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狙い 01


――――――――――


拝啓 お師匠様


 長らく出せなかった手紙ですが、ここに至ってようやく出すことができます。

 その理由については、あまり詳しく話せないのですが、少々遠方に行っていたためとだけ。

 またかと思われるかもしれませんが、使いっ走りな一介の召喚士であるというのは、お師匠様もご存知の通り。

 こればかりは引退の日を迎えるまで、逃れられぬのかもしれません。


 ともあれなんとか無事家に戻ってきたことで、ようやく一心地。

 久方ぶりにゆっくり風呂にでも浸かりたい心境。

 ……けれどその長閑な時間は、あまり長続きしてはくれないようです。


――――――――――



 王国最南部地域の小都市、港町カルテリオ。

 確かボクらがこの町を出たのは、春の終わりごろだっただろうか。

 徐々ににじり寄ってくる夏の気配に背を押され、まるでそこから逃げるかのように都市を出て、北の国境へと向かった。

 そうして向かったのがアバスカル共和国。ボクらは長い期間を、そこでの活動に当てるハメとなる。


 あれからしばしの月日が経ち、まだまだうだるような暑さこそ残るものの、海風からは若干ながら秋の足音が感じられ始めていた。

 都市の再開発真っただ中であるカルテリオでは、相変わらず工事による金づちの音が鳴り響き、忙しなさそうに新たな住民たちが動き回る。

 この地に居を構えたのが少しばかり早いボクらなど、まるで意に介さないかのように。



「ちょっと、道が変わってるじゃないの!」



 その少しばかりご無沙汰であったカルテリオ。

 数か月ぶりに帰り着いたボクらは、馴染んだはずであるその小さな町で、自宅に帰る道の最中に迷子となってしまう。

 進んだ道が行き止まりで、それを見たサクラさんは小さな癇癪を起こした。


 幾人もの勇者たちが居住し始めたことで、ここカルテリオは魔物の脅威という面で、大きく改善されるに至った。

 それに伴って、過疎となっていた都市には新たに人が移住し、以前よりも増えた人口を支えるために都市の再開発が必要になる。

 結果、ボクらが数か月留守にしている間に、町は大きく様変わりしてしまっていた。簡単に道を間違えてしまうほどに。



「仕方がありませんよ。もともとこの辺りも工事予定だったんですから」


「とは言ってもね。まさかこうも入り組んでるとは……」


「微妙に都市計画失敗してる気がします。中心部は人が移動できないせいで、余計に混沌として」



 基本的には、過疎化したことによって空き家が増えていた区画を、新たに整備する予定ではあった。

 ボクらが居を構える中心部は手つかずだが、その周辺地域にも工事の手は伸びており、我が家にたどり着くのも一苦労。

 迷うのはこれで3度目。今まで一度として迷ったことのない町であるだけに、サクラさんが悪態つくのもわからないでもなかった。



「もう何十分迷っているのだ。わたしには本当にお前たちの家がこの町に在るのか、疑わしく思えてきたぞ」



 行き止まりであった道を引き返し、記憶にある街並みとを照らし合わせながら路地を歩く。

 ただボクら以上に、この迷子状態へ不満を持っているのがひとり。


 振り返ってみればそこには、疲労感満載なアヴィの姿が。

 見知らぬ国、見知らぬ町を歩かされ、ようやく休息を摂れると思いきや迷子。

 キキュウが落ちてからここまで、道中の宿で眠る時を除いてずっと歩き通しであるため、そろそろたどり着くと告げられた家に期待をしていた反動だ。



「流石にあと数分もすれば見つかるからさ、もうちょっと辛抱してくれるとありがたいかな」


「まったく、この国に来て早々こんな目に遭うとは。前途多難だな」


「そこはちょっとばかり同情するけどね。……そもそもの原因はこっちだけれど」



 げんなりとするアヴィを宥めながら、ボクらはさっきよりも少しだけゆったりとした歩調で歩いていく。


 本来であればアヴィは、騎士団に預けなくてはいけない存在であった。

 アバスカル共和国の奴隷商が、越境してまで他国人を捕らえ売買していたという、生き証人であるためだ。

 けれど末端の騎士団からすれば、そんな話は寝耳に水に違いない。

 なにせこれは秘匿された任務であり、知っているのは騎士団上層部のごくごく一部だけなのだから。


 そのため近々王都へ向かい、そこでゲンゾーさんと接触し、彼に直接託すという形になる。

 ただキキュウの墜ら……、もとい着陸をした地からほど近い町で、あの人が現在東の小国へ行っているという話を聞き及んだ。

 相棒のクレメンテさんも同行しているらしく、アヴィを預ける先に困ったボクらは、一旦カルテリオの家へ連れてくることにしたのだった。


 移動する距離が増えるためアヴィにとって負担かと思いきや、彼女にしても見知らぬ土地で、誰とも知らぬ相手に預けられるよりはマシと考えたらしい。

 大人しくついて来て、今に至るというわけだ。



「それにしても、越境を試みた人たちが4人も生きていたなんて驚きです」



 ボクは我が家を見つけ出すまでのわずかな時間、ふと頭に浮かんだ話を口にする。

 隣を歩くサクラさんはその言葉を聞き、感慨深そうに頷いていた。



「正直、私はもう諦めていたのよね。だってそうでしょう、あんな化け物が居る狭い空間、無事と考える方がおかしい」


「まあ、確かに」


「勘違いしないでよ? もちろん生きていてくれて良かったとは思っているんだから」



 サクラさんと交わすのは、つい数日前にたどり着いた町で知った話について。

 着陸後にキキュウを燃やし処分したボクらは、ひとまず南下するべく近場の町へと向かった。

 そこで出会ったのはなんと、アバスカル共和国へと潜入するべく共に洞窟へと入った、2組の勇者と召喚士たちであった。


 もしやボクらと別れた後、あの洞窟を遡ったのかと思いきや、彼らは辛うじてアバスカル側に抜けたという。

 巨大な魔物に追いかけられながらも、数日を要し命からがら洞窟から脱出した彼らは、偶然にも自治都市アマノイワトの守備隊員たちと出くわしたそうだ。

 その後は国軍の目を盗みながら少しずつ移動をし、彼らがアマノイワトにたどり着いた時には、丁度ボクらが首都リグーに向かった後。


 彼らはそこまででそれなりの負傷を負い、体力的にも厳しかったため後を追うのを断念。

 まだ他にも隠し持っていたキキュウを使い、一足先にシグレシアへ帰っていたとのことであった。



「半分が生き残ってくれただけで上々か」


「残りの4人も、アマノイワトに辿り着ければいいのですが……」


「そこは運を天に任すしかないわね」



 4人もが生きていてくれて、安堵に胸をなでおろす。

 けれど彼ら曰く、一緒に入ったもう4人の勇者と召喚士たちについては、何も知らないのだと言う。


 洞窟内で離ればなれになったその残り4人がどうなったのか。

 一番高い可能性としては、あのまま洞窟内で倒れてしまったというものだ。

 幸運にもあの人たちと同じく、せめて外に出られていればとは思うものの、こればかりはサクラさんが言うように祈るほかない。



「さて、と。着いたわよ」



 そんな話がひと段落ついたところで、ボクらは迷路のような裏路地をようやく抜けだす。

 苦労して抜けた先で目に映ったのは、閑静な住宅街の中に在って、ひときわ大きな邸宅。

 白壁の所々に蔦が這っているのも相変わらずな、町から提供されたボクらの我が家だ。



「思いのほか立派な家ではないか」



 実際に彼女が想像していた物よりも、それはずっと大きかったらしい。

 道を抜けて目にしたその家に、アヴィは小さく口を開き感嘆の声を漏らす。



「お貴族様のお屋敷に比べれば小さいだろうけれど、しばらくの間は我慢して頂戴。嫌なら宿に泊まるってのもアリだけど」


「なにを言う。わたしは国でずっと冷遇されていた身、それを思えばここは城も同然だ」


「……聞くにつれどんどん切なくなっていくわね。ともかく入りなさいな」



 そういえば忘れがちであるが、アヴィはもともとアバスカルの北に位置する小国で、貴族の家に生まれた娘。

 なのでボクらが住むこの他より大きな家も、別段驚くほどのものではないのかもしれないと考える。

 もっとも当人によれば、実家ではかなりぞんざいな扱いを受けていたため、よく別邸などに追いやられていたようだ。


 そんな話を聞き気まずそうにするサクラさんに促され、ボクは家の鍵を開ける。

 中に入ると、そこは変わっていく街並みとはうって変わり、記憶の中に在るそれとまったく同じ風景が。

 触れ慣れた石材の質感に、見慣れた振い棚の木目。小綺麗に掃除された、サクラさんが気まぐれを起こし買った壺。



「あの子ったら、時々帰ってきて掃除をしてくれてるみたいね」



 想像を超えて、遥かに清潔な状態に保たれていた我が家。

 そんな光景を見たサクラさんは、小さく口元を綻ばせると、この家の住人である少女のおかげだと確信をした。


 この家に住むもう一人の住人、アルマはかつてボクらが助け出した亜人の少女だ。

 アヴィのように元々は奴隷として扱われていたその少女は、ボクらが長く町を離れている間、教会に預かっていてもらっている。

 けれど家の鍵自体は持っているため、どうやら時折帰って来ては、掃除をしてくれているのだろう。

 なんとも出来た子であると思う反面、その健気な行動が不憫に思えてしまう。



「でも今は居ないみたいですね」


「たぶん友達とでも遊んでいるんじゃない? 最近は人も増えてきて、同年代の子供がそれなりに居るみたいだし」



 とはいえ四六時中この家に居るわけでもないらしく、今はアルマの姿がない。

 すぐに会えない寂しさはあるけれど、居たとすればそれはそれで心配になるため、サクラさんが言うように友達とでも遊んでいてくれるというのが一番かも。

 ただそんなことを考えていると、すぐ背後から怪訝そうな問いの声が響く。



「あの子とは?」


「ああ、この家で一緒に暮らしている女の子だよ。道中で一度くらい話したと思うけれど」


「そういえば聞いたか。だが幼い少女なのだろう、急に見知らぬ輩が一緒に暮らすなど、大丈夫なのだろうか」



 首をかしげるアヴィに、道中でほんの僅かながら話をしたアルマについてを口にする。

 すると彼女は思い出し納得するのだが、すぐさま不安そうに目を細めた。

 おそらく自身が非常に硬い口調をしているため、まだ幼い少女には好かれないのではと考えたためらしい。



「問題ないわよ。たぶん人見知りってタチでもないと思うしさ」


「ならいいのだが……」


「気にしすぎよ。それと部屋はその子と別だから安心なさいな。当面は私と一緒に寝てもらうから」



 サクラさんが言うように、アルマの側はおそらく大丈夫なのだろう。

 最初こそボクから離れようとしなかったけれど、今は特に大人相手には愛想の良さを見せたりしている。

 なのでアヴィがしばらく一緒に暮らすとしても、上手くやってくれるに違いない。


 サクラさんと一緒の部屋であるという言葉に、「そいつは面倒だ」と軽口を叩くアヴィを連れ、一先ず寝室へ荷物を置きに。

 ただそのために階段を上がろうとしたところで、突如玄関の扉が開く音が聞こえた。



「あれ、開いてる……。クルス、帰ってきてるの?」


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