表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
318/347

異界の扉 03


 数十に及ぶ騎士と、それよりさらに多い野盗の集団。

 それらが一斉に激突、繰り広げられる光景は、さながら戦争と呼ばれるもののようであった。

 とはいえこの大陸に置いて、戦争と呼ばれる状況が耐えて100年近く。ボクはおろかこの中の誰もそれを知らないのだけれど。


 衝突し、互いの武器を打ち鳴らし合う両者。

 ただ今の時代には絶えた戦争であっても、そのための訓練を続けてきた騎士たちには、一日の長があったようだ。

 人数の上では劣勢であっても、次第に組織だった動きもあって押し返していく。

 そうなる最大の要因としては練度以外にも、野盗集団にはなく騎士団側にはある戦力、つまり勇者という異質の存在によるものが大きかった。



「今のうちに起きなさい!」



 地面の石につまづき転ぶ騎士。まだ若いその青年へと、迫る野盗。

 サクラさんはその野盗へと、持つ大弓から通常の物より一回り太い矢を放つ。

 人へ対して使うにはあまりにも強力なそれは、易々と不運な野盗の胴体を穿ち、大穴を開けて地面に縫い付ける。

 サクラさんの怒声にも近い声を浴び、呆気に取られていた青年騎士は急ぎ立ち上がると、再び他の騎士たちと連携を取るため駆けだした。


 基本勇者には、直接騎士たちに命令をする権限がなく、同行している部隊長の下にある。あるいは今回の責任者であるタツマに。

 けれど今はそんなことを言っている場合ではなく、素直に指示される通りに動いていた。



「さくら嬢、野盗の全員を死なせては困る。最低でもあと5人は捕らえておきたい」



 そんなサクラさんへと、馬車から離れず戦っていたタツマは淡々と告げる。

 彼はやはり戦いへの不適正から勇者を辞めたのではなかったようで、拳にはめた武骨なガントレットを振い、ここまで幾人もの野盗を地面に沈めていた。

 とはいえ相手は選んでいたようで、彼の拳によって頭部を激しく陥没させた者も居れば、あえて軽く当身を食らっただけの者も。


 この襲撃がどういった意図で、誰による指示で行われたのか。

 おおよその見当はつくけれど、そいつを明確にするために、多少何か知っていそうなヤツを残そうとしているらしい。



「わかってる! そうね、あいつなんてどう?」


「良さそうだ。では私がやろう」



 馬車の荷台上から矢を射ていたサクラさんは、タツマの言葉に少しだけ周囲を見回す。

 すると野盗連中の中でも、比較的後方に位置していた男を指さした。


 下手をすると50人近い野盗の集団。

 その中でも一部、数人の野盗が他の連中と装備が異なるのに気づく。

 一見しただけでは変わりはないのだけれど、よくよく見れば纏った革製の軽装鎧が部分的に金属で補強されており、少しばかり上等なのだ。

 武器だって真新しい。つまりこの中にあって特別な立場であり、連中だけは何かを知っている可能性が。


 一瞥しただけで、タツマはそういったあたりを察したようだ。

 軽く跳ねて荷車の上に乗ると大きく跳躍、野盗たちを飛び越え猛烈な勢いで迫ると、ガントレットをはめた腕で野盗を殴り倒した。



「やっぱり強いわね、あの人」


「どのくらいです? あんまり実力があると、よくわからないんですが」



 ボクは鞄から取り出した小瓶を投げつけながら、感嘆の声を漏らすサクラさんに問う。

 投げつけた小瓶は野盗にぶつかって壊れ、中から舞った粉を吸い込むなり、バタバタと数人が倒れた。

 即効性の痺れ薬は風に流され、さらに数人を倒していく。



「私の2番手という評価が脅かされるくらい、かな」


「そいつはまた。よく今まで名前が世に出てこなかったものです」


「当人がそれを望まなかったせいね。……あるいは裏の仕事を主にやっていたか」



 サクラさんはボクの問いに対し、想像していたよりも遥かに高い評価を返してくる。

 王国で2番目に強い勇者とすら言われるサクラさんと同じか、あるいは彼女よりも強いのか。どちらにせよ相当な実力者であるというお墨付きだ。

 まさか名も知られていない勇者が、このような実力を持つとは。世の中は存外広い。


 その知られていなかったであろう理由を、サクラさんは呟く。

 おそらく前者の可能性は高いのだろう。元は騎士団で戦っていたようだけれど、基本的には研究者寄りの気質であるようだし。

 ただもう一つの方も妙に納得がいく。これだけの実力者、国が放っておくはずはないだろうから。



 ボクがそんなことを考えている内に、騎士団と二人の勇者たちは野盗を無力化していく。

 気づけばそのほとんどが失神、あるいは討ち取られ、街道上に転がされていった。

 ただ生き残り意識を失っていた野盗は、目を覚ます前に騎士たちの剣によって貫かれる。


 本来なら拘束しどこかの町へ連行するところ。けれど今は作戦中でそのような時間はないし、これだけの人数であれば手間も非常にかかる。

 案外人によっては目を背けたくなるだろうけど、野盗に対する扱いのほどが知れるというものだ。


 そうして生き残ったのは、さっきサクラさんとタツマが話していた数人のみ。

 騎士たちが草原へ適当に掘った穴に、野盗の死骸を埋めている間、サクラさんらは生かしておいたそいつらの尋問を。

 なんだか最近こんなことが続いてるせいで、若干精神が荒んでしまいそうにも思える。



「どうですか、なにか吐きました?」


「一応ね。こいつらは前のヤツらより簡単に喋ってくれたし」


「そいつは何よりです。大勢の騎士たちを前で、目を覆いたくなるような真似をせず済むのは助かりますし」



 後ろ手に拘束された状態で地面に転がされる、数人の野盗たち。

 そいつを一瞥するサクラさんは、既に聞きたいことは得られた旨を告げた。


 カルテリオの協会を襲撃した連中を見るに、おそらく連中は首領である元勇者をかなり恐れている。

 報復に怯えてなのだと思うけれど、拠点の情報を引き出すのにかなり難儀をしたものだ。

 ただ自分たち以外の全員、数十に及ぶ野盗たちが全員仕留められている光景というのは、その恐れを超越するものであったらしい。

 身体に痛みを与える必要すらなく、ペラペラと必要なことを喋ってくれたとのこと。



「は、話したんだ。本当に命だけは助けてくれるんだろう!?」



 そんなサクラさんの背へ、拘束された男の一人は悲痛な声を浴びせる。

 視線はチラチラと、死んだ野盗たちが埋められていく光景に向けられている。


 自身も同じ道を辿りたくはない。そういう必死な願いが口から洩れているだけ。

 ただそんな男たちの懇願は、騎士たちへ指示を出すタツマによって、早々に否定されることとなる。



「そのようなはずはないだろう。お前たちは死罪だ」


「は、話が違う! さっきは……」


「野盗の要求に従う義理はない。だが喜べ、この場で首を跳ねるか監獄で吊られるか、選ぶ権利くらいは与えてもいい」



 どうやら情報を聞き出すために、減刑だか助命だかを確約したに違いない。

 けれどタツマはその口約束を易々と放り捨て、野盗たちの命がここまでであると断言した。

 実際彼にもサクラさんにも、野盗の犯した罪を軽減させる権限なんてありはしない。

 あくまでも情報を吐き出させるための、破る前提な口約束。


 タツマの指示によって、男たちは騎士によって立ち上がらせられ、掘られた穴のところまで連れていかれる。

 そこで騎士が手にした大剣を振りかぶったところで、その光景から視線を逸らしサクラさんへ向く。



「結局連中の目的はなんでした? 大体の予想はつきますが」


「その質問に答える必要がないほどに想像通りよ。こいつらのボスは標的の元勇者、全滅させて来いって命令されたってさ」



 処刑が執行されていく野盗から、サクラさんらは目的とする内容を聞き出したようだ。

 しかし得られたのは、戦いながらでも想像が容易であったような内容そのもの。



「けれど騎士団の中に勇者が混ざってるのは知らなかったみたい。そうでもなきゃ、普通の人間だけで襲ってきたりしない」


「つまりこいつらは最初から捨て駒ですか」


「アジトから撤収するための時間稼ぎね。ただ気になるのは……」


「どうやってここを通ると知ったか……。これだけの戦力、明確にここだと知らなければ送り込めるものでは」



 やはり気になることがあるとすれば、どうして連中がこの街道上に潜んでいたのかという点。

 道中何か所かの町を経由し、戦力を集めながらの道行きであるため、カルテリオから目的地までは街道上を一直線にとはいかなかった。

 なのにどうやってこの道を通っていると知ったか。この点に関しては、聞き出そうにも連中が知らなかったため不明だ。


 そのことを思案し首を捻るボクとサクラさん。

 ただそんなボクらの横へと戻ってきたタツマが、心当たりらしきものを呟いた。



「おそらく情報の出どころは、騎士団の上層部だろう」


「どういうことです?」



 コソリと、他へ聞こえぬよう小さく呟くタツマ。

 彼は野盗がここで待ち伏せしていたのは騎士団の、しかも上層部から情報が洩れたせいだと言う。

 いったいどういう意味なのかと思うも、タツマは意味深に口ごもる。



「……騎士団の不名誉に関わるため、できれば黙っていたいのだが」


「じゃあ向こうで話しましょ。事情を知っていると分かったのに、ここでお預けなんてまっぴら御免」



 あまり言いたくはないという態度を示すタツマ。

 けれど彼はついうっかり口を滑らしたのではなく、あえてこちらが聞きたがるよう誘導し他に違いない。

 それでもあえて口ごもるのは、ここでは話せぬという意味だ。


 そこでサクラさんは、すぐ近くにあった岩場を指さす。

 タツマは騎士たちにそこで作業を続けるよう指示すると、ボクらを連れてその場所へ移動。

 誰も聞いていないのを確認すると、簡潔にさっきの続きを始めた。



「ヤツは現役の勇者であった頃、騎士団上層部と強い繋がりを築いていた。国内有数の実力者であったための役得だな」


「つまり今でもそのコネが生きている、と。野盗の親玉になったってのに?」


「と言うよりも、当時得た強みを生かしている。正確に言えば、ヤツは上層部の面々が隠したがっている、弱みを握っているということだ」



 なるほど、なんだか色々と納得できた。

 騎士団があえてタツマを派遣してきたのは、首謀者が元勇者であるため実力者が必要であったというのが一つ。

 それに加えて自分たちの弱みを握る元勇者を、騎士団上層部が疎み排除したがっているから。


 とはいうものの、大勢の騎士たちを危険にさらすような情報を渡しているのだ。

 タツマは密かに苛立ちや怒りを抱えているようで、声の端々から棘のような鋭い声色が混じっていた。



「もちろんこの一件が終わったら、脅しに屈し情報を流していた連中には、然るべき罰は与えるつもりだ」


「その言いようからすると、貴方を寄越した上層部の人よりも、さらに上からの命令で動いてるみたいね」


「そこについては黙秘させてもらおう。気が向けば後日にでも、私か源三が事情を説明する機会を設けるかもしれんぞ」



 どうやらサクラさんの予想は、なかなかに的を射ていたらしい。

 ちょっとばかり冗談めかした言葉が。もっとも口調は固いし、相変わらず上官然としているのでそうは聞こえないけれど。

 きっとこの件が片付いたら、騎士団上層部では大規模な人事刷新が行われるのかもしれない。


 そのタツマは作業を終え整列する騎士たちに、再度の出発を指示する。

 ボクとサクラさんもまた小走りとなって荷台へ飛び乗ると、少しだけ冷たいものが混じる風を受けながら、街道を東へ向かうのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ