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二人のボク 01


――――――――――

拝啓 お師匠様


 ボクら召喚士たちにとって、いえ多くの人々にとっての悲願。

 それは言うまでもなく、大陸に脅威をまき散らす、黒の聖杯と呼ばれる現象を討つこと。

 ここ数か月、年が明けて以降はその出現が特に顕著となっており、現在王国は総力を挙げ討伐に乗り出しています。


 当然ボクとサクラさんも駆り出され、主にカルテリオ周辺地域の探索を担うことに。

 ただそこから程なく、騎士団からとある任務を受けることとなったのですが、それがボクたちにとって、今後を大きく左右する事態へと繋がっていくのです。


――――――――――



 深く、深く。真横へと伸びた細い穴の中を、手にした小さなランプだけを頼りに進む。

 人ひとりが通るのでやっとという狭さなせいで、急ぐことなくゆっくり進んでいるにも関わらず、何度となく肩をぶつけてしまう。

 きっとこの場所を使っていた"ヒト"は、ボク以上に小柄であったに違いない。


 そうしてたどり着いた先にあったのは、天然の洞窟には似つかわしくない人工物。 

 大部分に錆の浮いた金属製の扉で、固い物で殴られたか部分的に破壊され、2割ほど開いていた。

 ボクは扉の端を軽く掴んで引き開けると、中に居たその人に声をかける。



「どうですか、なにか見つかりました?」



 狭い道と錆びた金属扉を通って抜けた先にあったのは、ノミを打って整えられた壁を持つ部屋。

 意外にも広いそこには、いくつもの本棚が並べられており、部屋の中央へ乱雑に置かれたランプで照らされていた。


 すぐ横には、明りを頼りに棚から取った本を眺めるサクラさん。と他数名の男女。

 彼女らは一心不乱に本棚をあさっており、部屋へと入ってきたボクに、チラリと視線を向けてきた。



「やたら狭い道を通ってきただけの価値があるかどうか、まだなんとも言えないわね」



 サクラさんはボクへと一冊の本を放り、あまり芳しくはないと告げる。

 たぶんあまりに膨大な蔵書量であるため、少しでも手伝いが欲しいということだ。

 一方で他のあまり知らない人たちは、そのまま作業を続けていく。


 ボクは受け取った本を一旦隅のテーブルに置くと、片手で下げていた鞄から包みを取り出す。



「それは何よりです。とりあえず色々と持ってきたので、食事にしましょう。皆さんも」


「助かるわ、もうずっと根を詰めて作業し通しだもの。……ところで今何時? 窓がないから昼夜の区別もつきやしない」


「今はお昼頃ですかね。もっとも、この洞窟へ入ってから3度目のですが」



 取り出した食事を広げながら、疲労困憊といった様子のサクラさんに時間を伝えると、ゲンナリとした反応が返ってくる。

 彼女らがこの洞窟、というか部屋に入ってから既に3日目。

 その間外に出てきたのは、用を足すときくらいのもので、それ以外はずっと大量の本と睨めっこを続けていた。


 サクラさん以外の人たちもいい加減疲労困憊であるらしく、取り出した食事にホッとしたような素振りを見せる。

 全員へ一旦休憩するよう促し、彼女らが無言で食事を摂り始めるのを見て、ボクは代わりに本をめくっていった。




 年が明けてからしばらく。そこまでは至って普通で、変わり映えのしない時期だった。

 冬場であるためカルテリオの近隣には魔物が出没せず、しばしの休暇とばかりに、時折届く野盗の討伐依頼をこなすノンビリとした日々。


 けれど2か月もすると、そんな穏やかな状況は一変してしまう。

 年を経るごとに魔物の出現頻度は上がっていたけれど、ここ数年は増加の度合いがある程度一定であった。

 だというのに、ここ最近は突然の大量発生が頻発。多くの町や村に被害が及ぶように。


 極めつけはゲンゾーさんから届いた、アバスカル共和国の首都リグー壊滅の報。

 どうやらかの地で巨大な魔物が出現したらしく、ボクらが潜入した時に見たのとは別の魔物であるようだが、都市の半分ほどを破壊した末にようやく討伐されたとのこと。

 いったいどこから情報を得たのかと思うも、アバスカル反体制勢力のイチノヤとは繋がりを持ち続けていたらしく、実質的な内通者でもあったらしい。

 ……ただこのあたりは、予想の範疇であったのでさほど驚くほどではないけど。



「でも本当に、こんな場所に手掛かりなんてあるんだか……」



 手にした本に一通り目を通すと、棚へ戻し隣にあった別の本を手に取る。


 こんなことをしているのだって、魔物の大量出現に関係がある。

 というのも隠されるように築かれたこの場所へ、魔物を生み出す元凶である、黒の聖杯に関する資料が眠っているかもしれないから。


 魔物の出現に関する調査のため、騎士たちが方々へ散っているしている時、偶然発見したこの場所は、かつてアバスカルからこの国へ渡ってきた勇者が使っていた隠れ家。

 王国西部に建つ、"嘆きの始祖塔"と呼ばれる塔と同じ持ち主の物であった。



「そこは信じて探すしかないわね。ダメだったら割り切って次に行くまで」



 洞窟の持ち主が残した大量の蔵書を前に、ここに無ければ相当な徒労であると考えため息が出る。

 すると早々に食事を終えたサクラさんが、すぐ隣へ立ち続きを始めるべく棚へ手を伸ばした。



「仮眠を取らなくていいんです? かなり長い時間続けていますが……」


「徹夜なんて余裕よ。むしろこういうの、学生時代を思い出してちょっと悪くない」


「あまり無理はしないでください。サクラさんだってもう特別若くは――」



 とはいえここまで3日近く、彼女はこの隠された図書室に閉じこもりっぱなし。

 用を足す時くらいしか出ていないようだし、たぶんここまでの仮眠も座って壁に背を預けただけのもの。

 一応洞窟の外には、騎士団が用意してくれた天幕内に簡易の寝床が用意してある。

 サクラさんと一緒に目的の物を探している人たちは、そちらを使っているはずなので、彼女もそちらを使って休めばいいというのに。


 ただ気を使って休むよう伝えるも、少々口が滑りすぎたらしい。

 ついうっかり年齢の部分に触れかけたところで、最後まで言わせてもらえることなく、コツリと拳が振り下ろされた。



 そのサクラさんが本の探索を再開したことで、他の人たちも食事を切り上げ本棚へと向かう。

 彼らは騎士団から派遣された者たちで、ボクと同じ騎士団員ではあるけれど、どちらかと言えば文官のような役割であると聞く。

 中にはサクラさんら勇者たちの国の言語を習得した人も居り、見つけた書物がそちらの言語で書かれていた場合に備えてだ。


 そんな彼らと共に、ボクらは目的の書物を探していく。

 すると案の定大きな欠伸をしていたサクラさんが、突然大きく目を見開くと、手に取った本を開きボクへ見せてきた。



「クルス君、これじゃないの?」



 彼女が開きこちらに向けたのは、そこまで分厚くはないものの、丈夫そうな金属の装丁で作られた本。

 見れば緻密にびっしりと書かれた文字は、こちらとあちらの世界、その両方が使われていた。

 ということは一般に流通している書籍ではなく、ここの主であった元勇者が書いた物に違いない。



「たぶん、そうだと思います。あちらの世界の言語と混ぜて書いてありますし、他大陸の言語も混ぜて書いているようなので、全部は読めませんけれど……」


「なら私たちで手分けして読むより、いっそ両方使える人に頼んだ方が良さそうね」



 なかなかに面倒な、2つ以上の言語を混ぜた文章。

 残念ながら向こうの世界の言語は難解で、正直ボクではサッパリだ。

 一方のサクラさんは、ここまでである程度こちらの言語を覚えたけれど、それでもまだ若干怪しい部分があるのは確か。

 となるといっそのこと、複数の言語を使える騎士団から派遣されてきた彼らに、そのまま任せてしまった方がいいのだろう。


 サクラさんが騎士団員の一人に本を手渡すと、彼らは集まりああだこうだと話し始める。

 卓の上に紙を広げ、翻訳をし文法を整え、こちらの言語へと変換していく。

 ただなかなかに難航しているらしく、その内のひとりが申し訳なさそうに、早くとも終えるのは明日以降になるであろうと伝えてきた。



「それじゃサクラさん、ボクらは外に出ていましょうか」


「ちょっと待ってよ、まだ他にも有用な資料があるかもしれないのに」


「ダメですって。もう眠気が限界なのは、見てるだけでわかります」



 翻訳作業に没頭し始めた人たちを尻目に、サクラさんへと外へ出るよう促す。

 ただ彼女はまだ探すのを引き上げるには早いと考えたらしく、別の本を手に取ろうとしていた。


 けれどその間にも、サクラさんは何度となく欠伸をしている。

 流石にこれ以上無理をさせたくはない。なにせ常人より遥かに丈夫な身体を持つ勇者といえど、体調を崩すこともあれば病気になる事だって。

 春が近いとはいえ、まだまだ夜は冷え込む。洞窟の中はある程度気温が一定だが、外にはちゃんと暖房付きの天幕が待っているのだ。

 出来ることならば、そこでちゃんとした休息を摂ってもらいたいところ。



「わかったわよ。心配性な子が気を揉むのを見るのはしのびないし」


「理由はなんだっていいです。外の人だって心配してるんですから、そろそろちゃんとした寝床に行ってください」



 とはいえサクラさんも、ここいらで折れてくれることにしたらしい。

 肩を竦めながら、背を押すボクに抵抗らしい抵抗もせず、大人しく部屋の扉をくぐってくれた。


 背の高い彼女にはかなり厳しい洞窟を抜け外へ。

 そこで見張りをする数人の騎士団員と言葉を交わし、灰色の天幕に入る。

 ボクが居るというのに平然と服を脱ぎ始める彼女から視線を逸らし、汗を拭く様子を見ぬようにしながら、代わりに着替えを用意する。



「ところで他の場所はどうなってるの?」



 天幕に備え付けの樽から移した水を使い、身体を拭くサクラさん。……という音がする。

 彼女は背を向けるボクに、ここ以外の地域での状況を問うた。


 実際にこの場所以外にも、増加し続ける魔物への対処を目的として、様々な地域で黒の聖杯に関する探索が続けられている。

 そして他にも何か所か、ここと同じような資料庫らしき場所が発見されており、多くの勇者たちが今のボクら同様に動いていた。



「まだ詳しくはわかっていませんけど、多少なり成果は上がっているそうです」


「ならいいんだけど。それにしても例の人ったら、いったい何か所に家を構えたんだか」


「家と言うかほとんどが書庫ですけどね。けれどこの様子だと、今の状況を予測していたように思えます」



 オリバーやまる助らカルテリオで活動する勇者たちだけでなく、王国に散らばった多くの勇者たちが捜索に駆り出されている。

 結果これまでの時点で、多少なり手がかりが見つかりつつあると聞く。


 見つかったそれらのほぼ全てが、今から数十年前に世を去ったかつての勇者が残したモノ。

 かの人は亡命先であるここシグレシア王国で、いくつもの拠点を作り出し、そこに己が知識を残した。

 その知識には多くのモノがあるけれど、なんと言っても大本命は黒の聖杯に関するもの。

 なので件の元勇者とやらは、まるでこういった状況になるのを予見し、後世に残そうとしていたかのようだ。



「そのあたりの詳しい部分は、彼らの翻訳待ちね。なんとかなるでしょ、たぶんさ」



 今のままでは加速度的に魔物が増えていき、アバスカル共和国の首都のような目に遭わないとも限らない。

 もしもこの想像が正しくあってくれれば、ここを探すことが解決への近道になるのでは。

 そんな淡い希望を抱いていると、サクラさんの想像以上に楽観的な声に、つい着替え途中であるのを失念し振り返ってしまうのであった。


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