異界の扉 04
徐々に冷たくなっていく肌をなでる風。次第に赤茶けていく大地の色。
変わりつつある季節感と風景を目と肌に焼き付けつつ、ボクらはカルテリオから数日を要し、目的地である野盗の拠点付近まで辿り着こうとしていた。
ここまで乗ってきた馬車から降り、今はゴツゴツとした岩場の陰に隠れて進む騎士たち。
けれど道中で野盗の襲撃に遭うまでは30人ほど居た騎士たちも、今は数を減らし20名少々といったところ。
野盗より装備や練度で遥かに勝る騎士たちではあったけれど、流石に数の不利は抗いようがなく、どうしても多少の負傷者を出してしまったためだ。
「1班は南側に回れ。私も同行する」
「それじゃ残りはこっちが面倒を見るわね」
「頼んだ。推測では南側へ若干多くの戦力を割り振っているはず。我々が先に仕掛ける、君たちはその背後を突いてもらいたい」
岩場の陰から覗く先。小高い山の合間に見えるそこを指さし、タツマとサクラさんは簡単な打ち合わせをしていく。
目の前に見えるのはカルテリオで協会支部を襲撃し、街道上で騎士団を待ち伏せていた野盗集団の根城。
何日もを要してたどり着いたそこは、大昔に地方領の領主が使っていたものの、現在は打ち捨てられた廃城であった。
こういった野盗などに利用されぬよう、廃城とはいえ基本的には数人の騎士が常駐している。
けれどその騎士たちはやられてしまったようで、タツマ曰く人質は居ないだろうから、安心して戦っていいとのことだ。
「おそらく待ち伏せをしてきた以上の戦力を備えているはず。首領も相当な実力者だ、心してかかってくれ」
「了解。戦闘の指揮そのものは隊長さんに任せるし、精々生き残って見せましょうか」
「では行くとしよう。健闘を祈る」
彼女らは意を決すると、各々騎士たちを連れて移動を開始する。
ボクは当然サクラさんの後ろに続き、騎士たちに交じって廃城の裏手である、北側へ向け岩山を迂回していった。
抜き身の剣を手にした騎士たちは、悪い足場を進みながらも警戒を怠らない。
サクラさんもまた弓を握りしめたまま、視線を四方へ散らしながら、先頭を軽快に歩いて敵が居ないことを確認すると、ボクらを手招きする。
しばし進み廃城の北側へ移動、外壁の一角に在る裏口の前へ。
そこで見えたのはボロボロの大扉。一見して崩れる寸前なほどに朽ちている、けれど取っ手や蝶番などを見てみれば、手入れをしている痕跡が。
ボクは近寄って慎重に触れ、鍵穴へ金属製の棒を差し込んで探ると、足音を抑えゆっくりと戻る。
「……まだ居るみたいですね。ちゃんと施錠してあります」
「そいつは何より。でも思ったより扉が小さいわね、少しずつ入っていかないと」
どうやら連中は逃げ出すことなく、まだこの廃城に潜んでいるようだ。
きっとこの廃城内部では、野盗たちが手ぐすね引いて待ち構えているに違いない。それも襲撃を仕掛けてきた時以上の戦力をもって。
身振り手振りで指示を出し、騎士たちは突入する組と外の見張りを行う組に分かれる。
その突入をする方、つまりサクラさんとボク、それに10人ほどの騎士たちは少しずつ扉をくぐっていった。
裏口とはいえ城の扉にしては小さいそこを通ると、真っ暗な通路に。
ただそこを進みながら探るも、まるで人の一切が存在しないかのように、気配らしきものが感じられなかった。
「おかしいわね。あまりに静かすぎる」
「もしかして、野盗のほとんどが正門側に待機しているなんてことは……」
「さすがにそれは無いでしょ。騎士団を相手に、真正面からぶつかるなんてしないわよ。特に野盗なんてしてるような輩は」
明かり一つない廃城の通路。そこに響くのはボクらの僅かな足音と、時折滴る水滴くらいのもの。
城とはいえそこまで大きくはない建物で、おそらく数十人は居るであろう野盗が、正面だけに配されるものだろうか。
大抵は警戒のため裏口にも人を配するはずで、それをしないとすれば連中がよほどの間抜けであるが、あるいは何か罠が仕掛けてあるか。
……普通に考えると後者だ。
「どうします、一旦引いて様子を見たりは……」
「そうはいかないって。そろそろ正門へ突入がする頃、裏手からも援護をしないと」
これが罠であり、非常に危険な待ち伏せをされていると考えるのが普通。
けれどサクラさんの言うように、ここで引くことはできない。正面で突入の準備をしている、タツマたちを支援しなくてはいけないのだから。
ただとても、猛烈に嫌な予感がする。
それはサクラさんも、そして後ろに続いてくる騎士たちも同様であったらしい。
底知れぬ暗さを持つ通路の先を凝視し、頬へ冷や汗を流していた。
このまま先に進んで、本当に大丈夫なのだろうか。
そんな不安感を全員が抱いているのではと思っていると、おそらく廃城の中央付近、大広間と思われる方向からけたたましい音が。
「突入が始まったみたい。私たちも行くわよ!」
バタバタと床を踏み、騎士たちの纏う金属鎧が鳴る。
その音にハッとし、ボクらは急ぎ暗い通路を駆け抜けた。
サクラさんを先頭にいくつかの部屋を抜け、見えた大扉をそのまま開け放つ。
そうして大広間へとなだれ込み武器を構えるのだが、石床の所々へ転がされた松明が照らす明かりは、想像していたものと異なる光景を映し出していた。
「なんですか、これは……」
ボクは辿り着いた部屋で、騎士団と野盗集団による大乱戦が行われていると想像していた。
けれど実際目にした光景を前に、つい無意識に率直な言葉が口をついてしまう。
そこに居たのはタツマによって率いられた、騎士団の面々。
彼らは全員が武器を手にしており、中には負傷したのか地面に蹲る者や、おそらく既に命を落とし横たわっている者までいた。
そこまではわかる、どうしたって負傷者や死者が出る可能性は捨てきれないのだから。
けれどこの空間において不可解なのは、本来ここに居るはずな野盗の姿がまるでないということ。
代わりに居るのは、ホールの隅で壁に背を預けて座り、不敵な笑いを浮かべる黒髪の男。
そしてホールを埋め尽くすほどな、無数の黒い影。……魔物だ。
「下がりなさい! 密集して防御を!」
その光景を目にしたサクラさんは、自身の後方から続く騎士たちへと指示を出す。
騎士を指揮する隊長は、彼女の言葉へすかさず反応し、入ってきた扉を護るように陣形を整える。
一方のサクラさんは、既に戦闘を繰り広げている突入組のもとへ。
矢を射て一直線に活路を開くと、群がる魔物へとガントレットを振るタツマに駆け寄った。
「調子はどう?」
「なかなかに最悪な状況だ。我々も入った途端にこの歓待ぶりでな、かつてない程に難儀している」
「にしても、なんでこんな場所に魔物が。それもこんな大量に!」
「わからん。だがその答えは、ヤツが知っているに違いない」
隣の部屋から次々と沸いてくる魔物。
大弓を振り回してそいつらを殴り倒してくサクラさんと、ガントレットで正確に頭部を捉え潰していくタツマ。
彼女らは背を預け合い、騎士たちを救いながら状況を口にし合う。
そうしてタツマが背後に向け親指でさした方に、サクラさんはキッと鋭い視線を向けた。
そこには壁に背を預けて座り、さっきと同じ表情でニヤつく黒髪の男が。
ヤツが野盗の首領である元勇者であるのに疑いはない。加えて魔物で溢れるロビー内で、ヤツだけは魔物に襲われず平然としていた。
「間違いなくそうね。ここは任せていいかしら」
「賜った。おそらく実力は君の方が上だ、出来れば捕らえてもらえるとありがたい」
「善処する。クルス君、道を開いて頂戴!」
どういう理屈かはわからないが、野盗の首領こそがこの状況を操っているのは間違いなさそうだ。
そこでヤツをどうにかすることを優先したサクラさんは、壁のところに居る元勇者へ駆けだそうとする。
ボクは咄嗟に鞄の中へ手を突っ込み、手探りで取り出した小瓶を握ると新路上の魔物の群れへ投げつけた。
小瓶がその中に居る一匹にぶつかって割れると、大きな音や光と共に炸裂し、魔物たちの攻撃的な勢いを削ぐ。
特定の樹脂や果実、硫黄などを組み合わせて作ったこいつには、魔物を傷つけるだけの殺傷能力はない。
けれど魔物を驚かせるだけの効果はあり、サクラさんが強引に突破をする一助とはなってくれた。
同じ体格の女性が振り回すには遥かに重く巨大な弓で、次々と魔物をなぎ倒していくサクラさん。
彼女は瞬く間に壁際の勇者に辿り着くと、腰を下ろす元勇者に向け振り上げた拳を突きつけようとした。
けれどどういうことだろう。彼女は拳を上げた状態で一瞬固まると、すぐさま飛び退る。
そして再び魔物の群れに飛び込んで数匹を殴り倒すと、今度は騎士たちと共に扉前で戦うボクのもとへ。
「ど、どうしたんですか?」
「残念。もう死んでた、笑ったままでね」
困惑の表情を浮かべるサクラさんが告げたのは、なんとも意外性に満ちたものであった。
どうやらヤツは自ら命を絶ったらしく、手には血の付いた短剣を、そして首元には鋭い刃物の傷があったと。
おまけにさっきは魔物の陰になって見えなかったが、足首から下が食われ消えていたようだ。
そしてヤツの足元や周辺には、無数の肉片が散らばっていた。おそらく魔物によって食われた野盗たちの残骸。
なのでタツマたちが突入してきたのは、丁度ヤツが食われようとしていた時であったのだろう。
「参りました。これで色々なことがわからなくなってしまう」
「でも新たにわかることがあるかもよ。例えば、あの部屋の向こうにあるものとか」
ここに来た目的、野盗の討伐と元勇者の捕縛などは叶わなくなってしまった。
ヤツがボクを狙った理由は、国内有数の勇者であるサクラさんを従え、戦力とするべく目論んでいたため。
けれど詳しい部分や、ヤツが弱みを握っている騎士団上層部の名前などはわからなくなってしまった。
それにどうしてここに魔物が居るのかを探ろうにも、知っているであろう元勇者は既に息を引き取っている。
ただこちらに関しては、サクラさんが言うように隣の部屋に何かがあるのかもしれない。
「あの扉を突破するのは難儀しそうですよ。あそこから際限なく沸いて来ていますから」
「でもあれを突破しないと、これが延々続くハメになりそう」
無限とも思える魔物の波。その発生源は、さほど大きくもない扉を備えた隣の部屋。
そこからあふれ出てくる魔物を見て、たどり着くのがそう容易くはないと考える。
けれどそんなボクらへと、戦いながらもやり取りを聞いていたであろう、入り口側に居たタツマが叫んだ。
「では私が活路を開こう。お前たち、この場は任せたぞ!」
彼がそう叫ぶと、それに呼応して豪声を上げる騎士たち。
ロビーに溢れている存在は、魔物と呼ばれる連中の中でも、比較的そこまで強くはない部類。
けれどただの人である騎士たちが抗うには相当な難敵。であるとわかっていても、状況打開のためには踏ん張らなくてはいけない。彼らもそう考えたようだ。
サクラさんは道を開けるべくガントレットを振うタツマの背後へ。
彼を盾とし走ると、自身も大弓を振り回し魔物をなぎ倒しつつ、隣の部屋へと突っ込んでいくのであった。