狙い 06
休暇を兼ねてではあるけれど、これといって動かず家に居続けるボクとサクラさん。
それに反し、毎日のようにいそいそと教会に行くアルマ。そしてそんなアルマを陰から護るように、こっそりと歩き回るアヴィ。
アルマが無事帰宅するたびに安堵し、アヴィから様子を窺い、夜ごと推測に推測を重ねる。
そんな日が続いて早4日。
あまりに代わり映えせず動きのない日々に、ボクは再びこれが杞憂なのではと思え始めていた。
けれどそんな時だ、ようやくと言うべきか否か、事態が動き始めたのは。
「……遠足?」
「とか言うらしいですね。メイリシアがどこかの勇者に聞いたらしくて、前々から計画していたそうです」
夜の帳が下り、時折吹き込む夜風を受ける庭先。
木製の椅子と小さなテーブルを置いたそこで、強い酒の入った小瓶を片手に、ボクとサクラさんは夕涼みをしていた。
ただそこで交わす話題は、季節に関してでもなければ色恋の気配を感じるものでもない。
今日の昼間、偶然家の前を通ったメイリシアが話していた、教会で勉強を教えている子供たちについて。
どうやら彼女、数日後に子供たちを連れ町の外へと行くつもりであるらしい。
他の勇者たちに聞いた、あちらの世界で行われる遠足とかいう行事に関心を示したらしく、思い出作りにうってつけと考え、それを実行に移そうとしているようだった。
季節的にも良いし、悪くない案だとは思う。
けれどいまだルアーナの両親について疑いが払拭されていない状況では、不安があるのは確か。
「アルマだけ不参加……、っていうのはちょっと可哀想よね」
「ですね。折角他の子とも仲良くなれたのに、ここで話が合わない状況にするのはちょっと」
かといってアルマに行くなとは言えない。
理由はサクラさんに言った通り。安全のためと言えば聞こえはいいが、このように不確かな理由でアルマを説得するのは難しそう。
子供が町を出る機会など早々ないことだし、親代わりを標榜する立場としては、是が非でも行かせてやりたいところ。
「それに今回ばかりは、ルアーナも行くらしいですよ」
「珍しい。よくあの両親だかなんだか知らない人たちが許したわね」
「アヴィから聞いた話ですと、あの両親も所用でその日だけは町を離れるそうで」
メイリシアはこれを機に、ルアーナを教会に来させようと意気込んでいた。
彼女はボクらが抱いている疑いについて、あまり知らされていないというのもあって、この遠足とやらが良い機会になると考えているらしい。
ただそうなった経緯というか状況に、サクラさんは眉をしかめる。
「都合が良すぎて、なんだか気味が悪いわね。それじゃあ私も付いて行くとしましょうか。町の外は危険だとか適当な理由をつけて」
「季節的にまだ魔物がそこそこ出てきますし、メイリシアも誰か勇者に同行をお願いしようとしているみたいです。たぶん許可してくれますよ」
「そうね。……両親の方は、用事で町を出るってのも嘘かもしれない。ならあっちはアヴィにお願いしようかな」
普段とは違い変則的だけれど、それぞれに分担をすれば問題はないだろう。
サクラさんは魔物からの護衛という名目で、子供たちについていく。
町の外に出たところで、頃合いを見計らってアルマに手を出そうとするかもしれない両親を見張るのは、アヴィの役目。
となるとあとはボクだけれど……。
「でもクルス君はお留守番」
「……その理由は?」
「クラウディアから伝言よ。その日は騎士団の上役が視察に来るらしいから、クルス君はその出迎えをするようにってさ」
ボクもまたサクラさんと一緒に、子供たちについて行こうかと考える。
けれどそいつを口にするより先に、サクラさんからは他にやることがあると告げられた。
騎士団の上層部は、折を見ては各町を周っていると聞く。
おそらく王都の一室でふんぞり返っているばかりではないと、方々に見せつけるためなのだろうけれど。
その度に都市ごとの最も名が知れた勇者や召喚士と会い、世間話だか近況についてを聞いているらしく、以前からそういった話が届くことはあった。
「けれどボクだけでいいんですか?」
「向こうがクルス君をご指名みたい。私は対象外だそうだけど」
「さてはサクラさんの恐ろしさが知れ渡り始めましたかね。以前にもあったじゃないですか、不正取引をしている貴族の屋敷に乗り込んで、全員をボコボコにしたってことが」
「お黙り。……ちょっと否定できない部分はあるけれど」
どうしてボクだけなのかと思うも、案外お偉方にはこのくらいが気楽なのかも。
しばらく前ではあるが、ゲンゾーさんからちょっとした依頼を持ち込まれ、近隣都市に住む貴族邸に乗り込んだことがあった。
その時は騎士団員たちの手が足りなくて助力しただけだったのだけれど、案外あの時の評判が口づてに伝わっているのかも。
ともあれボクとサクラさんは、居を置いているはずなこの町に腰を落ち着けることがあまりない。
この前だって長期に渡ってアバスカルへ行っており、騎士団上層部くらいの役職では詳しくを知らないだろうけれど、留守にしていることくらいは伝わっていたはず。
なのでどうやらその騎士団上層部、ボクらがカルテリオに戻ってきたのを目敏く嗅ぎ付けたらしく、それに乗じて来ることにしたようだった。
「それにしても唐突ですね。普通なら前もって、直接こっちに知らせてくるでしょうに」
「今回は逃がすつもりがないんでしょ? 面倒だとは思うけれど、今回は大人しく捕まりなさいな」
サクラさんはそう言って、カラカラと笑う。
子供たちへの同行だって気楽ではないけれど、お偉方と会って話をする方がよほど気が重いらしい。
その気が乗らない役割を、ボクへ押し付けるのに成功したと言わんばかりに、意気揚々遠足の準備を始めるのであった。
それから3日後。サクラさんはメイリシアが子供たちを連れ、東の野へ遠足に行くのに同行した。
アヴィもまたルアーナの両親を追って、町を出て西の方へと向かっている。
どうにもその行動が不振に思うも、今のところ実際におかしな状況になってはいないだけに、対処などしようがなかった。
一方のボク自身は、昼前に勇者支援協会カルテリオ支部に出向き、この日来るであろう騎士団上層部の面々を待つ。
支部ロビーの一角に腰を下ろし、クラウディアさんが淹れてくれた冷たい茶を一口。
ただそうやって待てど暮らせど、いつまで経っても現れる気配がない。
「おかしいわね……。もうとっくに到着していても不思議じゃないのに」
「もしかして途中で魔物にでも襲われたんでしょうか?」
まるで姿を現さない騎士団上層部の面々。
他の勇者たちも町の周囲に散っており、閑散としたロビーの中で、ボクとクラウディアさんは首をかしげる。
前もって知らされていたのは、午前中の早い時間には到着しそのまま顔を出すというもの。
だというのに時刻はすでに昼近く。代わりに現れたのは、食材を納入しに来た肉屋くらいのものだ。
もしや来る途中に魔物に襲われたのかとも考えるが、クラウディアさんは首を横に振った。
「たぶんそれはないわね。ああいう連中は大抵、護衛役に勇者を数人引き連れるもの」
「最近はこの町も勇者が増えたおかげで、魔物の数も抑えられていますしね。となるとただの遅刻ですか」
「にしても遅い。本来なら朝には着いているでしょうに」
可能性としては、どこかの町に寄り道でもしているというもの。
もっともそれならば早馬でも寄越し、その旨を伝えてこちらを肩透かしさせているに違いない。
そういったものすらないというのは、なにがしかの問題に直面した可能性がある。
とはいえ今のところ、それを確信する材料はない。
そこでもう少しばかり待ってみようかと、ボクはカウンターの向こうへと回り、自ら茶を淹れようとする。
けれど小型の火口に鍋を置き湯を沸かしていると、協会支部のロビーに人が入ってくるのに気づいた。
もしかしてようやく到着したのかと思うも、現れたのは見知った顔。
ここカルテリオの外壁上や都市内で巡回警邏を行う、都市に駐留している部隊の女性騎士だ。
つい最近部隊長になったと聞く彼女は、ボクとサクラさんがこの町に来て以来の知り合い。
その彼女はどうやら、クラウディアさんに勇者たちの居住場所などを聞くために来たらしく、小脇に書類の束を重そうに抱えていた。
「それにしても珍しいですね。クルスさんがお一人で協会にだなんて」
そんな彼女は、早速クラウディアさんに2~3の確認を済ませると、ちょっとした世間話といった体で話しかけてくる。
手にした布で汗を拭きながらなので、自身の小休止も兼ねてなのかもしれない。
ボクは彼女に向かって軽く苦笑しながら、珍しくここへ一人来ている事情を話す。
もちろんルアーナの件やらなにやらは口にせず、騎士団上層部の人間が来るのを待っているといった内容を。
「お偉方がですか? しかも今日」
「の予定なんですが、いつまで経っても来なくて。どうしたものかと困っているところですよ」
「……そのような知らせ、こちらには届いていませんが」
まったく姿を現さない騎士団上層部の人間の存在に、ハハハと笑うボクと苦笑いをするクラウディアさん。
けれどそのことを聞いた女性騎士は、首をかしげながら不審な言葉を吐き出した。
ボクは彼女の発したそれを聞き、一瞬目を見開く。
もしかして彼女らの隊には、その話が伝わっていないのだろうかと考える。
確か今回の件、クラウディアさんが騎士団から来た遣いに話を聞き、それをサクラさんに伝えたのだと言っていたか。
そこで彼女に問うてみると、困惑した様子を浮かべながらも確かに頷く。
「ああ、直接ここに使いが来たんだ。もっとも口頭だけで、書面の類は一切持ってこなかったけどさ……」
「ですがその日は、カルテリオに他部隊の騎士団員は訪れていません。というよりもここ半月以上誰も。町を出入りする人間は、必ず身元を確認していますので」
クラウディアさんの言葉を聞き、女性騎士はすぐさま自身の記憶を頼りに、そのような人は知らないと否定する。
程度の大小はあれど、大抵騎士団から指令が下される時というのは、よほど秘匿する内容でない限り書面が届くのが普通。
もっとも今回のは、あくまでも視察に来るという事前の予告だけなので、クラウディアさんが何も受け取っていないというのは別に不思議ではない。
とはいえ訪れたという騎士の存在を、人々の出入りを監視する騎士が、それも部隊長である彼女が知らないというのは不可解。
もし来たのが彼女の部下であったならやはり知っているだろうし、おそらくクラウディアさんも気付くはず。
「じゃあいったい誰なのよ、あの時の騎士は」
「そのようなことを聞かれましても……。ただ思い至る可能性としては」
正規の遣いとして来た騎士が、あえて身元を偽って町に入ってくる理由など存在しない。
誰かによる手の込んだ悪戯というのも考えられるけれど、ボクにはどうも違うように思えてならなかった。
それに考えてもみれば、ボクだけにお呼びがかかったというのもおかしな話。
聞いた時にはそういう事もあるかと思ったけれど、こうなると何か特別な意図があるように感じる。
そこまで考え、ボクがクラウディアさんと女性騎士にその話を口にしようとした時だ。
突如支部入口の扉が勢いよく開かれ、バタバタと複数の足音が飛び込んできたのだった。