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あの人 01


 シグレシア王国の王都。そこから少しばかり西へ移動した地。

 騎士団の臨時拠点が設けられた小さな町の砦では、大勢の騎士や勇者、召喚士たちが集合。

 誰が用意したのか首を傾げたくなるほど大きな卓を囲み、そこでは大声で侃々諤々の応酬が繰り広げられていた。



「別に彼の言葉を信用しないという訳ではない。しかしたったこれだけの情報では、多くの戦力を動かせぬと言っているのだ!」



 いかにも騎士団のお偉方といった風体の、豪奢な鎧を纏った男。

 彼はチラリとボクの方を見ながら、分厚い髭に覆われた口を動かし、大勢に向け怒鳴るように吐き出した。


 一度だけ見かけたことがある。この人物は確か、騎士団の西部方面を統括する人物であったはず。

 そんな大物相手ではあるが、他の面々も決して怯んだりはしない。

 丁度対面に立っていた小柄な男は、体格から想像できぬほどに声を張り上げ、彼の言葉に異を唱えた。



「この好機を逃す手はないのだぞ! 今であれば多くの者が危機感を抱いておる、普段は勝手をしている者たちも集めやすい!」



 一方のこちらは、王国南部で騎士団を統括する人物だ。

 カルテリオも含む地域を管轄しており、稀に顔を出しているのを見かけたことがある。


 他にも卓の周りでは、騎士団のお歴々が顔を並べている。

 まさにシグレシア王国の、軍事面における錚々たる顔ぶれ。本来ならば、この小さな町に集まるはずがない面々。

 だというのにこの日一堂に会している理由は、ボクらが取った行動に原因があった。



 西に在る小村で得た、昔の勇者が残した文書。

 それを持ち帰る道中、良かれと思ってそれに記されていた、黒の聖杯召喚法を試してみたボクとサクラさん。

 結果現れたそいつによって、ボクは異界への扉に引きずりこまれてしまい、向こうの世界を垣間見ることに。


 戻ってゲンゾーさんに報告したところ、少しばかりの小言こそ頂戴したものの、それでも有益な情報であるのに違いはない。

 あの時ボクが見た、小山の如き発光する金属の塊。

 サクラさんとゲンゾーさんを含め、多くの勇者たちによる見解としては、黒の聖杯を生み出す仕組みではないかというものだ。


 勇者たちの世界にもそれらしき物が存在し、色々なことに活用しているとのこと。

 そしてサクラさんたち勇者が至った推測としては、黒の聖杯はその世界で、何者かによって生み出されたのではないかというものだ。

 もっともこのあたりは、案外不思議ではないのかもしれない。

 生物としてはあまりに異質すぎる形状と性質、となれば人工物と考えた方が自然であろうから。



「ではどのような攻撃をしてくるかもわからぬ相手と戦いに、得体が知れぬ場へ突入しろというのか!? 犬死するのがオチだ」


「ならば他に策があるとでも? 危険なのは承知している、しかし現状他の良案が見つからぬのだ!」


「だからこそ、もうすこし慎重になってだな――」



 さっき西部を統括する人物が言っていた、"彼"というのは、つまるところボクだ。

 ボクが見たあちらの光景を元にした推測。それを信じあちらの世界に打って出るか、それともまだ静観するべきかを話し合っている。

 ようするにボクらがちょっとばかり先走ったことで得られた情報をどうするかが、目下議論の紛糾している理由となっていた。


 先達が残した、黒の聖杯召喚法。

 そいつを利用しあちらの世界に殴りこむか。それともしばらくは防備やその場の対処に徹し、もう少し情報を集めるか。


 どちらの言い分もわかる。

 前者は魔物の被害が増えつつある今、戦力に余裕がある内に事態の打開を図りたい。

 後者はまず民の保護を優先し、もう少し確実性のある情報を得たい。あとは魔物発生が自然に収まってくれるという僅かな期待だろうか。



「……窮地に瀕しているのは我らだけではない。他国もだ」



 ただそんなお偉方のやり取りをピタリと止めたのは、ここまで口を閉ざしていたゲンゾーさんの一言だった。

 彼は静かに卓の上に手を置くと、居並ぶ人たちを見回し、重い声で呟くように話す。



「コルネート王国では、既に勇者の1割近くが戦えぬ状況に陥っていると聞く。東方でも似たようなものだ」



 ゲンゾーさんが口にしたのは、他国における被害状況の話。

 そういえば彼はつい先日、東に在る国へと赴いており、現地の騎士団と情報交換などを行っていたと聞く。


 昨今の魔物発生頻度の増加は、この国に限った話ではないとは知っている。

 けれどボクが想像していた以上に、他国はより大きな被害を受けつつあるようだ。



「アバスカルはもっと酷い。……つい先日、首都リグーの半分が破壊され、現在は首都機能を一時移転しているそうだ。現地に居る協力者からつい先ほど届いた情報だ」



 そしてゲンゾーさんは、お偉方を前に一刻の猶予もないと宣告するような言葉を発する。

 彼の言葉にお偉方だけでなく、部屋の隅で聞いていたボクとサクラさんも目をむく。


 都市の半分が破壊された。ということは、ボクらが関わった件ではなく、その後に起こった出来事だろう。

 あの時の被害はせいぜい都市の一部。そこまでの被害には至っていなかったのだから。

 巨大な外壁を破壊したので、その影響はあったと思うけれど。


 ゲンゾーさんはこのことを現地の協力者、……つまりイチノヤから、鳥を使った連絡方法で受け取ったに違いない。

 ここまで碌に当人に確認は出来ていないが、密かに繋がりを持ち続けているらしいため、たぶん彼の言う通り首都リグーは実質落とされたのだと思う。



「つまりゲンゾー殿は、今打って出るべきと仰るか」


「情報が少ないという意見にはワシも同意する。だがこのまま座していれば、消耗してしまう一方だ。なにせシグレシアよりも遥かに大国である、コルネートやアバスカルでさえああなのだから」



 立場的には、若干ゲンゾーさんの方が上だろうか。

 それでも自身の信条か信念だかに従い、反対の意思を示していた男は非難めいた問いを向ける。

 けれどそんな異議にも動じる様子はなく、ゲンゾーさんは明確に形勢の不利を訴えた。


 攻撃に異を唱えた人物も、事態が自然に鎮静化していくというのが、非常に望み薄であるとは思っていたらしい。

 故にゲンゾーさんの静かだけれどとても強い言葉にたじろぎ、それ以上の異論を発することなく口を噤んだ。

 やはりこの国最高の戦士と称されるだけはある。雰囲気から醸し出される妙な迫力と説得力で、アッサリと方向性を定めてくれた。



「すまぬな、このままでは延々平行線を辿りそうだったのだ。……さて」



 それでも彼は、仕掛けることへの反対を口にしていた面々へと頭を下げる。

 ただ謝罪もそこそこに、すぐさま本題へ移ろうとしていた。

 この様子からするに、他国の状況はこちらが想像している以上に切迫しているのかもしれない。


 彼は居並ぶ武官や騎士たちの背後、多くの書類を手にしていた研究者たちへ視線を向ける。



「より大規模な召喚を行えば、多くの者をあちらに送れるという仮定。確信をもって再度口にできるかね?」


「……確信とまでは。ですが現状これ以外には案がありません」



 ゲンゾーさんの質問に、騎士団の研究者たちは肯定を返す。

 彼らはボクとサクラさんが持ち帰った書を受け取り、ここまでの数日をずっと検証や翻訳に費やし続けていた。

 そして他の地で見つかった書と照らし合わせた結果、強力な個体が来るとなれば、伴って扉も大きくなるとわかったようだ。

 そして複数体が渡ってくる場合は、当然扉の数も増える。つまり多くの扉を開くことができれば、大勢の人間をあちらへ送り込めるという理屈だ。


 今のところどちらにせよ希望的観測。でも今のボクらには、そこに頼るほかなかった。

 もしこれが上手くいけば、他国でも同じ対処が出来るかもしれない。

 研究者たちも、そして決断を下そうとしているゲンゾーさんも。どうやらそこは一致しているはず。



「では決まりだ。各方面を担当する諸君、可能な限り強力な戦力を集めてもらいたい」


「承知した。どれだけの人数が必要になる?」


「最低でも計30人は欲しい。だがその間も魔物は出る、各地の精鋭だけを集め、他は防備に徹してくれ」



 どうやらゲンゾーさんは、かなりの戦力投入が必要と判断したらしい。

 けれど彼自身も言っているように、各地に魔物が出没し続けている以上、大部分の勇者を集めるわけにもいかない。

 元々小国であるシグレシアだ、どうしたところで勇者の数にも制限が。


 ならば他国に助力を、協力をと考えるもそうはいかないだろう。

 他国だって魔物の対処に精一杯だし、おそらく事情を説明しても、納得してくれるまで時間を要するはず。

 なにせこれらの情報、そもそもが外交的なカードとするため、秘密裏に集めていた物なのだから他の国は知りようがない。



「これが失敗すれば、我々は多大な戦力を失うやもしれませんぞ」


「仕方あるまい。もしそうなった時は、ワシが腹でも掻っ捌いて責任を取るしかなかろう」



 やはりまだ心配は拭い切れないようで、老齢の騎士が最後の忠告を行う。

 彼の言葉にゲンゾーさんは、自身の責を口にしガハハと笑うのだけれど、周囲からは乾いた笑いが漏れるばかり。

 それも当然だ、もし仮に失敗したからと言って、王国最強の勇者である彼に自害などされては堪ったものではない。

 第一これが失敗し勇者たちを失う時には、彼もまた居なくなっているかもしれないのだから。



 どことなく不安感を抱えたままではあるが、行動そのものは決定した。

 この中でもさらに上の人たちだけを残し、居合わせた多くの騎士や勇者たちは一時解散となる。


 ボクとサクラさんは若干の疲労を感じ、砦内にあてがわれた部屋へと向かう。

 砦の奥へ向かうための、冷たい石造りの通路。そこを歩きながら隣のサクラさんを見上げる。

 すると通路の所々へ灯された明かりを受け、彼女の表情が若干険しくなっているのに気づく。



「それにしても、本当に上手くいくんでしょうか?」



 そんなサクラさんへと、ちょっとばかりの気まずさを覚え何気ない質問をしてみる。

 内容そのものは具体性というか、何に対するものであるか曖昧。

 攻撃を仕掛けることそのものなのか。あるいは異界への移動が成功した後についてなのか。

 でもサクラさんはこれを、どちらかと言えば後者寄りのものであると捉えたらしい。



「確証はないわね。クルス君が見たっていうのが、黒の聖杯の製造装置であるって可能性は高いと思う。けどそれが一つだけとは限らない」


「それは、そうですけど」


「おまけに破壊をしても、戻ってこられる保障だって……。クルス君が戻れたのは、ただ運がよかっただけかもだし」



 あの物体を破壊に成功しても、まだ他にあるかもしれない。あるいは修復されるかもしれない。そして帰還が叶わないかもしれない。

 考えてもみれば、こちらが行おうとしているのは随分と無謀な行為にも思えてくる。

 それでも悪化しつつある状況に対し、これ以外の手段が見当たらなかった。


 状況を把握したことで、逆に余計不安感が増してしまう。

 そんな様子に気付いたのか、サクラさんは小さく苦笑をしながら、ボクの頭に柔らかく手を置くのだった。


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