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風に乗り 02


 突如としてボクらの前に姿を現した人物。それはアバスカル共和国の南西部に位置する、自治都市アマノイワト守備隊のイチノヤであった。

 彼はどういう訳か、どちらかと言えばアマノイワトよりも首都リグーに近いこんな場所に現れ、人懐っこい笑みを浮かべている。



「なにやら知らない顔が混ざっているな。まあ別に構わんが」



 そんな彼がボクとサクラさんに挨拶をし、その次に視線を向けるのはアヴィだ。

 別れた時にはなかった顔であるだけに、若干気にはしたようだけれど、すぐさま考えるのをやめる。

 このあたりの豪胆というか適当さ漂う雰囲気は、前に会った時と変わらない。

 もっともあれから1か月と経過していないのだから、当然と言えば当然か。



「まず一つ聞きたいのだけれど?」


「なにかなお嬢さん。俺でよければ何なりと答えてやろう」



 現れたイチノヤへと驚くこともなく、サクラさんはジトリとした視線と共に、一つだけと前置きし質問をぶつける。

 対してイチノヤはおどけた調子で促すのだけれど、彼女が言わんとしていることなどわかりきっている。



「なんでここに居るのよ。しかもこんなタイミングで」


「なかなかに良い質問だな。一言で言えばそうだな……」


「一言で言えば、なによ?」


「お前らを迎えに来た。延々と徒歩では、いつ合流できると知れたもんじゃないからな」



 堂々と、サクラさんが向けた質問に対し言い放つイチノヤ。

 現れた瞬間は驚いたけど、考えてみれば彼がボクらと合流しようとしていたのは間違いなさそうだ。

 あまりにも広い国土を持つアバスカル共和国だけに、もし何かの用で彼が首都方面に向かっていたとしても、偶然出会ったというのは考えにくい。

 なのでボクらがここを通ると目算を立て待ち伏せていたというか、迎えに来たのは確かだと思う。


 イチノヤは見たところ同行者も付けず、ただ一人だけでここに居る。

 一応は偉い立場であろうに、それでいいのだろうかと思いはするけれど、サクラさんよりもはるかに強い勇者であるだけに、別に問題ないのかもしれない。


 ただサクラさんが言うように、首都から逃げ出したところで彼が迎えに来るというのは、少々好都合に過ぎる。

 するとイチノヤはその理由を、軽い口調で言い放つのだった。

 彼によるとどうやらアバスカル国軍がアマノイワトに間諜を送り込んでいたのと同様、アマノイワト守備隊も首都に人を送り込んでいたらしい。

 その人物から鳥を使った連絡手段によって、魔物による被害などについてを聞いたらしい。



「おそらくお前らの仕業だろうと思ってな。なら逃げ出してこっちに向かうだろうと踏んで、こうして迎えに来たってわけだ」


「それはありがたいのだけれど……」


「なら大人しく厚意を受け取っておけ。少なくとも歩かずには済む」



 イチノヤはそう言って、自身の背後を指さす。

 そこには人の姿こそないものの、代わりに車輪付きの小さな荷車と、そいつを引くための背が低い動物が伏していた。

 なるほどこいつは助かる。ここからあと数日、延々歩き続けるよりは遥かに楽というものだ。


 なんとなく、そんな状況に納得をし安堵する。

 けれどその一方で話についていけないどころか、そもそも根本的な部分で首をかしげる姿が。



「……ところでクルス、誰なのだこの男は」



 困ったように、どことなく幼さを感じる仕草でボクの袖を引くアヴィ。

 そういえば彼女はイチノヤのことを知らない。会話の内容から、現在向かっているアマノイワトから来たことは察しても、具体的にどんな人かまではわからないはず。


 そこで色々とやり取りを交わすサクラさんたちを他所に、アヴィに事情を説明をする。

 すると彼女はおおよそを理解したようで、小さく頷きながら焚火の前に腰を下ろした。



「で、あえて自分で迎えに来たってことは、特別の理由があるんでしょ?」



 そんな中、サクラさんはイチノヤに静かな口調で問い詰める。

 彼が言わんとしていることはわかった。首都に送り込んだ人間からの情報を受け、ボクらを迎えに来たのであるというのは。

 けれどサクラさんが言うように、わざわざイチノヤが来た理由がよくわからない。

 普通であれば彼の部下なりを寄越せば済む話なだけに、妙な不信感が拭えなかった。



「なんていうかよ、少々人には任せられない事情があってな」


「側近みたいな人たちが何人が居たじゃないの。その人たちにも頼めないの?」


「今のところはな。これからお前たちを案内するのは、そいつらにも教えられない場所だ」



 そういえば彼はここまで、一度としてアマノイワトへ連れていくとは言っていない気がする。

 つまりあの町とは異なる何処かへ連れていき、何かをさせようという魂胆であるらしい。



「どことなく不安なのだけれど。いったいどういう意図で案内するのか、そのくらいは教えて頂戴。なにせ私たちは当事者なんだから」


「仕方がない。……お前らが国に帰るための手段が、そこに用意してある」



 追及の手を緩めようとはしないサクラさん。彼女の言葉に、ついにはイチノヤも折れる。

 彼はこれより向かう先で、南に向かうための手段が用意されていると告げた。


 前回イチノヤと別れた時、彼は協力の礼として帰還を手伝うとは言ってくれていた。

 けれど実のところ彼には、ボクらがシグレシアから来たことは伝えていないのだけれど、どうしてわかったのだろうかと思う。

 するとイチノヤはボクの表情から、考えていることを察したようだ。



「そこはアレだ、俺の聡明な頭脳が会話を元に推測したってやつさ」


「どう信用していいのかわかりませんが、あまり聞かれたくないだろうってのは理解できました」



 ガハハと大きく笑いながら、妙に自信ありげな言いようで根拠を口にするイチノヤ。

 ただこれはこれ以上突っ込んで聞いてくれるなという、彼なりの意思表示であるようにも思えた。

 あまりしつこく聞いても教えてくれそうにないため、ここいらで諦めるとしよう。


 きっとサクラさんも呆れているのであろうと思い、横目で窺う。

 けれど彼女はどういう訳だろうか、どことなく微笑ましそうな表情を浮かべているのに気づく。

 サクラさんの妙な反応に違和感を覚えつつ視線を前に戻すと、イチノヤはいつの間にやら地面に腰を下ろし、自身の背嚢から食材を取り出そうとしていた。



「とりあえず、今日はお前たちが役目を果たした祝いだ。酒も肉も持ってきた、好きに食って呑め」



 彼はそう言うと、自身の背嚢から酒が入った大きな瓶を取り出す。

 長い旅路に持ち歩くには、かなり邪魔になるであろうそれをあえて持ってきたあたり、祝いをしようという言葉に偽りはなさそうだ。



 イチノヤが取り出した肉を焼き、アヴィを除く3人で酒を分け合う。

 徐々に暮れていく陽を眺めながら、ボクらはここまでの経緯を話せる範疇ではあるけれど、少しずつ話していく。

 そうして完全に陽が落ち切って、線路の敷かれた草原が世闇に染まった頃。

 疲れによってすっかり眠ってしまったアヴィと、「最近寝不足だ」と言って早々に横になったサクラさんの横で、ボクはすっかり減ってしまった酒を口に運んでいた。


 焚火を挟んで向かいには、同じく酒を傾けるイチノヤ。

 彼は時折ボクの方をチラリと窺う。きっとなにか話したいことがあるのだろうけれど、酒の勢いがあってもなかなか切り出せないようだ。

 豪胆な気質を持つ彼にしては珍しいと思いつつも、ならばと手助けとして発言を促す言葉を吐く。

 するとイチノヤは一瞬だけ躊躇したものの、意を決した様子で酒を地面に置いた。



「お前、……家族は?」


「家族、ですか? 一緒に旅をしているので、あえて言うならサクラさんが家族みたいなものですかね。あとは拠点にしている町で、引き取った孤児の子供が」


「確かにそういうのも家族と言うのだろうが……。俺が聞きたいのは、お前を育ててくれた人についてだ」



 イチノヤが何を言い出すのかと思えば、聞きたかったのはボクの家族について。

 育ててくれた人、となるとやはりボクにとってはお師匠様だ。

 両親が居なくなった後、引き取ってずっと育ててくれたのだから。もっとも、家事などはもっぱらボクがやっていたけれど。


 ただそれにしても、彼がしたその問いは、どうにも脈絡がない気がする。

 今までがそんな会話の流れでもなかったはずだし、この人がそんな世間話的なことを好む気質であるとも思えないし。

 とはいえ別段言葉を濁すような内容でもないため、ボクは正直にそこいらの事情を話すことに。



「実はボクの父は勇者で、母は相棒の召喚士だったんです。けれど魔物の討伐に出たきり、結局は戻ってきませんでした。ただ幸運にも両親の友人が近くに居たので、孤児になって早々引き取られましたね」


「そ、そうか。……友人に」



 彼は軽く話すボクの言葉に、どことなく切なそうな、それでいてホッとしたような素振りを見せる。

 なんだろう、どことなくイチノヤに抱いていた印象とは、少々異なる反応のように思えてならない。

 ボクが抱いていたイチノヤ像は、こんな話を感傷的に受けるような人でもないし、それ以前にこんな身の上話を好むとも思えなかった。

 なので今見せている姿が、どこかチグハグに思えてならない。



「では、その人物が親代わりとなってくれたのだな」


「そうですね、自分の子供のように育ててくれました。もっともその人は生活力が無さすぎるので、逆にボクが世話をしていたような気もしますけど」


「両親が……、もしも生きていればと思ったことはないのか?」



 なんだかおかしな雰囲気を漂わせるイチノヤ。

 ボクは彼が発した言葉に、一瞬だけ言葉を詰まらせる。


 もちろん幼いころには、実際に何度となく思ったことがある。

 魔物を討伐に向かってそのまま帰らなかったとは、お師匠様から聞かされていたけれど、まだ本当は生きているのではないかと。

 ある日突然に家の扉が開かれ、迎えに来た両親から熱い抱擁をされるのではという空想を抱いた。


 けれどそんな空想や願望も、10歳を過ぎる頃にはしなくなった。

 これが自身にとって都合の良い、それこそ物語に描かれた展開と同じようなモノであると薄々気付いたためだ。

 それに親が魔物にやられ孤児となった子供が、決して珍しくないというのは知っていた。

 自分だけが淡い期待を抱き続けるのは、育ての親であるお師匠様に対して、幼いながらも申し訳ないと思っていたのかもしれない。



「という訳で、今ではまったく考えなくなりました。墓の中身が空なのは、少し寂しいですけれど」



 そう告げると、イチノヤは視線を地面に向け小さく息を吐く。

 一瞬呆れられたのだろうかと思うも、どうやらそうではなかったようだ。

 彼はなんだか納得したように頷き、ボクに薄い笑顔を向けてくるのだった。


 けれどイチノヤが顔に浮かべた表情に、ハッとさせられた。

 これまで見せたことのなかった、穏やかで慈愛の混ざった表情。ボクは……、イチノヤのこの顔を見たことがある。

 どこでかはわからないし、明確な根拠があるわけでもない。

 でもこの人物が浮かべる、どこか慈愛の含まれたこの笑み。きっとどこかで、それもずっと以前に見たような……。



「あの……」


「もういい時間だ。明日も早い、そろそろ寝るとするか」



 過去の記憶がグルグルと頭の中を巡り、抱いた印象の正体を探っていく。

 そうしてボクは一点だけ、最も近いのではないかという記憶の断片を探り当てようとしていた。


 自分自身でもまさかと思うその記憶が、本当に合っているのかどうか。

 イチノヤに確認をしてみるべきか逡巡し、ようやく意を決しかけ口を開こうとするのだけれど、それは彼自身によって遮られた。

 彼はカップに残った酒を一気に煽ると、毛布を手繰り寄せ被って横になる。



「俺が聞きたかったのはそれだけだ。明日には、忘れてくれていい」


「…………はい」



 寝転がって背を向け、勝手に話を打ち切るイチノヤ。

 彼には問いたいことがある。けれどそれを許さぬイチノヤの雰囲気に、ボクはただ視線を逸らすことしか出来ないのであった。


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