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狙い 03


 アバスカル共和国から、愛しのカルテリオに帰って数日。

 しばしの休息を摂ることにしたボクは、この日町中をブラブラと歩き回り、変わりつつある街並みをのんびりと眺めていた。


 本来であれば、すぐにでもゲンゾーさんのもとへ行きたいところ。

 単純に受けた任務についての報告もあるし、彼にいくつか文句を言いたいという想いがあった。

 というのもアバスカルの地で出会ったイチノヤ。……おそらくはボクにとって、とても近しいであろうその人について、ゲンゾーさんは知っていたはずだから。


 彼は以前、シグレシアでボクの両親に会ったことがあると言っていた。

 そしてアバスカルの地でも、あの人と会い手合わせをしていたということは、色々と事情を知っていたのではと考えて。

 何故それを黙っていたのかというのを問いただしたいというのは、ボクにとって目下重要な事柄であった。

 もちろん、連れ帰ったアヴィを託すというのもあるけれど。



「とはいえ、国内に居ないんじゃしょうがないか」



 広場の一角に腰を下ろし、出店で買った果実水を一口。

 喉を潤し小さく息を吐くと、忙しなく行き来する人々を眺めながら、そうもいかない理由を呟く。


 現在ゲンゾーさんは、諸事情あって東の隣国に居る。

 早く報告をしたいのはやまやまだけれど、さすがに帰国して早々また越境をするわけにもいくまい。

 なにせ本来勇者が国の境を越えるというのは、煩雑な手続きを諸々行う必要がある。他国というのは、思い立ってすぐ行けるような土地ではないのだ。

 それに長く留守を任せていた、アルマのことだってある。



「よう、クルス。帰っていたのか?」


「つい昨日ね。いい加減疲労困憊だから、ようやく骨休めに入ったところ」



 広場に置かれた長椅子に腰かけ、少々みっともないと思える体勢で脱力をする。

 そうしてもう一口果実水を口に含んだところで、偶然通りかかった青年がボクへと声をかけてきた。


 度々この町を離れてはいるけれど、なんだかんだで住み始めて2年近く、こうして顔見知りも増えている。

 彼はそのうちの一人なのだが、久しぶりに見たであろうボクの姿に、苦笑を浮かべていた。



「そいつはご苦労だったな。だがこっちとしちゃ、そろそろ腰を落ち着けてくれると嬉しいんだけど」


「そこを突かれると痛いかな。ボクらもそう考えていたところだから」


「なら当分は町に残るってことか。なら安心だ、お前らが居ると居ないじゃ、商人連中の心労が段違いだからさ」



 釘を刺されるとは思っていた。

 ボクらがこの町に居を置いたのは、町長ら町の人たちのたっての要望があったため。

 というのも当時のカルテリオは他に勇者が居らず、たまたまこの町へ来たボクらへ周辺の魔物退治などを求め、対価として中心部の高価な屋敷をも提供したのだ。


 その後あれやこれやを経てサクラさんは名を売り、結果何人もの勇者たちが移り住んできた。

 なのである意味で役割は果たしたと言えるけれど、かといって好き勝手に方々を歩き回るというわけにも。

 ここに居を置いている以上、それなりに町に貢献しなくては。

 とりあえず今回は休暇のため町でノンビリするつもりだけど、彼が言うように当面はここで勇者としての活動にも精を出す必要がありそう。



「そういえば、お前のところで面倒見てる子供なんだがよ」



 家々の改築作業がまだ途中であろうに、工具箱を抱えたままの青年はボクとの世間話に興じる。

 休憩をする良い機会だとばかりに、ついには隣へと座りこんだ彼は、不意になにかを思い出したのかアルマについてを口にした。



「アルマがどうかした?」


「その子自身がどうこうってんじゃないんだが。最近よく一緒に居る子供が居るだろう、犬の勇者じゃない方」


「確か……、ルアーナだっけ」



 ただ彼が話題としたいのは、アルマではなく彼女に新しくできた友人。

 日頃町中でほかの子供たち同様に遊んでいるアルマだが、亜人特有の外見もあって、どうしても他の子よりも目に付くようだ。

 既に町の人たちは、アルマが亜人であることを知っているためそれは別にいいのだが、結果一緒に居るルアーナも目に付いていたらしい。



「名前までは知らなかったけどな。それでオレは今、その子の家族が住んでいる家の手直しをしてるんだが……」


「なにか問題でも?」


「人様の事情だからあまり大きな声じゃ言えないが、ちょっと妙な点があってよ」



 再開発を行っている区画で、住居の整備へ従事する青年は、少々ルアーナの件で不可解に思っていることがあるようだ。


 新たに住人が増えたため行っている町の再開発。新しく建て直す家も多いけれど、古い住居を改築し利用するものもかなりある。

 ルアーナの家族が住む家もそんな中のひとつであるらしく、彼があの幼い少女の家を担当しているようだった。


 どうしたのだろうと話を聞いてみると、ボクには彼の言葉に首をかしげてしまう。

 彼の言い分というか感想をそのまま信じるとすれば、確かにおかしな話だ。

 ボクは思い出したように慌てて立ち上がり、自身の仕事へ戻っていく青年を見送ると、その場で腕を組んで思案する。

 さっきの彼が口にしていたことの意味を図りかねていたからだ。



「ん? アレは……」



 ただ広場の一角で首をかしげていると、視界の隅へ見知った顔が横切っていくのに気づく。

 それはついさっき話題になったばかりな幼い少女、そして彼女を連れた大人たち。

 ルアーナと並んで歩く大人の男女は、想像を巡らせるまでもなく両親だ。


 その姿を見るなり、ボクは立ち上がり小走りとなる。

 別段なにかを疑ったわけではないけれど、どうしてもさっきの言葉が気になってしまい、声をかけるべく動いてしまったのだ。



「あ、アルマのおにいさん」



 ボクが近づいていくと、真っ先にルアーナがこちらに気付く。

 どうやらアルマは、ボクのことを親代わりというよりも兄のように話してくれていたらしい。


 そんなルアーナから聞いていたのか、彼女の両親はボクらを向いて会釈する。

 ……のだけれど、ボクにはどこかその動きがぎこちないモノに思えてならなかった。



「あ、ああ。貴方が」


「うちの子がお世話になって……」



 ルアーナの両親は揃って頭を下げながら挨拶をするのだけれど、どことなく慌てたような様子を見せる。

 突然見知らぬ人間が現れたため、困惑していると考えれば自然なのかもしれない。

 しかしその反応はまるで、会いたくない人間に会ってしまったとばかりな反応。どうにも不可解さを感じてならない。


 それにもう一点、この人たちについて気付くことがあった。

 おそらく、というよりもまず間違いなく、ルアーナはこの両親の実の子ではないのだろう。

 親子で瓜二つであるのが当然とは言わないけれど、それにしてもこの親子はあまりにも似ていない。

 もっともこれらの疑問、直接当人たちに確認などできはしなかった。



「娘から色々と聞いています。おたくのお嬢さんには、とても仲良くしてもらっていると」


「こちらこそ。ボクらは所用でずっと町を離れていましたから、遊んでいただいて感謝しているくらいで」



 ルアーナの父親は、笑顔を浮かべ握手を求め、アルマとの件について礼を口にした。

 母親の方もニコニコと表情を緩め、父親の発言に同意するようにうなずく。


 最初の困惑とはうって変わり、今はいたって普通の反応だ。

 何の変哲もない、保護者同士の愛想混じりなやり取り。

 ただどういう訳だろうか。親しみや娘が世話になっている感謝とは違う、おかしな気配が混ざっているような気がする。



「あの噂に名高い召喚士さんとお話しできて、光栄です」


「ここ最近は、随分と過大な評価をいただいているようで」


「そのようなことは。多くの魔物を討ち、時には悪党を退治し、今では王国で五指に入る実力を持たれているとか」



 彼は謙遜するボクへと、称賛の言葉を並べ立てる。

 しばらく国を離れアバスカルに行っていたボクとサクラさんだけれど、実のところその少し前からこういった反応をされることが増えた。

 それは単純に、勇者と召喚士として実績を積み上げてきたため。なので気恥しいものの、社交辞令込みとはいえこの人がこういった言葉を口にするのもわかる。



「ここまで高名になられると、さぞや国のお偉方にも顔が利くのでしょうね」


「そのようなことは……」


「またまたご謙遜を。いずれはかの有名なゲンゾー殿を凌ぐ勇者になるのではと、もっぱらの噂です」



 しかし彼はどういう訳か、過剰なほどの称賛を並べ立てる。

 ボクらを立ててくれる人は数居れど、こうまで褒めちぎるというのはそう多くない。

 もし居るとすれば、お近づきになることで何か自身に得があるのではという打算込みな、そんな人間がよく見せる姿だ。


 けれどどこか……、この人はそういうのとは違うような気がする。

 それは言葉にするのが難しい、直観とでも言い表すべき感覚。

 ここ最近は勇者たちのように、こういった妙な予感や直観を受けることが増えた。そしてどういう訳か、あまり好ましくない方向で当たってしまう場合が多い。



「どうかされましたか?」


「……いえ。すみません、折角家族で居るところを邪魔してしまいまして」


「そのようなことは。ああ、もうこんな時間だ。ではまたいずれ」



 変わらず笑顔を浮かべた、ルアーナの父親の表情。

 彼は町中に鳴り響く教会の鐘を聞き、自身の妻と娘の背へ手を当てると、そそくさと新市街の方へと歩いていくのだった。

 ついさっきまでの、過剰に過ぎる褒め方を思えば意外なほどにアッサリと。


 もしやただの風変わりな人なのであろうかと思う。

 たださっきまでまくし立てていたあの人の言葉を思い出すと、やはり妙な印象を覚えてならない。

 どことなくこちらを値踏みするような、あまり愉快ではないものが混じっているような。

 ボクはアルマの新たな友人の家族を、そのように思ってしまう自身に若干の辟易をしつつも、どこか確信を持ててしまうのに気づくのであった。


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