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貴女の道、ボクの道 04


「さ、サクラ……、さん?」



 鋭く乾いた音。目の前を横切るしなやかな手。裂けるような強い頬の痛み。

 そして歯を食いしばり、悔しそうにする表情と目元へ浮かんだ涙。

 勢い良く振り返ったサクラさんの平手を頬に受けたボクは、尻餅付きながら彼女の顔を見上げていた。


 それまで全身を支配していた痛みなど吹き飛び、感じるのは頬の一点のみ。

 けれどそれ以上に、サクラさんの目元に浮かぶ涙が目に焼き付けられる。



「君の考えはわかってる」


「え……」


「どうせこう考えたんでしょ? "ボクの都合で無理やり召喚したんだから、家に帰してあげなきゃ"って」



 ジッと見下ろし、吐き捨てるように語るサクラさん。

 彼女が言い放った内容は正解だ。一字一句、ほぼ違うことなく言い当てたサクラさんに、感心を通り越して呆れすら抱いてしまうくらいに。

 でもそんなことは今問題じゃない。

 気取られたのならそれでもいい。サクラさんには早くあの扉をくぐってもらわなくてはいけないのだから。



「……そうですよ。サクラさんにとっては、たぶんその方が良い。だから早く扉に行ってくださ――」


「気に入らない」



 今度は少しだけぶっきら棒に、サクラさんを扉に向かわせようとする。

 けれどその意図は、彼女の不機嫌そうな声に掻き消された。


 困惑して再び見上げてみれば、そこにあったのはさっきと似たような表情。

 歯を食いしばっているし、目元には涙だって浮かんでいる。

 けれどその目に宿っているのは、悲しみや寂しさなどといった類の感情ではない。……これは怒りだ。



「気に入らない、面白くない、不愉快、腹が立つ」


「あ、あの」


「これまでずっと気弱だった君が、今になって急に大人みたいな態度を取って。本当は寂しいくせに、一丁前に私のためを想って自分を押し殺して。そこが気に入らない!」



 混乱するボクの前に立ち、サクラさんは殴りつけるように言葉を吐き出した。

 今にも掴みかからんばかりの勢いに、立ち上がる事すらできやしない。



「品行方正なフリをして本当は我儘だとか、いつも嫌味ったらしいのは承認欲求が強いせいだとか、本当は私のことを独占したいのに嫌々離れた時間を作ってるとか、平静な態度をとってるくせに寂しがり屋だとか。君はそういう子でしょうが!」



 まるで堰を切ったように、感情の洪水が押し寄せる。

 こんなサクラさんは見たことが無い。今まで冗談では罵声を浴びせられることはあったけれど。


 でも今回は本気だ。声は震え、顔には涙が伝い、手は握りしめられている。

 必死に感情を抑え込もうとして、それでもなお暴れているのだ。



「ち、ちょっと待ってください!」


「待たないわよ! 今までそういうの隠そうとしてバレバレだったのに、今回だけ妙に演技が上手いのも腹が立つ! しかも最後まで演じきれずに、結局泣いちゃってるのが余計に苛立たしい!」



 制止の声を上げるも、サクラさんの怒気は止まらない。

 ただ言いたいことは一通り言い終えたのか、叫んだところで一旦停止。

 そして彼女はしゃがみ込んで目線の高さを合わせたかと思うと、いきなりボクを強く抱きしめてきたのだった。


 細身で、けれど2年の戦いを経て筋肉質で、それでもなお柔らかくて。ボクへと覆いかぶさるように抱きしめる。

 勇者の血を行使したため生じた身体の痛みも、サクラさんの平手による頬の痛みも、全てが抜けていくような感覚。

 なんだかとても安心の出来る温かみに、力が入らずにいたボクだが、耳元で呟かれた言葉に心臓が跳ねる。



「本当のことを言いなさいクルス。君は本当に、私と離れたいの?」



 とても真剣でいて、かつ悲しそうな声。

 これは確認だ。サクラさんがボクの決意を知るための、そしてボク自身もまた本心でどう思っているかを知るための。


 いつの間にかこの世界には、ボクとサクラさんの2人だけ。

 ニホンに帰る人たちは既に帰還した。ボクらの世界に残る選択をした人たちは、たぶんゲンゾーさんによって連れ帰られた。

 このやり取りを聞く人は他になし。

 だからこそボクは、この時少しだけ素直になれたのかもしれない。



「そんなはず……、ある訳がない。だって……」


「だって?」


「誰よりも、ボクはサクラさんのことが好きだからですよ!」



 他に誰も居ない世界。2つの扉だけが静かに見下ろしてくる世界で、叫び声が大きく響く。


 最初に出会った時よりも短くなったサクラさんの髪と、徐々に小さくなっていく扉が目に映る。

 遠くに転がった瓦礫からは、ビシリと亀裂音が。

 それと同時にさらに小さくなっていく扉。もう、あまり時間はないようだ。


 そんな状況であるというのに、身体は動かない。

 今は一世一代の告白に対し、サクラさんがどう反応するのか、そればかりが気になってしまう。

 ただ彼女もまた同じであるようで、ボクの叫びに応えるように強く抱きしめてきた。



「私も大好きよ、クルス。あなたの代わりは他に居ない、向こうの世界にも誰一人として。軟弱ですぐ心の中で泣いちゃう子でも、私には君しか居ないんだから」



 強い抱擁は柔らかく、とても優しいものへと変わる。

 そうだ。サクラさんはもし向こうの世界に戻っても、そこに家族が待ってはいないのであった。

 召喚をされる直前、唯一の肉親である祖父を失ったと、出会ってすぐにそう話してくれた。


 けれど代わりに、今はボクという家族が居る。

 だからこそかは知らないが、サクラさんはこう言ってくれた。一緒に居ようと。



「サクラさん、ボクは貴女のことが……」


「それはさっき聞いたわよ。君の全部、受け入れてあげる。良いところも悪いところも、本当の家族としてさ」



 もう一度、しっかり気持ちを口にしようとするも、サクラさんの人差し指によって押し留められた。


 ボクはそんなサクラさんの言葉に、自然と涙が溢れそうになる。

 しかしそいつが零れ落ちるより先に立ち上がった彼女によって、強く手を引かれるのだった。



「帰りましょう、相棒。私たちの家に」



 半ば強引に手を引かれ、サクラさんは扉へ飛び込んでいく。もちろん、ボクらの出会ったあの世界へ。

 同時に背後でバキリと乾いた音がし、急速に縮んでいく扉。

 なんとかギリギリでそこへ滑り込んだボクらは、真っ白な光に包まれた。


 真っ白で巨大な筒の中を通っていくような、不思議な光景。

 身体を包む光に身を任せるボクらは、元の世界への道を流されていく。

 ただ閉じるギリギリに飛び込んだ影響もあるのか、遠くに出口らしきものは見えるけれど、なかなかたどり着いてはくれない。

 そんな状況でサクラさんは、繋いだ手を引き寄せると、耳元でささやく。



「もうちょっとだけ、時間がかかりそうね。向こうで人の目に触れる前に、今のうちに済ませちゃおうか」


「済ませるって、何をです?」


「決まってるでしょ、"コレ"よ」



 そう言って彼女は、顔を近づける。直後、口先に感じる柔らかな感触。

 息の仕方すらわからず、ただ無言で瞬きを続ける。

 その目に映るのは、最初に出会った時よりもずっと短くなったサクラさんの髪。


 ほんの数秒ほど続いたそれを経て顔を離したサクラさんは、ちょっとだけ照れた表情を浮かべていた。



「さ、サクラさん!? 今のってまさか……」


「これで完全に、日本へ戻る訳にいかなくなったわね。お縄になるのは御免被りたいもの」



 ボクだって成人を迎えた男だ、今のがどういった行為かくらいはわかる。

 けれどサクラさんと、しかも彼女の側からそれをされるとは思ってもいなかった。確かに告白と言える内容を伝えはしたけれど。


 気恥ずかしく、でもどことなく誇らしいような。

 複雑な心境を抱えながらも、自身が赤面するのを感じつつ、しどろもどろとなる。



「えっと、どう言っていいのか」


「別に感想なんて要らないわよ。これから先、何度だってあるんだから。そのうち慣れるでしょ」


「な、何度も!?」



 とんでもない発言を平然と口にするサクラさんに、絶句して押し黙ってしまう。

 でもそんなのはごく僅かな時間だけ。ようやく白い空間が終わりを告げ、扉の先が目の前に迫りつつあったからだ。


 眩しい光に再び包まれたかと思うと、身体が生ぬるい空気に襲われる。

 ……いや、これは空気がおかしくなったのではない。本来の感じているべき空気のもとに帰ってきたのだ。



「おお、戻ったか!」



 目の前に広がるのは、緑と土の世界。

 そして地面に描かれた巨大な陣と、騎士たちによって手当てを受ける大勢の勇者。

 彼らがポカンとこちらを眺める中、ゲンゾーさんの野太い声が響く。


 良かった、ちゃんと戻って来れたようだ。

 それにゲンゾーさんたちも戻ってきている。向こうで倒れた人の遺骸も含めて。

 彼はボクとサクラさんが現れたことに安堵し、喜び勇んで走ってくる。



「こっちの扉が閉まってもうダメだと思っていたぞ! ……小僧、顔が赤いがどうしたんだ?」



 けれど彼が真っ先に気になったのは、ボクの顔そのものであったらしい。

 わかっている。自分でもハッキリ自覚できる程に、顔へ熱を持っているのだ。

 きっと人から見て目を丸くするほどに真っ赤であり、隣に立つサクラさんが腹を抱え苦しそうに笑っていることからも明らか。



「ああ、いや説明はいい。なんとなく察した。良かったな小僧」



 いったいこの状態をどう説明したものかと悩む。

 けれどゲンゾーさんはすぐさま、ボクがこうなった理由に思い至ったようだ。たぶんサクラさんの行動も考慮に入れて。

 なにせ彼女は誰に隠すでもなく、後ろからボクへ熱い抱擁をしていたのだから。


 きっと多くの人が、ゲンゾーさんと同じ感想を抱いたのだろう。

 どこか生暖かい視線を向けてくる彼らの様子に、ボクはなお顔を赤くしてしまうのであった。


次回最終回。

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