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狙い 05


 意気揚々と、ルアーナの家に関し調べを始めたサクラさん。

 けれどあれから3日、これといった成果はなく、ひたすら首を傾げるばかりの日々であった。


 確かにメイリシアや大工の青年から聞いた内容は事実だったのだと思う。

 家の工事に関しては外装はともかく内部は中途半端だし、ルアーナが相変わらず教会にも顔を出してはいない。

 けれどそれだけだ。なにか悪事を企んでいる様子など見られないし、両親の方はそもそもアルマと接触すらしていない。


 勇者や召喚士という立場を使い、役場に行って密かに素性を探りもしたけれど、こちらも空振りに終わった。

 善からぬ輩が入り込まぬよう、役場はある程度の素性の調査をしているという話を聞いたためだけれど、そこにはこれといって何も記されていなかったためだ。

 調査とはいえどうやら町に越してくるとき、当人から聞いた話をそのまま記すだけであったらしく、その結果はボクらを酷く落胆させた。



「ちょっと怪しいってだけじゃ、騎士団を動かすわけにもいかないし……」


「そもそも怪しいとする根拠自体、希薄と言われかねませんしね」



 昼下がりの我が家。そのリビング。

 ボクとサクラさんは休暇中という名目で、テーブルへ突っ伏しグッタリとしていた。


 まだまだ暑さの残る中、密かに町中を動きながら調べ続けている。

 それそのものは大した労力でもないのだけれど、案外アバスカルでのあれやこれやで疲労が溜まっていたのか、夕方まで体力が持たない。

 本当なら首を突っ込まず休んでいればいいのにと思いはするものの、それを言い出せぬ意志の弱さに肩を落としつつ、椅子の背にもたれるサクラさんの話に耳を傾ける。



「どうやら前は王都に住んでいたようだけれど、流石にそっちまでは調べようがないか」


「カルテリオとは比較にならない人口ですからね。誰に協力を求めることもできないのでは、調べるのに何年かかることやら」



 大陸においては比較的小国と言えるシグレシア王国だが、その首都である王都ともなれば、やはりそれなりの人口がある。

 今では多少人こそ増えたものの、それでも人口にして万を辛うじて超えた程度なカルテリオとは比較にならない。


 そんな多くの人口を誇る王都で、たった数人の今は居住していない人間の素性を、それも2人で探るのがどれだけ大変か。

 秋の森で一枚の落ち葉を探すようなもので、こうなると無謀と言うほかなかった。

 調べるための伝手だってあるにはあるが、このような切羽詰まっていない、それも確実に問題となっていない状況では頼りづらい。


 ならばいったいどうしたものかと思案していると、サクラさんはふと顔を上げる。

 妙案でも浮かんだのだろうかと思うも、彼女はそのまま立ち上がり、気だるげに呟いた。



「なんていうか、やっぱり気のせいに思えてきた。なにか起きてから動けばそれでいい気がする」


「今更ですか。っていうか無責任な」


「無責任も何も、私に責任なんてないもん。ただのお節介焼きだもん」



 もん、ときましたか。

 サクラさんはリビング隅に置かれたソファーに飛び込み、うつ伏せとなってバタバタと脚を動かす。

 その姿はまるで子供のようであり、普段の外で見せる涼しげな態度や成熟した女性らしい雰囲気など皆無。

 ただの駄々っ子のようにも見えるサクラさんの姿に、知らず知らず苦笑いが漏れてしまう。



「どうしたのだお前たちは?」



 そんなやり取りをするボクらの背へと、降りかかってくる声が。

 どことなくノンビリとした調子なその声へと振り返ってみると、立っていたのは身体から湯気を立ち昇らせるアヴィ。

 彼女は今の今まで風呂に入っていたらしく、ほのかに顔を上気させていた。

 まだ真昼間だというのに、わざわざ自分で水を運んで火を熾したらしい。


 アヴィはボクらへと問の言葉を投げかけながら、台所の一角で井戸水の中に浸していた果実を齧り椅子へ腰を下ろす。

 どことなく満足げな様子を見せる彼女もまた、サクラさんと同じくいつもの姿とは雲泥の差。

 国で捕まって奴隷となって以降、望むような風呂に入ることのできなかったアヴィは、自宅に湯があるのを存分に満喫しているようであった。


 ボクはそんなアヴィへと、一から事情を話していく。

 そういえば今は我が家に居候中な彼女ではあるが、なんとなく機会を逃してしまい、この件について話していなかった。



「なるほど、そういう事情か」


「どうしたものかと考えてさ。まだ何も起こっていない以上、というより勘違いかもしれない今の時点では、碌にできることがない」


「そんなにアルマが心配なのか? ……いや、そのようなことを聞くのは野暮だな」



 果実を食べ終え、よく冷えた水を煽るアヴィ。

 彼女はテーブルに突っ伏すボクがする話を聞き、納得したように頷く。心情そのものは理解してくれたようだ。


 ただその横で、サクラさんは話を補足してくる。



「アルマだけの話でもないのよ。ルアーナだって心配ね、折角学ぶ機会があるってのに」



 サクラさんは歯噛みするように、教会に顔を出さぬルアーナへの心配を口にした。

 今頃アルマは教会に行き勉強をしている。けれどその一方で、ルアーナは相変わらず家に居るのか顔を出そうとはしていなかった。

 どうやらサクラさんは、ルアーナもまた教会に行かせたいと考えているようだ。


 どうやらこのあたりの思考は、異界から来た勇者によく見られる考え方であるらしい。

 あちらの世界において子供というのは、すべからく学ばせるべしという考えが染みついているそうだ。

 ボクなどは生まれ育った土地にそういった場がなく、幼いころはお師匠様が時々勉強を見てくれていた程度。

 けれど確かに、もし教会なり役場で学ぶ場が存在したのであれば、行かされていたように思える。


 それにこの町に馴染んできたメイリシアが、良かれと思って始めたこと。

 アヴィと同じく他国から連れてきた彼女には、それなりに情もあるため、出来る限り協力はしてあげたい。



「なんだったら、わたしが探ってきてもいいぞ」



 サクラさんのそういった意図を汲んでくれたか否か、アヴィは突然に協力を申し出てくる。

 ボクとサクラさんが目を見開くと、彼女は自身が助力する利点を口にした。


 曰く、自分であればルアーナとの面識も少ない。そして彼女の両親とも会ったことがない。

 家の近くに行ってもただの通行人としか思われないため、ちょっとは探れるのではと。

 言わんとしていることは理解できるけれど、そんなに上手くいくものだろうかと思う。ただ彼女は自信満々に胸を叩いた。



「以前はそういった役割を担ったこともある。騎士団の任務でな」


「また随分と風変わりな体験を」


「別にそうでもないぞ。なにせ隣国との折り合いが悪かったからな」



 肩を竦め、さほど珍しい経験でもないと言い放つアヴィ。

 彼女は確か貴族家の出であったと聞いたような気がするが、意外にそういった部分に関しては、区別されなかったのかもしれない。


 ただ彼女の提案は、渡りに船と言えるのかもしれない。

 メイリシアはこの件で、ルアーナの両親と何度か面識がある。クラウディアさんも、協会支部長という立場もあって町では顔が知られていた。

 当然この町で最も名の知られたサクラさんや、その相棒であるボクもまた同様。

 となればアヴィに頼むというのが、一番無難であるのかも。



「そうね、お願いできる?」


「任せておくといい。その代わりと言ってはなんだが……」


「わかってるわよ。薪が欲しいんでしょ、近いうちに取ってきてあげるから」


「話が早い。では早速」



 どことなく乗り気に思えたアヴィだが、その理由に合点がいった。

 どうやら彼女はこれを手伝う代わりに、自身が入る風呂のため消費される薪を欲していたようだ。

 その部分が解消されたと知るや否や、嬉々として外出の準備を始める。



 まだ湿った髪を乾かすのもほどほどに、薄着のままで家を飛び出すアヴィ。

 ボクとサクラさんはそんな彼女の姿をキョトンとし見送ると、大人しく帰ってくるのを待つべく、しばしリビングでお茶を呑んでいた。

 ただそうしていると間もなく玄関から音がし、もう帰ってきたのかと思い覗いてみると、そこに立っていたのは彼女だけでなく、アルマの姿までも。


 ちょっとだけ気まずそうなアヴィは、アルマを連れて家に入ってくる。

 そうして彼女は、出てすぐに帰ってくる途中であるアルマと出くわしたそうだ。

 しかしその時のアルマは、どういう訳かルアーナの両親と顔を合わせていたのだと。



「わたしは顔を知らなかったが、話している内容からすぐに察した。それに見てすぐにわかったぞ、あれは確かに似ていないな」



 外を出歩き汗まみれであったアルマ。サクラさんは汗を流させるべく、庭へと連れ出していく。

 それを確認したアヴィは、ボクへと率直な意見を口にした。


 偶然アルマの姿を見かけた時点で、ルアーナと一緒に居る彼女の両親と話をしていたようだ。

 そのためアヴィは、自身が探らんとしていた相手であるとすぐに察する。

 そしてボクが感じたのと同じく、彼女らが本当の親子ではないというのをすぐに理解した。


 ただこれそのものは別段不思議ということもない。

 案外もともとルアーナは孤児で、その後引き取られたという可能性は大いにあるためだ。

 けれどアヴィは偶然出会っての世間話を経て、、どことなくルアーナら家族から、妙な印象を受けたようであった。



「一見して普通にしているが、言葉の端々や仕草を見ればわかる」


「わかるって、なにが?」


「血縁とかいう話以前だ、あれは親子ではない。親子を演じているだけのナニかだ」


「よく意味がわからないんだけれど……」



 どことなく抽象的なアヴィの言葉。

 彼女にその意図を問うてみると、どうやらルアーナとその家族には情らしきものが感じられず、あくまで人前で親子という役を演じているだけに見えたというのだ。

 いろいろと複雑な家庭環境であるらしきアヴィだけに、そういった点には敏感であるのかもしれない。



「それにあの二人、アルマばかりを見ていた。ルアーナを放ってな」


「ということは、やっぱりアルマを狙って?」



 ボクが一度は捨てた懸念を確認すると、アヴィはその可能性はまだ捨てきれないと口にする。

 まだ彼女の感想だけでは断言できないけれど、やはりこれは安穏としてはいられないようだ。



「アヴィ、これからなんだけれど」


「わかっている、それとなく探ればいいのだろう? 面は割れてしまったが、適当に理由をでっちあげれば問題はないだろう」


「助かるよ。もちろん礼はするから」



 面識のなさが武器であったアヴィだが、早速面が割れてしまう。

 けれど彼女には上手くやるだけの術があるらしく、自信ありげに告げるため、その言葉を信用することに。


 ただもう今日は、再度接触しても不審に思われるだけ。

 そのような意図の言葉を口にした彼女は、再び今はアルマが使っているであろう風呂へと、鼻歌交じりに向かうのであった。


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