声を発するのはゲンゾーさんだ。

 彼はボクへと近づくなり、ガシリと肩を掴み大きく笑った。


 意外な事に、勇者のゲンゾーさんと相棒の召喚士であるクレメンテさんの2人は、いまだもってこの町に留まっている。

 正直ボクは、彼らはちょっとした休暇でこの町に来ているのだと思っていた。

 なので少ししたら王都へと帰ると思っていたのだけれど、結局はボクらとそう変わらないだけの期間をここで過ごしている。



「久しぶりに一緒に飯を食うんだ。今夜は夜通し飲むぞ! ……っと、何か言いたそうだな」


「その、お二方とも随分長くこの町に居ますけど、王都の方は大丈夫なのかな……、と」


「なんじゃ、そんなツマラン事を気にしておったのか。問題ないわい、ワシなんぞ居らんでもそこまで大差はなかろうて!」



 と言い、ガハハハと大きく笑うゲンゾーさん。

 ノンビリ出来るのは結構なのだが、それで大丈夫なのだろうかとは思う。主に立場的な面で。

 彼は王都の守護を任された、勇者の中でも指折りの実力者なのだから。


 そんなボクの心配を他所に笑うゲンゾーさんだが、近くの椅子へ座るクレメンテさんによってそれは中断される。



「ゲンゾー、貴方と言う人は……。問題なら大有りです」



 さきほどから一心不乱に手紙を呼んでいる彼は、ゲンゾーさんへ視線を向け溜息混じりに声を出す。

 その手に握る手紙は、こちらへ見せつけるかのように小さく振られている。



「どうしたのだ、そんな険しい顔をしおって」


「火急の用です。今夜中に荷物を纏めて下さい、明日の朝にはここを発ちます」



 クレメンテさんが発した、唐突なその言葉に目を丸くする。

 いったいどうしたのだろうと思い問うと、彼は王都から便りが届いたのだと返す。

 今まさに手にしている手紙がそうであり、おそらくさっき見た飛竜はこれを届けるために来たのだ。

 国の要人でもあるこの2人なら、手紙の配達に飛竜が使われてもおかしくはない。



「少々困った事態になりまして、我々も至急戻らなければならなくなったのです」


「何が起こったのか、……は流石に言えませんよね」


「すみません。貴方たちにも多少は関係ある話なのですが、直接関わる方でないと詳しくは」



 しかしそこまで話したクレメンテさんの言葉が止まり、何やら考え込むような素振りをする。

 何か思う所でもあるのだろうかと感じるも、彼はなんでもないですと言いその時点でこの話は終わった。


 ただ何はともあれ、ボクらのような新米勇者と召喚師には関係の無い、上の人たちが悩む類の話であるようだ。

 それにあまり積極的に関わっても、きっと面倒なだけに違いない。



 ボクらは別れを惜しむのも兼ね、全員で正面に建つ酒場へと移動する。

 そこで多くの魚料理と酒が卓を埋め尽くし、乾杯をしてほど良く酒が回ってきたところで、ゲンゾーさんはボクの肩へと丸太のような太い腕を回した。



「長いようでアッという間だったな。この町は居心地が良い、ついつい長居をしちまった」



 ゲンゾーさんの言葉からは、まだ帰りたくないという感情が滲み出ている。

 よほど王都で心休まる時がないのか、あるいは帰ってから対面する自身の職務に嫌気が差しているのかは知らないけれども。

 普段ならば一気に煽っている強い酒も、今日は心なしかチビリチビリと飲んでいるようだ。



「ここへ来てすぐ一騒動有ったが、今思えばあれもなかなかに愉快であったな」



 彼が言うのは弟子入りを賭けての勝負や、その後に起こった大蜘蛛の一件に関してだ。

 あの時は甚だ良い迷惑だと思ったけれど、今にして思えば得た物も大きい。

 なんだかんだ言って、あの一件でボクらは相当額に上る金銭を手に入れたのだし、きっとあれがなければ大きな邸宅を貰えもしなかった。

 なのでゲンゾーさんたちには、感謝してもしきれない。



「だがそれも今日までか。帰ったらまた貴族連中の顔色を窺いながら、若造どもの監督だ。さっさと隠居して田舎に引っ込ませてくれんものか」


「あんな化け物じみた戦い方しといて良く言うわね。まだまだ働き盛りでしょうに」



 急に年寄り臭い発言を始めたゲンゾーさんへと、サクラさんは囃し立てるように言う。

 最初の頃にあった丁寧な受け答えなどどこ吹く風、彼女の言葉も今ではなかなかにぞんざいだ。

 歳はそれなりに離れていても、なかなかに気が合うようにはなったからに違いない。


 だがサクラさんの言い分には同感だ。

 ゲンゾーさんがひとたび愛用の戦斧を振るえば、瞬く間に魔物の死骸が山と築かれる。

 あれだけ出来れば、当分は楽隠居などさせてはもらえないはず。



「戦うだけであればともかく、思いのほか書類仕事も多くてな。最近じゃそっちが主で正直勘弁して欲しいのだ」


「書類仕事? それはまた似合わないわね。なんだったら代わってあげましょうか」


「なんだ嬢ちゃん。もしかして向こうじゃそっちで食ってたのか?」



 問うゲンゾーさんの言葉に、サクラさんは小さく笑む。

 以前にもサクラさんへ、向こうの世界で何をしていたのか聞いたことはあるけど、結局ボクにはどうも理解が及ばなかった。

 ただ部下を持つ身であったようで、多忙な日々を送ってはいたらしい。



「経理やらは多少やらされたわね。専門でずっとやってる人には及ばないだろうけど」


「なら面倒臭い書き物はいっそのこと、全部嬢ちゃんに任せちまうか。ワシの秘書として王都に来るといい!」


「冗談。こんなガサツなおっさんの下でなんて、御免被るわ」



 もちろん本気で言ってはいないと思うけれど、2人は揃って愉快そうに笑う。

 ゲンゾーさんならば、人を雇ってその人に任せても良さそうなものだと思うも、案外当人でないと出来ない内容もあるのかもしれない。

 ボク個人としては、クレメンテさんがそういった事を押し付けられているイメージがあるのだけれど。


 そう思いクレメンテさんへと目を向けると、彼はサクラさんたちの話を横から聞きながら、何やら思案するような様子を見せていた。

 しばらくして軽く頷くと、彼はおもむろにサクラさんへ向き質問を投げかける。



「貴女は今、経理の経験がお有りだと仰いましたよね?」


「ええ。そこまで特別に大きな会社……、商会ではなかったので、一通り出来るように求められまして」



 サクラさんがそう答えると、クレメンテさんは腕を組み、再び何事かを考え込む。

 いったいどうしたのだろうと、ボクは僅かに彼の顔を覗き込むと、一瞬だけその口元がニヤリと歪むのが見えた。

 クレメンテさんがこんな表情を見せるのは初めて。何やら不穏なものを感じ、ボクは緊張し椅子の上で姿勢を正す。


 そんなボクの様子など気にもせず、クレメンテさんは顔を上げこちらを見ると、普段通りの穏和な笑みを浮かべて告げた。



「少しばかり、我々の仕事を手伝っては頂けませんか?」



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