くすりのひみつ 05
夕刻も近づき、アルマを探して町中を走り回るのに疲れてきた頃。
市街の中心部へと戻ってきたボクは、再び手分けし探していた一旦サクラさんと一旦合流するべく、協会支部前に建つ酒場へとやってきた。
ついさっきクラウディアさんたちがああであったため、この場所に来るのは少し躊躇われた。
けれど慎重に中を窺って、彼女らが居ないことを確認。
ホッとして中に入ったボクが目にしたのは、酒場内で立ちこちらを見る数人の人。しかしそのすべてが男であるのに気づく。
「えっと、何の用です……、か?」
酒を手に立ち、ジッとこちらを凝視する男たち。
張り詰めたような、強い緊張感を纏う彼らはボクから目を離そうとしない。
なんとなく嫌な予感がしつつも、無視はできず彼らへと用件を尋ねた。
「クルスよぉ、実はお前に聞きたいことがあるんだ」
「な、なんでしょう?」
「聞きたいこと……、いいや言いたいことか? 両方、そうだ両方だ」
これまで何度となく顔を合わせ、ちょっとした知り合いと言っても差し支えない人たち。
漁師である彼らは、連日のように安価なこの酒場に顔を出し、酒を呑み交わしているのを何度となく見かけてきた。
普段言葉を交わした時などは、大抵が酒に酔っているというのもあって、こんな勿体ぶった話し方はしない。
けれどこの時の彼らは、非常に緊張した様子を露わとしていた。
「お前、サクラとはどこまでいってんだ」
「どこまで、と言われましても」
「だからもう付き合ってるのかって聞いてんだよ! 正直に答えやがれ」
基本的に気は良くとも荒っぽく、品の良さとは無縁にすら思える海の男たち。
そんな彼らが向けてきた問いは、ボクとサクラさんがつまりそういう関係になっているのかというものであった。
なかなかに意外なその質問に、ついつい拍子抜けし口を開け放してしまう。
今まで彼らが、サクラさんに気が有ったなんていう話は聞いた事がないし、ボク自身もそのようには思っていなかった。
けれどこんな質問をしてくるあたり、実のところ密かにそういった感情を抱えていたのだろうか。
その当のサクラさんは、2人で一緒に探すのは非効率ということで、港や町の城壁付近を周っている。
たぶんもう少ししたら、合流するためにここへ来るはず。
「付き合ったりは……、していません。今のところ」
「そ、そうか! ならいいんだ、……これで俺らにもまだ目があるってことでいいんだよな」
少しばかり不本意ではあるが、ボクは彼らが懸念するような関係ではないと告げる。
実際サクラさんとは一緒に暮らしていても、その実相棒以上の間柄になれている訳ではないのだから。
そのことを伝えるなり、数人の男たちは一様にホッとした表情へ。
やはり彼らはサクラさんに気が有るようで、ボクにとってはそいつが面白くなく、憮然とした表情を隠さずに浮かべた。
けれどその直後、彼らは妙なことを口走るのだ。
「なら、俺なんてどう思う?」
「抜け駆けしてんじゃねえ。こいつよりオレを勧めるぞ、絶対に裏切らないと誓える」
次々と近寄り、熱のこもった主張をする男たち。
きっとサクラさんに最も近いボクに、自分こそ相応しいと言っている。……のだと思うが、なにかがおかしい。
「ちょっと待ってください。皆さんは、サクラさんのことが好き、ってことでいいんですよね?」
酷く、嫌な予感がする。
ボクはその嫌な感じが気のせいではないと、半ば確信しつつも確認のために聞き返す。
すると目の前に立つ彼らは、その予感が正しいものであると示すのであった。
「何を言っているんだ。クルス、お前と俺たちのことを話しているんだぞ」
男の一人が発したこの言葉に、ボクだけでなく酒場に居合わせた他の人たちも呆気にとられる。
けれどなんとなくわかっていた。間違いなく彼らは、どこかでアルマと近づき薬品の影響を受けたのだ。
サクラさん曰く、一定の好意を抱いている相手に限った効果ではないかという説も、多少なり接点がある彼らならある程度納得がいく。
……いや、納得なんてしたくはないけど。
「折角ですが、ボクはその……、こう見えても女性の方がいいなって」
血走った眼でにじり寄る男たち。
そんな彼らを真正面に、徐々に入口へ向け後ずさりつつ距離を取る。
自分自身の容姿については、不本意ながら理解はしている。
どちらかと言えば年齢より幼く見え、纏う服によっては女性にすら間違われかねず、以前にはそれを利用し女性に扮し潜入すら行った経験も。
実際にその時、使用人の男から言い寄られてしまったほど。……今この時のように。
ボクはにじり寄ってくる彼らに、一瞬だけ笑みを浮かべる。
彼らがそれに反応し笑み返してきたところで、すかさず踵を返して酒場を飛び出した。
背後からは追いかける男たちの、怒号とも悲鳴ともつかぬ野太い声。
そいつがなおさら恐ろしく感じられ、ボクは振り向くことなくこの日何度目かとなる、本気での逃走を図った。
「冗談じゃない! 絶対に捕まるわけには……」
おそらくだけれど、彼らとて元からそういった趣味なのではないと思う。
きっと薬品の成分を吸い込んだことによって、ボクに対し好意的であった意識が、変な方向に増幅されてしまっているのだ。
とは思いつつも、悠長に腰を落ち着け説明している余裕はなさそうだ。
振り返ることすら怖いが、いまだ背後からは男たちの声が聞こえてくる。
その内容はなかなかに熱のこもったものであり、そういった趣味を持たぬボクの背を、酷く粟立たせるには十分な空気を纏っていた。
ボクはそんな彼らから逃げるべく、町の中を走り続ける。
とはいえこの町に来てまだ2年と経っていないボクと違い、それこそ生まれた時から長年この町で暮らしてきた彼らにとっては、小さな路地や水路まで勝手知ったるもの。
都市の再開発を経てはいるが、作業を手伝っている彼らの方が、より土地勘で優位に立っている感は否めない。
「でも中心部の住宅地なら」
ボクは逃げる最中、思案し路地へと飛び込む。
この先にあるのはボクも暮らす邸宅が建つ、都市中心に位置する住宅街。
都市外から勇者たちを呼び寄せ、この土地で暮らしてもらうべく整備したそこは、いわゆる高級住宅地の類。
こう言うと若干嫌味ったらしいが、彼らにはあまり縁のない区画であり、おそらく当人たちも好き好んで入り込んだりしてこなかったはず。
一方そこで暮らすボクには庭先も同然。
度々町を長期間離れたりはしているけれど、地図くらいは頭に入っている。
住宅街への道を曲がり、広場を通り抜けて再び路地へ。
同じ区画をぐるぐると回るように、何度となく角を勢いつけて曲がっていくと、一人また一人と男たちが姿を消していく。
きっと今頃迷路のような道で右往左往しているはずで、ボクはそんな彼らの目を盗み、こっそりと自宅の裏門から中へと入っていった。
「なんだクルス、かえってきたのか」
ただ庭に入って一息つこうとするも、すぐ目の前へ現れた姿にビクリとする。
そこには庭の一角へと積んでいた、大量の落ち葉の中から顔を出すまる助が。
おそらく落ち葉の中で遊んでいたであろうまる助。けれど一緒に居たはずな、アルマの姿が見当たらない。
「まる助、アルマは一緒じゃないの?」
「アルマなら家のなかだぞ。今日はひるねをしていなかったしな」
まさかまだ外を歩き回っているのかと思うも、どうやら家の中で昼寝の真っ最中であるあらしい。
普段であれば午後の短い時間をそれに当てているが、今日はボクが朝から眠っていたため、退屈で外に出たことでそれがズレていたようだ。
とりあえずアルマが家に居ることに、安堵し胸をなでおろす。
あの子の服に染み込んだ薬品が、いったいどれだけの時間効力を現すかは不明。
たぶん徐々に効果は減退していくはずだけど、そいつがいつかはわからない以上、ここへ留めておけるだけでも救いだ。
まる助に近づかぬよう話を聞き終えると、急いで家の中に入り階段を上ってアルマの部屋に。
ソッと扉を開けると、中では大きなベッドに小柄な身体を横たえ、静かな寝息を立てるアルマの姿があった。
「ああ、ようやく見つかった……」
開け放たれていた窓を閉め、眠る幼い少女の大きな獣の耳をなでる。
よくよく見れば服には、少しだけ汚れた跡が。
ただ薬品の材料として使用した花の香りがほのかにする程度で、完全に乾いているらしく寝具には染み込んだ様子がない。
とはいえ薬剤付きの服だけに、後でこの寝具も処分をした方がよさそうだ。
ボクは眠るアルマの様子に安堵し、壁に寄りかかって一息つく。
それにしても随分とやんちゃに動き回ってくれたものだ。子供らしいためその点では嬉しいが、昼からどれだけ走り回らされたことやら。
もっとも当人に悪気はなく、ボクが地下室の施錠を失念していたということもあり、あまり怒ることも出来やしない。
「んぅ……。くる、す?」
最初に会った頃より少しだけ大きくなった少女を撫でていると、それによって目を覚ましたようで、目をこすりながら上体を起こす。
ボクが居たことに気をよくしたようで、すぐに目をパチリと開き、アルマは飛びつくように抱き着いてきた。
可愛らしい仕草で喜ぶアルマを、あやすように抱える。
そうしてひとしきりはしゃぎ満足しただろうという頃合いで、アルマを降ろそうとするのだけれど、どういう訳か今日は首に回した腕をなかなか離してくれない。
……いや、その理由については今想像がついた。
考えてもみれば、ぶちまけられた薬品に最も近いのは、この幼い少女であるのだから。
「もうはなさないよクルス」
柔らかな笑みを浮かべ、ボクの目を覗き込むアルマ。
彼女はその小さな口から、囁くように無邪気さと意味深さを混ぜ込んだ声を発する。
そして幼さをどこかへ吹き飛ばしたかのように、大人の気配さえ漂わせ顔を寄せてきた。
女性というのは男よりもずっと早く成熟し、驚くほど大人びた姿を見せる時があるとは、サクラさんをはじめ多くの女性たちが口にすること。
まさかこんな幼い少女までがその対象であったことに、妙な驚きを禁じ得ない。
嬉しそうに抱き着き囁くアルマを、これまでの女性たちのように振り払うこともできず、どうしたものかと思案する。
けれどこの時最もボクの頭を占めていたのは、この光景を誰かに見られてしまった場合、どのように言い訳をしようかというものであった。