特別 15
町長と会い、件の邸宅を見学した翌日の午前。
ボクらは町の中でも農業地区に近い区域に建つ、小さな教会を訪れていた。
もちろん用件はボクらへと何がしかを訴えたかったであろうアルマから、ちゃんと話を聞き出すことだ。
ただこれまで幾度か見てきた限りでは、アルマが教会内で孤立していたり、何がしかの虐待を受けているといった様子は見てとれない。
教会の司祭夫婦も温厚そうで、そこで暮らす子供たちとも仲良くしているように見えた。
とはいえ以前、奴隷商でもあった女医の本性を見抜けなかったボクの感想であるため、あまり当てにならないのだけれど。
「ゴメンねアルマ。約束より少し遅れちゃって」
その教会へ近づくと、丁度外に出ていたアルマはこちらの姿を見て、大急ぎで駆け飛びついてくる。
この幼い少女は、ボクらがなかなか会いに来ない事に不安を感じていたようだ。
こちらにもそれなりに用事があったとはいえ、悪いことをしてしまった。
「それでアルマ、何があったの? 私たちに話したい事があるんでしょう?」
横からアルマの頭を撫でるサクラさんは、単刀直入に話を切り出す。
今はアルマを可愛がってやるのもいいが、彼女の抱えてる問題を解決してやる方が、何よりも必要と考えたためだろう。
するとボクへ抱き着いたままの少女は、少しだけ悩む素振りを見せる。
普段のアルマはボクらと会う時、亜人の特徴である尾をスカートの下でバタつかせている。
だが今は心理状態を反映しているかのように、両脚の間に入り丸まっているようであった。
そんなアルマの頭を撫で、ゆっくりでいいので話すよう促すと、少しずつ言葉を漏らすように教えてくれる。
「ちょっとずつ居なくなってるの、みんなが」
「居なくなっている?」
どう説明してよいのか悪戦苦闘しながら話すアルマを、焦らせぬよう宥めて聞く。
ただイマイチ要領を得ず、どういうことであるのかを辛抱強く聞いていくと、ようやくアルマが言わんとしていることが理解できる。
つまりアルマ曰く、教会で共に暮らす孤児の子供たちが、少しずつ里親を見つけ始めているということだ。
その結果一人また一人と数を減らし、今ではもう半分近くになっているという。
「そう……。でもそれはとても良いことよ、アルマは寂しいと思うけど」
俯くアルマへと、サクラさんは優しく抱擁をし諭す。
もちろん教会で育つというのも、悪くはない環境だとは思う。けれどそれ自体はむしろ喜ばしいことだ。
ただ孤児であるかも定かでなく、故郷が見つかるまでという理由で預けられているアルマは、他の子供たちと少々事情が異なる。
どこかに養女として貰われる訳にもいかないし、待っていれば本当に故郷が判明するとも限らない。
幼いながらもそういった点はある程度理解しているようで、アルマは漠然とした不安を抱えているようであった。
「とりあえず司祭さんに話を聞いてみませんか?」
「そうね。アルマの言葉を信じない訳じゃないけど、詳細を知らないことには何もできないし」
まず司祭に直接会い、諸々の状況を聞かねばならないか。
そう考え司祭を呼んで貰うよう頼むと、アルマは素直に頷き、スカートの裾と尾をバタバタと振りながら教会の母屋へ駆けていった。
ボクとサクラさんは教会の前へと移動し、扉の前に立ち暫し待つ。
そして然程間を置かず、アルマに手を引かれた壮年の司祭が扉を開け、ボクらの前へと姿を現した。
ただ出てきた司祭は、見るからに疲れている様子であり、その目元には隈らしきものが見える。
どうやら近頃は日常的に、心労の多い状態に置かれているといった様子だ。
そんな司祭と社交辞令的な挨拶だけ交わし、ボクはすぐさま本題へと入る。
アルマから子供たちが新しい家族を見つけ、巣立っていっているという話を聞いたと告げると、司祭はなんとも切実な理由を口にした。
「今は近所の皆さんに手伝ってもらい、なんとか子供たちの世話をしておりますが、寄る年波には勝てませんで」
「それで里親探しを?」
「本当は大きくなるまで、面倒を見ようかと思っていたのですが……。せめて身体の動く内にと」
司祭の疲労感漂う様子はそのためだったのだろう。
司祭を務める高齢夫妻では、大勢居る子供たちの面倒を見続けるのは、体力的に困難となっているようだ。
だがそうするに至った理由は、体力面だけではないようだった。
「それに加え、町の人口減少によりお布施が減っているのです。子供たちの食事を減らすのも気が引けまして」
「それは……、心中お察しします」
若い人たちはこのカルテリオを見限り、どんどん大都市へと流れていくと町長も言っていたか。
その結果人は減り経済は減退、弊害は教会の運営にも表れてきているらしい。
司祭夫妻が暮らすだけであれば、別段問題はないのだろう。
だが抱えるのは育ち盛りの子供たちばかり。食事のみを考えても、先立つものは必要になってくる。
その目途が立たない以上、子供たちを引き離すことになってでも、新しい家族を見つける必要に迫られたようだ。
こればかりはどうしようもない。ある程度ならばともかく、ボクらが援助しようにも限界はある。
「ありがたい事に、子供たちには無事全員里親が決まりそうです。ですが……」
「問題はアルマですね?」
「はい。理由はお察し頂けると思いますが、私の独断で身の振り方を決めて良い子ではありませんので」
世話をするという面に関して言えば、アルマ一人であれば問題はないと司祭は言う。
しかしいつ故郷が見つかるとも知れず、おまけに希少な亜人であるため、善からぬ者に狙われる危険性が多少なりとも存在する。
現に奴隷商に目を付けられたのだ、司祭夫婦にアルマを守りきれと言うのは酷かもしれない。
「早くこの子の家族が見つかれば、それに越したことはないのでしょう。ですがそれもなかなか難しいようで、どなたか安全な場所に置いて下さる方が居ればと」
司祭の言う通り、アルマの身元を引き受けて護り、安全な家に置いてくれるような人物が居れば問題はない。
だがそんな人が、この特別大きくはない町に居るのだろうか。
と考えはするが、その答えは司祭の向ける視線の先にあった。
壮年の司祭は先ほどからチラリチラリと、サクラさんへその目をやっているのに気付く。
常人よりも遥かに強いため、奴隷商などからアルマを護るには申し分なく、当人もアルマから決して嫌われてはいない。
おまけに日々魔物を狩ることで得られる金銭は大きく、近々2人だけで住むには大きすぎる家が手に入る。
あまりにうってつけ、というよりも他に居ないと言っていいくらいだ。
「そういえば町長から聞きましたが、お二方はカルテリオへ居を構えられるとか」
「耳が早いですね。確かにそういう申し出は受けています、まだ返事はしていませんが」
「なるほど、もしそうなればこの子もさぞ喜ぶでしょうな」
若干白々しいとは思うけれど、司祭は渡りに船とばかりに笑みを浮かべる。
地方に点在する小都市において、その土地に在る境界の司祭というのは、一種の顔役のような立場であることが多い。
おそらくこの壮年の司祭も同様で、町長と顔を合わせる機会というのはそれなりにあるはず。
となれば町長から諸々の相談を受けていてもおかしくなく、町長がした勧誘の内容を知っていたとしても不思議はなかった。
むしろあの提案、司祭も一緒になって仕組んだ可能性すらある。
穏やかで計略の類とは無縁そうに見えた町長と司祭だが、この2人思いのほかしたたかなのかもしれない。
となるとやはりボクの人を見る目は、随分と曇っているのだろう。
そんな司祭の言葉を聞き、ボクはサクラさんへと視線を向ける。
すると彼女は腰へ手を当て、こちらを見下ろし思いのほか平然と言い放った。
「私はいいわよ。少年少女くらい養ってみせるし」
「……それって、ボクも含まれるんです?」
「当然でしょう。私から見ればクルス君なんてまだ子供だもの」
そうサクラさんは事もなげに言い放つ。
彼女の中では、家を持つのもアルマを引き受けるのも既に確定した話のようだ。
しかしいまだ子供扱いされているのもさることながら、いつの間にボクは養われる側へと回ったのだろうか。
一応はボクもサクラさんと共に、稼ぐ側であると自負していたのだけど……。
「いいんですかサクラさん? ご存じの通り、勇者を続けるには危険がつきものです。アルマを家に置いて、ボクらが帰れなくなったら……」
ボクは気楽に言い放つサクラさんへと、真っ直ぐに視線を向ける。
この場で町長の申し出を受ける決断をし、自分たちがアルマを引き受けると言えば、皆が皆憂いは解消される。
ただボク自身のことを思い出せば、それに対し二の足を踏むのも事実。
なにせ両親は幼いボクを預け魔物を狩りに出かけ、そのまま帰ってくることがなかったのだから。
もし横でボクを見上げるアルマが、同じ目に遭ってしまったら。
そんな考えを見透かしたのだろう。サクラさんは呆れるように軽いため息をつく。
「ちゃんと帰ってくればいいのよ。もっともっと強くなって、必要以上に無理な戦いはしない。単純なことでしょ?」
「そんな簡単に……」
「クルス君は私の引き止め役。この世界の常識を知らなくて無茶をする勇者を止めるのも、召喚士の役割だったと思うけど」
確かに召喚士はそういった役割を含め、勇者を補佐することが本分。
クレメンテさんなども、度々暴走するゲンゾーさんを諌めてきたと言っていた。
とはいえ果たしてそう上手くいくものだろうか。
ただあっさりと言い放つサクラさんの言葉を聞いていると、どうにもそれすら可能ではないかと思えてしまう。
それはきっとボクがサクラさんの事を信じているから。彼女は決してボクを蔑にしたりはしないはずだから。
それがボクにとって特別な相棒、サクラさんという勇者だ。
「……わかりました。アルマはボクたちで預かろうと思います。もちろん生活に不自由させるつもりはありませんし、身の危険があるようなら全力で護ります」
「それはすばらしい。この子も喜ぶはずです」
言い切ってしまった以上はもう後には引けない。ボクは決心し、サクラさんとアルマを交互に見やる。
方や「ようやく決心したか」と言わんばかりの苦笑い。方やイマイチ状況が呑み込めていない様子だ。
ボクを見上げキョトンとしたアルマは、どうしたのかと問いかけてくるので、一時的とはいえ新しい家族となる少女に向けて答えた。
「アルマ、これからはボクらと一緒に暮らすんだよ」
「……いっしょ?」
「そう、この町で。ボクとサクラさんとアルマの3人で」
務めて優しく告げると、アルマの表情が明るく開く。
尾はスカートの下からでも容易にわかるほど揺れ、耳はピクピクと反応しているのが、頭に置いた手に感触として伝わってきた。
アルマに異論はないようだ。教会でもそれなりに楽しくはしていたようだが、ボクらと一緒であるという方が勝っているのだろう。
喜びの感情を露わにする、アルマの様子を微笑ましく眺めていたボクの横で、サクラさんは司祭と今後の予定について話し合いをする。
「それでは司祭さん、こちらの準備が整ったら迎えに来ますから、この子の身支度をお願いします。数日もかからないとは思いますので」
「わかりました。とはいえ小さな鞄に入る程度の荷物しかありませんが」
衣料の類は教会に暮らす子供たちで共用していたようなので、アルマ個人が持っているものはほとんどない。
となればこちらで買いそろえる必要がありそうだ。
意外に出費が多くなりそうではあるが、先日の報酬もあることだし、そこまで問題にはならないだろうとは思う。
それなりに悩みはしたが、いざ踏ん切りをつけて口に出してみると、あっさり事が進もうとしていた。
ボクを見上げ笑顔を絶やさぬアルマを見下ろし、その繋いだ手から伝わる高い体温を感じながら想う。
決して、この少女を誰も帰ってこぬ家で待たせるような真似はしてはならないと。
「……君は必ず、ボクとサクラさんが護るからね」
一時的な仮の家族ではあるが、全力で護り通して見せようと、小さく言葉に出し誓う。
拝啓お師匠様、護られるばかりであったボクも、ようやく護る側に立てたようです。