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我が家 03


 港町カルテリオの市街に一軒の邸宅をもらってから、しばしの日が経過したある日。

 ボクとサクラさん、それにアルマの3人は、家の裏手に在る井戸で冷やしていた果実水を片手に、リビングで石造りの床へグッタリ身体を横たえていた。



「それにしても、堪らない暑さですね……。夜になって少しは涼しくなってくれると期待したんですが」


「気温はともかく湿度が高いもの。凪のせいで空気が動かないから、湿気が余計城壁内にこもるのね」



 ヒンヤリとした石材の温度に涼を取り、ボクは汗にべた付く身体を拭きながらサクラさんへ愚痴をこぼした。


 季節は既に夏の盛り。

 サクラさんの言うように風はなく、ただひたすら暑い空気が肌に纏わりつく。

 ただたとえ風が吹いたとしても、海から届く風は高い海水温によって暖められ、気持ち良さよりも先に不快さを感じてしまう。


 南部で夏を過ごすのは初めてだけど、よもやこれ程までに暑さ厳しいとは思いもしなかった。

 一応クラウディアさんからは、この時期カルテリオは時折酷い暑さに見舞われると聞いていたけれど、少々その度合いを見誤っていたらしい。


 その代わりに、冬は温暖で過ごし易いとは聞く。

 とはいえそんな先を待つには長く、あまりの暑さにこの町を活動の拠点として選んだのが、間違いだったのではという考えに支配されそうになる。

 来年あたりには、この気候にも慣れているといいんだけど。



「でもサクラさんは……、そこまで辛くなさそうですね」


「わたしが居た国はもっと暑さが酷かったから。この程度じゃどうってことないわよ」



 ただサクラさんを見ると、意外にも大して辛そうには見えなかった。

 彼女の口にする内容からすると、"ニホンジン"と呼ばれる人たちが暮らす異界は、この土地よりもずっと暑さが厳しいという事になる。

 正直、考えられないとしか言い様がない。



「でも暑いと思ってるのは確かよ。もうこの井戸で冷やした果物がないと、耐え難いと思うくらいにはね」


「まったくですよ。せめてアルマだけでも涼しくなれればいいんですが」


「……クルス君ってさ、本当に子煩悩よね」



 サクラさんの言うように、暑さにうだるここ数日は、井戸で果物などで冷やして食べるのがもっぱらの楽しみだ。

 その冷たく水分の多い果実を、ボクの隣で転がるアルマへと渡す。


 ボクは比較的内陸の高地にある町の生まれであるため、暑さには耐性がない。

 しかしアルマは毛の多い尾と、長く垂れ下がった耳を持っているのだ。感じる暑さはボクの比ではないはず。

 現に彼女は長い耳を頭の上で一纏めにし、中へ空気が通るようにしている。



「仕方ないじゃないですか。預かった以上はしっかり見ててあげないと」


「まぁ、それは確かにそうなんだけどさ。ところで今夜の食事はどうするの、酒場にでも行って適当に済ます?」


「うーん……。それもいいんですが……」



 少しだけ涼んで気力も湧いたのか、サクラさんは起き上がり自身の腹へと触れる。

 どうやら気力だけでなく、食欲も同時に回復してきたようだ。


 ただこの邸宅を手に入れてから、ここまで約1ヶ月。

 その間はもっぱら外食続きであり、いまだ調理器具すら碌に揃えてはいない。立派な台所が付属しているというのに。

 毎日早朝から魔物を狩り、昼を過ぎて戻ってくる頃には暑さもあって疲れてしまい、家で料理をする気力がなくなっているせいだ。



「アルマを連れて、毎夜酒場通いってのも気になってるんですよね」


「もう完全にお母さんの思考じゃない……」



 宿住まいであった頃ならばともかく、こうして家を手に入れた以上はなんとかしたいところ。

 折角立派な台所が備わっているのだから、このまま遊ばせておくのも勿体ない。

 それに正直なところ、外食にも飽きてきた感があるのは否めなかった。

 宿代という出費が消えたとはいえ、いつ動けなくなるとも知れない危険な稼業でもあるし、節約もしておかなければならないだろう。



「という訳で、明日から可能な限り自炊をしようと思います」


「何が"という訳"なのかは知らないけど、それには賛成ね。毎夜の酒場通いで、エンゲル係数凄いことになってそうだし……」


「えんげ……? 何のことかは知りませんが、これからは出来るだけ家で料理しましょう。一日置きでいいですか?」


「…………一応聞いておくけれど、何が一日おきなのかしら?」



 諸々の事情を考えれば、面倒でも家で料理をするというのは良案だ。

 ただサクラさんへとそれを告げるも、彼女はボクが発した言葉の最後に不満気な表情を露わとする。

 サクラさん自身わかっているはずだけど、何がなどと聞くまでもない。



「当然、食事の当番をです」


「……やっぱり」


「まだ小さいアルマには少しずつ手伝ってもらうとして、やはりある程度は公平に分担しないと」



 交代制にしたとしても、おそらくそれは最初の数回だけで終わり。

 きっとその後は、ボクが作り続ける状況になってしまうのだろう。というよりもそういう未来しか見えない。


 それでもあえてそう提案したのは、家での役割を分担することによって、アルマへの教育とするという理由が一つ。

 そしてもう一つ。これは実に個人的な理由だけど、ボクがサクラさんの手料理を食べてみたいがため。

 実のところ、このカルテリオに来る道中に極々簡単な物を作った以外、サクラさんの手料理を食べたことがないのだ。



「私が料理苦手なの、とっくに気付いてるんでしょ?」


「なら少しくらい作れるようになりましょう。どのみちもう少ししたら、夏季の休養に入る予定なんですから。十分時間も取れますよ」



 今はまだ連日のように朝から狩りに出ているが、あと数日もすればボクらは休養に入る予定。

 カルテリオへ来て以降、多少魔物を間引くのに成功したというのと、夏の暑い時期に無理しても身体を壊すだけだというのが表向きな理由。

 本当は炎天下で日焼けし続けるのを嫌がった、サクラさんの個人的な意向なのだけれど。


 ともあれ現状、急いで魔物を討伐しなければならないという、逼迫した状態ではなくなっている。

 それに魔物から得られる素材も、量があまりに過剰になると値崩れを起こしてしまうのだ。

 なので町長と相談の末、突発のトラブルでもない限り、ボクらは少しばかりのお休みを貰うことにしたのであった。


 サクラさんに料理を覚えてもらえる可能性があるとすれば、暇をしている夏場しかないだろう。



「最初から手の込んだ料理を作れなんて言いやしませんよ。適当な野菜を使ってサラダとか」


「流石にバカにしすぎでしょ。いくらなんでも生野菜切って並べる程度ならできるわよ」


「では火を使いましょう。何か食べたいものはありますか?」


「って急に言われてもね……」



 投げかけた質問に、サクラさんは首を傾げながら考え込む。

 おそらくサクラさんも、今現在食べたい物自体は存在するのだとは思う。

 ただそれは彼女の故郷で食べられていた料理。材料や調味料、あるいはこちらでは困難な調理法により、作るのが不可能となっているものが幾つも存在するはず。


 そういえば以前ゲンゾーさんから聞いたが、勇者たちの多くはとある調味料を欲するのだと聞く。

 その"ショーユ"なる異界の調味料は、何度も王都や他国で再現を試みられているそうだ。

 ただ気候条件その他の要因によるものか、その試みは難航し、失敗を繰り返しているらしい。


 なので今回は、この地域で入手不可能な材料だけで作れる、食べたいと思える料理でなくてはならない。

 とはいえやはり普段料理などしない人に対して、急に問うた質問としては難しいように思えた。



「ボクだったらそうですね、昔食べた根菜を甘く煮たものが食べたいですね。小さい頃にお師匠様が作ってくれたんです」


「ああ、そういうのでいいんだ」



 例として挙げたボクの食べたい物によって、ある程度考えの方向性が変わったようだ。

 サクラさんは小声で、あれやこれやと呟きながら考えていく。

 どうやらここまでは、変にしっかりとした料理を考えようとしていたのかもしれない。

 少しだけ考え込むサクラさんは、少しだけ言い辛そうに一つの名前を出してきた。



「……玉子焼き、食べたい」


「たまご焼き、ですか?」


「うん、卵を溶いて味付けしてから焼いたやつ。小さい頃に母親が作ってくれてたんだよね」



 サクラさんは僅かに遠く、懐かしい物を見るかのような目で話す。

 聞いた事の無い料理だけれど、きっとそれは彼女にとって強く記憶に残る料理。


 いまいち想像し辛かったので、もう少しばかり詳しく聞いてみる。

 するとそれは薄く焼いた卵を重ね、長方形の形にしたものであるようであった。

 これまで聞いた事の無い作り方に困惑する。

 なんとなく難しそうであり、サクラさん自身も作る自信はなさそうだ。



「わ、わかりました。それじゃあこうしませんか、ボクがその玉子焼きを作りますから、サクラさんはボクが食べたい物を作ってください」


「そんなんでいいの? 私としてはそっちの方が楽そうだから、別にいいんだけれど」


「大丈夫ですよ。お互いに作り合ってみても面白いかもしれません。折角ですから楽しみながらやりましょう」



 話を聞く限りでは、おそらくボクが挙げた料理の方が簡単に作れそうだ。

 あれならそこまで失敗することもないはず。

 なにせ野菜を湯がいて、ミルクから作った脂と砂糖を少量合わせ煮るだけ。まず失敗はしない。


 とりあえずは明日にでも狩りから戻ったら、食料の調達をするとしよう。

 塩などは台所に常備してあるけど、砂糖は比較的高級品に分類されるため家には置いていない。

 少々奮発しなければならないけれども、市場に行けば一応は置いてあるはずだ。


 折角サクラさんが料理に取っ掛かろうとしている、少しお金を使ったって構わない。

 ただ問題は卵だろうか。この地域ではあまり畜産が盛んではないので、探すのは少々骨が折れそうではあった。



「アルマは何か食べたい物あるかな? 出来そうな物なら作ってみるけど」


「ううん」


「何もないの? それじゃあボクたちが作ったものを一緒に食べようか」



 当然アルマに対しても希望を聞くも、これといって思い浮ぶものが無かったようだ。とりあえずは何でも良いらしい。

 アルマは比較的何でも、好き嫌いせず食べてくれるのは助かるけど、もう少しくらい嗜好の主張をしてくれてもいいというのに……。

 当人にそのつもりは無さそうだけれど、ボクらに気を使って遠慮しているように見えてしまい、大人としては立つ瀬がない。



「明日は帰ってきたらそのまま市場に行くけど、アルマは買い物が終わるまでクラウディアさんの所に居る?」


「いっしょにお買いもの……、したい」


「そっか、じゃあ3人で探そうか」



 普段ボクらが町の外へ出ている間、アルマの面倒はクラウディアにお願いしている。

 採取した素材を買い取ってもらうため、クラウディアさんの宿へ向かわねばならないのに加え、彼女は昼間基本的に暇であるという理由だ。


 その間は宿の近所に住む子供たちと、一緒に遊んだりしているようなので、こちらとしても一安心。

 とはいえボクらが戻って来てからは一緒に居たいようで、アルマは共に市場へ行くと言いしがみ付いて来た。



「明日は戻って来てから食材の調達。それから料理をしましょう」


「へーい……」



 簡単な料理さえも若干面倒臭いのか、サクラさんはやる気を感じさせない声で反応する。

 こんなにも料理が苦手で、向こうではどうやって暮らしていたのだろうかと不思議に思えてくる。

 本当に、あちらの世界には謎が多い。


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