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くすりのひみつ 06


「クルス、だいすき。だからさ、アルマをおよめさんにしてくれる?」



 真っ赤に染まった夕日が入り込む、自宅2階の寝室。

 年の末に吹く冷たい風が窓を揺らしカタカタと鳴る音と、アルマの小さくも蠱惑的な囁き声だけが耳に響く。

 亜人であるアルマの柔らかな毛と、ボクが作った香料入りの洗髪料の、良い香りが鼻先をくすぐる。


 普通であればこんな状況、困惑すると同時に喜びも抱くに違いない。

 けれどその相手が幼い少女で、しかも自身にとって妹も同然なアルマとなると、そんな感情を抱くなどできやしないのだが。



「いいかいアルマ。君は今、薬品の影響でおかしくなっているんだ。だから……」


「おくすり? よくわかんない」


「君までそんな反応をして。ほら、手を放して」



 幼い少女にこの説得が通用するかは怪しいが、それでも事情を話し引かせようとする。

 けれど少し前にメイリシアがしたのと似た反応を示し、さらに抱き着く力を強めていた。


 それにしても薬品の影響にあるせいとはいえ、まさかアルマにこんな一面があったとは。

 もっともここまで会った人たちだって、今まで知っていたのとはまったく異なる性質を露わとしていた。

 なのであれが本来持たぬ性質を発現させるのか、それとも隠れた本性を浮き出させるのか。どのみち今は調べようがないけれど。



 迫ってくるアルマに対し、どう落ち着かせようかと困り果てる。

 ただ救いの主はここで帰宅してくれたらしく、寝室の入口から突然声をかけてきた。



「まさか……、まさかクルス君が幼女趣味の変態だったなんて」



 振り返らずともわかる声の主は、いかにも驚愕したと言わんばかりな口調。

 それでも一応見てみると、そこには汚らわしそうに少しだけ仰け反るサクラさんの姿が。



「事情を知っていてなおそう思うのなら、ちょっとサクラさんの良識を疑わなくてはいけません」


「冗談よ。君を見てるとついからかいたくなる」


「というか前にもそれ聞いたような気がします。……ともかく見ての通りですよ」



 当初は酒場で合流する予定であったサクラさんだけれど、あちらでの騒動を誰かに聞いたらしく、そのまま家に帰ることにしたようだ。

 彼女はカラカラと笑いながらベッドに近づくと、長い腕をアルマの胴へ回す。



「ほらアルマ、離れなさい。お風呂に行って身体に着いた薬品を洗い流すから」


「やーだー! クルスといっしょがいい! サクラはアルマたちに"しっと"してるんでしょ!」


「いったいどこでそんな言葉を覚えたのよ。……まったく、厄介な効果ね」



 ひとまずアルマから服を剥ぎ取り、身体を洗ってやらなくてはいけない。

 けれど風呂に連れて行こうとするサクラさんに、アルマは必死に抵抗しボクへとしがみ付いていた。


 幼いだけに無理も出来ず、弱い力で引っ張るサクラさん。

 そしてなんとしてでもくっつこうと、全力で抵抗をするアルマ。

 けれどボクが軽くくすぐってやると、アルマは大きく笑い掴む手を緩めた。



「ひどいよクルスううぅぅぅー」



 どうやらくすぐりには抗いがたかったらしい。

 遂にはサクラさんに抱えられ、抗議の声を上げながら階下に連れ去られていく。


 サクラさんには前もって、アルマを見つけた時の対処法を伝えてある。

 薬剤の効果がどれだけ続くかわからないが、もうそろそろ切れていて良い頃合い。それでも発生源であるアルマの服は、もう処分しておいた方が無難か。

 とはいえ土に埋めては影響が出かねないし、燃やしたら灰となって周囲へ振りまきかねないため、ひとまず水を張った桶に沈めておくことに。

 そういう理由もあって、アルマを風呂に連れて行ったのだった。



 ともあれこれで一段落。発生源であるアルマは見つけた。

 最初にこぼした教会の土にも染み込んでいるだろうけど、あちらは後で処置をしに行くとしよう。

 ボクはとりあえずなんとかなったという安堵感から、一度閉めた窓を開き、冬の冷たい空気を顔に浴びる。


 しかし広がる景色の中には意外なものが映り、困惑が口を突いてしまう。



「……ちょっと待ってよ、まだ効果が続いてるなんて」



 2階の窓から見える庭の隅では、裏口から入り込んでくる人影が数体。

 よくよく見ればそれはついさっきまで追いかけてきた、メイリシアやクラウディアさん、アヴィと騎士隊長といった女性陣であった。


 彼女らは庭に入ってくるなり、まだ庭の落ち葉で遊んでいたまる助を取り囲む。

 ここから聞こえる限り、彼女らはまる助にボクの居場所を聞き出そうとしているようだ。

 この様子を見ると、彼女らがまだ薬の影響下から脱せていないのは明らか。


 予想外に長く続いているそれに驚いていると、丁度そこへアルマを風呂に入れるべく、庭へ連れて出てきたサクラさんが。

 彼女はすぐさま事態を察したようで、一瞬の逡巡を経てから、女性陣のもとへと近寄っていく。



「まったく、あんたたちまだ平静を取り戻していないの?」



 2階に居るボクへ聞こえるようにか、ちょっとばかり大きな声で話すサクラさん。

 まる助を尋問をしていた女性陣は、アルマを連れ姿を現したサクラさんに気付くと、抱きかかえていたまる助を放り出す。



「サクラ、あなたが隠してるわけ?」


「何を言ってるかわからないのだけれど」


「とぼけてもダメ。クルスの居場所、あなたなら知っているはず」



 女性陣の中で一歩前に出てきたのはクラウディアさんだ。

 彼女は遠目にもわかるほどギラリとした視線で、サクラさんへと追及を口にした。


 なんのことかとすっ恍けるサクラさんに詰め寄る女性陣。

 宥めるサクラさんは、アルマを風呂に連れていきその準備をしながら、彼女らに気付かれぬようほんの一瞬だけこちらの方を窺った。

 その意味くらいはわかる。彼女は見つからないうちに逃げろと言っているのだ。


 きっとこのままボクが出て行っても、効果が継続している彼女たちの前では、余計にややこしくなるばかり。

 けれどこのまま放っておいてもいいのだろうか。もし仮にこの効果が、これから先も続くとすれば……。



「やっぱりこのままにしてはおけない。なんとか治療をしないと……」



 2階の窓をソッと閉め、鞄の中からお師匠様の手帳を取り出す。


 薬品の効果は徐々に減退していくはずだが、こんな状態が長く続くというのが良いはずはない。

 となると治療法を探さねばならないのだけれど、それを一から模索するとなれば膨大な時間がかかってしまう。

 ではお師匠様から受け取った手帳に頼るほかない。


 大抵薬師が毒性の物を作る時には、対となる治療を行うための物も開発する。

 いくら普段がズボラなお師匠様といえど、王国において最高峰の薬師とまで言われるような人だ。

 そこを怠るような人ではないし、ボクに対し作ってみろと挑戦めいたものをしてきた以上、その部分を失念するとも思えなかった。


 手帳の最初から最後まで、再確認するように目を通していく。

 解毒剤の類はいくつかあるが、このどれかが今回の薬に対し効果を現わしてくれるはず。

 そう考え見ていくのだけれど、そのどれも何度か作ったことがあり、今回のような作用に対し効果が出るようには思えなかった。



「これじゃない、これも違う……。お師匠様のことだし、絶対にあるはずなのに」



 閉じた窓の向こうから聞こえる女性たち5人のやり取り。

 サクラさんはなんとか止めようとしているが、無理やりにでも家の中に入ってこようとしているらしい。

 力づくで止めることは出来るとしても、勇者でもない彼女ら相手では、サクラさんだって加減するのは一苦労。


 家に入ってくる前になんとかせねばと、手帳をもう一度頭から見ていく。

 けれど使えそうな薬のレシピがなく、まさか本当に記されていないのかと諦めかけたところで、最後のページに少々おかしなものを見つけた。



「こいつは……。ただの汚れだと思っていたけど」



 発見したのは、騒動の原因となった薬品のレシピが記されていた部分。

 そこには隅の方に黒くかすれた箇所があったのだけれど、触れてみるとそれが固いペンで書かれた跡なのか、微かな凹凸があるのに気づく。

 なのでこれは一旦インクを使って書いた文字を、なにかで擦り消した跡だ。


 その時は何とも思わなかったけど、今見るとかなりわざとらしいそれ。

 間違いなくお師匠様が意図的に残したそいつに、炭片を当て薄くなぞってペンの跡を浮かび上がらせていく。

 するとそこには数種の素材を用いた、薬品のレシピが浮かび上がってきた。



「そうか、こいつを使えばあるいは」



 ボクは浮かび上がってきたそれを見て、こいつなら治療が出来るのではと半ば確信を持つ。

 現れたのはメイリシアたちを錯乱させた薬品から、材料と製法を若干変更しただけの代物。

 毒性の薬品に対する処置の薬は、毒の方で使ったのと同じ材料を使うということが多々ある。

 なので最も肝心な材料が含まれているこいつは、きっと彼女たちを治してくれるのではないか。



「今のうちに下で作ってしまおう。材料は、確か全部揃っているはず」



 まだ作るのに必要な材料は残っている。

 となれば善は急げだ。ボクは急ぎアルマの部屋から飛び出すと、階段を駆け下り地下へ続く扉に手をかけた。

 けれどそいつを引き開けようとしたところで、庭に続く裏口の扉が勢いよく開かれる音が。



「クルス君、早く逃げなさい!」



 扉を開けたサクラさんは飛び込んでくるなり、ボクへと早く逃げるよう告げる。

 見れば彼女の背後からは、庭に来ていたメイリシアたち女性陣だけでなく、数人の男たちの姿まで。

 それはついさっき酒場で会った人たちで、どうやら彼らまでもが詰めかけてきたことにより、遂には丁寧に留めることが困難になったらしい。


 ただ逃げるようにとは言うものの、大人しく家の外に飛び出すことはできなかった。

 なにせ治療用の薬を作る材料だけでなく、設備も地下室にしかないのだから。

 薬師はこの町にも若干名居るけれど、急に行って使わせてもらえるような類ではない。



「サクラさん、こっちへ」


「ちょっと、そこだと逃げ場が……」



 サクラさんの腕を掴むと、扉を開いて地下室へ駆け込む。

 当然彼女もここがどういった場所なのかは知っており、逃げ場などないことを理解しているため少しばかり躊躇。

 けれど一応こちらを信用してくれるのか、それ以上は何も言わず階段を下りていく。


 階段を下った先の扉を開き、内側から鍵をかける。

 そこでサクラさんに時間を稼いでくれるよう頼むと、ボクはすぐさま棚から必要な材料を取り、器具の準備を始めるのだった。


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