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特別 10


 そいつはこの地域に出現する魔物の傾向に沿うかのように、昆虫を大元としたような外観をしていた。

 だがブレードマンティスのカマキリや、ニードルフライのトンボのように、単一の種を模したそれとは異なる。

 姿を現したそいつの姿は、複数の生物の特徴を併せ持った、いわゆるキメラと言える威容を備えていた。


 甲虫のような外骨格を持った蜘蛛、そう表せばよいのだろうか。

 荷馬車4台分に迫ろうかという巨躯を、それにしては細く見える8本の脚で支えている。

 外骨格の間からは小さいながらも羽が見え、正面に並んだ複数の目は生理的な嫌悪感を感じさせた。



「迎撃態勢に移れ! 弓手、前へ出ろ!」



 姿を見せた大蜘蛛の存在に、騎士たちはざわめき混乱を始める。

 ただその騎士たちを統率しているらしき人物は、なんとかそんな状態でも動揺を抑え、指示を飛ばしていった。


 辛うじて統率を取り戻した彼らは、弓を持つ数人が並ぶなり、一斉に大蜘蛛へと射掛ける。

 ただ辛うじて届くかといった矢は、大蜘蛛の体表へ当たるも刺さることなく地面へ落とされる。

 一方でそんな攻撃などものともせず、脚の一本をヴーズへ振り降ろし突き刺すと、悠然と口へ運び咀嚼し始めた。


 戦斧の一撃は水を相手とばかりにヴーズを通り抜けたが、大蜘蛛の脚には無数の突起がついている。

 それが引っかかることによって、保持することができるようだ。



「なるほど……。弓じゃ碌に効果は期待できそうにないわね」


「嬢ちゃんでもダメそうなのか?」


「弓の威力なんて、勇者だろうと普通の兵士だろうとそう変わらないわよ。ただ勇者はちょっとだけ重い弓を、強く引けるってだけだもの」



 兵士たちの攻撃がまるで効かぬ様子を見たサクラさんは、背負う矢筒へ伸ばしかけた手を降ろす。


 サクラさんは召喚されて2ヶ月かそこらの勇者としては、格段の成果を挙げているとボクは自負している。

 ただここまで無数の魔物を屠ってきた彼女にも、他の勇者より少しばかり不利となる面が存在した。

 それはサクラさん自身が言うように、攻撃の威力そのもの。


 近接武器による攻撃は、勇者の持つ高い身体能力、特に膂力が武器の強度の許す限り反映されてくれる。

 しかしそれと異なり弓と矢が持つ威力というのは、武器そのものの性能に依存してしまうのだ。

 つまり一定以上の硬さを持つ魔物、強度を持つ装甲を苦手とするという弱点があった。



「ああも固い表皮なら、その武器の方が有効じゃない? 近づいてぶった切る、得意でしょそういうの」


「確かにワシはそういった戦い方を得手としているが。上手く近づければの話だな」


「私はあの目を狙う事にするわ、少しは柔らかそうだし。……たぶんね」



 しかしそんな苦手とする状況にあっても、サクラさんは意外に好戦的な態度を崩さない。

 それはゲンゾーさんも同じであり、どうやらこの2人、あの大蜘蛛をやり過ごそうとするどころか、討伐する気満々のようだった。



「狙えるのか?」


「当てるだけなら造作もないわね。でもここから射たんじゃどうしても威力が落ちるから、もう少し近づかないと」



 何とも恐ろしい人たちだ。ボクや騎士たちがあの異形に慄き腰が引けてしまっているのに対し、むしろ嬉々として向かおうとしているかのように見える。

 召喚した当初のサクラさんは、仕方なく戦っている様子だった。でも今はそんな様子などどこ吹く風。

 ただこれだけ警戒される巨大な魔物だ、討伐に成功すれば膨大な報酬を得られるのは間違いなく、サクラさんもそれを狙っている節があった。


 とはいえ召喚した当初と違い、最近は順調に魔物を狩っているためそこまで切迫してはいない。

 なのでボク自身は極力危険を避けたいと考えていたのだけど、あの巨大な大蜘蛛相手に戦意を高めていたのは、この2人だけではなかったようだ。



「お、あいつ一人でやる気か? 思ったよりも根性据わってるじゃねえか」



 ゲンゾーさんの愉快そうな声に反応して見てみれば、大蜘蛛の前には戦斧を持った勇者が一人。

 先ほどまでヴーズ相手にやり合っていた彼が、真っ向から対峙しようとしていた。



「目の前で怖気づかない気概は買うけど、あれじゃすぐ喰われるのが関の山ね。……クルス君、先に行ってるわよ」



 たった1人ではどうにもならぬと判断したか、サクラさんは迷うことなく城壁から飛び降りる。

 数日前にもゲンゾーさんがやっていたが、ここは5階建て相当の高さを誇る。

 時間を短縮するためだとは思うけれど、勇者の能力があるにしろ、なかなかに恐ろしい真似をしてくれるものだ。



「勝算がわからずとも助けに行くか。あの嬢ちゃんも大した度胸だ、その代わり胸は小せえがな!」



 と言ってゲンゾーさんはガハハと大きく笑う。

 ただ飛び降りて無事着地していたサクラさんも、その発言が聞こえたらしい。

 こちらをキッと睨みつけ腕を振り上げると、「黙れおっさん!」と罵声を飛ばしてきた。


 そのおっさんと呼ばれたゲンゾーさんは、ひとしきり笑った後で戦斧を肩に担ぎ、同じく城壁から飛び降りていく。

 ただボクは当然のことながら、そんな人並み外れた真似など出来ようはずもなく、クレメンテさんと共に大人しく階段を使って下へと降りていった。

 勇者のもう片割れである、ガタイの良い青年もまた飛び降りることなく、ボクらと一緒に階段を降りる。

 まあ、たぶんそれが普通なんだろう。



 降りる最中、そのもう一人の勇者は自らをソウヤと名乗った。

 ここまで対抗意識を燃やされて碌に自己紹介さえもしてこなかったので、実際に名を聞くのは初めてだ。


 ボクとクレメンテさん、それにソウヤは降りて正門から外へと出ると、先行したサクラさんたちを追い草原を走る。

 夜露がまだ残り湿った草は滑り易くなっており、ボクは時折こけそうになるのだが、ソウヤは腕を掴み引き起こす。



「すまない、迷惑をかける」



 こけそうなボクを支えたソウヤは、小さく言葉を吐く。

 いったい何に対しての謝罪なのか、などと聞くまでもない。

 了承を得ず弟子入りを賭けてという名目で引っ張り込んだり、今もこうして無謀かもしれない相手に挑もうとしているのを、助けようとしている事に対してだ。



「今さらですし、もういいですよ。それにあの魔物とは、どちらにせよ戦うはめになったでしょうから」


「……悪いな」



 ボクらはそんな言葉を交わしつつ走り、先行したサクラさんたちへと追いつく。

 既に何がしかの攻撃を行い、魔物を刺激してしまったのだろうか。

 大蜘蛛は食事を中断し、あまり太いとは言えないが鋭い突起を持った脚を振り回していた。


 前に出ているゲンゾーさんは易々と避けているし、少し離れた場所で矢を番えているサクラさんには届かない。

 しかしどうにも中途半端に見える場所で武器を振り回し、大蜘蛛の攻撃から辛うじて逃げているのが一人。


 確か……、彼はコーイチロウという名前だ。

 ソウヤが教えてくれたもう一人の勇者の名だが、あちらの人は名前がこちらの様式とは随分と異なるので、若干覚えにくい。



「下がりなさい! 矢が当たっても知らないわよ!」



 矢を番え動く大蜘蛛に狙いを定めながら、サクラさんは叫ぶ。

 だがそんな失敗をするような彼女ではない。もし万が一本当に当たりそうになっても、持ち前のスキルで矢の軌道を逸らすなど容易だ。

 なので実際の意図としては、少々と言わず危なっかしい戦い方をするコーイチロウに、距離を取らせるためにそう言ったのだろう。


 だがその言葉に耳を貸そうとはせず、必死に前へとでようとしている。

 きっと彼にも、意地やプライドといったものがあるがために。


 そんなコーイチロウの様子を見て、サクラさんは仕方ないとばかりに矢を放ち、大蜘蛛の8つ並んだ目の内1つを狙い違わず潰す。

 淡く緑に輝いていた目は矢に貫かれ、その色を失い黒くくすんでいく。

 ただ痛覚が無いのだろうか、悲鳴や吠える声は聞こえない。もっともボクは、虫の悲鳴など聞いたこともないけれど。



「1つ潰した程度じゃどうってことないか」


「サクラさん、予備の矢を持ってきました」


「ありがと。……こいつを使い切る前には仕留めたいところね」



 一応確認のためなのか、サクラさんは大蜘蛛の目以外も攻撃していたらしく、矢筒の中身は少なくなっている。

 そこで持って来た矢筒を渡すと、彼女はそれを背負いながら険しい表情で大蜘蛛を睨みつけた。


 失った目を気にした様子も無く、脚を振り回し暴れ続ける大蜘蛛。

 複数ある目の内、一つだけでは大した効果はないのか、それともそもそも視力などに頼ってはいないのか。

 そんな大蜘蛛へと、ゲンゾーさんは積極的に肉薄し攻撃を仕掛けている。

 しかし想像以上に固い外骨格と脚に、なかなか刃が通らないようだ。



「こいつはなかなかに骨が折れそうだの。もっとも今まさに折ろうとしてるが、なかなか折れてはくれん」


「冗談言ってる場合ではないでしょう。それにこいつに骨はありませんよ」


「わかっとるわい。相変わらず冗談の通じんやつだ!」



 カラカラと笑いながら攻撃を仕掛けるゲンゾーさん。

 クレメンテさんもまたそんな彼を援護すべく、手にした短弓から小さな矢を放ち続けていた。


 そんな彼らやソウヤとコーイチロウを囮とし、サクラさんは次々と目を潰していく。

 しかし半分ほど潰したところで、大蜘蛛はその動きを少しばかり変えた。


 そいつは大きく肥大した身体の後部から、糸状の物体を噴き出し始める。

 蜘蛛に近い見た目であるため、その行為自体はさして不思議なものではない。

 ただ噴き出されたそれは、想像する蜘蛛の糸と大きく違い、随分と太く色はドス黒い。

 既に日は昇りきっているため問題はないが、これが夜間であれば黙視するのが困難と言える代物だ。


 糸とも綱とも言える黒い物質は、普通の蜘蛛糸とは異なり噴き出されて地面に落ちると、ゆっくりとゲル状に溶けていく。

 見た目は先程捕食されていたヴーズのようであり、少々と言わず気持ちが悪い。



「な……、なんだこいつ!?」



 その吐き出された意図に、運悪く触れてしまったようだ。

 叫び困惑するソウヤは、ゲル状の物体に足をとられ身動きが取れなくなっていた。

 抜け出そうともがくも、それはかなりの粘着性を持っているようで、移動しようにも足を動かす事ができない。


 動けぬソウヤへと向け、大蜘蛛は脚の一本を振り上げる。

 僅かでも気を逸らせればと思い、ボクは頼りないながらも拾った小石を投げるのだが、当然そんな物で気を引くことはできない。


 串刺しにせんと振り下ろされる脚に慄き、ソウヤは身を縮ませ動きを止める。

 予想される事態に一瞬目を背けそうになるも、間一髪のところでゲンゾーさんが強かに振り下ろされた脚へと一撃を加え、軌道を逸らしたのが見えた。



「冷静にならんか馬鹿者。落ち着いて靴を脱げ」


「は……、はい!」



 身体強化を行うスキルを発動し攻撃したゲンゾーさん。

 その彼に叱咤されたことで、ようやくソウヤは落ち着きを取り戻す。

 すぐさま靴を脱ぐと、素足に近い状態で草原を走り大蜘蛛から距離を取る。


 捉えたはずの相手に逃げられた事に動揺したのかは定かではないが、大蜘蛛は滅多矢鱈と脚を振り回し、粘液化する黒い糸を振り撒き始めた。

 これでは近寄って攻撃することも叶わない、流石にゲンゾーさんも接近するのが躊躇われるようで、今は距離を置いて様子を見ていた。



「無駄に硬いのは確かなんだが、特別強いって程の相手じゃねえんだよな……」



 頭を掻き困ったような口ぶりで呟き、巨大なそいつを見上げるゲンゾーさん。

 確かに強力な攻撃を仕掛けてくる訳でも、素早く動くわけでもない。

 単純に強さや凶暴さを考えるならば、前に居た町で対峙した"森の王"と呼ばれる、オオカミにも似た魔物の方が遥かに危険だった。


 とはいえひたすら本能のままに捕食し暴れる様子は、あれとまた別の意味で脅威。

 目はそのほとんどを潰され、今は見当違いの方向へと攻撃を繰り返している。

 しかし有効な一撃を与えることができておらず、ボクらはどうすれば良いのか頭を悩ますハメになっていた。


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