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我が家 01

数話ほど日常回です。


 アルマを引き受けると決めたボクらは、真っ直ぐその足で役場へと向かった。

 そこで町長へ申し出を受けると伝えると、彼は満面の笑みで歓迎の言葉を口にし、すぐさま邸宅の引き渡しを行う書類を作ってくれる。


 今はその手続きを終えた役場から、現在居を構える宿へと戻ったところ。

 既に下見をした邸宅はボクらへ、というよりも正確にはサクラさんへ所有権が移った。

 なのですぐに引っ越してもいいのだけれど、その前にしておかなくてはならない事がある。

 この港町カルテリオに来てから1ヶ月少々、ずっとお世話になってきたクラウディアさんへの挨拶だ。



「おかえり。外は暑かったでしょ」


「クラウディア、お水を頂戴。もうすっかり夏ね、陽射しが痛いわ焼けるのが辛いわで」



 宿へと入るなり、薄暗い室内でノンビリ座っていたクラウディアさんは、軽く手を振りボクらを迎える。

 その彼女は暑さにダレたサクラさんへ苦笑し、水瓶の中から湯冷ましをジョッキへ移し、ボクらへと渡してくれた。


 まだクラウディアさんには、町長から家を貰い受けるという話はしていない。

 今までお世話になりました、町長から家を貰ったので今度からそちらで生活します。ただそう伝えるだけで事足りる。

 だが現状ボクらの他には、ゲンゾーさんとクレメンテさんしか滞在客が居ないのだ。

 その彼らもいずれは王都に帰ってしまうし、そうなればまた宿に閑古鳥が鳴くのは目に見えていた。


 クラウディアさんとて商売でやっているのだから、そんなことをこちらが気にする筋合いはないのだろう。

 けれど彼女はサクラさんと気が合い、毎夜のように酒を飲み交わしている。

 そんなクラウディアさんを前に、いったいどう切り出したものか。



「ところでさクラウディア」


「んー、どしたの?」


「私ら市場の近くに家をもらったからさ、数日以内に引っ越すわよ」



 ボクが悶々としどう切り出したものかと考えていた時、横に立つサクラさんは本題をズバリと切り出し告げた。

 そんなアッサリと言っていいのかと面食らうボクであったが、意外にもクラウディアさんは「ふぅん」とだけ呟き頷いた。



「はいはい了解。それじゃ前払い分の残りは日割りで計算しとくから、出る前に言ってね」



 これといって衝撃を受けた様子もなく、淡々と答える。不機嫌になった風でもなくただいつも通りの様子だ。

 実はボクが思っていたほどに、彼女はこちらへの感傷などは無かったのだろうかと考える。

 だがクラウディアさんはニンマリとボクらを見ると、揶揄するかのように軽い調子を向けてきた。



「聞いてるわよ、広い庭がある青い屋根の豪邸でしょ? 随分と上手くやったもんじゃない」


「知ってたの? 随分と耳ざといことで」


「田舎町を舐めるんじゃないわよ。こんな面白そうな話、半日もすれば町中に広まるって」



 さも当然とばかりに告げるクラウディアさんの言葉に、サクラさんは小さく吹きだし笑う。


 そういえばボクの故郷でも、似たような状況はいくつもあったと思い出す。

 ボクが育ったのはもっと小さな町だったけど、誰だれが風邪を引いただの、どこの家の夫婦が喧嘩したなどの話は、その日のうちに町中へと伝わっていた。

 この町は基本的に仕事以外では暇で、遊ぶ場所もないため酒を飲むことと世間話こそ最大の娯楽。

 当然町の重大事であるこんな話、広まらないはずがない。



「でもこれで町に居付いてくれるんでしょ?」


「一応はね。でもそこまで縛られる気はないし、用がある時は普通に町を離れるから」


「それで十分よ、勇者が誰も寄りつかない状況に比べればね。どのみちあんたたちが断ろうとしたら、町中の人間が何やかや理由つけて留まらせようとしたでしょうけど」


「恐ろしいわね……。個人情報とかプライバシーとか、居住の自由なんて無いのかしらこの世界には」



 おそらく町長や司祭も隠す気はなかったのだろう。

 むしろ町の人たちに噂を流し、場合によっては説得を期待していたのかもしれない。


 ただそれにしても、クラウディアさん自身はそれでいいのだろうか。

 ボクらが宿を引き払ってしまえば、彼女とて困るだろうに。

 そう思い問うてみると、クラウディアさんは思いのほか気楽な調子で理由を口にする。



「えっと、ボクらが居なくなって宿は大丈夫なんですか? ゲンゾーさんたちもいつまで居るかわかりませんし……」


「ああ、そこは大丈夫よ。貴女たちがここを引き払っても、魔物から採れた素材はどのみちここに持ち込むんだから。そうしたら売却額の中から取る手数料で十分やっていけるし」



 言われてみればそうだ。

 ここは宿としてだけでなく、勇者支援協会の支部としても機能している。

 魔物を狩って素材を採取すれば、当然持ち込む先はクラウディアさんのいるここ。

 宿代そのものも勇者相手には格安となるため、そもそも宿としては利益を期待していなかったのだ。



「手数料って、そんなに入ってくるの?」


「アタシが言うと角が立ちそうだけど、協会が定めた評価額に対する手数料の割合って高いのよ。先日の一件でかなりの額がうちにも入ってきたし」



 クラウディアさんは機嫌の良さそうな様子で、「当分は遊んでいられる」と言う。

 いったいどの程度の割合かは知らないけれど、ボクらが採取した素材の買い取り額も決して安くはない。

 となると彼女の取り分も案外出てくるようで、この宿を維持していく分には十分な額となるらしい。


 ただ一応クラウディアさんが問題なくやっていけるというのがわかった。

 これで心置きなく、というのもおかしな話ではあるが、安心して新居に移れるというものだ。



「で、実際どのくらいふんだくってるのよ。言ってみ?」



 協会が規定しているという率に興味がわいたのだろう、サクラさんは顔を寄せ詰問する。

 クラウディアさんは最初こそ、はぐらかそうとおどけた様子であったが、思った以上に食い下がり聞いてくるサクラさんに辟易したのか、小さく耳打ちをする。



「……まぁ、そんなもんじゃない?」


「意外ね。"高すぎる!"とか言って憤慨するもんだと思ってたけれど」


「評価額の計算とか、その他諸々をクラウディアだけに任せてるのを考えたら、案外そんなものだと思うわよ。……まぁ気持ち割高かもだけど」



 ボクには詳しい額を聞かせてはくれなかったが、サクラさんとしては特別文句を言いたくなるような割合ではなかったようだ。

 ともあれこれで、サクラさんとクラウディアさんとの関わりがギクシャクするような状況にならずに済んでホッとした。

 なんだかんだ言ってサクラさんは外面が良い反面、一部の人たちを除き、密かに人とは一歩距離を置いて接しているようは人だ。

 数少ない友人と仲が良いままでいてくれるのは、ボクとしても嬉しい限りなのだから。




 クラウディアさんへの報告を終えた後、ボクらは新居に必要な品を買うべく市場へやって来た。

 手には少しばかり大きな、掌へ収まらないほどの麻袋。


 これは先日ソウヤとコーイチロウを相手に勝負した時に採取した素材の、売却分を等分したものの一部だ。

 ボクら2人と、ソウヤにコーイチロウ、そして諸々手伝ってくれた騎士団で3等分。

 そこから更に協会に搾取……、もとい手数料を引かれているけれど、それでも倒した数が数であるだけに受け取った金銭は相当額に上った。

 手にした麻袋の中へは、滅多にお目にかかれぬ価値の高い貨幣が擦れ合い音を鳴らしている。



「大蜘蛛の討伐報酬が確定してないってのは、しょうがないんでしょうね」


「上の方でどれだけ報酬を低く抑えるか話し合ってるんでしょ。なにせ素材は何一つとして得られなかったんだし」


「むしろ助かりました。今貰っても管理するのが難しいですから」



 ただ勝負時の素材売却額とは異なり、大蜘蛛を討伐した件の報酬は保留となった。

 というのも過去に討伐事例のない魔物であり、クラウディアさんの一存では支払う報酬額を決めかねたのだ。


 そのため一旦経緯等を書面に纏め、この国の協会本部が在る王都へと送って指示を仰いでいるという話。

 いったい幾らになるかは定かではないけど、ボクらがそれを受け取るのはしばらく先の話になりそうだった。


 とはいえ今すぐ報酬を払われても、それはそれで困る。

 本来勇者支援協会の支部は、勇者と召喚士専用の銀行業務も兼ねている。

 しかし協会支部の中でも規模が小さなここは、そこまでの機能を委託されていないようで、利用するためにはもっと大きな町へ行く必要があった。

 正直大金を持って街道をうろつくなど、いかな勇者の力量とは言え御免被りたい。



「とりあえず、まずはここかしら」


「衣類……、ですか」


「というよりも寝具ね。これはケチっちゃダメよ、私のポリシーとして」



 そうして市街を歩き辿り着いたのは、服飾品などを扱う商会の店舗。

 ベッドは既に備えてあったけど、毛布の類などはこっちで用意しなくてはならない。

 サクラさんは寝具の類には一家言あるようで、ここにお金を惜しむ気はないようだ。


 その寝具や衣類を扱う大きな商会へと足を踏み入れると、店主はボクらのことを知っていたのだろう、早速揉み手しながら近寄ってきた。



「これはこれは、勇者さんではないですか。早速新居用の寝具をお買い求めで?」


「やっぱり知ってるのね。とりあえずベッドはあるから、一式必要そうな物を見せてもらえるかしら」


「はいそれはもう。お二方でしたら、精一杯値引きもさせて頂きますので」



 商人の男はこれでもかと言わんばかりの笑顔で接してくる。

 今やボクらはこの町で時の人と化しているようで、ここで繋がりを作っておけば、今後自身の商売にも利があると考えているようだ。

 ボクは商売人ではないけど、きっとボク自身が同じ立場であればそうしたかもしれない。



「とりあえず今回は夏物だけお願い。冬用を買っても今は片付かないから」


「かしこまりました。ではこちらなど如何でしょう」



 商人が早速取り出してきた薄手の布を、サクラさんはじっくりと吟味し始める。


 本来ならばこういった交渉事の場面では、ボクのような召喚士が担う。

 それはこちらでの世情や社会常識に疎い勇者が、悪辣な商人などに騙されぬようにという理由。

 しかしここ最近、ボクはそれをする機会がめっきり減っていた。


 というのもサクラさんは元々こういったやり取りが得意なのか、すぐさまその辺りの常識や作法を覚え、今も商人相手の交渉に挑んでいる。

 随分とこちらの世界にも慣れてきたのだなと思う。

 それによって役割を失ったようで、ボクとしては一抹の寂しさを感じたりはするけれど。



「ま、いいか。それじゃコレを3人分お願い」


「おや、お二方だけではなかったのですか?」


「小さい子が居るのよ。その子の分もね」



 流石にアルマについては、町の人間も知らないらしい。

 そのため商人は「さてはお2人のお子さんですか」と、少しだけ下卑た笑みを浮かべ聞く。

 おそらく、そういった発想になるのが普通なのかもしれない。

 男女一組に子供が一緒に暮らすとなれば、親子であると考えるのが当然と言えば当然だ。


 その反応を予想していたボクは、努めて冷静に商人の言葉を否定する。

 ボクらは決してそういった関係ではないのだ、ここはしっかりと訂正しておかねばならない。今後については……、まだわからないけれど。



「これは失礼を。わたしはてっきりそういうご関係かと……」


「今のところ違うわね。まぁ彼次第(・・・)かしら」



 突如としてサクラさんから飛び出した唐突な言葉に、ボクは心臓が跳ねるのを感じた。

 もちろんボクをからかう為、わざと言っている言葉であるというのは理解している。

 でも急にそういった発言をするのは控えてもらいたい。そうでないとボクの身が持たないから。


 商人は、それはそれはと含みのあるような言葉を漏らしながら笑っている。

 日々不特定多数の人と接し続けている人だ、これがボクに向けられた遊びとしての言葉であると理解はしているのだろうけど。



「それじゃ、これは明日の午前中にでも持ってきて頂戴。場所は知っているでしょう?」


「はい、もちろんでございます。確かに受け賜りました」



 必要な買い物を終えて出たボクらは、店の外まで出てきた商人に見送られ宿へと向けて歩く。

 町長には今日からも移っていいと言われはしたが、とりあえず今日のところはクラウディアさんの宿へと帰る。


 なにやらとんとん拍子に話や準備が進んでいく。

 気を抜いてしまえば、置いていかれそうな錯覚に陥りそうになるほどに。

 だが戦いを本分とする立場であると理解しつつも、たまにはこういった武器を持たぬ普段の忙しさも悪くはない。ボクはそう思い始めていた。


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