くすりのひみつ 01
王国東部へ建つ廃城を根城にする、元勇者を首領とした野盗集団。
そいつらを討伐に向かうも、どういう訳かそこに居たのは野盗ではなく魔物の群れ。
魔物の群れと発生原因である黒の聖杯を討伐、その後諸々の報告やらを済ましたボクとサクラさんは、なんとかカルテリオに帰還した。
タツマ曰く、今回の件でわかることはそう多くないとのこと。
ただ考えられる可能性としては、野盗集団が黒の聖杯を御そうとするも失敗、結果的に召喚した魔物によって喰われたのではないかとのこと。
黒の聖杯には一定の知性が存在するようなので、案外野盗やその首領である元勇者も、ヤツによっていいように弄ばれていたのではないだろうか。
なんとも気の抜ける結末であり、サクラさんなどはあれだけ引っ掻き回されたのだから、「ご立派な悪役を倒すところまでやりたかった」、と妙な怒り方をしていた。
そんな事件から早数か月。季節は巡って冬となり、南部の港町であるカルテリオにも、凍える海風が吹き付ける頃。
年越しの祭りを目前に控えた時期に、ボクは一人我が家の地下室にこもり、日夜延々とある作業に没頭し続けていた。
「クルス君、お昼だから上がっておいで!」
家の外よりはずっと過ごしやすい、年中通して変わらぬ気温の地下空間。
そこで小さな熱源と耐熱皿を前に集中するボクの耳へと、上階からサクラさんの大きな声が響いてきた。
早朝から地下に潜りっぱなしだが、どうやらいつの間にかお昼になってしまったようだ。
ボクは熱源を金属製のハサミで掴むと、床に置いてあった木桶に放り込む。
水に浸かりジュっと音がし、完全に熱が落ち着いたのを確認すると、小皿に乗った粉末が飛ばぬよう覆いをかぶせ、地下室の扉を押し開けた。
この地下室はつい先月、町の大工に頼んで整備してもらった。
元々この家に地下室そのものは造ってあったのだけれど、これといって使う目的もないため、今まではずっと閉め切り放置していたのだ。
そしてもっぱら使っているのはボクだけれど、その用途は薬剤の調合を行う場として。
なかなかに危険な物質も扱うため、特にアルマが入って来ぬようにとの配慮からであった。
しっかりと施錠をしてから階段を上りリビングへ。
ようやく自覚した空きっ腹をさすりながら椅子に座ると、隣にはアルマがいそいそと腰かけてきた。
「クルス、もうお仕事おわったの?」
「残念ながら、まだまだ終わりそうもないよ。いったいいつになる事やら」
そのアルマは椅子の上で脚をブラつかせながら、ボクの顔を覗き込んでくる。
どうやらボクが日がな一日ずっと地下にこもっているため、遊び相手が居らず退屈しているのだろう。
少し前であれば、アルマにも仲の良い子供が居た。
ルアーナという彼女より少し幼い少女は、野盗集団が寄越した偽両親によって引き取られた後、ボクを攫うための足掛かりとしてアルマに接近させられていた。
ただその野盗集団も壊滅、行き場を無くしてしまったルアーナは、結局元居た王都の孤児院に引き取られていき、アルマは寂しい想いをしてしまうハメに。
おまけにここ数日、普段教会で子供たちの勉強を見てくれるメイリシアは、諸事情あって町を離れている。
そのため子供たちが集まる場はなく、遊ぼうにも年越しの祭りが近いというのもあって、子供たちはそれぞれ家で手伝いをしていた。
「実際には仕事というか、ただの訓練なんだけどね。……ところで」
ボクはそんなアルマの頭を撫でながら、ちょっとばかり訂正をする。
地下で行っているのは、召喚士としての仕事の類ではなくただの自己研鑽。
お師匠様からもらった、薬品の調合法が記された手帳。それに書いてあったレシピを順に作っているのだけど、そこにはなかなか難度の高い代物も混じっていた。
これまではあまり技量向上に費やす時間を取らずにいたが、ここ最近はずっと練習に明け暮れている。……万が一の時に備えて。
ともあれそんなボクは、集中しすぎていたせいか完全に空腹状態。
けれど目の前に並べられていく皿を見て、ちょっとばかり不安感を覚えて問う。
「もしかして、サクラさんが作ったんですか……?」
目の前に置かれた料理は、一見して素朴で見た目も普通。
けれどこいつを皿を置いている人物、サクラさんが作ったのであれば少々問題だ。
かつての彼女は非常に料理を苦手としていたが、現在ではあまり手の込んでいない、それこそ簡単な料理などであればある程度には仕上げてくる。
とは言うものの、今も時折妙な失敗をしてしまう時があり、大抵そういった場合には碌な目に遭わないのだ。
「私が作ったらクルス君は不満でしょ。だから不本意ではあるけれど、外の屋台で買ってきた」
「それを聞いて安心しました。前みたいに3人でトイレを奪い合わずに済みそうです」
「やかましい。いいから全部食べなさいな、またモグラみたいに地下にもぐって出てこないんだから」
今日の食卓へ上った料理の数々は、町の大通りに出ている店から調達したものであるらしい。
そのことに安堵しながら、サクラさんの小言に耳を傾ける。
どうやら彼女は、ボクが調合の練習という名目で延々地下室に居るのがお気に召さないようだ。
けれどそう考えるのも当然なのかも。ちゃんと換気を行えるよう造ってもらったけれど、それでも危険なことをしているのに違いはないのだから。
気付いた時には地下で倒れていた。そんな状況を想像すれば、サクラさんが心配になるのも当然と言えば当然。
きっとアルマにしても、そういった想像をしたことがあるはず。
練習に熱を入れるのも大概にしておかないと、彼女らが怒り出して引きずり出されてしまいかねない。
「わかりました。もう少しばかり、休憩を多く摂るようにしますから」
「そうしてくれると助かるかな。……で、調子はどう? 目的の物は完成しそうなの?」
「まだかかりそうです。ちょっとばかり難航している箇所があって、そこさえ乗り越えられれば……」
席について、あちらの世界の流儀であるという両手を合わせたサクラさんは、フォークを伸ばし料理を食べ始める。
彼女はボクが休息の頻度を増やすという言葉に納得すると、進捗状況についてを尋ねてきた。
地下室を整えてから1か月ほど、最初の内こそそれなりには順調に消化していけた。
けれどお師匠様からもらった手帳は、そう易々とは攻略を許してくれなかったようだ。
仕上げとなる一行程、組み合わせた成分を上手く液体の中に溶かし込むことが出来れば、目的の代物は完成するのだけれど……。
この部分がなかなかに難しく、ここ数日ずっと停滞している原因となっていた。
「余程難しい課題にぶち当たってるみたいね」
「手帳の最後にあったレシピですよ。これまでとは比べ物にならない程に難しい」
「ああ、例の糊付けされてたっていう」
「明らかにわざとですって。しかも『気が向けば作ってみるといい。作れるものならな』なんて、挑発的な言葉も添えて」
地下へこもり製薬にかかってしばし。ある日ボクは眺めていた手帳の終わりの方へ、ふと妙な部分があるのに気づく。
最後のページに隠されるように存在したそれは、糊が剥がれかけており、慎重に開いた結果現れたのが謎のレシピ。
ボクがここ最近ずっと地下で熱心にやっているのは、こいつが最大の要因であると言ってもいい。
それにしても貰った時に隅々まで読んだと思っていたけれど、まさかこんな物が隠されているとは。
きっと何度も何度も読みこんで、糊が弱まったころに見つかるよう、お師匠様が狙ってやったに違いない。
しかもボクが反骨心を抱くよう、若干厭味ったらしい言葉まで書き込んであったのだ。
「結局それって、なんの薬なのよ」
「実はまだわからないんです。見た感じだと、かなり強力な効果はありそうなんですが……」
お師匠様の手帳に書かれていたその薬については、碌に説明らしい説明がなかった。
名前も"ディータ謹製薬50番"とだけ。お師匠様の名と、簡潔な番号のみが振られたその薬品がどういった効果を持つのかまるでわからない。
材料からすると、おそらく物理的な攻撃性を持つような代物ではないはず。
たぶん対象を錯乱させたりと、精神面に作用する類なのではないかと思うけれど……。
「まあ無理はしないことね。アヴィも言っていたけど、クルス君は意外と向こう見ずだから」
食事の手を止め、お師匠様が残した"課題"についてを思案する。
そうしていると体面に座るサクラさんが、呆れたように忠告を口にした。アヴィの感想も添えて。
アバスカル共和国で奴隷であったアヴィだが、彼女は現在この家を離れ、カルテリオの港付近に居を構えている。
一度諸々の事情を説明するため王都に向かった彼女は、それが終わった後でようやく自由の身になるも、結局はカルテリオに戻ってきた。当人曰く、知り合いも出来たし町にも慣れたからと。
どうやら古郷に帰る気はないらしく、このままシグレシア王国で暮らしていくつもりのようだ。
ボクらとしても異論はなく、彼女にはこの家へ居続けてもらっても構わないため、部屋を一つ増設しようかと考えた。
しかし結局当人は一人で暮らすことを決め、浮いた改装予算の使われた先が、件の地下室ということであった。
もっとも風呂好きであるアヴィだ、我が家の庭に建てた風呂を使うべく、2日に1度は顔を見せているのだけれど。
「了解です。さて、皿は置いといてください。ボクが片付けるので。サクラさんは確か、騎士団の詰め所に行くんですよね」
どことなく心配そうにするサクラさんに頷くと、食事を平らげたボクはフォークを置いて立ち上がる。
空となった食器を流しに置き、貯めた水で流しつつサクラさんに外出を促した。
確か彼女は騎士団から呼ばれているため、町の詰め所へ行かなくてはならない。
今の今までそのことを忘れていたらしく、ハッとし急ぎ昼食を平らげるサクラさん。
彼女は慌ただしく立ち上がると、壁にかけていた上着を羽織り、ものすごい勢いで家を飛び出していった。
そんなサクラさんを見送り、アルマと一緒に洗い物を片付ける。
次いで軽く家の中を掃除し、庭に出て洗濯物を取り込み、そこから風呂の掃除へ取り掛かる。
日がな1日ずっと地下にこもっているとは思ったけれど、なんだかんだで家事だけはしている。
その点ばかりは、自分を褒めてやってもいいのかもしれない。
ボクがそんなことを考えていると、庭の片隅からカランカランと木を打ち鳴らす音が。
見れば庭木の一角に開けられた道から、見慣れた小さな犬が入ってくるのが目に映る。
「アルマ、あそびにきたぞー」
庭木の間をガサガサと通り抜け、赤い舌を出しながらアルマの名を呼ぶのは、世にも珍しい犬の勇者であるまる助だ。
アルマと非常に仲の良い彼は、しょっちゅう我が家へ出入りするため、遂にはこうして専用の通り道まで獲得するに至った。
こちらとしても別に拒む理由がないし、小さな彼ではドアベルを鳴らすのも億劫であるという理由が主ではあるけれど。
「クルス、おまえ毎日へんなことしてるんだって?」
「変なこととは心外だね。おかげでここいら一帯の中では、かなりの腕前になれたと自負しているんだけど」
現れたまる助は、アルマとじゃれ合いながら小首をかしげる。
どうやらアルマから色々聞いているらしいけど、地下で薬品作りをしていることまでは知らないらしい。
でも確かに知らない子たちから見れば、怪しい行動に思われても不思議では。
もっともその怪しい作業のおかげで、カルテリオやその近隣都市に居るどの薬師より、腕前は上であると自負できる程にはなっていた。
最近などは近場の騎士団から依頼を受け、治療用の薬を納入するくらいには。
もちろん、お師匠様直伝の諸々があってのおかげではあるけど。
「まる助、いっしょにおフロ入ろ?」
「おいらあんまりフロは好きじゃないんだが……。まあいい、アルマにたのまれたらイヤとは言えん」
家に来てからしばし、庭でじゃれ合い続けるアルマとまる助。
ただやはり冬の空気に晒されていたためか、身体と尾を震わせるアルマは、まる助を抱き上げ庭の一角を指さした。
そこに在るのは、サクラさんが熱心に作り上げた風呂。
ただ犬の多くがそうであるように、あまり風呂が好きではないらしきまる助は、若干の躊躇を露わとする。
けれど仲の良いアルマたっての希望であるためか、不承不承頷くのであった。
ボクはそんな二人を微笑ましく思いながら、風呂の準備を手伝うため火を熾した。
まる助とアルマが運んだ水を沸かし、小屋の中から湯気が立ち上っていく。
ただそれを眺めていると、なんとなく頭に引っかかるものを感じる。
炎、水、蒸気。……天井を伝い滴る水滴。
「どうしたのクルス?」
「ちょっと、思いついたことが……」
既に小屋の中に入り、風呂に入る準備万端なアルマが窓から顔を出す。
お師匠様の手帳にあった最後の課題。それには薬品作りに必要な、材料や分量が記されていた。
けれどその反面、手順などはなかなかに大雑把なものであり、特定の成分を指し"合わせろ"としか書かれていなかったりするのだ。
合わせるにも色々な手段があるだけに、いったいどうすればいいものやら。
ただその手段の中に、試していないものがあるのを思い出す。
「……そうか、どうしてこんなことに気付かなかったんだろう!」
成分が大きく変質せぬようゆっくりと過熱し、濃縮した後に気化させればあるいは。
思いついたその手段に、つい無意識のうちに立ち上がり足が家の方を向く。
「アルマ、まる助、ありがとう!」
打開の切っ掛けをくれた二人に礼を告げ駆けだす。
とはいえこの幼い二人に火を任せてはおけず、一旦引き返して竈に向かうと急ぎ火を消してから、家の中に駆け込むのであった。




