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狙い 07


 突然の出来事に驚き、困惑に満たされた協会支部のロビー。

 そこへ現れたのは待ちかねていた騎士団上層部の人間ではなく、4人ほどの全身黒ずくめな人影。

 覆面によって顔は見えない。けれどその手には鈍く光を反射する、……短剣の刃。


 一言も発することはなく、けれど激しく足音を立て、そいつらは協会支部の中へと押し入ってきた。



「な、なんだお前た――」



 いきなりの出来事に、この場の主人であるクラウディアさんは、咄嗟の抗議を口にしかける。

 けれどその言葉は最後まで発せられることはなかった。

 クラウディアさんが口を開こうとした途端、襲撃者たちは言葉すらなく駆け出し、ボクら3人は組み伏せられてしまったからだ。


 固い床材に頭を押し付けられ、手は背後へと回される。

 荒縄らしきもので縛られていく中で見えたのは、クラウディアさんと女性騎士もまた同じような目に遭っている光景。

 その間も男たちは無言。迷いのない行動は、明確に計画性を持って行われている証拠であるように思えた。



 男たちはボクらを拘束し猿轡を噛ませると、協会支部の扉を閉め(かんぬき)をかける。

 それに外界との繋がりの一切を遮断せんと、木窓もすべてを閉めていく。

 真っ暗となったロビーに満ちるしばしの沈黙。そして足音が少ししたかと思うと、蝋燭に小さな明かりが灯された。


 ロビーの一角しか照らせぬそれによって、この場に居たボクら、そして4人の襲撃者たちが浮かび上がる。

 ボクは身体の痛みと顔に当たる床の冷たい感触を受けながら、照らされた正体不明の連中を見上げた。


 瞬く間に制圧されてしまったけれど、激しく足音を立てていた感じからして、おそらく勇者たちほどの実力はない。

 一般の騎士団員たちと比較しても、特別そこまで秀でた技量を持っているということはないだろう。

 けれどこちらは戦えるのがボクと女性騎士の2人だけ。それも丸腰なうえに、不意を突かれたという状態。

 困惑と混乱の最中であったが、それを差し引いても抵抗するのは困難だったはず。



「さて、このままで話を聞いてもらうとしようか」



 ここからどうやって事態を打開するべきか。それとも大人しくしているべきか。

 そんなことを必死に考えていると、襲撃者たちの内一人がようやく言葉を発する。


 声から察するに男。

 ヤツはそれを証明するかのように、自らかぶっていた覆面を取り顔を晒す。

 ……見たことはない人物。それはクラウディアさんたちも同じであったらしく、彼女らの表情には怪訝そうな色が浮かんでいた。



「お前がクルスとかいう小僧だな。悪いがお前には、これから人質になってもらう」



 男が勝手に始める話。その最初に言った言葉に、ボクは眉をしかめた。

 人質。こいつは確かにそう言った。

 となるとやはり、この計画的と思われる動きから察しはついていたけれど、こいつはただの押し入り強盗の類ではなかったようだ。


 さっきまでの沈黙とはうって変わって、ベラベラとしゃべり始める黒ずくめの男。

 他の3人はまるで気にした様子もなく、壁に背をつけ誰かが外から窺っていないかを警戒している。

 どうやら今しゃべっている男が、この中ではリーダー格に当たるらしい。


 それに男の口振りからすると、これはボク個人に狙いを定めて行っているらしい。

 ボクを目的に襲撃し、なおかつ人質にすると言い放った。となるとまだ口にはしていないけれど、男らの目的はおのずと明らかになる。



「あの馬鹿強い勇者を引き込むには、ちょっとやそっとの材料じゃ足りないようだからな。自分の相棒が取引材料なら、言う事も聞くだろうよ」



 男はどうやら、目的そのものを隠すつもりはないらしい。

 このあたりからは少々素人臭さというか、手慣れていない印象も受けるけれど、迷いなくしている点から悪党であるのに疑いの余地はない。


 だがこの言葉で諸々と合点がいったというか、納得をしてしまう。

 都市の外壁を警備する騎士たちが知らぬ、外から突然訪れた謎の騎士は密かに協会支部へと現れ、ボクだけを指名しここに残すよう指示した。

 それもこれもボクを捕らえるため。ただその狙いはボクそのものではなく、その先に待つサクラさんだ。

 サクラさんを脅して何をする気かは知らないけれど、これによってさらに推測できることがある。



「っと、そういえば口を塞いでいるのだったか」



 堰が切れたようにしゃべり続けていた男は、どうやらこちらの反応が気になったようだ。

 嗜虐的な嗜好によるものか、それとも単純に言葉を求めているのかは知らないけれど、ボクへと近づき猿轡を強引に解く。

 その猿轡が外され口が自由になったところで、ボクは男を鋭く見上げ、率直に確認をするのだった。



「もしかして、ルアーナも君たちの仲間なのか?」


「ルアーナ? ……ああ、あの雌ガキのことか。一応そうなるな、もっともガキの方は何も知らねぇ。近づくのに好都合だったから、どこぞの孤児院で適当に拾ってきたヤツを使ってるだけだ」


「……やっぱりか。道理でおかしな行動が多いと思った」


「最初はお前のところのガキを狙おうかと思ったんだが……。予想外の邪魔が続いちまった」



 ボクの質問に答える男は、そう言って苦々しそうに舌打ちをする。


 なるほど、そういうことか。つまりこいつらが最初に狙いをつけたのは、ボクでなくアルマ。

 ルアーナの両親とされる男女はこいつらの仲間で、アルマに近づくという目的のためだけに、孤児であったルアーナを引き取ったのだ。

 これで両親とルアーナと血が繋がってなさそうなのも、孤児を引き受けたというには妙によそよそしかったり、扱いが適当に見えた理由も合点がいく。


 子供同士というごく自然な接触を経て、ボクらが帰ってくる前に誘拐を試みようとしたのだろう。

 けれどその頃にまる助がカルテリオに移っており、誘拐をするのが難しくなっていたようだ。

 それでも誘拐を強行しようとするも、今度はボクとサクラさんはカルテリオへと帰還。連中はその機会を逃してしまったようだ。

 そして次に考えたのが、アルマではなくボクを人質とする案。そのために打った手が、騎士団員に成りすましてのおびき寄せであったようだ。



「あの女が町を離れているのは好都合。それに犬の勇者も同行している以上、今を逃す手はない」



 考えてもみれば、あんな幼い子供が妙なたくらみに協力できるはずがない。

 となるとやはり今回サクラさんが遠足に同行しているのは、あくまでも偶然であったようだ。


 今サクラさんが行っている遠足には、男が言うようにまる助も同行している。

 なのであちらの安全という点では安心できるものの、こちらにとっては非常にマズい事態。

 普段アルマと一緒に行動しているまる助だけれど、それ以外の時はこの支部に入り浸り、涼しい場所で昼寝をしていることが多い。

 もし彼が居てくれたなら、この連中も速攻で倒してくれたというのに。



「それで今こうして来たってことか。……それで、お前たちはいったい何者なんだ」


「話に聞いていたのと、随分印象が違うなクソガキ。もっと大人しいと聞いていたんだが」


「生憎と悪党に対し礼儀をわきまえてやる趣味はなくてね。多少は大人しくいうことを聞いてあげるから、もうちょっと話してくれてもいいだろう?」



 強い緊張に心臓が早鐘を打つ。けれど今は少しでも、この事態を打開するための材料が欲しい。

 そこでなんとか虚勢を張り、ボクはまず男たちの正体を探ろうとした。きっとこのくらい軽口を叩いた方が、話を引き出しやすいと考えて。


 けれど男は小さく微笑んだかと思うと、そのままボクに向けて一歩前へ踏み出す。

 そして歩く動きから流れるように足を振り上げ、薄暗い中でつま先が顔面へと迫ってくるのが見えた。

 床に転がり、後ろ手に縛られ、碌に身動きのとれぬ体勢。

 顔面を打つであろうその足先を凝視し、瞬きすることすらできずその時を待つも、男のつま先は顔に触れる寸前で停止した。



「顔は勘弁してやるよ。女みてぇな顔を蹴るってのは、性に合わねぇ」



 いまだ名も知らぬ黒衣の男。ヤツは顔面に向けかけた足を引き、挑発するように笑う。

 ただ一度戻された足は再度振られ、今度は腹へと向けられた。

 そしてそれはさっきのように直前で止められることなく、今度こそ深く身体へとめり込んだ。



「グッ……」



 油断し気を抜いていたボクは、受ける衝撃に備え身体を固めることすらできず、痛みと苦しさに息を詰まらせる。

 鋭く重い痛みに身体を折り、痺れるような思考でなんとか男を見上げる。

 するとヤツはこちらを見下ろしながら、愉快そうな笑みを浮かべつつ舌なめずりをしていた。


 こいつ、かなりこういった行為に慣れている。

 しかもどうやらかなり偏執的かつ嗜虐的な嗜好を持っているらしく、ボクは痛みと同時に寒気に襲われる。

 ……あまりこいつを刺激をしない方が良さそうだ。


 そんなヤツは、次いでクラウディアさんたちを一瞥。

 今度はどことなくつまらなそうな表情を浮かべて、腰に差していた短剣へと指先で触れる。



「人質としてはこのガキだけで十分か。こっちが本気と示すためにも、ここで片付けておいた方が後々楽だな」


「ま、待て……!」



 不穏な気配と言葉を発し、短剣を手にクラウディアさんたちへ近づこうとする。

 そんな姿を目にし、ボクは痛みによじっていた身体をなんとか動かすと、必死に伸ばした手で男の脚を掴んだ。

 ボクの腹を蹴り上げたその足を掴み、そうはさせまいと顔を上げる。



「言う事は聞く。だから、その人たちには手を出さないでくれ」


「殊勝なガキだ。ならこの女たちを死なせないよう、精々大人しくしておくことだな」


「……わかった」



 見ればクラウディアさんと女性騎士の表情には、強い緊張感が浮き上がっていた。

 きっとそれは男が本気であると察していたため。ここで止めなくては、男は間違いなく手にした凶刃を振ってしまう。

 彼女らを守るためにも、今は従順なフリをしておくのが賢明だ。



「まあいい。人質となる人間が増えて、むしろ好都合か。おい、こいつらを適当な部屋に放り込んでおけ。一人ずつな」



 ボクは内心で歯噛みしながら、男へと恭順の意思を示すことに。

 すると男は少なくとも反抗の意思が失せたことに満足したか、短剣を腰に差し直す。

 そして他の黒ずくめに指示をし、ボクらを立ち上がらせた。


 顔を晒した男とは異なり、無言なままの黒ずくめたちによって真っ暗な支部内を歩かされ、上階にある宿を兼ねた一室へと向かわされる。

 クラウディアさんと女性騎士は、それぞれ別の部屋へ。そしてボクもまた、奥にある小部屋へと放り込まれた。

 若干悪党としては素人臭そうな連中ではあるが、このあたりはそれなりに考えられているらしい。

 クラウディアさんはともかく、戦いの心得があるボクと女性騎士を別にすることで、抵抗し難くしているのだ。


 まるで光のない、けれど一応外の喧騒だけは聞こえる部屋の中へと転がされたボクは、小さく息をついてから体を起こす。

 普段懐や腰に仕舞い込んでいる短剣は、当然のことながら奪われた。けれどまだ抵抗することはできる。

 反骨心を内に抱えたボクは、聞き耳を立て黒ずくめが部屋の外に居ないことを確認すると、自身の履いているブーツへと手を伸ばした。


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