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貴女のために 05


 さっきまでの獅子を模した形よりは小さい。けれど人よりはずっと大きな体躯。

 ずんぐりとした巨漢であるゲンゾーさんの、数倍は大きな人といったそいつは、白い身体を見せつけるように両腕を広げていた。



「なんですか、こいつは……」



 さっきは獅子。変化したかと思えば今度は人の形。

 どうやらヤツには定まった姿とやらがないらしく、変化した理由や目的は不明だけれど、こうして新たな姿となっていた。


 ただ人としての形を保ってこそいるものの、厳密に言えば人とは異なる姿をした異形。

 さっきヤツによって見せられた幻にあった異界の存在。サクラさんのした予想では既に滅んでいるとされるそいつらと、まるで同じ姿に変じていたのだ。



「本物、ではないですよね。色も白いままですし……」


「まず違うわね。……でも嫌な感じ、見た目だけはさっきの方が危険そうだっていうのに」



 まさに異界の民といった雰囲気や気配を漂わせるそいつだが、実際に本物がこの場に居るわけではない。

 あくまでも形だけ。姿の上でだけ、創造主と思われる存在を模しているに過ぎなかった。


 けれどサクラさんは、その姿に対し強い不安感を抱く。

 攻撃的な気配という点では、間違いなく獅子の姿の方が断然脅威を感じたというのに。

 あくまでも黒の聖杯を創造した連中を模しただけであるのに、どういう訳か身体の奥底からわき出てくる恐怖心。

 そして恐怖心が気のせいでないことを証明するかのように、ヤツはその白い腕を大きく振るった。


 いきなりの動きによって、反応が遅れる一人の勇者。

 彼は白い巨人が伸ばした手によって頭を鷲掴みされると、高々と持ち上げられる。

 そして彼はそのまま――――。



「冗談じゃねぇ……」



 目にした光景に、ゲンゾーさんは目を剥き動揺を露わとする。

 白い巨人は頭に当たる部分を、蕾が花を咲かせるように大きく変化。掴まえられた勇者がその中へと放り込まれてしまったからだ。


 彼の身体が半分ほど入ったところで、花弁の部分が閉じていく。

 そして鋭い刃物を想像させるそれによって、身体の中ほどから噛み千切られてしまった。

 上半身を食われ、残る下半身は地面へと落ちていく。

 血をまき散らし転がるその光景に、ボクは一気に血の気が引いていくのを感じた。



「いかん、下がれ! お前たち下がるんだ!」



 予期せぬ恐ろしい光景に、形勢は一気に不利へと傾く。

 これまでなんとか保っていた勇者たちの士気もまた、ガクリと急激な下降線を描いてしまう。


 勇者たちにとって、死はとても身近な存在。

 たぶん彼らの中でも、他の勇者が死んでいく光景を見た者は少なくないだろうし、そいつを乗り越えてきたからこそこの場に選ばれている。

 しかし通ってきた扉は見えず、退路の断たれた異界でのそれは、戦意を挫くには十分なものであった。

 そのことを瞬時に察したゲンゾーさん。彼はすかさず前に出て盾となり、他の者へ下がるよう強い指示を飛ばす。


 ゲンゾーさんの声に反応し、すかさず後退を試みる勇者たち。

 彼らは背を向け全力でこちらに向かって走ろうとするのだが、それが良くなかったのかもしれない。

 猛烈な勢いで追撃をかけてきた白い巨人は、ゲンゾーさんを飛び越えると一人、また一人と勇者たちに迫り、同じく頭を掴み上げたのだった。



「動きまで変わっている……。なんて厄介な」



 今は再び後方で支援を行うサクラさん。彼女は苦々しそうに悪態つく。


 獅子の姿であった時には多少の移動こそあれ、そこまで活発な動きではなかった。

 しかし人の姿となって一変。ヤツは人が走るそれと同じ動きで、大きな体躯を感じさせぬ機敏さをもって走り始めたのだ。

 その機敏な動きで勇者たちを捕食していき、変化してから既に片手に迫るだけの数が犠牲となりつつある。


 そういえばアバスカル共和国に潜入した時、首都の地下で眠っていた黒の聖杯は、多くの奴隷たちを捕えていた。

 そして黒の聖杯は奴隷たちを食らい、巨大な姿へと変じた。

 危うくアヴィも犠牲になりかけたそれだが、今にして思えばあいつが大きな動きをするために、人の肉という栄養源を必要としているのかもしれない。


 愉快さとはかけ離れた想像ではある。

 でも現にここまでで10人近くも勇者たちが数を減らしており、ヤツの動きはさらに機敏に、そして力強くなりつつあるように思えた。



「お前たちも下が――」



 勇者たちの肉を咀嚼する魔物。

 だがヤツの食欲だか攻撃性だかは満たされないようだ。さらなる餌食を求めて駆ける。

 そしてその矛先がボクの方を向いた時、反応が一瞬だけ遅れてしまった。


 迫る魔物の圧。逃げ惑う勇者の悲鳴。そしてゲンゾーさんの警告。

 それらを同時に感じ、意識をどこに集中していいかすらわからず、ただただ迫りくるそいつを呆然と眺めてしまう。

 気付いた時にはすぐ目の前。白い剛腕が振り下ろされ、ボクの頭を捉えようとしていた。



「あ……」



 わかる。この瞬間に、ボクはその命を終えるのだと。

 これまで何度となく、死が鼻先を掠めていくような経験はしてきた。

 けれどこいつは正真正銘。本当に命が奪われていく強い予感と確信、それに諦め。

 避けようのない運命を認めるかの如きそれに、瞼を閉じることすら忘れ、命を刈り取る鎌の如き白い腕を眺めた。


 言葉とも言えぬ声を漏らし、死が頭を捉える瞬間を待つ。

 ……しかしほんの僅かな間を置いて刈り取られるはずのそれは、想像した瞬間には訪れなかった。

 頭へと伸ばされた魔物の腕には剣が突き刺さっており、必死の形相をしたサクラさんが、ヤツへと飛びついていたからだ。



「逃げなさいクルス! 早く!」



 死をも覚悟したボクであったが、実際には寸でのところで彼女に助けられたらしい。

 自身より何倍も大きな魔物に飛びつき、得意でもない中剣で攻撃。なんとかボクに向いた攻撃を留めたのだ。

 そんな彼女は鋭い視線をこちらへ向けると、逃げるよう叫ぶ。



「で、でも……」


「いいから早く! あまり長くは持たな――――」



 とはいえ自身の相棒であるサクラさんを、このような状況で一人置いてはいけない。

 例えボクがこの場において役に立てなくても、彼女だけに任せ尻尾を巻いて逃げるなど。

 それに障害物もないだだっ広い空間、いったいどこに逃げればいいというのか……。


 だとしてもサクラさんは、ボクを逃がそうと必死で食らいつく。

 けれど魔物の膂力はあまりにも強かったようだ。大きく振り回した腕によって彼女は剥がされ、再度振られた腕によって大きく弾き飛ばされてしまう。



「サク……、ラ、さん?」



 豆粒に見えるのではないかと思えるほど、遠くへ弾き飛ばされるサクラさん。

 小さくなっていく彼女は、何度となく地面を跳ねて転がり、グッタリと横たわる。

 無事であるかどうかは……、わからない。

 だが遠目にも頭から血を流しているのがわかるし、身動きをしていなかった。


 ボクは倒れた彼女の姿を見た瞬間、無意識に手を腰にやっていた。

 そこに差してあった短剣を、自分でも驚くほど自然に抜き放つと、そのまま真っすぐ魔物へと突進。

 勢いそのままに魔物の広い胸部へと、短剣を突き刺した。



「おまえ……、絶対に、絶対に殺してやる!」



 周囲のまだ立ち上がれる勇者たちが視線を向ける中、そんなことはお構いなしに叫ぶ。


 激情に身体を支配されていくのがわかる。それがサクラさんがやられてしまったためであることも。

 けれどそのおかげと言っていいのだろうか、父親から半分だけ引いた勇者としての血が、機能を始めているようだった。

 現に非力であるはずなボクでも、こうして短剣をヤツに突き立てることが出来ている。

 この敵を仕留めるためにも、今ばかりは自身の父親、イチノヤに感謝をしなくてはいけないらしい。



「離れろ小僧! お前がどうにか出来る相手じゃねぇ!」



 とはいえその行動、勇猛果敢であると捉えてもらうことは出来ない。

 ゲンゾーさんは跳躍して瞬時に距離を詰めると、大斧を白い巨人へと振り下ろした。


 斧を巨人の首元へとめり込ませると、片手でボクの襟を掴む。

 そしてヤツを蹴って離れる勢いで、ボクを一気に引き剥がして後退するのだった。



「でもサクラさんが!」


「だからこそ冷静になるんだ。嬢ちゃんが離脱している今、お前も当てにする必要がある」



 サクラさんを殴り飛ばしたヤツだ、せめてもう少しだけでも、傷を与えてやらねば気が済まない。

 けれどゲンゾーさんはボクの怒りを理解しつつも、それでも制止する。


 ……確かにそうだ。戦力はただでさえ減りつつある中、戦術も連携もなく闇雲に戦っていては。

 今は不意を討ったから届いたものの、真正面から相対しては、戦いの経験が少ないボクの攻撃など児戯に等しい。

 そうとはわかっていても、一旦身体の内に点いた熱はそう簡単に収まってくれない。

 彼はそこを理解しつつもボクを落ち着かせようとし、白い巨人への対処を今も動ける勇者たちに任せ、一点を指さした。



「見ろ、あいつは死んじゃいない。思ったよりも軽傷だ」



 彼が指さす先を見れば、そこではサクラさんはヨロリと立ち上がる姿が。

 身体はかなり痛むようだけれど、もう戦闘続行が不可能という訳ではないらしく、吹っ飛ばされてもなお離さなかった大弓を握っていた。


 良かった……。どうやら命に別状はないようだ。

 怪我こそしているようだけれど、サクラさんの命に別状はないことに、ようやく内で猛っていた怒気が収まっていくのを感じる。

 だが半分だけ混じった勇者の血は、いまだその発露を止めてはいないようだ。



「まだいけそうだな。クルス、お前にも加勢してもらうぞ」


「……出来るところまで、やってみせます」



 ボクの状況を一目見て看破したゲンゾーさん。

 彼は共闘を指示すると、自身の大斧を大きく振り回し、突進するべく姿勢を低く保つ。

 そんな彼の言葉に、ボクはもう一度サクラさんの方を見てから、頷き短剣を握りしめた。


残り5話

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