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貴女のために 01


 凍えるような空気が吹き付ける、だだっ広い平野部。

 山の向こうから昇りつつある太陽が照らす、寒さに拍車をかけるような薄い明るさ。


 そんな朝日が照らすのは、100人を超える武装した集団。

 腰や背に各々の武器を携えた大勢の人たちは、ほぼ全てがこの国で活動する勇者と召喚士。

 手練ればかりを集めたというそれは、シグレシア王国の最大戦力とも呼べるものであった。



「では諸君、準備はいいかね?」



 居並んだ大勢を前に、ゲンゾーさんが堂々と立つ。

 彼は緊張感滲む勇者と召喚士たちに、どことなく不敵さ漂わせる笑みで覚悟を問うた。



「もちろんだ大将。役割こそ違っても、全員覚悟は出来ている」



 挑発的にすら思えるゲンゾーさんの問いに、居並ぶ者たちの中でも、比較的歳が上な男が返す。

 彼はやたらデカイ大剣を、片手だけでガシャリと肩に乗せ、周囲を見回しながら断言した。


 そんな男の言葉へ同調するように、勇者と召喚士たちは頷く。

 ボクとサクラさんも。他にも何人か、親交のある勇者たちも同じように。


 これから異界への扉を開くため、黒の聖杯召喚を行う召喚士たち。

 その開かれた扉へと、武器を携え飛び込んでいく勇者。そしてこちら側で、現れた黒の聖杯への対処をする勇者たち。

 王国中から集められたこの面々で、今から異界への攻撃を仕掛けようというのだ。



「そいつは悪かったな。聞くまでもなかったか」


「そういうこと。早く始めましょうよ、覚悟が薄れちゃわないうちに」



 カラカラと笑うゲンゾーさんへと、親しそうな女性勇者が冗談交じりに返す。


 召喚を行うために必要な陣は、召喚士たちの手によって既に描き終えている。

 あとは唯一の突入担当な召喚士であるボクを除き、召喚士たち総出で黒の聖杯を呼び出すばかり。

 招集をされてから既に1週間近く。どうやら全員が、その覚悟を済ませていたらしい。



「では決意が変わらぬうちに始めるとしよう。……頼んだぞ」



 ゲンゾーさんの合図と共に、召喚士たちが陣の縁へ沿うように散らばる。

 各々が相棒たる勇者と一瞬の目配せを交わした後、集中を始めていく。


 一方で勇者たちの方は、半分ほどがジッと召喚の陣を凝視し、もう半分は既に武器を抜いている。

 前者はゲンゾーさんやサクラさんを含む突入組、後者は現れた黒の聖杯を迎え撃つ組だ。


 緊張し固唾を見守る中、地面に描かれた召喚陣は、線に沿って光を帯びていく。

 ちょっとした民家であれば、3つほどはすっぽりと入ってしまうような、勇者や黒の聖杯1つを召喚する時とは段違いな規模。

 そこから発せられるのは、空間や時間すらも歪めてしまいそうな強い圧力。猛烈に嫌な空気と、底冷えするような恐怖心。

 とっくに済ませていたはずの覚悟が、根本から瓦解してしまうような感覚。



「来るぞ!」



 だがそんな時間は、そう長くは続いていなかったらしい。

 光が一気に強くなってきたかと思うと、ゲンゾーさんの鋭い声が響く。


 目を指す光を遮りながら、なんとか先を見やる。

 すると徐々に慣れつつある目に映ったのは、体中から一気に冷や汗が噴き出すような光景であった。



「じ、冗談……」



 すぐ隣に立つサクラさんの、表情が引き攣っていることすらわかる声。

 彼女が珍しくそんな反応をしたのも当然。宙に浮かぶ穴、つまり異界への扉であるが、それが数えるのも面倒なほど無数に開いていたのだから。

 扉からはゆっくりと、鉛色をした大小さまざまな器が姿を現しつつある。

 研究者たちは巨大な黒の聖杯が現れる、もしくは複数出現するのではと言っていたが、どうやら正解は後者であったらしい。


 一応そちらも想定はしていた。けれど想像よりも遥かに多い数に、勇者たちは唖然とし無意識に歩を下げてしまう。

 無理もない。ほとんどの人は実際に見るのが初めてで、その異質さ異様さに圧倒される。

 しかしそんな中でも数少ない黒の聖杯と対峙した経験を持つ数人は、現れたそいつらをものともせず駆け出した。



「臆するな! 突っ込めぃ!!」



 その筆頭、勇者としても長い経験を持つゲンゾーさんは、愛用の大斧を握って叫ぶ。

 先頭を走る彼は、ほとんどこちら側に姿を現した黒の聖杯とすれ違いざま、勢いよく大斧を振って一刀両断。

 そいつが出てきた扉へと、ずんぐりした体躯を潜り込ませた。


 きっとゲンゾーさんだって、多少の恐れや不安はあるだろう。

 それでも迷うことなく突っ込んでいった彼に続き、サクラさんも自身の大弓から矢を射放った。



「おいでクルス君、しっかり向こうへ案内してもらうわよ!」



 矢を放ち終えた彼女は、ボクの腕を掴んで大きく跳躍する。

 貫かれた黒の聖杯の背後、開いた扉へと身を躍らせるサクラさんとボクは、扉をくぐってあちらの世界へ飛び込んだ。


 完全に身体が穴に入り込む直前、意を決した他の勇者たちもまた、こちらで迎え撃つ担当の勇者たちに助けられ、扉へ潜り込むのが見える。

 その光景にちょっとだけ安堵し、視線を前に。

 すると前回通った時に感じたのと同じ、妙な浮遊感や気味の悪さを経て、あちら側の世界へと抜けていった。


 降り立ったそこは、最初に見た時と同じく暗い空間。

 ただ気配から察するに、既にゲンゾーさんは来ているようだし、他に何人も勇者たちが降り立ってくるのを感じる。

 彼らは最初一様に動揺するような反応をするも、そこが事前に説明していた通りの場所と知るや、徐々に落ち着きを取り戻していった。



「小僧、ここで間違いないんだな?」


「そうです。おそらくどこかに見えるはずなんですが……」



 ほとんど何も見えはしないけれど、気配を頼りに近づいたきたようで、すぐ近くからゲンゾーさんの声が聞こえる。

 ボクは彼の言葉を肯定し、見えない視界の中から目的の物を探すべく首を振った。


 今のところは、これといって何も見えない。

 けれどじっと目を凝らしていると、ずっと向こうの方へ、ぼんやりとした明かりが小さく見えるのに気づく。



「あれね。全員見えてる?」



 するとサクラさんもまた、離れた場所に光を見つけたようだ。

 いつの間にやらかなりの数に増えた気配へ問うと、慎重に歩を進め向かっていった。


 サクラさんとゲンゾーさん、それにボクが先頭に。

 後ろへ突入組の勇者たちが続くのだが、移動しながら確認したところ、全員が無事こちらへ来ているようであった。

 なのでどうやら、異界と繋がっているのはこの両者間だけらしく、異なる地に飛ばされていなかったことに安堵する。



 徐々に目が慣れていく中、数十の勇者たちは目的の場所へとたどり着く。

 そこに在ったのは、ボクが前に連れ去られたときに見たのと同様、所々が発光する巨大な金属の塊。

 暗闇に慣れた目へクッキリと映し出されたそいつの異様に、ボクを除く全員が息を呑む。



「……確かに、機械的な雰囲気を感じるわね」


「工場地帯とか、そのあたりの感じに似ているか。小僧が言うように、人工物であるのは間違いなさそうだ」



 その巨大な構造物を見上げるサクラさんとゲンゾーさんは、口々に感想を呟く。

 ただ彼女たちだけではない、他の勇者たちも揃ってあちらの世界にも存在するであろう、様々な物に関することを口にしていた。


 もしや黒の聖杯を生み出しているであろうこの物体、勇者たちの世界に存在する物かとも思う。

 けれど聞いてみたところ、このような得体の知れぬ物体を見た人は誰も居らず、こいつはやはり異なる世界の物体であるという認識のようだ。



「そんじゃ、一丁やってみるか!」



 とはいえいつまでも、延々と観察を続けていても埒が明かない。

 ゲンゾーさんは叫びと共に愛用の大斧を振り上げると、金属の構造物へ突進し勢いよく叩きつけた。


 火山が爆発でもしたかのような、強烈な音と振動。

 波のような空気の圧に仰け反りかけるほどの、ゲンゾーさんによる強力無比な攻撃。

 もしやこの一撃で破壊できただろうかと思い顔を上げる。

 けれどそこに在ったのは、変わらずぼんやりとした光を発しながら、傷一つ付いていない物体。



「私たちも続く。全員で行くわよ!」



 おそらくこの中では、最も力に長けているであろうゲンゾーさん。

 そんな彼が振るった一撃でも、この物体にはまるで傷が付いていない。


 あまりにも頑丈なそれを見たサクラさんは、大弓を構えて叫ぶ。一人だけでどうにかなる対象ではないと考えて。

 すると彼女の言葉へと反応し、他の勇者たちも武器を手にする。

 近接武器を持つ勇者たちはサクラさんを追い越し、遠距離に長けた勇者たちは彼女と共に、その場で攻撃を仕掛けていく。


 一斉に襲い掛かる、勇者たちによる攻撃の嵐。

 50人近い勇者のそれが鉛色の物体へと向かい、ゲンゾーさんの攻撃に劣らぬ迫力に。

 だが一発一発はゲンゾーさんの攻撃に及ばない。サクラさんの弓だって強力だけど、やはり大斧によるそれとは比べようがなかった。



「……やっぱり厳しいか。クルス君、なにか薬品を頂戴」



 しかしすぐさま自分たちの攻撃がまるで効いていないと判断。

 サクラさんはチラリと横目でこちらを見ると、攻撃の威力を高めてくれるであろう、手持ちの薬品を要求した。


 普通の攻撃が効かないのであれば、酸なり炎なり別の形が必要かもしれない。

 ボクは返事をする時間すら惜しんで鞄を開けると、納められていた小瓶を取り出し、慎重にサクラさんへ渡すのであった。


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