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異界の扉 06


 拾い、投げつけ、呑み込まれる。

 短剣を放り込んだ次に現れる個体は短剣を、転がっていた皿を放った次には同じ意匠の皿を、新たに現れた黒の聖杯は取り込んでいく。

 十数分もの時間それを繰り返した結果確信を持ったのは、この現象が絶対に発生するというものであった。



「まったく、とんでもないわね。まさか一点物まで複製するだなんて」



 サクラさんは砕かれ消えていく黒の聖杯を見て、呆れたように吐き出す。


 融合した物体ではあるけれど、それは黒の聖杯との融合によってか、ヤツを破壊するなりすぐ掻き消えてしまう。

 彼女が複製と言ったのはこのためだ。よく似ている、酷似してはいるけれど、消えてしまった以上それは黒の聖杯の一部であって本物ではないということ。

 とはいえ複製であったとすれば、これはこれで妙な現象だ。



「君はこの現象、どう考えるかね?」



 さてではどうするかと、思案をする。

 そんなボクへと、サクラさんに攻撃を任せたタツマが数歩下がって問う。



「奇怪と言うほかないですね。けれど……」


「けれど?」


「こいつが逆に、打開の切っ掛けになるかもしれません」



 いったいどのような作用で、こんなことになっているのかは不明。

 ただこれはむしろ、今の延々と作業的な戦いを終わらせるための一助となってくれるかも。

 例えばもし仮に、あちらで黒の聖杯と融合を果たすよりも先に、破壊的な衝撃に晒されたらどうなるのか。


 そんなボクの言葉を聞き、思考を読んでくれたのだろうか。

 小さく後ろに下がってタツマと入れ替わったサクラさんは、良案を思いついたとばかりに問うた。



「クルス君、君が持つ薬品の中で最も攻撃的な物は?」


「いくつかありますけど、炸裂物と酸性の薬品を組み合わせたのが一番……」


「ならそいつを頂戴。試しにブチ込んでみる」



 薬師であるお師匠様から、ボクはいくつかの薬品製造法を教授され、以後はもらった手帳を頼りに色々と試みていた。

 その手帳に書かれている諸々の調合目録(レシピ)の中には、少々と言わずかなり危険な物も含まれている。

 木の実を乾燥させることで破裂する、主に牽制や威嚇に使う物。それと強酸性の薬品を一緒にした物の組み合わせが、最も危険と言えそうだ。


 きっと彼女はボクと同じことを考えたに違いない。

 そいつを亀裂の中に放り込み、あちら側で作用することによって、何かしら事態を打開できるのではないかと。

 ブチ込むという表現が妙に物騒ではあるけれど、そこはあえて気にしないことにし鞄の中を探る。



「気を付けてください、破裂までに少しだけ間がありますけれど、そう長い時間ではありません」


「大丈夫、何度も君が使うのを見てきたもの」



 木の実の方はそれほどでもないが、酸の方は勇者であっても触れればただでは済まない。

 そこで一応念を押すと、サクラさんは軽く片目を閉じて、受け取ったそれを合わせ始めた。


 液体で満たされた小瓶と、乾燥した小さな木の実。

 濡れることで炸裂する作用を持つ木の実を、瓶の中に入れると数秒待つ。その間に現れかけた黒の聖杯をタツマが破壊し、亀裂が閉じ始めたところへと投げ込む。

 無音で閉じていく、あちらの世界と繋がる扉。


 1、2、3……。頭の中で数を数えていく。

 おそらく今ごろは木の実が破裂し、小瓶に満たされた強酸がまき散らされている頃。

 さっきまではすぐさま新しい亀裂が空中に発生し、次の聖杯が姿を現していた。だが今回はまだ何も起きてはいない。

 いったい向こうで何が起きているのかはわからない。たださっきとは違う状況になりつつあるのは確かなようだ。



「もしかして、これで終わりでしょうか?」


「まだどちらとも言えない、どのみちヤツに何かしら反応がないと。……っと、現れた」



 しばし待つも、なかなか現れぬのに焦れる。

 ただそれを口にした途端、再び空間に亀裂が生じ、サクラさんは盾となるようにボクの前へと立った。


 弓を構え戦闘態勢となるサクラさん。

 ……なのだけれど、彼女は突如悲鳴に近い声で叫ぶ。



「ウソ、冗談!?」



 サクラさんの背中越しに見えた光景に、ボクもまた絶句する。

 なにせ空間の裂け目から現れた黒の聖杯は、先ほど投げ入れた小瓶が融合していたからだ。

 瓶の中には液体、そして全体にヒビが入った木の実。……つまり破裂する前の状態で。



「サクラさん、逃げ――」



 そいつが何かを察するなり、ボクはサクラさんの腕を引き逃げようとする。

 あれが本物と同じように、破裂し酸を撒き散らすかどうかはわからないが、もしそういった部分まで本物と同じだとすれば一大事。

 破裂の仕方にもよるが、下手をすればこの部屋の半分くらいに酸がまき散らされてしまうかも。


 ただ急ぎ逃走を試みるも、どうやら間に合わなかったらしい。

 瓶の中で浮かぶ木の実に入った亀裂が限界まで広がり、炸裂の兆候となる音すら発し始める。


 もう遅い。その言葉が頭を満たし、無意識に顔を逸らし瞼を閉じる。

 同時に頭の上から身体を覆う感触が生じ、固い地面に伏せる。耳には炸裂とガラスの割れる音、それにガタンというよくわからない重い音が響いてきた。



 しばし床に伏せ続け身体を覆われる感覚に身を任せるも、待てど暮らせどなにもない。身体を襲う痛みも、悲鳴も、一切だ。

 ゆっくりと目を開けてみると、見えたのは床としなやかな腕。

 これは……、サクラさんの腕だ。どうやらボクを守るべく、覆いかぶさってきたらしい。


 ただ見上げると彼女もまた怪訝そうな目をしていた。酸を浴び苦しんでいるようなそれではなく。

 ではいったい何がと思っていると、小さなため息とともに呟かれる声が。



「このような危険物を扱うのであれば、前もって身を守る手段くらい用意するべきだ」



 聞こえたのはタツマの声。

 見ればさっき黒の聖杯が現れた場所との間で、大きな木の板に背を預け腰を下ろしていた。

 あれは……、たぶん部屋の隅にあったテーブルか。

 どうやらタツマがテーブルを強引に引っ張り、盾とするべく置いてくれたおかげで助かったらしい。



「そうみたいね、お説教に関しては返す言葉もない」


「す、すみません。助かりました……」



 きっと彼がこの判断をしてくれなければ、ボクらは揃って酸にやられていたかも。

 自分の使った道具にやられるという間抜けをせずに済んだのはタツマのおかげであり、揃って彼に礼を口にする。


 それにしても大きなテーブルとはいえ、何十人もが使うような代物ではなく、精々3人を守るので精一杯な大きさ。

 なのでこの部屋に他の騎士たちが入っていなかったのが幸いかもしれない。



「で、ヤツはどうなったの」


「そ、そうでした。えっと……」



 とはいえタツマのおかげで得た無事を噛みしめている場合ではない。

 ボクはタツマの側に寄ると、ソッとテーブルの陰から向こうを覗き込む。


 すると意外なことに、ヤツはまだそこに在った。

 たださっきと違うのは、サラサラと砂が流れていくように霧散していき、空間に生じた裂け目ごとゆっくり消えていきつつあるという点。

 ヤツは徐々にその姿を薄れさせ、遂には空間の裂け目ごと消滅。

 しばし警戒しながらテーブルの陰で窺うも、その後2度とヤツが現れる気配はなかった。



「本当にこれで終わり……?」


「拍子抜けだ。これだけの魔物を召喚したにしては」



 サクラさんとタツマはあまりに呆気ない終わり方に、怪訝そうな反応を示す。

 確かに彼女らの言う通りだ。強力な魔物を生み出し、多くの破壊をまき散らしていく黒の聖杯だけに、終わり方がアッサリしすぎているのではと。


 けれど実際、黒の聖杯は目の前で消滅した。

 嫌な気配も、空気の変化も、なによりその姿がまるで現れない。

 さっきまでと異なり、器そのものだけが消滅したのではなく、空間の裂け目ごと崩れ去っている。



「とりあえず撤収しましょう。確かに妙だけれど、この様子だともう片が付いただろうから」


「賛成だ。今頃騎士たちも体勢を立て直しているはず、一旦近場の町まで移動するとしよう」



 まだどことなく気が抜けてしまっているボク。

 一方でサクラさんとタツマは切り替え、この野盗たちが根城としていた廃城からの撤収を告げた。


 先に部屋を出ていった彼女らが居なくなり、静かになった部屋を見渡す。

 秋の日差しが差し込んでくる部屋の中は、まるで何事もなかったかのよう。

 痕跡と言えば壊れた武器と、酸を受け腐食しつつあるテーブルや床。それに大量に舞ったホコリくらいなものだろうか。

 ついさっきまで大量の魔物が暴れ、命のやり取りをしていたとは思えない。


 見れば床のある部分から、色が違っているのがわかる。

 線を引いたようにある部分から腐食した箇所と、普通に老朽化し傷んだ石材の床。

 おそらくこれはさっきのヤツが、半分こちらの世界に出ている状態で炸裂したため。そのため半分はこちらに、そしてもう半分は向こうの世界を溶かしてくれたのかも。

 結果黒の聖杯の本体だか発生原因だかが傷を負い、召喚が止まったのではないか。もし仮にそうだとすれば……。



「向こうの世界に、こっちからも干渉ができる……?」



 これまでは延々向けられるばかりであった、異界からの暴力の矛先。

 でももしこれが本当だとすれば、上手くすれば反撃すらできるのでは。

 とはいえ今の時点では、それが可能であるかは疑わしい。ボクは自身の鞄に手を突っ込み、奥に仕舞い込んだお師匠様の手帳に触れるのだった。


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