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二人のボク 04


 早朝に村長からゲンゾーさん宛ての手紙を受け取ったボクらは、相変わらず人の居ない乗合馬車に揺られ、王都方面に向け走る。

 その上で行うのは、開いた書の翻訳作業。

 朝一で馬車に乗ってからの数時間、サクラさんと一緒に暇つぶしがてら進めていく。


 さほど厚くもないそれの翻訳は、この時点であらかた終わった。

 一応作業を進めていく過程でおおよそ内容を把握しているけれど、一応最初から通しで見てみる。

 ただこの入手した書、ここまで見てきた物とは一線を画すものであるのかもしれない。



「これ、案外重要な手掛かりかも」



 まずはサクラさん、次いでボク。

 目を通し終えた彼女は、軽く息を吐き期待のこもった声で呟く。


 こいつを記したのは、例によって数十年前に没した最初期に召喚され、シグレシアの地に渡ってきた元勇者。

 ここまで方々で彼の記した書物を集めてきたけれど、おそらく村長からうけとったこいつはとびっきり。

 断片的な情報であるのは確かだけれど、こいつだけでも十分活用できる内容が記されていた。



「これによると、一時期はかなりの頻度で黒の聖杯が出現していたみたいね。おっさんの言っていた通り」


「今まで見つけた物と違って、こっちは随分と詳細に記録してあります。これによると……」



 村長はあちらの世界の言葉を介さないため、おそらく書かれている内容を把握していなかったはず。

 もしこれを知っていたなら、たぶん長年ゲンゾーさんに本を渡すのを忘れたりはしないはず。

 そのくらい重要なことが、こいつには記されているのだった。



 今回村長から受け取った、過去の勇者が記した書物。

 そいつに書かれていた内容によると、件の人物は黒の聖杯絡みで、実験的に色々なことを試みていたようだ。

 そして長年の研究を経て、遂には一度だけ、意図的に黒の聖杯を召喚することに成功したらしい。


 正確には召喚したというよりも、別の個所で出現するはずであったそれを、異なる場所に移すというもの。

 方法そのものは別段難しくはなさそうだ。なにせボクがサクラさんを召喚した時にやったのと、そこまで違わない手段であったから。

 ここには詳細が記してある。もし仮にやるとすれば、すぐにでも行えそうだ。



「もう一つの目的、達成できそうですよサクラさん」


「いつ現れるとも知れない相手を、延々探し回らなくてもいいってだけで、十分な成果ね。よし、早速試してみましょ」



 今回あの村に行ったのは、黒の聖杯の出現頻度が高いと聞いたがため。

 結局一日では見つからなかったため、書物を受け取ったことで良しとし撤収したが、これによってもう一方の目的も達せられそうだ。


 けれどサクラさんは、そいつをまた後日にとする気はなかったらしい。

 荷台の上で立ち上がると、彼女はとんでもないことに今すぐの実験を試みようと口にした。



「……本気ですか?」


「もちろん。そりゃまあ、一旦戻って報告するのが筋なんだろうけどさ」



 サクラさんが言うように、王都近くの町へと一旦戻り、ゲンゾーさんに報告するのが無難だとは思う。

 けれど今現在、情報収集を行っている拠点では、ゲンゾーさんを筆頭に多くの騎士たちが動き回っている。

 おそらく今ごろは、王都からタツマさんも来て、さぞ大量の資料を相手に修羅場を迎えているに違いない。


 そんな状況のところへ持ち帰っても、解読やら検証は後回し。少なくとも全容が判明するまで保留されるはず。

 ならば許可を得ようとせず、勝手に試してみればいいというのがサクラさんの主張。

 理屈としては滅茶苦茶。けれどボク個人としては、案外その選択は間違っていないようにも思える。

 というよりゲンゾーさんも、これを支持するのではないか。サクラさんと同じく無茶をする人であるだけに。



「なんとなく、大丈夫な気がしてきました」


「でしょ? どのみちやる事は変わらない、そのつもりで来たんだもの」



 若干の不安がないでもないが、早々に行動に移した方がいいのかも。

 魔物の出現頻度が飛躍的に増加しつつある昨今、事体打開の糸口を掴むことは、なによりも切望されているのだから。

 それに魔物の問題を早々に解決しなくては、今乗っているこの乗合馬車すら運行できなくなる日は、そう遠くはなさそうだ。



 とりあえずこいつを試みようと決まり、ボクらは荷馬車から降りる。

 周囲を見回せど、ただの丘やちょっとした山くらいしかない場所なだけに、御者は怪訝そうにしていた。

 そんな馬車が去っていくのを見送ってから、周囲を見渡す。



「流石に街道の真横で、とはいかないわよね」


「ではあの山の裏なんてどうでしょう? たぶん誰も来ないと思いますし」



 馬車から降りたはいいが、いくらなんでも召喚を試みるのにこの場所でとはいかない。

 もし突発的に問題が起きた場合、同じように乗合馬車でも通ろうものなら、かなりの迷惑を振りまくことになるために。

 たぶん今日はもう通らないと思うけど、一応念のためだ。


 そこで召喚を行う場所を探すサクラさんに、少しばかり離れた小さな山を指す。

 ここから歩けば、1時間かからずに到着するくらいの場所。

 あれくらい離れていれば、何かが起きても対処の余地はあるはず。



 そうと決まるなり街道を外れ、野を歩いて山の裏手に向かう。

 しばしの時間を要してたどり着いたそこで、ボクは道中拾った枯れ枝を使い、土の剥き出しとなった地面へ線を引いていった。



「本当なら地面に直接書いたりせず、特別に調合した塗料を使った方が成功しやすいそうなんですが……」


「ていうか、そんな複雑な図柄をよく覚えているものね」


「見習いのころに、基本部分は散々頭に叩き込まれましたから。ちょっと待っててください、確認しながら描いていきますので」



 迷いなく、大まかな部分を地面に描いていく。

 そんな様子を眺めるサクラさんは、意外そうな表情でそれを眺めていた。


 迷いなく描いていくため、サクラさんは記憶力を褒めてくれるけれど、実際のところ描いているのは全体のごく一部。

 細かな箇所は、件の人物が残した書を元に描き加えていかなければいけないため、確認しつつ慎重に。

 ただ地面に描いていくにつれ思うのは、これを残した過去の勇者は、相当にすごい人だったのではという感想。


 ボクなどはただ丸暗記しているだけだが、実のところ図形の細部には、ちゃんとした意味が込められていると聞く。

 配置一つ間違えるだけで、召喚をするための陣としては機能せず、まったく異なる結果を発生させてしまうと。

 世の召喚士たちが行うのは"勇者の召喚"という一点のみ。つまり1種類の図柄を覚えれば済むが、異なる結果を求めるとなれば話は違ってくる。



「この人、ある種の天才かもしれません」


「そんなにすごいの?」


「かなり。もしくは相当長い間、こいつの研究に人生を費やしたかです。普通あちらの世界から来た人が、ここまではやりませんよ」



 最初にアバスカルの地で黒の聖杯を召喚した時は、たぶん陣の描き方に不備があり、偶発的な事故を引き起こしたのかもしれない。

 こいつはその時のを改良したのだろうけれど、細部まで深く理解をしていないと、そんな真似は出来ないはず。


 一応異界からの召喚を研究している人は、各国に一定数が存在すると聞く。

 けれどこの手の神秘的な現象が存在しないという、向こう側の世界から来た人が、おいそれと習得できるものではないはず。

 ある種の執念のようなものすら感じるけれど、ここまで出来てしまうというのは、やはり相当な才能を持ち合わせていたに違いなかった。



「そんな才能を持ち合わせていないボクは、ただ描き写すだけですが」


「また捻くれちゃって。で、あとどれくらい?」


「もうそろそろです。……よし、これで完成」



 なのでボク自身には、描き写している内容が示すものはサッパリ。

 というか現在王都あたりで研究をしている人たちの中にも、こいつを正確に理解できる人がどれだけ居ることやら。

 そんな得体が知れないものを扱おうというのだから、危険であるのには違いない。


 けれどその覚悟が中途半端なままであっても、陣を描く作業そのものは終了してしまう。

 描き終えたボクはその前に立ち、再度手にした本を開く。

 ここからの手順もまた、若干勇者を召喚する時とは異なるようだ。



「……いいですか?」


「お願い。とりあえずこっちは戦えるよう準備をしてるから」



 サクラさんの方は、もう覚悟が出来ているようだ。

 彼女は自身の背負っていた鞄を下ろし、中から大量の短剣や投擲ナイフを取り出す。

 そんな彼女の様子を見て、ボクは軽く息を整えると、本に視線を下ろし記されている内容通りの手順をたどる。


 召喚の儀を行うのは人生で2度目。たぶん2度の召喚を行う人間は、ほとんど居ないのではないだろうか。

 というのもどういう理屈か、生涯に召喚できる勇者はただ一人だけという制約があるため。

 ただ召喚する対象が黒の聖杯となるとまた事情が異なるのか、手順通りに進めていくと、召喚の兆候らしき強い脱力感に襲われ始めた。

 どうやらかの人が残した手法、実際に効果があるらしい。



「召喚をした直後は、体力を奪われてあまり動けません。その間は……」


「わかっている。そもそもヤツが現れる前に、片をつけるつもりだから安心なさいな」



 どんどんと、身体から色々な物が抜けていくような感覚。

 まずは精神力、そして次に体力。それらが尽きてしまう前に、サクラさんへと準備を告げる。

 もっともそれを言われる前に、彼女は準備万端であったようだ。

 手には幾本もの投擲ナイフが握られ、黒の聖杯が現れる際の扉へ向け、仕掛けようという意思がありありとしていた。


 出現した扉に対し、なにがしかの干渉を行うことによって、現れる存在に変化が生じることは証明済み。

 今回どのような結果となるかは不明ながら、こいつが上手くいくことを願いつつ、集中して召喚の手順を進めていく。


 それにしても、相変わらずどういった理屈でこの現象が引き起こされているのかわからない。

 異界の存在を呼び出すという、神秘的な現象を自身が行っているという、得体の知れぬ感覚に妙な不安感を掻き立てられる。



「サクラさん、出てきますよ!」



 そんな疲労と不安が混ざった思考も、目の前で起き始めた変化にどこかへいってしまう。

 冬場の寒々しい空気に差す陽光を受ける宙へ、大気が歪むかのように小さな穴が開いたからだ。


あと十数話で完結といったところです。

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