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異界の扉 01


 閑散とした勇者支援協会カルテリオ支部のロビー。

 普段ここを使う勇者たちは、現在町の外で魔物の討伐に従事し、ここには静かな空気が建物の中に満ちていた。


 その一角で冷たい果実水を飲むボクは、身体を襲う気だるさに抗い、椅子の上で崩れかけた体勢を直す。

 あれから数日、協会襲撃のゴタゴタも落ち着き、中の掃除も済んで綺麗サッパリ。

 椅子が壊れたため少しばかり数を減らしたが、誰かさんによって破壊された木窓も新品に交換。

 拘束した賊からの尋問も一段落し、苦労して得た情報を伝書鳥に託し王都の騎士団本部へと送っていた。


 おそらくあと数日もすれば、王都から討伐隊が編成されることだろう。

 それに野盗の一味と判明したルアーナの両親も拘束、現在は騎士団の詰め所にある牢へ、黒ずくめの連中と共にぶち込まれている。

 なので諸々ある新倍ごとの多くが解決し、ボクはこうしてノンビリとした時間を過ごせているのだ。



「お疲れクルス君、立てるくらいには回復したかしら?」



 けれど諸々の手続きなどもあって、ここ数日は動き通し。

 疲労困憊となり、こうして静かな環境で体を休めているボクへと、サクラさんの声が降りかかる。

 風通しの良さから涼しいこの場所で、同じく果実水を手にする彼女は、ボクの顔を覗き込むと鼻先を指で小突いてきた。



「身体の方はともかく、気力がまだですね。……ところで、ルアーナはどうしていますか?」


「今はアルマと一緒。メイリシアが面倒を見ているから問題ない」



 手にした果実水を口に含んだ彼女へと、ボクは簡潔に答えてから少しだけ口ごもり、目下心配しているそれについてを問う。


 なにせ義理とはいえ両親が拘束されたのだ。アルマよりもなお幼い少女にとって、いかほどの衝撃であったことか。

 心配になってしまうのも当然というものだ。



「もっとも元々この件に利用するため養女にされただけで、家ではそこまで可愛がられていなかったみたいだから、そこまで酷く落ち込んではいないわね」


「なら良かった。……と言っていいものかどうか」


「微妙なところね。ただ少なくとも、懐いたり情が沸く前に素性が知れたのは救いかも」



 不憫ではあるが、サクラさんの言うように早い段階というのが救いだ。

 あとは仲の良いアルマと、子供たちの面倒を見るのに慣れたメイリシアに任せるとしよう。


 まだまだ課題は多くあれど、ひとまず直面した役割は終了。

 そこで少々物足りないものの、果実水を使って乾杯をするボクとサクラさん。

 けれどそんな気怠さと休まった気分を、コンコンという音が打ち消していくのであった。



「サクラ、クルス。お客が来ているぞ」



 音がした入口を見てみると、立っていたのはアヴィ。

 ルアーナの義理の両親を監視するという役割から解放された彼女は、日がな一日風呂に入っているか、その燃料を確保するため木こりに同行したりしていた。

 王都からの招集をされるまで気ままにしていたアヴィだけれど、どうやら町を歩いている時に、騎士に出くわし伝言を頼まれたようだった。



「お客?」


「王都に手紙を出したろう、それですぐに人を寄越してきたらしい」


「随分と早い。あと4日はかかると思っていたのに」


「わざわざ飛竜に乗ってきたみたいだぞ。わたしも降りてくるのを見た」



 協会支部の占拠に、サクラさんを狙っての人質拘束、加えて尋問の結果。

 それら諸々を報告書にしたため王都へ送ったけれど、事情を聴くために人を寄越してくるにはもっと時間がかかると思っていた。


 けれど意外なことに、騎士団は飛竜を使ってまで急ぎ人を寄越したのだという。

 騎士団が少数保有する飛竜は希少で、普段は王都や一部騎士団の拠点にのみ居る。そのうえ騎乗するには特別な技能が必要。

 そんな飛竜を使ってわざわざ来たということは、よほど重要な要件に違いない。

 ……どうやらまだ、休息の時間は訪れてくれないようだ。



 面倒な気配が色濃いとは思いつつも、ボクらはアヴィに連れられ協会から出る。

 重い足取りを引きずって騎士団の駐留施設へ移動し、地下に築かれた牢への入口前を通って裏手へ。

 するとそこにはアヴィが言っていたように飛竜が居り、騎乗してきたであろう騎士が世話をしていた。



「あの人が遣いですか。早速話を……」


「いや、用があるのは私だ」



 飛竜に水をかけ洗ってやる騎士を見るなり、小走りで近づこうとする。

 ただてっきり彼が言伝だかを持ってきたと思ったのだけれど、すぐさまそれは建物の方から発せられた声によって止められた。


 そこに立っていたのは、壮年の域に差し掛かりつつあると思われる男。

 豊かな髪はかなり白髪交じりではあるけれど、部分的に黒い色が見られる。つまり勇者だ。

 その彼は手にした書類束を大事そうに抱え、ボクとサクラさんを順に眺める。



「騎士団の人……、には見えないわね」



 サクラさんは現れた男を見て、その人が騎士ではないという感想を口にするのだけれど、ボクもその感想には同意。

 騎士団の人間であれば、大抵はもっと目に鋭いものが宿っている。

 アバスカルの兵士やコルネート王国の騎士たちも、とても似通った雰囲気を纏っていたので、こういった業界に身を置く人間の特徴なのかもしれない。


 けれど彼からは、騎士団員らしき気配がまるでない。

 どちらかといえば文官。……いや、研究者のような空気と言うべきだろうか。



「正解だ。私自身は騎士団から依頼を受けて来たに過ぎない」


「ならいったいどこのどなた? ご同郷なのはわかるけど」


「所属は王立図書館。そこで勇者に関連する資料の編纂を行っている」



 案の定彼は騎士団の人間ではなく、王城内にある図書館を管理する部署に属しているようだ。

 ボクも以前城へ滞在していた時、もの珍しさもあって通っていたけれど、彼の存在には気づかなかった。

 ただ聞く所によると、普段は図書館のさらにずっと奥へある区画に詰めているためらしい。



「こっちの世界に来ても、勇者にならない人も居るとは聞いた事があるけど……」


「君たちのように、外で活動する人間には接点がないかもしれんが、私のような者はそう珍しくもない。現に召喚された日本人の1割ほどは、戦いとは無関係な生活を送っている」



 そんな男を見て、サクラさんは少しばかり珍しそうに声を漏らす。

 ただ彼が言うように、あちらの世界から召喚された人間であったとしても、勇者として戦いに身を置かない人というのも一定数存在する。

 身体能力に恵まれた異界の人であっても、戦闘を行うための資質を持たない人もいるためだ。


 血に対する免疫のなさや、生来の温厚な気質などによって、武器を握るのすら困難な人は決して少なくはない。

 そのような人が無理をして武器を握り続けても、碌な結果にはならないもので、命があるうちに武器を置き普通の暮らしを送る人は多かった。

 代わりに持つ知識や技能を生かし、商人や職人になる元勇者も多く、彼もまたその類であるようだ。



「それで、どうして騎士ではなく貴方が?」


「今回の野盗集団については、私が最も詳しいようなのでな。騎士団長からのご指名だ」



 ただそんな王立図書館の人間である彼が、こうして遣いとして来た理由はよくわからない。

 そこを問うてみたサクラさんに、彼は面倒そうな素振りで嘆息し、自身が最も適任であろうことを告げた。

 ボクはその言葉と、ついさっき言っていた言葉から一つの推測を導く。



「勇者関連の資料を扱ってると言っていましたよね。ということは、野盗の親玉は勇者だということですか?」


「その通り。現在野盗集団を率いているのは、かつて王国内でも10指に入る勇者と呼ばれていた男だ」


「やはりそうですか……。では貴方は、その人物についての情報を伝えるために?」


「源三は現役の勇者を面倒見ているが、私は一線を退いたり勇者としての活動をしていない者が担当だ。その関係であの男もよく知っている」



 なるほどそういうことか。

 シグレシア王国最強の勇者であるゲンゾーさんは、現役の勇者たちを監督し助言をする立場でもある。

 対してこの人物は王立図書館の職員でありつつ、勇者ではない異世界人の世話も担っているようだ。

 故に彼は野盗の首領であるという輩についても、一定の情報を持っているらしい。


 一応彼へ野盗の首領に関して聞いてみれば、その名はボクにも覚えがあるものであった。

 ボクが騎士団に入り、召喚士候補生であった頃に名を馳せた人物で、サクラさんは召喚された時期的に知らないけれど、世間的にはかなり名の通った人物だ。

 まさかそんな人が野盗の首領になっているなんてとは思うも、強い力を持つが故に道を踏み外すというのもあるのだろう。


 ただ少しだけ気になるのは、それだけであれば単純に要件をしたためて騎士に預ければ、事足りるということ。

 元勇者が率いる野盗など、騎士団が全力で討伐に取り掛かるような事案。それにいくらサクラさんが当事者とはいえ、今までのように王都へ呼び出せば済むだろうに。

 なのにあえてこの人物はカルテリオまで来た。わざわざ飛竜を使ってまで。



「けれどいくら強力な勇者とは言っても、何人かで一斉にかかれば問題ないはずでしょう? 他の取り巻きだって、騎士たちに任せてしまえばいい」


「本来であれば、王都の騎士団主導で討伐隊が編成される。だがヤツの噂を聞いてか、なかなか人が集まってくれないのだ」



 ボクの疑念に対する答えは、サクラさんの質問によって判明する。

 件の野盗であるという勇者は、この世界で数年勇者として活動している人であれば、知っている可能性が高い名前。

 協力を要請する以上はその情報を伝えねばならず、知られた名であるが故に勇者たちは慄いたと。



「つまり……、どういうこと?」


「当事者である君を主戦力とした討伐隊を結成することになった。そこで君には、他に勇者数人を選出してもらいたい。私も同行するし騎士たちはこちらで手配する」


「ちょっと待って、王都なら他にも実力ある人は居るでしょ!? それにおっさ……、源三さんが行けば……」


「源三はまだ隣国から戻っていない。それに主だった高い実力を持つ勇者は、現在王都を離れ地方に散っている。それらを集めるのは容易ではない」



 嫌な予感を感じたサクラさんは、おずおずと男へ問う。

 すると彼は立て続けに、わざわざこの地へ直接来た理由を並べ立てた。

 怒涛の如く発せられるその理由に、たじろぎ後ずさるサクラさん。


 そういえば少し前にゲンゾーさんから聞いた話によると、召喚されてまだ間もない某勇者が活躍を重ねたため、触発されてかなりの勇者が王都を離れていったそうだ。

 その某勇者は地方を拠点とし、一気に王国内でも2番手と言われる位置に駆け上ったため、余計にそういった流れが生まれてしまったらしい。

 もっとも王都に勇者が過剰集中していたため、結果的に助かったとのことだけれど。


 ともあれそう言った理由で、現在王都には有力な勇者が少ない。

 おまけに特に強力な勇者たちは、ボクとサクラさん同様にアバスカルへの潜入任務に駆り出され、結果その数を減らしてしまっている。



「加えて監視をしている要員から、連中が拠点を移そうとしていると連絡があった。おそらくは今回の件に絡んでのものだろうが、そうなれば一から調査のやり直しになる。つまり時間があまりないということだ」



 反論の難しい理由を並べる男は、なお突っ込んで言葉を発する。

 図書館の人間であるというのに、まるで騎士団の上官や訓練教官を思わせる、下の者に命令を下すに慣れた人の気配。

 そういえば彼くらいな年齢の勇者たちが活躍していた当時、勇者たちは今よりももっと騎士団の団員寄りであったと聞く。



「……わかりました」


「よろしい。では早速取り掛かりたまえ、明日には野盗の拠点へ向け出立する」



 ビシリと背を伸ばし、敬礼すらしかねないほどに緊張するサクラさん。

 どうやら完全に立場は確立されてしまったようで、困惑しながら彼の言葉を了承していた。


 それにしてもこの人、てっきり戦いへの不適正から勇者を辞めたものだと思っていたけれど、この様子だと相当な古強者だ。

 まさに上官然としたその圧に、ボクまでも背筋を伸ばしてしまう。

 つまりボクらには、既に拒否権を行使するだけの気概が持てないということ。


 早速ボクらは彼の言う通り、助力してくれそうな勇者を探すべく町へ繰り出そうとする。

 ただその背を呼び止める声に振り返ると、壮年の男性は自身の名を口にしたのだ。



「申し遅れた。私のことは辰馬(たつま)と、そう呼んでくれ」



 さっきまでの様子はどこへやら、一転して穏やかな表情となり頭を下げる。

 けれどボクらはタツマの身体から発せられる鋭さを感じ取り、再び背筋を伸ばしてしまうのであった。


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