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貴女のために 02


 異界への攻撃に備え、ボクは材料が許す限り、決行前夜まで薬品の調合に明け暮れた。

 ゲンゾーさんからは身体を休めておくよう言われたけれど、もし必要な時に薬品が足りず後悔したくなかったために。

 なにせ勇者たちが大量に攻め込むも、怪我をした際に応急処置が出来るのはボクだけだろうから。


 結果鞄がパンパンに膨らむほどの薬品瓶が納められ、歩くことにすら難儀するハメに。

 下手をするとあちらの世界との扉を通った時、瓶が壊れてしまう恐れもあったけれど、辛うじて無事であったそれを取り出しサクラさんへ。

 彼女は薬品で満たされた小瓶の蓋を外すと、矢先に海綿を刺し薬品を浸して、迷うことなく射放った。


 放物線すら描かず猛烈に飛ぶ矢。

 ガツリという音と共に金属の塊に当たったそれは、含まれた薬品をまき散らしその物体を濡らす。



「……まるで効いている気がしないわね」


「では火を試してみますか? あまり強い火力にはできませんが」


「見た目からすると、水とか雷とか効きそうな印象だけど。流石にそっちは無理か……」



 これまで決して溶かさぬ物のなかった、お師匠様伝授の強力な酸性毒。

 けれど強力なはずのそれすらも、巨大な金属の塊であるそいつの表面を僅かに溶かすばかり。

 一切効果がないとは言わないけれど、これだけの大きさだ、溶かし切ってしまうには手持ちの薬品があまりに少なすぎる。


 流石にそれほどの量となると、事前の準備云々という次元ではない。

 その事にだけは諦め再度ヤツを見る。すると今もなおゲンゾーさん含め、勇者たちが攻撃を続けていた。

 けれどやはり有効なものとはなっていないようで、仕掛ける勇者たちからは困惑や焦燥の色が見える。

 この先が見えぬ状況で、あえて数少ない救いを挙げるとすれば……



「反撃をしてこないだけまだマシ、でしょうか」



 変わらず断続的な発光こそ続けているものの、それ以外は何も変わりは無し。

 逆に言えば勇者たちの攻撃を受けっぱなしで、まるで向こうからは手を出してこないのだ。


 それ故に攻撃が出来るとも言えるけれど、ボクにはそいつが不穏に思えて仕方ない。

 この感想はボクだけではなかったようで、サクラさんの表情が険しく、どこか様子を窺うような素振りが見えた。



「こっちとしては助かるけど、どこまでも不気味ね。前もそうだったの?」


「ボクが前回来た時も、試しに攻撃をしましたが反応はありませんでした。でもその直後です、ボクの偽物が現れたのは」



 まるで反撃してこぬそいつだが、それでも彼女ら勇者たちが警戒しているのは、やはりコレだろうか。

 この巨大な建造物が、おそらく黒の聖杯を生み出す生産設備であるというのは、事前に予想していた。

 ならそれを攻撃することによって、ヤツは防衛反応として自らの仲間を生み出すのではないか。



「……案の定です、来ますよ!」



 矢を射たサクラさんにそのことを話した矢先、金属の塊は発光を徐々に強め始める。

 あの時と同じだ。空間に扉が出現し、そこから現れた黒の聖杯によって、ボクの複製が生み出されたのは。


 まさか再びヤツが現れ、この場に居る勇者たちを複製するのでは。

 もしそうなればこの上なく厄介だ。前回は非力なボクであったから良かったけれど、複製対象が強力な勇者であったなら。

 特にゲンゾーさんを複製されたら、相当な被害が出かねない。しかもそれが複数ともなれば。


 そんなことを想像し警戒するのだけれど、抱いた懸念は一部外していたらしい。

 宙へ扉が開き黒の聖杯が出現するも、その数は1体のみであった。



「1体だけ? てっきりこっちに合わせて大量投入されるかと思ったけど」


「そうですね、でも……」



 1体だけであればかなりの救いだ。乱戦に持ち込まれるというのが、こちらとしては最も嫌な状況であろうから。

 けれどそんな安堵などどこへやら、また別の問題が目の前に鎮座しているのだった。



「なんですか、このバカでかいのは!?」



 確かにそいつは単騎。けれど問題は、異常ともいえるほどの巨躯を誇っていたという点。

 さっきまで勇者たちが攻撃していた、金属の構造物と並ぶほどな、見上げるほど巨大な鉛色をした杯。

 ボクはこれまで、こんな大きさをした黒の聖杯は見たことがない。いや、たぶん今まで誰も見たことがないに違いない。



「小僧、まさかこいつなのか? お前の偽物を作ったってヤツは」


「ち、違います。こんなに大きくは……」


「そいつは助かる、と言っていいのかどうか。だが少なくとも同士討ちは避けられそうだ」



 一旦巨大な構造物から離れたゲンゾーさんは、ボクの近くへ来る。

 どうやら彼は偽物を作り出されることによって、戦力的な面だけでなく、誤認しての同士討ちを懸念していたらしい。

 でもあの時に見た黒の聖杯とは、まったく異なる形状というか大きさ。もちろん巨大なだけで、同じ能力を行使して来ないとは限らないけれど。



「本命は後に取っておくとするか。お前たち、先にこっちを片付けるぞ!」



 現れた大きな黒の聖杯が、どんな攻撃を仕掛けて来るかは不明。

 けれどどのみちこいつを片付けないと、おちおち攻撃を継続することすら出来はしない。

 ゲンゾーさんが金属の塊へ向けていた大斧を、現れた巨大な黒の聖杯へと向け直すと、彼の言葉と動きに反応し、サクラさんを始め他の勇者たちも倣った。


 ヤツがなにかをしてくる前に、速攻で片付けてしまおうと攻撃を仕掛ける勇者たち。

 その攻撃は次々とヤツの表面を穿っていく。動かぬ金属の塊にしていたのとは雲泥の差だ。

 やはり常人を遥かに超える人たちであるだけに、本来であればこのような成果を出てくれる。



「よし、このまま畳みかけるぞ」


「ちょっと待って! ……様子がおかしい」



 次々と繰り出される攻撃によって、巨大な黒の聖杯は傷を負っていく。

 けれどゲンゾーさんが止めを刺すべく仕掛けようとするのだが、それを制したのはサクラさんであった。


 攻撃を留めたサクラさんの言葉に反応し、黒の聖杯を見上げてみる。

 すると若干ではあるが、さっきよりも少しだけ鉛色をした体表が黒く変じているだろうか。


 これがただ傷を受けた影響であればいいけれど、どうやらそうではなさそうだ。

 本来であればなにがしかの液体が満たされているであろう部分。そこからどす黒い綱のような物が、無数に噴き出してくる。

 もっともこれ自体は別段おかしくはない。大抵はあの黒い物質が、魔物を生み出す基となっているのだから。

 だが零れだした黒い物質は、聖杯そのものを包み込んでいく。



「あの時と同じ? ……いや、違う」



 まさか結局、ボクの時のような変異をするのではないか。

 そう考えたのだが、まるで昆虫が繭を作るように包み込まれた後、一気に膨らんでいく。

 武器を構え警戒から距離を取る勇者たち。ボクもまた全力で走って離れ、ゲンゾーさんの背後へと退避した。


 攻撃に備えていると、繭状となったヤツは太い針のようなものを射出。けれどそれは勇者たちにではなく、さっきまで攻撃していた金属の塊へと向かっていく。

 すると勇者たちの攻撃でビクともしなかった強固なそれを、放たれた針は易々と貫いてしまう。



「なんだなんだ、仲間割れか?」


「仲間、と言っていいのかどうか。ってそんなことよりも、どうしてあんな……」



 困惑の言葉を漏らすゲンゾーさんとサクラさん。

 彼女らには強固なそれを貫いた事よりも、黒の聖杯が攻撃をしたという方が驚愕であった。

 まさかこいつが黒の聖杯を生み出していたという仮説が、間違っていたということだろうか。


 おそらく全員が、この状況を把握出来ずに困惑する。

 武器を構えるだけで行動に移せず、どうしたものかと悩む勇者たち。

 しかしヤツはこちらを意に介す様子もなく、貫いた塊へとゆっくり動いて覆いかぶさり、繭のような体躯へと取り込んでいく。


 と同時に、これまで暗さのせいであまり見えなかった周囲にも変化が。

 金属の構造物を取り込んだ繭が強く発光すると、暗い空間を強く照らす。すると周囲には他にいくつも、同じような物体が鎮座していたのだ。

 まさか同じ物体がこんなにも存在していた事に驚いていると、それらもまた同じように発光を始める。


 まるで己の存在を主張し、黒の聖杯へ取り込ませようとするかのように。



「ちょっとちょっと、冗談でしょ!?」



 その想像が正解であると言わんばかりに、ヤツは黒い触手を生み出すと、四方八方へと伸ばす。

 触手は現れた構造物へと迫り、同じく貫くと繭を作り、それらを強引に引きずって自身に取り込んでいくのだった。


 珍しく声を出し、動揺を露わとするサクラさん。

 ということはほかの勇者たちも同様で、ゲンゾーさんまで含めその光景をただ眺めるばかり。

 かく言うボク自身も、異様な光景を前に身動きが取れない。それでも辛うじて開いた口を少しだけ震わせると、なんとか喉を震わせた。



「い、今のうちに攻撃を!」



 具体的にどうと説明が出来るわけではなかった。でもとてつもなく、嫌な予感がしてならない。

 このまま黒の聖杯がいくつもの金属塊を取り込むのを、大人しく眺めていてはいけないような。

 猛烈に嫌な予感がしたボクは、ヤツがすべてを引き寄せる前に破壊をと叫ぶ。


 サクラさんはハッとし、矢をつがえて強く引き絞って射放つ。

 それに触発され、ゲンゾーさんら何人かも一斉に攻撃を再開。次々と武器が繭状のそいつを打つ。

 けれど最初にサクラさんが放った矢が、多少効いたように見えた程度で、その後に続く攻撃はすべて跳ね返されてしまった。



「しまった、遅かったか……」



 自身も動揺していたということもあって、ゲンゾーさんは攻撃が間に合わなかったことに対し、苦渋の滲む声で呟く。

 ヤツの異常に警戒し手を止めてしまったことが、結果的に大きな過ちだったのではないか。

 そんな予感をヒシヒシと感じるボクらの目の前で、いくつもの構造物を取り込んでいく黒の聖杯は、繭の中からさらに強い光を発するのだった。


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