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二人のボク 02


 地方都市に建つ城砦の中に在る、大勢の人が行き交う広間。

 石造りの床で造られたそこでは、数十人の勇者や召喚士、それに騎士団員たちが忙しなく動き回っていた。


 ある人は大量の書物を抱え、ある人はテーブル上を睨むように眺める。

 そしてある人は得られた情報を書き記し、険しい目つきで確認し目を通していく。


 シグレシア王国の中央部、首都から少しばかり西へ行った先にある小都市。

 そこは王国全土に散らばって収集した情報を集約する拠点で、一定の成果を収めた騎士たちが持ち帰った、重要な部分を纏める作業の真っ最中。



「それで諸君、ここまででわかったことは?」



 そんな大勢による集約作業を観察していたのは、この件の陣頭指揮を任されているゲンゾーさん。

 彼は一歩前へ出て周囲を見渡すと、大きな卓上に記していた騎士団員に説明を求めた。


 騎士は困ったような表情を浮かべつつ、ゲンゾーさんを促し卓の前へ。

 彼はボクとサクラさんも説明に加わるよう告げたため、ちょっとだけ恐縮に思いながらも、卓の前へ移動し騎士団員の言葉に耳を傾ける。



「どうやらこの書を残した人物は、特定の項目一つ取っても、必ず一か所に集約はしなかったようです」


「つまり……、複数の場所に有った書物を組み合わせて、ようやく内容がわかるということか」


「そうなります。現在その集約作業を進めるよう指示を出しておりますが、とりあえず現在までわかった点の説明を」



 騎士団員とゲンゾーさんは、真剣な様子で確認をする。

 とはいえまだ完全には内容を把握しきれていないのか、騎士団員の口調は重い。

 それでも多少なりと分かった部分もあるらしく、彼はボクとサクラさんを含め居並ぶ人々を前に、順を追って話していった。


 魔物に関する研究者であるという騎士団員の話によれば、この書物を残した元勇者は、随分と黒の聖杯に関する研究を積み重ねていたらしい。

 まだ断片的なものを継ぎ接ぎしている最中だけれど、それでもかなり深いところまで、今のボクらでは知りもしない部分まで研究が進んでいたようだ。

 それこそ魔物を生み出す大元である、黒の聖杯への対処法などについても。


 どうしてかの人が、情報を分散させたのかに関しては不明。

 けれど碌な対処の仕方を知らぬボクらにとって、これは福音とも言える情報であるのに違いはなかった。



「お前たち、この話をどう思う?」



 研究者の人から、おおよその説明を聞き終える。

 すると腕を組んで微かに唸るゲンゾーさんは、卓を囲んでいたボクら含む幾人もの勇者や召喚士たちへと、率直な感想を問うた。


 まだ全てが定かとはなっていないが、黒の聖杯への対策らしきものの一端が見えてきた。

 けれどそいつが本当に効果的かはわからないし、そもそも本当に実行可能かという問題も。

 多くの人がそう考えたらしく、ゲンゾーさんの視線を受けるも揃って口を噤む。

 とはいえ他に案があるわけでもなく、彼と視線の合ったサクラさんが、居並ぶ人たちを代表するように無難な見解を示す。



「試してみる価値はあるはず。というよりも、現状他に手がかりがないもの」


「……だよなぁ。もっともそれをするためには、かなりの幸運が必要そうだが」


「試そうにも、まず出現する場に出くわさないことには。私は何度かあるけど」



 実際サクラさんが言うように、試しにやってみる以外にはなさそうだ。

 けれどゲンゾーさん以下数名が、そのお試しには高い課題があることを呟いた。


 件の御仁が残した黒の聖杯対策。今現在その中で最も効果が期待できそうなのは、黒の聖杯が異界から出現する時に発生する、"扉"に干渉するというものだ。

 勇者たちとは異なる世界から来ているであろうヤツらは、その扉を開くことによってこちらの世界に移動してくる。

 扉とはいえ実際には、空中に開いたただの穴。けれどかの元勇者曰く、開いたその穴に物体を投入することによって、召喚そのものを妨害できるという可能性が記されていた。



「お前さんの口ぶりだと、なにか心当たりがありそうだな」


「ぶっちゃけ有る。去年のことだけど」



 ただ軽く言い放つサクラさんに、ゲンゾーさんは妙な物を感じ取ったようだ。

 彼はそのままずばり問うた言葉に、サクラさんはまるで誤魔化すことなく肯定した。


 昨年の秋ごろ、ボクらは元勇者が統率しているという野盗集団を討伐するべく、そいつらが根城にしているという廃城へ向かった。

 そこで遭遇した黒の聖杯は、扉へと入り込んだ物質を取り込み黒の聖杯と融合させ、この世界へと送り込んできたのだ。

 召喚の妨害という成果ではないけれど、その穴に何かを放り込むことによって、あちらに影響を与えられるというのは間違いなさそうだった。



「このあたりの詳しい話は、猪野さんも知っているはず」


「そういえば、ヤツからそんな話も聞いた気がするな……。では王都の資料も持ってこさせるとしよう」



 その時にはもう一人、ゲンゾーさんも知る人物が共に戦ってくれた。

 王城にある図書館の主である彼は、きっとその時のことを詳細に纏めてくれているはずで、案外それと照らし合わせればまた何かに気付くかも。


 ゲンゾーさんは連絡役である騎士に指示を出すと、とりあえずその場に居た人たちには、もう少しだけ待機するように告げる。

 ただボクとサクラさんを手招きし広間から出ると、人が居ないのを確認し、ボクらへと向き直った。



「他の連中にはああ言ったが、お前たちにはそれと別で行動してもらいたい」


「だろうと思った。さっきと同じことを言い返すようだけれど、そっちも何か心当たりがあるんでしょう?」



 いったい何を言われるのかと思いきや、ゲンゾーさんはボクらに別行動を求めたかったようだ。

 もっともサクラさんはそれとなく察していたようで、驚きも意外さも露わとせず、平静にそうするに至ったであろう理由を尋ねる。



「かなり前の昔で、お前さんたちに言われてようやく思い出したんだがな」



 どうやらゲンゾーさん、過去にも同じような経験をしていたらしい。

 黒の聖杯が出現する際、迎え撃とうとし開きかけていた扉へと、闇雲に斧を投げ込んだのだとか。

 するとどういう訳か扉は閉じ、その後現れなかったのだとか。


 その後また同じような状況となった時、彼はもしやと思い同じことを試みたらしい。

 けれどその時は、少しの間をおいて結局黒の聖杯が出現したため、あの時は何か別の要因が働いたのかもと考え忘れてしまっていたのだと。

 実際かなり昔のことであるため、それも致し方ないのかもしれないが。



「お前さんたちには、その時の場所を調査してきてもらいたい。もう30年近くも前のことだ、もう何も残っちゃいないとは思うが」


「念のために、ってことね。了解、様子を見て来る」


「悪いな。もし万が一アレに遭遇した場合、可能であればさっきの策を試みてくれ」



 ゲンゾーさんはそう言って、懐から紙の束を取り出すと、小さな木炭片で場所を書き記していく。

 そして書いた紙をサクラさんに渡すと、忙しなく元居た広間へ戻っていき、檄を飛ばす大きな声が聞こえてくるのだった。

 どうやら彼はこの場から離れることが叶わないらしい。



「とりあえず行こうか。えっと、場所は……」


「そこまで遠くありませんね。これなら片道半日くらいで」


「なら早く準備をしましょ。一応ありったけの武器を持って」



 場所を確認してみると、この拠点からそこまで遠くはなく、今から出れば明日には到着するはず。

 となると善は急げだ。サクラさんはまるで近場の野へと、弁当を持って遊びに行こうとばかりな調子で出発を告げる。

 ただ弁当の代わりとなるのは大量の武器。

 空間に開いた扉を攻撃するために必要なそれらは、得た情報を試すのに最も必要な物であった。



 ボクとサクラさんは、そのまま城砦を出ると市街地へ。

 騎士団が使う砦としての機能が主な町であるため、そこまで住宅や商店が多く存在する土地ではないため、武具店も限られてくる。

 それでも僅かに存在するそこへと飛び込むと、持っていけるだけ一杯の武具をかき集めた。

 武具店で代金の請求先をゲンゾーさんに押し付け、次いで食料品店へ行き数日分の携行食を購入。ボクらは早々に町を跡にした。


 今はまだ昼頃。流石に日没までにとはいかないけれど、目的の場所へは休まず行けば深夜には着くはず。

 とはいえそこまで無理をする必要もなく、ひとまず近隣に在る小村を目指すことに。



「それにしても、よくぞ一人でここまで調べたものです」



 偶然目的地の方角へ向かおうとしていた乗合馬車へ乗って一息。

 他に客も居ないガラガラな客車の上で、ボクは自身の鞄から一枚の紙を取り出すと、そいつを見下ろしながら感嘆と呆れの混ざった声で呟く。

 そこには今の時点で判明した部分の要点がまとめられており、状況が一目でわかるようになっていた。



「もしかして勝手に持ってきちゃったの?」


「大丈夫ですよ。配る目的で複写されていた物なので」


「それならいいけど。……でも確かにクルス君の言う通りね、今から何十年も前に、たった一人だけで死ぬまで研究を続けるなんて」



 話すのは集めた情報を最初に記した人、つまりもうずっと前に亡き元勇者について。

 アバスカル共和国で最初期に召喚された勇者であり、シグレシアへと逃げた後はずっと黒の聖杯に関する研究を続けていた人物。

 今回国内の方々から集めた、彼の残した膨大とも言える記述には、様々な検証や推論が綴られていた。

 翻訳という手間はあれど読むだけでも数十人がかりというそれを、全てたった一人で行ったというのは、賛辞を贈る以前にある種の狂気すら感じられてしまう。



「でも私としては、ちょっとだけ気持ちがわからないでもないけど」


「そうなんです?」


「この世界に召喚された人なら、少しくらいは共感出来るんじゃないかな。なにせ自分自身が、アレと同じような存在なんだから」



 けれどサクラさんは、かの人に対し多少の親近感らしきものを抱いたようだ。

 その理由としては、自分たち勇者と黒の聖杯が、似た部分があるというもの。


 もちろん厳密には、勇者と黒の聖杯は異なる。

 意思を持った存在が異界へ渡ったという点では確かに同じ。けれど勇者は基本的に人を襲ったりしないし、魔物だって召喚しないのだから。

 もっとも理由の如何を問わず、移った異界で戦いに明け暮れているという点では、若干の共通意識を感じてもおかしくないのかも。

 つまり勇者という存在と共通点を見出し、知識を求めること自体は不思議ではないという考えだ。



「だからこそ、実に興味深い」



 どうやらサクラさん、件の人が残した資料を集めていくにつれ、黒の聖杯に対し俄然興味が向いているようだ。

 それ自体は悪くないのだけれど、本来アレを破壊せねばならない立場であるだけに、一抹の不安がよぎらないでもないのだった。


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