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くすりのひみつ 04


 大通りを駆け抜け、クラウディアさんたちが後ろから来ていない事を確認し、細い路地の中に飛び込む。

 そこでこの日何度目かとなる、荒い息を吐き出しながら膝に手をついた。


 それにしても酷い目に遭った。

 いや男の立場から考えれば、むしろ頬が緩んでしまう状況に違いない。

 もっともボク個人としては、そいつが嬉しいかと言われれば、色々な意味で否と言うほかなかった。



「けれど、これで薬品の効果は大体わかったかも」



 しばし息を整えてから、壁に身体を預け休憩しながら呟く。


 最初に会ったメイリシアに次いで、協会でのクラウディアさんたちまでもが似た反応を示した。

 彼女らの様子を見る限り、当然のように一つの仮定が頭へ浮かぶ。

 あれはきっと人の精神に作用し、異性に対し強い好意を抱かせるのではないだろうか。


 ある種の暴走状態にもにた強烈なそれは、自制心を易々と砕き、普段であれば決してしない言葉と態度を引き出してしまう。

 たぶん、この予想で間違っていないのだろう。


 ただ町の様子を見ている限り、今現在これといって混乱した様子は見られない。

 アルマは町中を歩き回っているはずで、もちろん薬品の成分を町にまき散らしている。

 けれど何も異常がないというのは、効果を現すためにはそれなりに接近する必要があるか、あるいは特定の人にしか効果が発生しないか。



「どちらにせよ、まずはアルマを見つけないと。下手をすればもっと被害が広がってしま――」



 もし仮に特定の人物のみに影響があるとしても、それがどういった基準であるかは不明。

 となればアルマの様子を確認するためにも、やはり早々に見つけておきたいところ。

 そのため息を整えすぐ移動を開始しようとしたのだけれど、大通りから路地を覗き込むように、見知った顔がこちらを見ていた。



「クルス、見つけたぞ」



 現れたのは、今はカルテリオの港湾地区付近に住んでいるアヴィだ。

 彼女はボクを探していたらしく、ようやく見つけた安堵感らしきものを浮かべ、小走りで路地の中へと入ってくる。


 けれど一旦近づいてくる彼女を制止すると、警戒しながら訪ねる。

 なにせここまで3人もの女性たちが、あのように異様な反応をしていたのだ。アヴィも同様でないとは限らない。

 ただ怪訝そうにする彼女に問うてみると、どうやら今日はアルマと会ってはいないとのこと。

 ボクはそのことにホッとし、再び近づこうとする彼女にどうしたのかと問う。



「実は頼みたいことがあってな。探していたのだ」


「もしかしてまた風呂を入れるのを手伝えって? 悪いけれど、今はそれどころじゃないんだ。急いでアルマを探さないと」


「そうではない。頼みたいことというのはだな……」



 ボクのことを探していたらしきアヴィ。ただ彼女の場合、大抵用があるとすれば家の風呂に関するものだ。

 おそらく風呂を入れるのを手伝ってくれとでも言いたいのだろう。

 なにせ水を運ぶのだけでも一苦労であるため、2人がかりでないとなかなかに時間がかかってしまう。


 けれど実際用事はそれではなかったらしく、若干真剣な様子だ。

 もしかしてアヴィもまた協会に顔を出し、二人の有様を見て異常を察知してくれたのでは。

 そんな淡い期待を抱いてしまうも、そういった好都合が易々と起きてはくれないと知るのだった。


 近づいてきたアヴィ。彼女はちょっとだけ息を呑むと、意を決したかのように抱き着いてくる。



「ちょ、ちょっと!?」


「少しだけ、このままで居させてはくれないだろうか。頼む」



 遠い異国、北のアバスカル共和国よりもさらに北の小国で生まれ育った彼女。

 そして今は大陸最南部のシグレシア共和国の、さらに最果てである港町で暮らす彼女だけに、多少の寂しさを抱いていたも不思議ではない。

 ただ元々が貴族の出であるらしいアヴィだけに、基本的には気位が高く、決してこのような行為に出るような娘ではなかった。

 ということはやはりこの反応、薬品の影響を受けているのは間違いなさそう。


 けれどさっき彼女は、アルマとは会っていないと言っていた。

 ではどうしてと困惑しながら思うも、その思考はちょっとだけ見上げてくる彼女の言葉によって遮られる。



「どうした、恥ずかしいのか? 大丈夫、このような狭い路地、誰も覗き込みはしない」


「そうじゃなくて。……確かさっき、アルマとは今日会っていないって」


「確かに言ったな。だがそれがどうしたというのだ、今はただ、わたしの顔だけを見て声を聞いてくれ」



 頬は上気し、瞳は潤み平静さを湛えていない。さっき見た3人とまったく同じ姿。

 ということはやはり、アヴィが薬品の影響を受けているのは確か。

 なのでおそらく町中を歩いている時にでも、気付かぬ内に偶然アルマとすれ違ってしまったというところだろうか。


 もっともそれだと、他の人たちが影響を受けていないのが不思議でならない。

 この違いはいったいどこから生じているというのか。



「ところでだクルス。人目のない場所で、異性がこれだけ密着しているのだ、据え膳食うのが男というものだと思うが?」


「いくらなんでも、そいつは……」


「ではどちらかの家へ行くか? どこかの宿でもいいが。それともこの場で……」



 ここまでの3人よりも、さらに直接的に迫ってくるアヴィ。

 強気な気性を持つ彼女らしいとすら思えるその攻勢に、再びボクは逃げ出す算段を始める。

 けれどそれをする必要はなかったらしい。こんな路地を覗く人など居ないと言ったアヴィの言葉に反し、こちらを見てくる人影が居たからだ。



「あなたたち、こんな所でいったい何をしているのかしら?」



 声に反応し振り向いてみると、そこに立っていたのはサクラさんだ。

 硬直するボクとアヴィを他所に、彼女はゆっくりと路地に入ってくる。



「それにしても意外ね。まさかあなたたち二人が、こんな深い関係になってるなんて」


「ち、ちがうんです! これは想像しているようなあれでは……」


「想像しているような、なんですって? 違うって何がかな? ちゃんと説明してくれないとわからない」



 腕を組み、近づいてくる彼女の顔は逆光でよく見えない。

 けれどボクにはわかる。声にはどことなく恐ろしいものが混ざっており、そのせいで知らず知らず、自身の脚が硬直してしまっていることに。

 これは決して、走り続けたことによる疲労のためではない。

 路地の中へと入ってきたサクラさんが発する、強烈に攻撃的な気配によるものだ。


 ただそんなサクラさんの圧も、薬品の影響によって暴走したアヴィには効果がないらしい。



「わたしたちを仲を邪魔する気かサクラ。いくらお前といえど、ここを譲る気はないぞ」


「仲って……。いったいどうしたってのよアヴィ」


「ようやく本当の気持ちを理解したのだ。ついさっき、ようやくな」



 狭い路地を満たす強烈な圧。サクラさんの不機嫌が原因であろうそれを、アヴィは平然と受け流す。

 そしてアヴィがボクの身体を強く抱きしめるたび、サクラさんが発する圧は一段と強くなる。



「二人とも、とりあえず落ち着いて……」


「わたしは冷静だ! 行こうクルス、この女の居ないところに」



 ひとまずこの状況をなんとかせねばと、アヴィから体を放し二人の間に立つ。

 けれど袖を握ってきたアヴィは、決して離れまいと引っ張り、自身の双丘の間へと腕を導いた。

 若干慎ましやかではあるけれど、それなりに自己主張をするそれの感触に顔が赤くなる。


 一方でそんな光景が癪に障ったか、サクラさんはさらにグッと近づいてきた。

 路地の比較的暗い箇所に立ったためか、ようやく見えた彼女の表情は、若干どころではなく引きつっている。



「あのような年増にクルスを渡して堪るか。さあ行こう、わたしの家に」



 とんでもない発言と共にボクを引っ張るアヴィ。

 彼女が発した内容に寒気すら覚え、ボクはソッとサクラさんを見る。もしや激昂してはいないだろうかと。


 ただサクラさんの方はと言えば、これによって逆に彼女の様子がただ事ではないと考えたらしい。

 怪訝そうに小首をかしげると、怒るどころか逆に心配そうな表情すらし始める。

 そんなサクラさんへと、なんとか今の異常な状況が本意ではないと伝えるべく、意味深に見えるであろう瞬きを数度。

 すると彼女はこちらの意図を察してくれたか、威嚇するアヴィを無視してボクの腕を掴み、勢いよく跳躍。路地の宙を抜け建物の屋根へと降り立った。



「待てサクラ、卑怯だぞ!」



 下では縋っていた相手を攫われたことで、アヴィが悲鳴めいた抗議の声を上げる。

 そんな彼女の言葉を無視し、サクラさんはボクを抱きかかえると、そのまま屋根を伝い逃走を図った。


 力強く抱きかかえられ、困惑したまま運ばれていく。

 そうして少しばかり移動した先で降ろされると、ボクの頭へ軽く手を乗せるサクラさんは、ひとまず状況把握をすべきと考えたようで問いを口にした。



「で、いったい何があったのよ?」


「……それが、話すと長くなりまして」



 顔を寄せ、誤魔化しは許さないと言わんばかりなサクラさん。

 彼女の威圧へ早々に屈したボクは、若干の言い訳めいた態度を取りながらも、大人しくここまでの経緯を話すのであった。


 なんとかお師匠様の手帳に記されていた薬品が完成したこと。けれど自身が管理を怠ったせいで、アルマが間違えて持ち出してしまったこと。

 そして教会で小瓶を割ってしまい、薬品で濡れた服を着て歩いていることで、その効果を振りまいてしまっていること。

 材料に自身の髪の毛を使ったこと。それが原因でアヴィを含め4人がボクに言い寄ってきたであろうという推測も、全てを事細かに。



「つまり完成したのは、いわゆる媚薬とか惚れ薬の類ってわけか。こっちの世界じゃ作れるのね、実際に」


「すみません、作っている時にはまったく気づけなくて……」


「今更そこを言っても仕方ないわよ。それにしても、ディータさんも随分厄介な物を」



 呆れ交じりなサクラさん。彼女は一旦肩を落として息を吐くも、またすぐに思案を始める。

 確認するようにここまでの説明を呟き、ちょっとだけ時間をおいてから、自身の想像を口にした。



「ここまでで影響の出た人の共通点としては、ある程度クルス君と親しい間柄ってところかしら。ただの顔見知り程度な相手には、症状が見られないのよね?」


「今のところは。でも確かに、それなら多少納得がいきます」



 状況を把握したサクラさんがした推測に、異論をはさむことなく頷く。

 これであればわかる気がする。精神に作用するのは間違いないであろう例の薬品だけに、効果が発現する条件も精神的な部分に起因してもおかしくは。

 けれどサクラさんは自身が立てた仮説も、ちょっとばかり納得がいかない部分はあったらしい。



「でも私はついさっき、アルマと大通りで会ったのよね。まる助と一緒に遊んでいた」


「え、でも……」


「親しさというか接する頻度に関して言えば、私はこの中で誰よりもクルス君に近い。でも見ての通り、全然反応が違うでしょ?」



 怪訝な反応をするサクラさんの言葉にハッとする。

 どうやらサクラさんは路地に居るボクを発見する直前、アルマと出くわしていたようだ。


 けれど見たところ、ここまで彼女に変わった様子はない。

 抱き上げられ運ばれるという、あれだけ触れるような状況になったというのに、サクラさんだけは態度がこれまでと同じ。



「あれ、もしかしてガッカリした?」


「……いえ、別に」


「無理しちゃって~。お望みなら、ここで抱きしめてあげてもいいわよ」



 どことなく挑発的なサクラさんは、大きく腕を広げニヤリとする。

 確かにちょっとだけ、サクラさんがここまでの4人みたいにならなかったのは、残念に思わないでもない。

 けれどそれを認めるのは気恥しく、ボクは腕を広げる彼女の前で、わざとらしく肩を竦めて見せるのであった。


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