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ギャップ 02


 なんとか諸々の事情説明を終え、ボクは召喚した勇者のお姉さんを、今夜泊まってもらう部屋へと案内した。

 本来であれば、最初の数か月は事前の準備期間として訓練に勤しむことになる。

 しかし魔物の数が激増しつつある今、足りない人手を補うためにすぐさま戦力が欲しい。

 そこでたった一日だけ、明日をその準備に当てそこからすぐに実戦投入となったのだ。


 まずはボクらこの世界の住人でも狩れる、弱い魔物を狙って戦いを覚え、そこから徐々に強い相手を探し国内中を周ることになる。

 だから今夜泊まる騎士団宿舎の部屋も、使うのは今日と明日の二日だけ。

 ボクがその部屋に案内するなり、彼女は開口一番簡潔な言葉を放った。



「汗臭い」


「えっと、なにがですか?」


「決まってるでしょ、服がよ」



 彼女は難しそうな顔をしながら、スンと鳴らした鼻を自身の袖へと近づけている。

 考えてもみれば、まだ春だというのにここ数日は初夏の如き暖かさ。そんな状況であれだけ応接室で騒げば、それなりに汗をかくというもの。



「着替えられる服とかないかな? あと出来ればお風呂」


「服はともかくお風呂ですか……」


「なにか問題でも?」


「水浴びならできますけど、お風呂なんて遠方の保養地に行かないとありませんよ」



 暑さを表現するように、彼女は開いた襟元を摘まみパタパタと風を送る。

 その仕草が少しばかり色っぽく感じられ、ボクはつい目を逸らしながら、望む物の片方が得難いと告げた。

 その言葉を聞くなり押し黙った彼女へ、ソッと視線を戻す。するとそこには絶望的な表情を浮かべ、項垂れる姿が。


 実際水浴びやお湯で身体を拭く程度であれば、衛生面を理由に可能な限り毎日行っている。

 しかしお風呂や温泉など贅沢も贅沢、ボク自身浴槽へ浸かるというのは、1年以上経験していなかった。

 知る限りではそれが至って普通なのだが、彼女の暮らしていた異世界では違うのだろうか。



「お風呂がないなんて、ここは地獄か」


「無茶言わないでくださいよサクラさん、毎日お風呂に入れるなんて、お貴族様くらいのものなんですから」



 まるでこの世の終わりとでも言わんばかりに、天を仰ぎ絶望の表情を浮かべる。

 "サクラ"というのは、ボクが召喚した勇者である彼女の名。確か本名は、ミヤシロ・サクラ。

 ここいらでは姓を持つのは貴族くらいのもので、当然のようにボクも持ってはいない。

 ただニホンジンと呼ばれる人たちはそうでなく、ごくごく一般的なものであるとサクラさんは言っていた。



「しょうがないか。ならせめて、お湯は手に入らないかな?」


「それでしたら大丈夫ですよ。後で服と一緒に持ってきますね」


「助かるわ。私はとりあえず部屋で休んでるから、よろしくね」



 最低でも汗を拭き着替えられると知ったサクラさんは、安堵の表情を漏らす。

 少しだけ機嫌を良くし言葉尻の柔らかくなった彼女を置き、部屋から出て静かに扉を閉めた。

 ただそれが無ければ、扱いが若干ぞんざいであるのに変わりはない。

 その扱いに肩を落としたボクは、着替えを調達するべく備品担当者の居る部署へと歩みを進める。



「おかしい。こんなはずじゃなかったのに」



 サクラさんの着替えと湯を取りに行く最中、廊下をとぼとぼと歩き一人呟く。

 ボクが長年想像していた勇者は、聡明で誰よりも強く優しくてカッコイイ人。

 というよりも理想として描き続けた勇者を、何故か根拠なく男だと思い込んでいた。


 別に女性の勇者であるのが不満という訳ではない。

 召喚される勇者のうち約半分は女性であるし、なによりもボクのお師匠様が召喚したのも、女性の勇者であったと聞く。


 それにサクラさんが顔に付けている、細い金属の装飾が持つ意味はわからないけど、その奥に見える切れ長な瞳は知性すら感じさせる。

 力が強いのもよくわかった、今でも頭が微妙に痛いのがその証拠だ。



「でも少なくとも、夢見てきた勇者はボクの頭を握り潰す人じゃなかったはず……」



 勇者といえど一人の人間、性格の違いがあれば行動原理も異なる。

 しかし想像していたボクの勇者は、決して頭蓋骨を握りつぶそうとしたり、お風呂に入りたいと駄々をこねたりする存在ではなかったはずだ。


 当然これは、ボクが抱いていた妄想に過ぎない。

 ただ空想し続けた英雄的勇者と現実に現れた女性の姿が、どうしてもチグハグに思えてならず、ついすがるようにお師匠様の名を口にする。



「お師匠様、どうしましょう。彼女と上手くやっていく自信がありません」



 と泣き言を口にしてはみるも、それで別の人と交代してもらうこともできやしない。

 もしそれが可能であれば、きっとサクラさんは嬉々として受け入れるのだろうけれど。



 そんな愚痴を一人溢し続けるのに虚しくなったボクは、気を取り直して施設内を移動する。

 騎士団宿舎で備品管理を行う部署を訪ねると、そこでサクラさんが使うのに丁度良さそうな、少し大きめの服と肌着を一式お願いする。

 サクラさんは細身であるものの、身長がそこそこあるため普通のでは厳しいと思えたためだ。



「女性用の服ね……。そんなもの何に使うの?」


「ええっと、ちょっと事情がありまして」



 部署に入るなり物資管理の担当者である女性へと、必要な衣類の受領申請を行う。

 だがその相手である女性は、受け取った簡素な書類へと目を通すなり、女物の服を借りに来たボクを訝しげに眺める。

 それはそうだ。男物ならばともかく、ボクが女物の服を欲していては変に思うのも無理はない。



「まさかとは思うけどクルス君、ようやく目覚めてくれたの?」



 20歳を少し過ぎたくらいであろう、女性の担当者は口元に手を当て、ボクにそう問いかけてくる。

 ただ彼女の表情が、微妙に嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 "ようやく"とはどういう意味なのか、問い詰めたい心境に駆られるものの、どうせ碌でもない内容であるのは想像がつく。



「よくわかりませんけど、違います」


「違うの? つまんないわね。ならいったいどうして?」


「実はついさっき召喚に成功しまして。来てくれた勇者が女性だったんです」



 そう答えると、担当者の女性は一瞬驚いた顔をした後で、すぐさま笑顔になり祝福してくれた。

 どうやら彼女自身もかつては召喚士を志していたらしく、騎士団へ入りその夢が破れて以降、ボクらのような召喚士見習いを気にかけていてくれたようだった。


 国の命運を担う役割とはいえ、多くの人に支えてもらっているというのはありがたい。

 それを想えば、期待していたのと異なる勇者でなかったからといって何だと言うのか。

 ボクはボクの勇者であるサクラさんと共に、人々の期待に応えていかなければならないのだ。



「それじゃこれが着替え一式ね。一応数日分は用意したけど、ちゃんと自分でも買っておくように」


「わかりました。明日にでも町へ出てみますね」


「ああ、そういえば。今日中には補給係に当面の予算を申請しなさいね、じゃないと速攻で食うに困る破目になるわよ」



 テキパキと申請した衣類を取り出してくる担当者の女性は、ふと思い出したのか人差し指と親指で輪を作って示す。

 そういえば、重要なことを忘れていた。

 召喚の成功に舞い上がり、サクラさんとのやり取りもあって失念していたが、まず先立つものを手に入れる必要がある。

 国中を周るにしろ、この土地でしばらく戦うにしろお金は不可欠。



 忠告してくれた備品担当の女性に感謝しつつ、ボクは次いで湯を用意してもらうべく食堂へ向かう。

 適当な木製のタライを受け取って厨房へ顔を出そうとしたのだが、ふと食堂の一角に一人ぽつんと座る人影に気付く。

 よくよく見てみれば、それは椅子へ腰かけ俯くベリンダだ。

 そういえば教官はボクと同じくこの日、彼女も勇者召喚の儀を行っていると言っていたか。



「あ、クルス。……どうしたのその荷物?」


「ボクもついさっき召喚をしてさ、その人の着替えをもらってきたんだよ」


「ふーん……。女の人?」



 ベリンダが勇者召喚に成功したというのは、教官からそれとなく教えてもらった。でもどうして勇者と離れ一人座っているのだろうかと思い近づく。

 すると彼女はこちらの姿に気付き、ジトリとした視線で手元を凝視した。


 そこには今しがたもらってきた、サクラさんの着替えを手にしている。

 ただどうして女性物だと気付いたのだろうか、制服のデザインそのものは、男女ともに然程変わらないというのに。

 それを問い返してみると、ベリンダは若干呆れ顔をしながら手を伸ばす。



「だって、これ見るからに女性用だもの」



 と言ってベリンダが畳まれた服の間からつまみ出したのは、一枚の下着。

 ただ下に穿くためのものではなく、上に着けるための物。男はまず使わない代物だ。

 これを見れば一目瞭然、誰であろうと召喚された勇者が女性であると断じるはず。



「若い人?」


「んー……、たぶん? 20歳かそこらだと思う。聞いても教えてくれなかったけど」



 どういう訳かソワソワとし、上目づかいで尋ねてくるベリンダ。

 そのベリンダへと軽く笑いながら返すと、彼女はハァとため息を衝き、「初対面の女性に年齢を……」と呟き首を横に振った。

 一応わかっていたけれど、やっぱり相当なタブーであったらしい。



「そういえばベリンダ、教官に聞いたけど勇者召喚に成功したんだって? そっちはどんな人だった?」


「どんなって、普通の人よ。あたしと同い年くらいの女の子」


「そうなんだ。いいなぁ、こっちは齢が少し離れてる上に、なんだか気難しそうな人でさ」


「そんなこと言うもんじゃないわよ。むしろ頼ってあげればいいのよ、年下らしくね」



 無事召喚の儀を終えたというのに、どうにも少しばかり元気のないベリンダ。

 そんな彼女にあえておどけて愚痴を溢すと、ようやく普段の明るい調子が顔を出す。



「ベリンダも明日には出発するの?」


「どうだろ……。あたしが呼んだ子、ちょっと神経質になっちゃってるみたいでさ。召喚されたことを受け入れてくれるまで、もう少しかかるかも」



 そう答えるベリンダの表情は、再び沈んだものへと変わってしまう。

 サクラさんなどは最初こそ動揺していたものの、結局は受け入れたのか諦めたのか、協力を承諾してくれた。


 一方でベリンダが召喚した勇者であるという少女は、見知らぬ世界に放り込まれたという現実に、上手く適応しきれていないようだ。

 異世界の住人と一括りに言っても、やはりボクらと同じく人。個々の性格なども大きく違ってくるのは当然かもしれない。



「ねぇベリンダ、その子とサクラさん……、ボクの召喚した勇者を会わせてあげるってのはどうかな。同郷の人同士で話せば、少しは気が紛れるかも」


「……そうだね、いい考えだとは思う。でもこっちの都合で呼び出しておいて悪いけど、彼女にはこれからこの世界で戦ってもらわないといけないから。自力で立ち上がってくれるのを待つよ」



 我ながら良案ではないかと思い提示したのは、召喚された二人を会わせ、気晴らしをさせてあげるというもの。

 ただそれはすぐさまベリンダによって、案そのものは良いとされつつも否定された。

 語るベリンダの眼は力強く、決意に満ちている以上もうとやかく言う筋合いはなさそう。


 きっとベリンダは、もしその子に嫌われる事になったとしてでも、自身の勇者を甘やかす気はないのかもしれない。

 これから命をかけて戦いを続ける以上、こちらにもそういった覚悟も必要なのだと思わせるものがあった。



「そっか。ボクらはしばらく町の周辺で魔物を狩ってると思うからさ、もしも必要になったら言ってよ。頼んでみるから」


「うん。……ありがとね、クルス」



 そこで話を終え、ボクはベリンダと別れ厨房へ入っていく。

 彼女はああまで覚悟をしていた。一方のボクはと言えば、勇者に嫌われてでも支えていこうという気概が持てているのだろうか。


 もし仮にサクラさんが現状を受け入れず、部屋へと篭ってしまっていたら、もし泣き出してしまっていたら。

 その時ボクは彼女に対してどんな態度で接していたのだろう。

 ベリンダのように突き放さず、甘い言葉ばかりをかけて慰めようとしたのではないか。

 それは勇者としての道を強制された人に対して、むしろ酷な事となるのではないだろうか。


 お師匠様、ボクはこれから共に戦う勇者に対し、どう接していけばいいのかわからずにいます。



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