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貴女の道、ボクの道 03


 一人の勇者が呟いた言葉に、この場に居た全員から動揺が漏れる。

 ある人は視線が泳ぎ、ある人は隣へ立つ者へ困惑を口にし、ある人は喜びに涙を流す。


 突如として現れた、異界へ繋がる巨大な2つの扉。

 一度は失われたかと思えた脱出の手段が、再び目の前へと現れてくれた。

 けれどそこでボクらは提示される。お前はどちらへ飛び込むのか、と。


 2つある扉の行き先は異なっていた。片方はボクらが生き戦う世界、そしてもう片方は勇者たちの生まれた世界。

 ボクには後者の方に映る光景は見えない。だがこの場に居る勇者たちにはこう洗濯を突きつけられたのだ、召喚された先の世界へ再び向かうか、それとも生まれた世界に還るのかと。



「……まさか、こんな所で帰還の手段に出くわすとはな」



 決してありえないと思っていた、古郷への帰還の可能性。

 そんな突然に迫られた選択に、勇者たちには動揺や興奮が満ちていく。


 けれどそんな彼らとはうって変わって、現れた扉への警戒感を霧散させ、感慨深そうに言葉を吐くのはゲンゾーさんだ。

 彼はいつの間にか近づいてくると、ニホンと呼ばれる世界が映る方の扉を眺め目を細めていた。



「もしかして、向こうに帰るつもりなんですか」



 彼があちらの世界に対し、どういった感情を持っているのかはわからない。

 けれど何度かは戻りたいと考えたことがあるらしく、今になって現れた帰還の可能性に、自嘲しているかのようだった。


 ボクはおずおずと、そんな彼に一つの問いを投げかける。

 とはいえこの質問は、現在ボクの思考を半ば支配しているものではない。

 どうしても"彼女"には直接聞けぬ内容を、ゲンゾーさんを通し窺おうとしているために出たものだ。



「まさか。ワシは残るさ」


「本当にいいんですか?」


「もちろんだ。第一ワシが召喚されたのはかなり昔のこと、もうとっくに向こうでは死亡扱いだろうよ。それにこっちで家族も居る、帰る理由はない。……他の連中はどうだか知らんがな」



 向けた質問に、ゲンゾーさんは首を横に振る。

 どうやら彼自身には帰還の意思が無いようだけれど、他の勇者たちはそうでもないようだ。

 本来の世界が映る扉を穏やかな目で見る者も居れば、泣きながら帰りたいと口にする者も。


 召喚される者の基準として、あちらの世界での失意や絶望といった心理状況が影響すると、以前に研究者であるタツマが言っていた。

 なので勇者たちの多くは、自身が生まれ育った世界への未練をあまり口にしない。

 けれど苛烈な戦いを経てもなお、未練を口にせずいられる者もまた多くはないようだった。


 今も地面には、さっきの戦いで散った勇者たちの亡骸が横たわっている。

 その光景と帰還の可能性、両方を見せられれば気持ちが揺らぐのも当然だ。



「帰りたいというのなら、ワシにはそれを止める手段がない」


「……それにたぶん、これが最初で最後の機会ですから」


「もっともこっちに入れば、帰れるという確証もないがな」



 確かにそうかもしれない。あちらの光景が映っているとはいえ、本当にそこへ繋がっているかは未知数。

 それに見ている人によって先が異なるというのは、若干の不安要素であるのは否定できない。


 けれどボクには、この扉はニホンに繋がっているように思える。

 前回この世界で扉を見た時は、ボクの姿を纏った偽物がサクラさんに近づいている光景が見えた。

 その時と同じであるならば、やはりニホンと繋がっているのだろう。


 そしておそらくコイツこそが、この中で唯一ボクだけ不安や焦りを抱いている理由。

 恐る恐る隣に立つ彼女を見上げると、そこには無言のままジッと扉を見上げるサクラさんの姿があった。



「小僧、ワシはあいつらの所へ行く。その間に話すといい。……あまり時間はないぞ」



 サクラさんを見上げるボクの背へ、柔らかく手を置くゲンゾーさん。

 彼は意味深な言葉と視線を置いて、騒然とする勇者たちのところへ歩いていくのだった。


 彼の視線が向いていた先には、サクラさんが手放し放り投げた瓦礫。

 そいつはまだ淡い光を放ち続けているのだけれど、心なしかさっきよりも弱くなりつつあるように思えた。

 それによくよく見れば、表面へさっきまではなかった細かな傷が。あまり長くは持たないのかもしれない。


 どちらに戻るにしろ、ゲンゾーさんが言ったようにあまり時間は残されていないらしい。

 ボクは慌てて再度サクラさんを見上げると、彼女は小さく呟く。



「ここ、私の家なのよね。まったく変わってない、もしかしてあの時のまま残してくれてるのかな……」



 ボクの目にはなにも映らない、ただひたすら暗いばかりな扉の向こう。

 けれどサクラさんには、懐かしいあちらで住んでいた家の様子が見えていた。


 聞いているとどうやら勇者たちが見ているのは、自身が最後に居た地。

 つまり召喚をされる直前に立っていた場所であるらしく、彼女にとってはそれが我が家であったようだ。



「何もかもが懐かしいわね。まだたった2年くらいしか経っていないってのに」


「サクラさんも、……帰りたいですか?」



 どことなく遠い目をし、懐かしさを露わとするサクラさん。

 ボクはそんな彼女へと、意を決して口にすることすら恐ろしいそれを問うた。


 ボクにとって最も、気が狂いそうになるほど避けたいのはこれだ。

 今までは片鱗すら見えなかった、ニホンへの帰還の可能性。

 目の前へ突きつけられたサクラさんが、そいつを手に取ってしまうのではないかと。


 すると彼女はボクを一瞥する。

 もしかして別離の言葉を告げられるのではという、強い不安に襲われた。

 けれどサクラさんから発せられたのは、別れを告げるものではなく、まるで自分自身に問いかけているかのような疑問。



「クルス君。私の未来は、どこに在るかしらね」



 2つの扉を交互に眺めるサクラさんの、静かな声にハッとする。


 ……そうだ、彼女には彼女の未来がある。

 サクラさんがこちらの世界に来たのだって、こっちの都合で無理やり引きずり込んだため。

 すべての勇者に言えることだけれど、そこにサクラさんの意思など存在しなかったのだ。


 きっと彼女が口にしたのは、そういった意図ではないのだとは思う。

 それでもボクにはサクラさんが本来歩むはずであった道を、無理やりこちらの都合に付き合わせ、歪めてしまったように思えてならない。

 ボクがサクラさんを召喚しなければ、彼女は元の世界で普通に暮らし続け、今頃誰かと結婚でもしていた可能性も。


 サクラさんがボクらの世界で過ごした2年を、今更返してあげることは出来やしない。

 けれど帰還が叶うかもしれない最後の機会、彼女のために使ってもらう事ならば……。



「サクラさんにとって良い未来は、……向こうにあると思います」



 ボクは必死に自己を押し殺し、思ってもいない言葉を口にした。

 勇者たちが生まれ育った世界は、様々な点でボクらの世界よりずっと恵まれていると聞く。

 食事に医療、娯楽。ボクがまるで想像することすらできない次元で、彼らはそれを生まれた時から享受してきた。

 ならば勇者たちは、不自由と不便や戦いに満たされた世界で生き続けるより、古郷に戻った方が良いのではないか。


 そんな考えで告げた内容へと、サクラさんはしばし押し黙ると、こちらに向き直り小声で問い返す。



「…………どうしてそう思うの?」


「それが自然であるからです。本来魔物退治だって、こっちの世界の人間が自らの力でやらなくてはいけないのに」


「今更何を言ってるんだか。第一そうするための力が足りないから、勇者を頼ったんでしょう」


「確かにそうです。ですが――」



 ジッと彼女の目を見据え、陰鬱な感情と跳ねる心臓の音を隠し言葉を紡ぐ。

 サクラさんに気取られぬよう、決しておかしいと思われぬように。


 彼女によってされる反論は至極当然のもの。

 実際ボクらの世界で生まれ育った者は、黒の聖杯が生み出す強力な魔物に対し、為す術がないと言われれば否定が出来なかった。

 だからこそ戦力とするために勇者を呼んだ。一番最初に召喚が行われた時の経緯はともかく、これが現実。


 けれど今後は、少なくともシグレシア王国では召喚の頻度が減っていくはず。



「これからは、必要なくなります。だって黒の聖杯を生み出していたものを、こうして破壊したんですから」



 唯一残った淡い光を放つ残骸を指さし、ボクはハッキリと告げる。

 これで全てを破壊したかはわからない。けれど出現の頻度を下げることになるのは間違いなさそうだ。

 それは即ち、勇者たちを召喚する意味そのものが失われるということ。

 もし今後黒の聖杯が現れなければ、残るは自然繁殖する魔物を討伐するだけ。



「ですから安心してください。あとはこっちで、何とかしてみせます」


「クルス君、いったいどうして……」


「早く行った方がいいですよ。おそらくアレが壊れれば、この扉は閉じてしまう。そうなればもう二度と帰れない」



 ボクはそう言って悲鳴を上げる身体と心にムチ打ち、サクラさんの背を押した。


 徐々に弱々しくなっていく光に比例し、扉はゆっくりと小さくなっていた。

 元の世界に戻る決断をした勇者たちは、己の相棒である召喚士への伝言を託し扉へと飛び込んでいく。

 そしてボクらの世界へ残ると決めた、ゲンゾーさんらもまたもう一方の扉をくぐろうとしている。

 彼は一瞬だけこちらに視線を投げかけると、早く決めろと言わんばかりの表情をする。



「今まで、ありがとうございました。貴女はボクが想像していた以上の戦力(・・)だった。きっとこの感謝を忘れることはありません」



 もう時間が無い。早く扉を通らなくては。

 けれどニホンに繋がる扉へ向け背を押すも、サクラさんの足は重い。

 彼女の悲しそうな表情がわかるだけに、ボクは決して顔を上げようとせず、背を押しながら説得の言葉を吐き続ける。



「本当にそれが君の意思なの? ……本当に、私が帰っても大丈夫なの?」


「サクラさんに必要なのは、ボクのように軟弱な召喚士じゃないでしょう! だからお別れです。ボクはこちらから祈っています、サクラさんに相応しい人が見つかるよう。だから早く! 早く帰っ――――」



 サクラさんの背を押す腕に、自身の涙が落ちるのが見える。

 わかりきったことだ、サクラさんとの別れなど、誰よりもボク自身が望んでいない。

 でも彼女を元の世界に、住み慣れた家に帰してあげなくてはいけない。その機会は今しかないのだ。


 ボクは本心とまるきり異なる意思を、無理やり言葉にして叫ぶ。

 けれどその時。突然サクラさんは振り返ると、ボクに向け平手を見舞ったのであった。


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