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特別 13


「いや、急にお呼び立てして申し訳ありません」



 港湾都市カルテリオへ現れた大蜘蛛を、見事に討ち果たしたその翌日。

 町長からどうしてもと乞われ向かった先は、役場の一角に設けられた応接室だった。

 ボクはてっきり、町長宅にお呼ばれしたものだと思っていたのに。



「最初は自宅にお招きしようかと考えたのですが、なにぶん古いばかりが取り柄の小さな家でして」


「お気になされず。こうして町長さん直々に迎えて頂けるだけで、私たちには十分な名誉ですもの」



 どうにも腰の低い出迎えをする町長の言葉に、サクラさんは笑顔を写した鋼鉄の仮面で返す。


 基本的には各地で好意的に迎えられる勇者であっても、別にそれぞれの町で何か権力を持つという訳ではない。

 なので町長がこうして下手に出る必要はないのだけれど、今の彼は揉み手せんばかりの勢いだ。


 間違いなく、家が古いから呼べないというのは方便。

 町長が自宅ではなく役場に呼んだのは、個人としてではなくこの町の町長としての立場で話があるからだ。



「最近すっかり暑くなってきましたな。ささ、どうぞお飲みください」



 そう言って町長は、この時期定番の花の香りが付けられたお茶を自ら淹れる。

 ご丁寧に井戸の冷気で前もって冷やしてあり、茶菓子も複数用意してあるなど、随分と歓待してくれているようだ。


 ただ腰の低さや丁寧な態度からして、こちらに頼みたい事があるのは明らか。

 それがとても言い難い内容であるのか、なかなか話を切り出そうとはしない。

 彼とて町長の立場であれば、それなりに忙しいだろうに。



「それで、ご用件は?」



 イライラしていたとまでは思わないけど、なかなか話を切り出さぬ町長に業を煮やしたらしい。

 サクラさんは単刀直入に問うと、笑顔のままで茶のカップを置き話を聞く体勢へと移る。

 こう反応されれば、いかに言い辛かろうと話す他はない。

 その言葉に町長は口籠ると、少しばかりもったいぶった口調で要件を話し始めた。



「ご、ご存じの通りこの町は王都からも遠く、産業と言えるのは漁業のみです。一応貿易港としての機能はありますが、どうも魅力的であるとは言えないようで、行商人たちも積極的に訪れはしません」


「そのようですね。商人組合に加盟している宿も、そこまで流行っているとは思えませんでしたし」


「港を定期的に利用していた商人も、結局は……。お二人も当然ご存じですな、例の奴隷商のことです。そんな町であるためか、若者たちも夢を追って王都へ出て行くので、町は衰退を続ける一方。実のところ、住宅地には空家も多いのです」


「……はぁ?」



 ようやく踏ん切りがついたか町長は饒舌になるも、あまり言わんとしていることがよくわからない。

 いったい何を伝えようとしているか。あまりもったいぶらず、早く本題に移ってくれればいいのに。


 横目でチラリとサクラさんへと視線を向けると、彼女は変わらず穏やかに話を聞いている。

 流石だなと思う反面、ボクにはよくわかる。表には出さないけど、これは少々苛立ち始めている時の顔だ。


 ただ町長はそんな様子に気付かず、増えた空家の保守に予算が取られている問題や、人を呼び込もうとしているが現状上手くいっていない話などを長々と話す。

 いつまで経っても用件が理解できず、いい加減にしてくれと思い始めた頃、ようやく町長は本題を切り出し始めた。



「市場からほど近い住宅地に、状態の良い大きな二階建ての邸宅が一軒在りまして。お二方にはそこを利用して頂けないかと……」


「利用って、ボクらに住んで欲しいということですか? 今の宿を引き払って?」



 ボクの問いに町長はゆっくりと頷く。

 町へ富裕層を呼び込もうと、ずっと保全し続けていた家なのだそうだが、寂れ始めた町に移住する人も早々居ない。

 結局空き家となってから数年、時折埃を払いに役人が立ち寄るだけの、お荷物と化してしまったようだ。

 町長はその空き家へと、ボクらに住まないかと提案している。



「それはつまり、私たちにこの町へ定住して欲しいという意味で?」


「まぁ……、そういうことです」



 町長の腰がやたらと低い理由が、ボクにはようやくわかった。

 勇者が訪れることはあっても、長居をしたとして精々が一週間程度。

 そんなこの港町カルテリオへ、少々のゴタゴタがあったとはいえ、ボクらは1ヶ月以上にも渡って滞在している。


 町の外を闊歩する魔物に怯え、高い城壁を心の拠り所とし生きてきた町の人たちにとって、魔物を狩ってくれる存在は是非とも長く居て欲しい。

 というよりも是非住み着いてもらいたいというのが、偽らざる本音。


 自慢という程ではないけれど、ボクらが町の周辺で魔物を狩るようになって以降、随分と物流が円滑になったのだと、酒場の主人が話していた。

 小規模とはいえ貿易港を持ちながら、頻出する魔物によって安全な流通経路が確保し辛く、寂れつつあったこの町としては渡りに船の存在だ。



「と言われましても、私たちは特別裕福であるとは言えませんよ。確かに昨日の一件で、魔物の討伐報酬は頂けるようですが」


「も、もちろんこちらからお願いしていますので、お金は一切頂戴しません! 所有権そのものを無料で差し上げますし、税の方も一切」


「しかし私が勇者という立場である以上、魔物を求めて移動をせねばなりません。場合によっては、遠方から呼ばれることもありえます」


「町から絶対に離れないでくれなどとも申しません。あくまでこの町を本拠地とし、活用して頂ければ……!」



 難色を示すサクラさんの言葉へと、町長は焦り次々と譲歩を口にしていく。


 つまり市場に近いカルテリオの一等地へ建つ邸宅を無償で提供し、それに伴う税の一切を徴収しないと。

 その上で常時町に居るのを強制はせず、ある程度移動な自由が効くということだ。


 随分と思い切った……、というよりも破格以上の待遇。

 ただそれだけの事をしてでも、ある程度の戦力となる勇者が居を置くというのは、町にとって魅力的なのかもしれない。



「……ど、どうしますかサクラさん」


「今言われたことの全てを確約してくれるなら、そこまで悪い条件ではないわね」



 あまりにこちらへ都合の良い条件に、ボクはついサクラさんへと確認を取ろうとしてしまう。

 だが横目で見た彼女は悪くないとは言いつつも、小首を傾げあまり乗り気とは言えぬ様子を表に出していた。


 本来であれば、一も二もなく飛びつく好条件だ。

 ここまでの好待遇を提示されるなど、勇者として何年も活躍を続けある程度名が売れてようやく、地方の小さな村から持ちかけられるかどうかという話。

 まだたった2ヶ月しか活動していない勇者と召喚士に対してする内容としては、目玉が飛び出るほどの代物だった。



「これでは不足でしょうか? ただ勇者さんのお眼鏡に叶う家屋は、この町にありませんし……」


「いえ、別にもっと大きな屋敷を寄越せと言っているのではありません。ただ勇者として活動し続けるには、少々難点がありまして」


「難点……、ですか?」



 こんな好条件に首を縦に振らぬのは、サクラさん曰く大きな問題があるから。

 はていったい何だろうかと思うも、ボクはすぐさま彼女が言わんとしているそれを思い出す。

 確かにアレが解決しないことには、この町に腰を落ち着けるのは難しい。



「このカルテリオにある武具店では、最低限必要な装備すらを確保するのが難しい。今使っている武具もそのうち消耗していきますし、万が一の時に他の町へ行かねば手に入らないという状況は、私たちにとって落ち着けぬものですから」


「な、なるほど。武具の調達……、ですか」



 平静に告げるサクラさんの言葉に、町長は困った様子で呻る。

 彼らにとっては普段気にしない内容であろうけれど、これはサクラさんが目下直面している重大な問題であった。


 弓や防具のメンテナンスくらいならば、多少は自分たちにもできる。

 ボクは一応騎士団員であるため、そういった知識や技術も初歩的ながら習っていた。

 しかしある程度武具が損傷してしまえば、もう専門の技術を持った人に託さねばならない。


 それだって繰り返していけば限界が来るため、いつかは買い替えが必要になってしまう。

 別にカルテリオの武具店が悪いのではない。これまでそういった需要が存在しなかったのだから。



「ここが解決しない以上、申し訳ないとは思いますが私たちはこの町を拠点にはできません。自身の命を護る術そのものなのですから」


「で、では可能な限り武具店への援助をいたします! その問題は以前、他の勇者さんからも言われたことがあったので、何とかしようと思ってはいたので……」



 商売道具である武器や防具の調達が儘ならないというのが、この町に勇者が長く滞在しない大きな理由であるのは明らかだ。

 以前にも同じことを告げた勇者は居たようだが、人が減りつつある町では、そこへ手を着ける踏ん切りも難しかったのかもしれない。

 ただカルテリオとしてはもう後がないのか、サクラさん引き止めのためそこを思い切ると、町長は断言した。


 ただまだもう一つ、非常に大きな問題が残っている。

 おそらくこれがカルテリオへ勇者が居付かない……、というよりも近寄らない最たる理由。


 武具に関しては、手間であっても他の町へ行けば手に入る。

 だがこればかりは町長にはどうしようもなく、サクラさんはこれが失礼であることを承知でと前置きし、ハッキリと町長へ告げた。



「魔物を狩るという勇者の役目を考えれば、当然この地で戦うのも大切な役割です。……しかし残念ながら、ここでは勇者としての評価が得難いというのも事実」



 誰かが地方で魔物を狩らなければ、この町のみならず地方に暮らす人々は安心して暮らせない。

 自ら望んでこういった地で戦う勇者は立派であり、尊敬に値するとボクは思う。

 だが如何せん実際に人々の話題へ昇り称賛を受けるのは、王都に居を置き派手な活躍をしている勇者たちばかり。


 名誉や称賛、それに伴う富と地位。

 これらを欲しいと願うことが悪いとは言わない。むしろそういった欲を持つのが自然だとは思う。

 しかしカルテリオという小さな町を拠点としていては、それらを手にするのはおそらく容易ではない。

 だからこそサクラさんは言っているのだ。ここで戦っていくのは難しいと。



「それは……。否定しようがありませんな」


「相棒であるクルス君は、最高の勇者をという希望を胸に私を召喚しました。私は自身の限界を知るまで、彼の望むように在りたいと思います」



 サクラさんが口にした言葉に、ボクはグッと胸を詰まらせる。

 彼女の言う通り、ボクは召喚士見習いとして騎士団に入る前から、この国最高の勇者を夢見続けていた。

 その話は別にサクラさんへしていないけれど、きっと彼女はそんなこととっくにお見通しだったに違いない。


 サクラさんの言葉に、町長は俯く。

 だがこう言われることは覚悟していたようで、彼は少しして顔を上げるなり、真っ直ぐにボクらを見て口を開く。



「それは重々承知しています。そしてそれに対して我々は見合うだけの対価を払う事はできません……。ですが出来るだけの協力はいたします。どうか」



 町長は深々と頭を下げ言う、「この町に残って下さい」と。


 ボクはこれまで、数多くの勇者を見てきたとは言い難い。

 けれどここまでの戦いぶりや、ゲンゾーさんたちからの評価を考えると、サクラさんはおそらく並みの勇者以上の実力を持っていると思われる。


 とはいえたった一人の、それも駆け出しな勇者と召喚士。

 この決して規模が大きいとは言えない、カルテリオに出来る譲歩はこれが限界だ。


 ソウヤとコーイチロウは、既に王都へと帰った。

 王都で役職に就いているゲンゾーさんとクレメンテさんも、近いうちに帰ってしまうはず。

 となると後はボクらしか居ないため、町長も町を思えばこそ必死だ。

 そんな頭を下げる町長へと、サクラさんは静かに言葉を返す。



「2日ほど、お時間をいただいてもいいでしょうか? それまでには決めますので」


「……わかりました、色よい返事を期待しております」



 悩んだ末、サクラさんが告げた結論は保留だった。

 本当ならば今この場で了承の返事を聞きたいというのが、町長の本音なのだろうとは思う。

 だがあまり返答を急がせて心証を悪くしては元も子もないと考えたのか、今日のところは引き下がる事にしたらしい。



 貰った猶予の間に、気が向けば予定の物件を見てきてはと言われ、場所が描かれた地図を受け取り役場をあとにする。

 出てから空を見上げてみると、意外にもそこまで時間が経っていなかったのか、太陽はほぼ真上から熱を降り注いでいた。



「さて、早速見に行ってみましょうか!」



 外に出て暑い陽射しを受けつつ歩き、人通りの少ない路地へ入ると、突如としてサクラさんの明るい声が響く。

 その声は軽く弾んだ調子で、先ほど町長の前で見せていた真剣な様子からは程遠く、ボクはつい唖然としてしまう。



「行くって……、さっき聞いた家にですか?」


「当然。話だけじゃよくわからないし、実物を見て確かめるのは鉄則でしょ」



 受け取った家の場所を書かれた地図を出し、サクラさんの前で振って見せる。

 すると彼女はその紙を引ったくり、大事そうに抱え大仰な身振りで恍惚を露わとした。



「だって持ち家よ!? この歳で、マイホーム!」


「えっと、つまりどういうことですか」


「嬉しくないの? 町の一等地に豪邸、しかも"タダ"で"非課税"! こんな好条件蹴ったら罰が当たるってもんよ」



 サクラさんは舞い上がるという言葉がピッタリな、踊りだしそうにすら見えるほど上機嫌で歩いていく。


 なるほど、さっきの気乗りしない反応は完全に演技であったらしい。

 町長から色々と譲歩を引き出すためであり、哀れ人の良いカルテリオの町長は、悪辣なサクラさんの駆け引きによってすっかり踊らされてしまったのだ。

 そうと知ってしまえば、なおさら町長への同情心が沸いてしまう。

 もっともサクラさんが言っていた内容そのものは、本当にこの町へ残る障害として存在していたものであり、あながち騙していたとは言い切れないのだけど。



「……まぁ、ああまで懇願されちゃ断りづらいしさ」


「そっちも本音、ですよね」



 高まった機嫌を一旦収め、サクラさんは少しばかり苦笑する。

 大きな邸宅をもらえるというのもある。それと同時に、これもまた彼女が受けようとしている理由。

 なんだかんだ言って、この人は優しいのだ。



「……わかりました。行きましょうか、受けるという前提で」


「善は急げよクルス君。早く来ないと掃除を全部君にやってもらうからね!」



 再び子供の用に目を輝かせ、まだ見ぬ邸宅に想像を膨らませるサクラさん。

 彼女は到底ボクでは追いつけぬ速度で駆け、一目散に目的のそこへと向かってしまう。

 そんな彼女の消えていく背を眺め、ボクは可笑しさからつい脱力してしまうのであった。



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