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特別 06


 唸りをあげ空気を裂く矢は、刎ね飛ばさんばかりの衝撃で魔物の頭を貫く。

 一撃のもとに仕留められた魔物が地面へ倒れ、幾度かの痙攣を経て骸となったところで接近。

 その死骸から証明となる部位を採取し、すぐさま次へと向かう。


 この場合の採取する部位とは、普段回収している売却可能な素材のことではない。

 あくまでも倒したという証明にするための、持ち運びに苦労しない小さなものだ。



「次、右斜め後方に2体です」


「了解。こっちはすぐに片付けるから、牽制入れて引き付けておいて!」



 最近ではボクも荷物持ちばかりではなく、索敵その他も担うようにはなってきた。

 いつもはサクラさんが背を向けている間に後方を警戒し、近づこうとする魔物の足を止める。

 ただ今回はその逆。1体でもより多くの魔物を狩るため、こちらに注意をひきつける必要があった。


 危険であるとわかりつつも、ボクは腰へ下げた袋に入れた小石を取り出し、魔物の側へと投げつける。

 飛ぶ途中で勢いを落としていくそれも、すぐ近くで落ちれば注意を引けるようで、魔物はボクを捉え一目散に向かってきた。



「来ます!」


「下がっていいよ、回収をお願い」



 ブレードマンティスが持つ、昆虫特有な感情を感じられない眼がギョロリと向けられ、背へ悪寒が奔る。

 あんなのに接近されでもしたら、ボクなど尾の一撃で仕留められてしまう。

 しかし丁度対峙していた魔物を処理し終えたサクラさんは、ボクと身体を入れ替えるように前へ出て、新たに番えた矢を迷わず放った。


 その間にボクは、倒した魔物から証明となる部位を回収をしていく。

 普段であれば、こんな忙しないやり方はしない。

 でも今回はあくまでも勇者たち相手の勝負。時間内で効率的に多くを狩ることで、勝利を奪い取らねばならなかった。




「ふぅ……。これで少しは引き離せたかな」


「今の時点で22体ってところですね。順調だと思います」


「そりゃあ珍しく頑張ってるもの。向こうの様子はどうかしら?」



 ある程度の数を狩ったところで、サクラさんは水筒の中身を煽り一息つく。

 彼女が魔物を倒している間にボクが索敵し引き付ける。そういった流れが上手く機能し、間断なく続いている。

 重い素材を持たずに済んでいることもあって、これまでで最大の成果だ。


 あとは向こうの様子が気になるところだけど、遠くに見える勇者の片割れ、中肉中背で前髪が長い方の様子を窺うと、あまり芳しくない様子が知れる。

 師事するゲンゾーさんを真似してだろうか、彼はかなり大きな戦斧を用い戦っていた。

 しかしどうにも扱う武器が身体に合っていないのか、それとも適性の問題だろうか。取り回しに随分と悪戦苦闘しているようだ。

 同じく自身の身長程もある大槌を持っていたミツキさんの方が、もっと上手く扱えていた。



「酷い有り様ね。完全に武器に振り回されてるじゃない」


「ゲンゾーさんが大丈夫だと言ってた理由がわかります。あの様子だと、それぞれ片手で数えるだけしか狩れていないでしょうし」



 遠目に眺める中、ボクらは正直な感想を口にしていく。

 まだ軽くしか見ていないけれど、おそらくもう一方も実力的にはそう変わらない。

 あれなら二人で共闘しながらの方が、まだ良い勝負になるだろうとは思うも、それをしようとする気配はない。

 となれば例え2対1であっても、サクラさんの勝利は揺るがないはずだ。



「あんなに大きな得物じゃなくて、小剣あたりを選んだ方がいいと思うけど」


「もう半ば意地なのでは? 王都からここまで追いかけてきたんです、色々と後に引けないのかもしれません」



 サクラさんの言うように、彼は巨大な戦斧よりは短い剣を使う方がしっくりとくる。

 そういえばもう一人も、同じように戦斧を持っていた。

 あちらは大柄な体躯もあってか、ある程度外見の印象からは違和感はない。適性は見てもいないので何とも言えないがけれど。



「あまり気にしても仕方がないわね。私たちも再開しましょ」


「そうですね、今のうちに少しでも引き離して……」



 これ以上眺めていても、向こうの神経を逆撫でするだけかもしれない。

 なのでボクらも次の魔物を探そうと周囲を見回すのだが、不意に短い間隔で振動するような、低い音が聞こえてきた。


 その音には聞き覚えがあり、ハッとして空を見上げる。

 見上げた先の遠くには、人の大きさ近くもある大きなトンボ型の魔物が飛んでいた。


 港町カルテリオに来てから1ヶ月、虫系統の魔物が多いここいら一帯でも、遭遇したのは数える程度といった珍しい種。

 体内で生成された毒性ある針を放ち、上空から獲物を仕留めた後でゆっくり捕食するという、獰猛な肉食性の魔物だ。

 ニードルフライと呼ばれるその魔物は、2匹揃って先ほどの戦斧を振り回す勇者の方向へ向かっている。



「マズイわね……、あの武器を持ったままじゃ避けきれないかも」



 真っ直ぐに飛んでいくニードルフライの姿に、サクラさんからは動揺が漏れる。


 あの魔物への対処法そのものは簡単だ。

 体内で生成されていくとはいえ、放てる針の数には限りがある。それらを全て避けきってしまえばいい。

 避けることもそこまで難しくはないものの、何せ彼が持つのはあの大きな戦斧。

 あれを抱えた状態では碌に回避も出来ないため、まずは武器を手放し、回避に専念するというのが無難な行動だった。


 彼がそれを知っているのであれば、こちらとしては放っておいてもいいくらいだ。

 しかし音で異常を察し魔物の姿を視認した彼は、あろうことか戦斧を構えるという行動に出てしまう。

 それが知識を持たないが故にか、それとも自身の矜持によるものか。どちらにせよ非常に危険だった。



「加勢するよ!」



 サクラさんは矢筒から矢を取り出し、魔物と対峙する勇者に向けて駆け出す。

 勝負の最中ではある。でもこのままでは彼の命そのものが危ないと判断したようだ。


 ただここからでは少々遠く、これだけの距離があってはスキル以前に矢が届かない。

 いまだ名も知らぬ勇者の片割れは、魔物を牽制しようとしているのか、空に向けて戦斧を振り回す。

 しかし流石に届く距離ではなく、2匹の魔物は悠々と、嘲るかのように上空へと対空するばかり。

 全力で斧を投げれば一応は届くはず。でもそれを黙って受けてくれるほど魔物も寛容ではないのは、彼自身も判ってはいるように見える。



「武器を捨てなさい! そうすれば避けられるから」


「ふざけるな! 先生と同じ武器、そう簡単に……」



 走るサクラさんが警告を飛ばすも、早々にそれは振り払われる。

 やはりゲンゾーさんの真似をし、扱い切れぬ武器を選んだようだ。

 あまりに重く振り回されてしまうそれを、手放してなるものかと握り締める。


 ただそんな意地など魔物には関係なく、ニードルフライの尾から勢いよく鋭い針が放たれる。

 そいつは彼の足元へと突き刺さったのだが、どうやら偶然にも振り回した戦斧の何処かへと当たり、軌道が逸れたようだ。

 運よく致命傷は避けられるも、彼はそれを見て後ずさる。

 持つ武器との相性も含めて、自分にはかなり分の悪い相手であると、ようやく悟ったらしい。



 一足飛びに駆けたサクラさんは射程距離内へと接近すると、すぐさま矢を番え躊躇なく放つ。

 空へ向かって緩い放物線を描き、空気を切り裂き進む矢は、魔物の羽の付け根へと深々と突き刺さる。


 一瞬、彼は急に落下した魔物に唖然としていたのだが、すぐさま突き刺さった矢を見て自身が助けられたのだと自覚したのだろう。

 こちらへと視線を向け、震えながらも口を開く。



「……よ、余計な事すんな!」


「そういう御託は、自分自身のお守りができるようになって言いなさい!」



 向けられる不満の声を一蹴し、サクラさんは次の矢を番う。

 迫るニードルフライはまだ居り、脅威は去っていない。

 ただ残った魔物の方は、脅威となるのがサクラさんであると判断したようだ。高く滞空したまま身体をこちらへと向け、すかさず針を撃ち出した。


 勢いよく迫る針に臆することなく、矢を番えたまま冷静に一歩だけ横へと移動し回避するサクラさん。

 反撃として射た矢は魔物の胴体を斜めに貫き、力を失って落下していく。

 弓を使うサクラさんとの相性もあるけど、冷静に対処できればさして強力な魔物でもない。



「君は不本意かもしれないけど、倒したのはこっちだからもらっていくよ」



 息絶えた魔物の死骸へと近寄り、勇者の男へと一言告げると、サクラさんは適当に足先の内一本を短剣で切り落として袋に仕舞う。

 その間彼は一言も発せず、ただ視線を泳がせるのみだ。

 あのままでは自分自身が危なかったと自覚はしているが、余計な事をするなと言った手前、助けられた事への気まずさがあるに違いない。



「私たちはもう行くけど、あまり無理をしない方がいいわよ。もう一人の彼と協力して狩るのがお奨めね、安全と確実性のためにも」



 それだけ告げ、サクラさんは彼の前から去ろうとするのだが、背後から「待ってくれ」と声がかかり振り返る。

 咄嗟に呼び止めてしまったのだろう、彼は次に継ぐ言葉に些か迷っているようだった。



「なに?」


「あ、いや……、その」



 呼び止めたはいいが、言いたい内容を上手く言葉に表せないようで、口を開きかけては止めるという行動を繰り返していく。

 その様子からして言いたい事はおおよそ見当が付くけど、ここまで敵意を表に出していたが故に言い辛い。正直気持ちとしては解らなくはない。


 しかし自分で対処ができず、結果として助けられたのだ。

 ボクには必要ないけれど、サクラさんには一言あってもよいはず。



「借りは、必ず返す!」



 ようやく絞り出された言葉は、あまり素直とは言えないものだった。

 助けられた事への不本意さがありありと滲み出ているその表情は、屈辱と表してもいいのだろうか、苦汁に塗れているように見えなくはない。

 そんな彼の様子に気付いているのか否か。

 おそらく気付いてはいるだろうけど、サクラさんはその言葉を突き返すように言い放つ。



「……別にいいわよ、面倒臭い」


「なっ!?」



 サクラさんから返された言葉に、勇者の青年は絶句する。

 まぁそうなるだろう。気力を振り絞ってようやく口にした言葉を、面倒の一言で切って捨てられたのだから。


 彼はあんまりなその返答に、口をパクパクとさせるもその先の言葉は出てこない。

 そうしているうちに、突き放した言葉に対して自らフォローを入れるかのように、サクラさんはもう一つだけ忠告をする。



「借りを返すのもいいけど、その前に武器を変えなさい。君には合ってないから」



 その言葉を聞き、グッと歯を食いしばり少しだけ下を向く。

 悔しさもあるのだろうが、自分自身でも適性を自覚しているような様子だった。


 サクラさんはそれだけ言うと、再び背を向けて次の魔物を探すために歩き始める。

 ボクは一瞬遅れてその後をついていくのだが、その時になってようやく、背後から小さく「すまない」という声が聞こえてきた。


 小さな謝罪の声を聞き、追いついて隣に並んだサクラさんを横目で見上げる。

 きっと気のせいではないはず。ほんの少しだけ、彼女の口元が綻んでいるように見えたのは。


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