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特別 11


「まったく、このままだとキリがない。倒すよりも追い返す方が現実的ね」



 そう言うとサクラさんはボクに近寄り、ボクが手に下げた荷物を取る。

 中から出した適当な端切れや、倒した魔物の処理に使っていた油を取り出すと、鏃へと巻きつけ浸す。


 何がしたいかなど言うまでもない。

 火矢にして大蜘蛛を牽制しようというのだ。虫の多くは当然火には弱いため、これが効果を現せば儲けもの。

 ただ当人はこれがそこまで良案だとは思っていないのか、どこか気の乗らない様子。

 討伐ではなく追い返すのでは、碌な報酬を得られないという考えなのかもしれないし、そう考える気持ちはわかる。


 ただ今はそうも言ってられず、ボクはその間火打ち器を取り出し、すぐに着火できるようにしておく。



「クルス君、ちょっとこれに火を……、ってもう用意してるか。気が利くじゃない」


「サクラさんが何をしようとしているかくらい、流石にわかりますからね」



 彼女を召喚してまだ2ヶ月少々。

 まだ長い付き合いとは言えないけれど、四六時中行動を共にしているのだ。

 ある程度の考えは読めるし、そうでなくてもこのくらいは察する。



 そのサクラさんが差し出す布の撒きついた矢へと、火打ち器で火花を散らし染み込ませた油に引火させる。

 まずは火に対する反応を見るのが目的。サクラさんは強く燃える火矢を、大して狙いも定めず大蜘蛛へ向けて放つ。


 迫りくる火矢を、数少なくなった目で捉えたのだろうか、大蜘蛛は嫌がるように身体の向きを変える。

 火矢はそのまま外骨格へと当たり、当然のように刺さりもせずに落下した。

 火そのものを嫌っているのは間違いない。たださすがにあの体表を焦がすほどの効果は得られないことに、密かに肩を落とす。


 しかし意外なことに、地面に落ちた火矢が地面に撒かれゲル状に変わった黒い糸へと触れるなり、突如激しく燃え盛り始めた。

 火柱と形容しても違和感のない程に激しく燃え、その勢いに動揺したのか大蜘蛛はその場を離れ、大きく距離を取る。



「こりゃまた、随分と勢いよく燃えるもんだな」


「蜘蛛の糸って、確かタンパク質だから燃えるのよね。でもあれって糸と言えるのかどうか」



 サクラさんとゲンゾーは、今もなお燃え盛る炎を前にして冷静だ。

 ボクだけでなく、ソウヤやコーイチロウも立ち上る炎を呆気にとられて見ているだけであったのだが、この2人は随分と冷静に原因について考え始めている。

 ああでもないこうでもないと、妙に議論を交わしていく。


 おそらく2人はこう考えているに違いない、この炎を大蜘蛛退治に利用できないだろうかと。

 そこまで冷静に分析などできないボクは、あの粘液が燃えるなら、似たような見た目であるヴーズも燃え易いのだろうかと考える程度。

 ただ何か良い案は無いかと、無茶を振るサクラさんの言葉を受けたボクは、慌ててその考えていた内容を口にした。



「あの粘液とヴーズの性質が似ている可能性もあるか。狙って捕食してるんだし、原料になっていてもおかしくはないわね。……うん、試してみる価値はありそう」



 サクラさんはそう言い周囲を見回して、ある物を探し始めた。

 少しすると目的のそれを発見したようで、ボクを手招きして呼ぶと草むらの中を指さし、燃やしてみるよう指示する。

 それは案の定と言うべきか、大蜘蛛が食べ残したヴーズの欠片。これが先程の粘液と同じように燃えるかを試すのだ。


 同じく適当な端切れを油で軽く濡らし、火を点けてからヴーズの欠片へと放る。

 するとさきほど粘液に触れた時のような、爆発的な発火とまではいかないものの、すぐさま欠片全体へと火が回り燃え始めた。



「火力は弱いわね……。あの粘液糸とは少し性質が違うのかしら」


「見た目はそっくりなんですけどね。さっきサクラさんが言ったように、ヴーズを食べてそれを原料に作った糸なのでは?」


「かもしれない。だとすると……」



 燃えるヴーズの欠片と、暴れるのをようやく収め食事に戻り始めた大蜘蛛。

 それらを交互に眺めながら、サクラさんは小さく笑みを浮かべて呟く。



「使えそうね、これは」


「何か良い案でも浮かびましたか?」


「一応試してみるって程度だけれどね。……ねえ貴方たち、ちょっとお願いがあるんだけど」



 彼女はボクの問いに軽く答えると、ソウヤとコーイチロウへと声をかけ、浮かんだ案を話す。

 サクラさんを敵対視していた彼らにしても、この状況を打開する手段があるのならと、耳を傾ける。



「わ……、わかった。だがそれだけでいいのか?」


「ええ、後はこっちでやるわ。でも貴方は靴を無くしたんだから、絶対に糸を踏まないようにね」



 2人組の勇者困惑しながらも頷くと、真っ直ぐ大蜘蛛へと駆けていった。

 ボクもすぐさま落ちて折れた矢を拾うと、それに端切れを撒きつけ即席の松明とする。サクラさんがすぐ火矢を使えるようにだ。


 大蜘蛛相手にやり合っていたゲンゾーさんたちは、その様子を見て一度大蜘蛛から距離を置き近づいてくる。

 何をしようとしているのか説明を求めるゲンゾーさんへと、サクラさんは軽く「上手くいけば儲けもの」と返し軽く笑んだ。



「だがそんなんで上手くいくのか?」


「ものは試しってことで。それでダメだったら、諦めて追い返すだけで満足しましょ」




 ボクとサクラさんが準備を行う間、ソウヤとコーイチロウの二人は、大蜘蛛の周囲を距離を取って駆けていた。

 彼らは徐々にその距離を詰め、あまり適しているとは思えぬ戦斧で牽制をする。


 ゲンゾーさんでさえ碌な傷を与えられないのだ、彼らの力量では当然大蜘蛛に傷をつけることは叶わない。

 ただ思考よりも本能が支配する大蜘蛛とはいえ、それを鬱陶しいと思わせるだけの効果はあったらしい。

 僅かに残った目で2人を捉えると、大きな動きで迫っていく。



「ソウヤ、少し引け! 距離が近すぎる!」


「お前こそ回避が遅れてるぞ!」



 彼らは大蜘蛛から一定の距離を保ち、攻撃というよりも挑発的に戦斧を当てていく。

 互いに注意の言葉を吐きながら、取り囲み翻弄するように駆けていった。


 片方がわざと速度を落とし、追いつかれそうになるともう片方が牽制。

 そうして自分たちへ意識を向けながら、少しずつ大蜘蛛を誘導していく。

 一人一人は未熟と評されても、普段一緒に行動しているのも伊達ではなく、こういった連携はお手の物なようだ。



「連れてきたぞ、本当に大丈夫なんだろうな!?」


「任せなさいって。上手くいくかは君たちの師匠次第だけどね」



 そのまま誘導を続け、彼らは目的の場所へと達する。

 ソウヤがサクラさんへと叫んだその場所では、数匹のヴーズが未だに魔物の死骸へと集り、死骸を取り込もうと蠢いていた。


 そこからは彼らの師匠と呼ばれた人物、ゲンゾーさんの出番だ。

 彼はその呼ばれ方に不満気な表情をしつつも、黙って大蜘蛛を引き継ぎ、勢いよく接近して硬い外骨格へ続けざまに戦斧を打ち込む。


 ゲンゾーさんの打撃は鈍い音を響かせるも、大蜘蛛は衝撃によろめくのみで、大した効果が出ているようには見えない。

 しかし己へ迫った脅威を排除せんと、大蜘蛛は彼に向け身体の後部から黒い糸を噴き出していく。


 糸を回避しながら、周囲をグルリと周回するように動き回るゲンゾーさん。

 そんな彼を追いかけるように前脚を薙ぎ、糸を四方八方へと撒き散らす大蜘蛛。

 今のところは順調だと言っていい。



「もうそろそろいいんじゃねえか!?」


「OK、離れていいわよ!」



 地面に散乱した糸であった粘液を器用に避けながら、ゲンゾーさんは動き回りつつ叫ぶ。

 サクラさんが彼に向け大きく叫び了承を返すと、やれやれとばかりに後方へと大きく跳躍し、大蜘蛛の視界外へと離脱していく。


 標的を見失った大蜘蛛は、少しだけキョロキョロと周囲を見回す。

 自身を攻撃する存在が無いと知るや否や、大量に放出を続けていた糸を補給するかのように、近くへ居たヴーズへ食指を伸ばし始めた。


 想定通りの動きだ。

 つい今の今まで、煩わしい相手に対して攻撃的な行動をしていたことなど、既に忘れ去ったかのような様子ではある。

 やはりこの大蜘蛛、あまり高い知性を有してはいないらしい。



「サクラさん!」


「わかってる。クルス君、危ないから少し離れてなさい」



 ボクはそんな光景を見ると、すぐさまサクラさんに矢と松明を差し出す。

 彼女は矢を受け取りそれに火を灯すと、ソッと優しくこの場から離れるよう告げた。


 サクラさんだけに任せ離れるのは心苦しいけど、ここに残っても他に役に立てることがる訳でもない。

 そのため言葉を飲み込み走って距離を取ると、彼女は火矢を番え大蜘蛛へと狙いを定めた。


 大蜘蛛は2本の脚にヴーズを刺し、欲張るかの如く口へ運び咀嚼していく。

 その口から噛まれ裂けたヴーズが地面へ落ちた時、サクラさんは大蜘蛛ではなく地面へめがけ、狙いすました火矢を放った。

 落ちたヴーズへ当たるなり、火は瞬く間に燃え広がる。

 ヴーズの欠片へ、草原の草へ、撒き散らされた糸の残骸へ。そして大蜘蛛の口へと伸びる、ヴーズの引いた粘性の液体へ。


 引火し奔る火は大蜘蛛の口へと達し、中で咀嚼され続けるヴーズごと燃え盛る。

 身体の周りと口の中、その双方に苦手とする炎が迫り、大蜘蛛は身体を大きく跳ねさせ抵抗するも、既に炎の塊は喉の奥へと転がり込んでいた。



「……上手くいったのか?」


「わかりません。もし火が腹の中で消えてしまったら……」


「いえ、大丈夫のようですよ。見て下さい」



 いつの間にか近くへ立っていたゲンゾーさんの問いに、ボクは首を横へ振り断定を避ける。

 しかし同じく隣に居たクレメンテさんは、大蜘蛛へと指さし平静な声で断言した。


 見れば大蜘蛛の腹が赤くなっている。おそらく身体の中で燃え盛る炎が、透けて見えているのだ。

 ヤツは取り囲む炎によって逃げ場をなくし、その場で大きく暴れ続ける。

 辺り一帯には焦げ臭い嫌な臭いが漂い始め、生きたまま焼かれゆくのが手に取るようにわかる。


 しばらく距離を置いて様子を見ていると、悶絶し暴れまわっていた大蜘蛛も徐々に動きを弱めていく。

 燃える胴体は次第にボロボロと崩れ始め、そこかしこからドス黒い煙が漏れ立ち昇っていった。


 そうする内に完全に動きを止め、地面に刺さって立つ脚を残し、崩壊し地面へ落ちていく大蜘蛛の胴体。

 流石にここまでくれば、絶命しているのは間違いない。




「やれやれ、また面倒臭え相手だったな……」



 ドッカリと地面に腰を下ろし、炎の中で焦げていく大蜘蛛を眺めるゲンゾーさん。

 彼はそう呟くと、どこから取り出したのか葉巻を取り出し、燻る火で点けると美味そうに吸い始めた。


 ボクはすぐさまサクラさんの近くに駆け寄るのだが、その顔を見てみるとなにやら悔しそうな、無念さを露わとした表情をしている。

 あんなにも巨大な魔物を討伐したのだ、嬉しくないのだろうかと思っていると、彼女は大きく息を吐きその理由を口にした。



「あんなに黒焦げになるまで燃えちゃ、碌に素材も回収できないじゃない……。貴重な部位があったかもしれないってのに」


「仕方がありませんって。こうして全員無事だったんです、町にも被害がなかったですし」


「……そうね。とりあえず討伐分の報酬で我慢するとしましょうか」



 残念さを隠そうともしないサクラさんへと、ボクは苦笑しながら諦めを口にした。


 正体が一切不明な、異界から魔物を呼び出す物質か自然現象かも定かでない、"黒の聖杯"と呼ばれるモノ。

 大蜘蛛の存在が、以前から騎士たちに知られていたということは、その黒の聖杯によって随分前に召喚されていたのだろう。


 結果討伐されることなくこの地域へ住み着いたようだが、大抵そういった強力な魔物は、同じ眷属が近くに居ないため繁殖によって増えることがなかった。

 だからこそ非常に貴重な魔物でもあり、もしかすると今後お目にかかれない可能性もある。

 となれば得られる素材も貴重であるのに疑いの余地はない。


 有用か否かは後で判断されるにしても、獲れた素材は上手くすれば、とんでもない高額で取引されたはず。

 なのでサクラさんが無念がるのも、致し方ない事だった。



「そういう訳だから、今回は運が悪かったと思って諦めなさいな。ちゃんと討伐の報酬は等分してあげるからさ」



 サクラさんはなんとか自身を納得させ、大きく頷く。

 すぐ近くで腰を降ろしていたソウヤとコーイチロウに向き直り告げると、両の手を伸ばし彼らを引き起こす。



「あ、ああ……」


「……わかった」



 引き起こされた2人は、友好的な笑みを浮かべるサクラさんに唖然とする。

 きっと相当に嫌われているに違いない。そう考えていただけに、彼らは相当に面食らっているようであった。



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