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あの人 02


 馬たちのいななき声と、車輪が転がるゴロゴロという鈍い音。

 大量の重い荷物を積み下ろす作業を指揮する、男の怒声。

 開いた窓から星明りと共に入ってくるそれらに、ボクは上体を起こし頭を振った。


 部屋の明かりを落とし、ベッドに潜り込んでから数時間。

 砦の中では大勢の騎士たちが方々から集い、来る時に向けその準備に余念がない。

 彼ら自身は攻撃に参加はしないけれど、勇者たちが使用する物資などを用意するため、昼夜を問わず動き続けていた。

 もっともボクが眠れぬ理由は、外の騒々しさだけではないのだけれど。



 かがり火を焚き作業を続ける騎士たちの音を聞きながら、ベッドから這い出て立ち上がる。

 部屋から出ると、通路を歩いてすぐ隣にある部屋の前に。

 そのサクラさんが眠る部屋の扉に手を伸ばすも、ノックしかける手を引っ込め、暗い通路を歩き外へ。



「……ゲンゾーさん?」



 少し風でも浴びて気分転換をしようかと思うも、そこには先客が居たようだ。

 本来は見張り場として使われていたであろう尖塔。今はだれも居ないそこへと独り、彼は夜着に身を包み空を見上げていた。


 ゲンゾーさんはつい咄嗟に名を呼んでしまったボクを一瞥。

 壁に背を預けたまま、小さく手招きをした。



「お邪魔を……、してしまいましたかね?」


「そんなことはないさ。むしろ話し相手が欲しかったくらいだ」



 おそらくは物思いに耽っていたであろうゲンゾーさん。

 突然現れた少しばかり申し訳なく思うも、別段問題はなかったようだ。彼に近寄ると、らしい笑顔を向け、置かれた石材の上に座るよう促してきた。


 そんなゲンゾーさんと、最初は取り留めのない話題を口にし合った。

 どうやらボクと同じくなかなか眠れなかったらしき彼は、次いでその原因となっている今回の攻撃についてを話す。

 ただ内容は成功の可否ではなく、その後について。成功したという前提での話だ。



「成功したらしたで、勇者たちは不安だろうよ」


「どういうことですか?」


「考えてもみるといい。もし仮に全てが成功し、黒の聖杯発生という現象が収まったとしよう。ヤツらへの対処をするために召喚された、勇者の立場はどうなる」



 ゲンゾーさんが口にしたのは、こいつが万事うまくいったとしても、問題は山積するというもの。

 言われてもみれば、彼自身を始め勇者というのは、この世界へ戦力とされるべく召喚された。

 中には戦いではなく市井で暮らす人も居るけれど、多くの人は生活の基盤が魔物討伐にあるというのは確か。

 全てが上手くいき魔物が居なくなれば、逆にその方が困ってしまうという話。



「ではある程度失敗をした方が良い、と?」


「そうは言っていない。だが戦力とするためだけに、異界から人を召喚するという行為には歯止めがかかる。これが止むというだけでも、十分成功に価値はあるだろうな」



 普段はあまり意識しないけれど、ゲンゾーさんの言う通りだ。

 話に聞いたところ、勇者たちのほとんどはあちらの世界に未練を持たない人たちだと聞く。

 けれど無理やり古郷から引きはがし、こちらで武器を握らせているのだ。それが真っ当でないことなど言うまでもない。



「嫌な話になっちまったな、この話は止すとするか。……で、お前もなにか話があるんだろう?」



 自身でもあまり楽しい話ではないと考えたようで、ゲンゾーさんは思考を振り払うように息を吐く。

 そして話題を変えようということか、今度はボクの方へ矛先が。


 確かにボクは、彼に聞きたいことがある。

 これまで機会を逃しながらも前々から、もう数か月も以前から聞きたかったそれは、ボクの非常に個人的な疑問。

 今を逃してしまえば、聞くための機会すら失われてしまうかも。

 そう考えたボクは問いを口にした。アバスカルの地から、首都リグー壊滅の知らせを送ってくれたという、イチノヤについてを。



「やっぱその話になるか」


「ゲンゾーさんは知っていたんですよね。あの人のことを」


「そりゃまあな。お察しの通り、あいつはお前の親父だ。最初に会ったのは……、ってこれは前に話したか」



 様々な手掛かりを組み合わせていけば、イチノヤが死んだはずであったボクの父親であるのは間違いなさそうだ。

 サクラさんは既にボクが気付いていると知りつつも、あえて口を噤むことにした。

 けれどゲンゾーさんは、それを隠そうとする気はまるでないらしく、アッサリと自身が知っていたことを認めるのだった。


 以前ゲンゾーさんは、ボクの両親と会ったことがあると言っていた。

 彼はその時点でイチノヤのことを知っていたようなので、あえて黙っていたということになる。


 加えてそうと知りつつ、ボクとサクラさんをアバスカルの地に送り出した。

 そこの部分で彼の真意など知りようはないし、たぶんここは聞いても教えてもらえないに違いない。

 この部分ばかりは若干不満に思わなくもないけど、明確な答えが目の前に提示されたことで、少しばかり喉の奥のつかえが取れたような気がした。



「元々は短期間だけ、向こうの国に潜入させる予定だったんだがな」


「向こうで何かがあった、とうことですね」


「そこいらの理由は、実を言うとワシも詳しく聞けていない。しかしヤツが我が子を置いて残ると決断するほどに、重大なことがあったんだろうよ」



 イチノヤ……、つまりボクの父親であるが、元々はアバスカルの調査を行うため、騎士団の命令によって国境を越えたらしい。

 つまりはボクらと同じだ。


 当然ずっとかの国に居続けるつもりなどはなく、ちゃんと帰ってくるつもりであった。

 だが向こうで何かが起こり、それによってかの地に残る選択をする。

 おそらくはどういう訳か姿が見えなかった、本来一緒に居るであろう相棒の召喚士、つまりボクの母親に関する理由によって。


 思い起こしてみれば、イチノヤはボクがお師匠様に預けられたことを知り安堵していた。

 なのでどういう理由であるかは不明だが、ボクをシグレシアの地に残しお師匠様に託すという選択をし、アバスカルにおける情報収集を担うようになったのだと思う。



「実のところ、ワシらにとっちゃヤツの残るという申し出は都合がよかった。だから国に子供を残していると知っていながら、そいつを受け入れたんだ」


「一応、選択は理解できます。知っていて言わなかったのも」


「すまなかった。騎士団の都合に、お前さんを長く巻き込み続けてしまって」



 彼はそう言って、静かに頭を下げる。

 長く、延々と続けるかのようなそれを、ボクは言葉なく見下ろしていた。

 ここで安易に許すなどと言っても、きっとそれは軽い言葉にしかならないはず。

 ボクは彼自身がある程度納得をするまで、ただ無言のままで待ち続ける。


 大人たちの都合に、幼いころのボクが巻き込まれたのは確か。けれど理由も多少理解できるし、なにより生きて会うことが出来た。

 ならば今更彼を恨む必要もないし、そんな気にもならなかった。

 ゲンゾーさん自身だって、好き好んでやった訳でもないであろうし。


 そうして彼が顔を上げたところで、ボクは簡潔に「気にしていません」とだけ告げた。

 そいつを本心と受け取ってくれたかどうかはわからないが、ゲンゾーさんは小さく頷く。

 彼は静かに背を向けると、数日後とされる結構日に向け、身体を休めておくよう告げ去っていくのだった。




「おっさんとの密会は終わったかしら?」



 そんなボクの背へと、背後から暢気な声が浴びせかけられる。

 ゲンゾーさんが向かったのとは逆方向から、突然に発せられた声ではあるが、驚くこともなく振り返る。



「無事に。感情的にならず済みましたよ」


「……あまり驚いてくれないのね」


「起きているのには気づきましたから。たぶん、追いかけてくるだろうなとは」



 音もなく近寄り声をかけてきたサクラさんへと、軽い調子で返す。

 さっき彼女の部屋の前に立った時、音こそしないもののなんとなく起きているような気がした。

 当然彼女はボクに気付いたろうし、夜中出歩くのを不審に思ったことだろう。

 結果密かに後ろをついて来て、ゲンゾーさんとやり取りをしているのを見ていてもおかしくはない。


 というよりもサクラさんはやり取りそのものを聞いていたようで、顔を覗き込んでくる。



「で、問題は解決した?」


「想像していたよりもずっと。完全にとはいきませんが、十分なほどに。意外とアッサリでしたね」


「なら良かった。クルス君にしては、随分と思い切ったものだけど」



 小さく微笑むサクラさんは、ボクが抱き続けていた疑問の解決を果たしたことを、僅かに喜んでいるようだ。

 彼女自身はイチノヤからある程度事情を聴いているようで、その内容に驚いた素振りはない。



「サクラさんが教えてくれなかったもので、自分で突っ込んで聞かないと」


「私なんかが教えるよりも、ちゃんと事情を把握している人が話した方がマシってものよ。正直ああも素直に話してくれるとは思わなかったけど」


「そこは否定しませんが……」



 サクラさんが言うように、ゲンゾーさんは思いのほか簡単に話してくれたものだと思う。

 たぶんこの件は、王国騎士団の内部でもかなり秘匿された情報。

 騎士団上層部の面々が揃う場でも、情報提供者の存在は匂わせてはいたが、その素性などについては一切触れなかった。

 それでもあの人が話してくれたのは、ボクらが決して口外しないと確信して。



「ともあれこれで、攻め込むのに集中できそうです」


「……もしかして、クルス君も付いてくるつもり?」


「もちろんです。召喚士のほとんどは残りますけど、ボクだけは行かないと」



 ともあれ疑念が解決したことで、異界へ踏み込む時も思いきれそうだ。


 ただそのことを告げると、サクラさんは目を見開き意外そうな表情に。

 異界における戦いのため、勇者たちが大勢あちらの世界へ踏み込むのだ。普段は勇者の補佐に動く召喚士も、今回ばかりは足手まといになってしまう。

 けれどあちらの世界へ行った経験があるのはボクだけ。なにが出来るとも思えないけど、召喚士たちを代表して行く必要はありそうだった。



「ですのでサクラさん、しっかりボクを護ってくださいね」


「普通そういうのって、女の子が男に対して言うセリフだと思うけど……。まあいいわ、頼って頂戴な」



 冗談めかして、サクラさんを頼りとする。

 すると彼女は呆れと苦笑が混じった笑みで、ボクの頭をグリグリと撫で回すのであった。


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