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風に乗り 01


 首都リグーへと潜入し、そこで奴隷であったアヴィを買った後に行ったのは、再開発区画の調査。

 その末に起こった、大量の黒の聖杯による魔物発生により、リグーは甚大な被害を受けることになった。


 眠っていた黒の聖杯を起こしてしまった以上、当然ボクらには若干の負い目がある。

 けれどだからといって大人しく捕まるわけにはいかない。他国の間者であるといずれはバレるだろうし、そうなれば投獄されてしまうのは避けられないから。

 結果ボクらは気まずさを内に抱えつつも、尻尾を巻いて逃走するという選択に迫られた。


 本来であれば圧倒的な数を誇る国軍が、追いついてくるのも時間の問題。

 とはいえ連中はボクらがどちらの方角へ逃げたかを知りはしない。全方位に捜索の手を伸ばすのも、首都の損害を考えれば難しいはず。

 それに逃走の最初は、サクラさんがボクらを抱えて相当な速さで駆け続けた。なので連中に発見されるという可能性は、著しく低くなっているはずだ。



「そろそろ野営の準備を始めましょう。夕刻にはちょっと早いけれど」



 そんな逃避行を始めて早4日。

 ボクらは首都へ向かった時とは真逆に、線路に沿って徒歩で延々と南下していた。

 本来なら危険な場所ではあるけれど、ここに繋がる線路は巨大な魔物と一緒に潰れてしまったため、首都方面からは来ないのが救いか。


 初日ほどではないけれど、2日目以降もかなり足早に移動を続けおり、身体には重い疲労が圧し掛かってくる。

 そんなボクを見たからか、野営を行おうと口にするサクラさん。

 けれどボクは少しばかりの不安を抱き、もうちょっとばかり進もうと返す。



「もう大丈夫だとは思いますが、出来るだけ首都から離れておきたくないですか?」


「そうは言っても、クルス君かなり足が震えてるじゃないの。ここまでかなり無理して歩いてきてるみたいだし」



 精一杯の虚勢を持って口にした反論ではあるけれど、すぐさまこちらの体調を看破されてしまう。

 サクラさんが言うように、確かにボクの脚はもう棒の如く。このまま座ってしまえば、もう一度立ち上がるのは厳しそうだ。


 本来ならばこうなる前に小休止を挟んだり、もっと体力を温存した歩き方をしている。

 けれど万が一拘束されでもしたら、もう国に帰れないのではという不安感が、無理な強行軍をするハメになってしまった。

 ということは疲れているのがボクだけではないということで、もう一人の疲労困憊となっている人物、アヴィがボクへ不満を漏らす。



「わたしもいい加減休息を摂りたいのだが。体力馬鹿な勇者と、付き合うのに慣れたお前を基準にされては迷惑だ」


「あら、その体力馬鹿ってのは私のこと?」


「いいや、勇者全般だ。わたしも体力には自信がある方だが、勇者のそれには付き合いきれん」



 確かにこの中では、サクラさんだけが平然としている。

 ボクとアヴィを抱えて走った初日は、流石に魔物との戦いもあってかなり疲労困憊であったけれど、やはり勇者としての身体は頑強であるらしい。

 翌日にはすっかり体力も回復し、疲労の色も感じさせず歩き続けていた。


 一方でボクはここまでの経験からある程度体力がついたとはいえ、元はただのひ弱な召喚士。

 アヴィにしてもどこぞやの騎士団に属していたみたいだけれど、流石に勇者の化け物じみた体力と比べるのは酷。

 彼女はもう限界だと言わんばかりに座り込むと、グッタリとした動きで荷物から着火器具を取り出す。

 もう簡易の天幕を建てる気力すらないようで、焚火だけをして済ますつもりのようだ。



「わかりました、今日はもう休むとしましょう。とりあえず食事の準備を……」


「いいから座っていなさいって。ここは体力馬鹿の私に任せてさ」



 そんなアヴィの姿を見て、観念し今日の移動はここまでと了承を口にする。

 すぐさま彼女が用意しつつある火で、食事の準備を始めようとするのだけれど、それはサクラさんによって制止された。


 サクラさんの料理は、どちらかと言えば適当な物が多いだけに、正直ボクが作った物の方がアヴィにも評判が良い。

 けれどボクの疲労状態を察してか、それとも文句を言う気力すらないのか、彼女は何も言葉を発しない。

 今はだれが作った物でもいいから、食事を摂って休みたいということか。

 それにサクラさんの仕返しとも言える言葉にもまるで反応しないため、よほど今日の強行軍が堪えたと見える。



 火を熾し終え寝転がったアヴィを尻目に、とりあえず女性陣が眠る小型の天幕だけは建てておく。

 サクラさんが食事を作る間、ボクらは呆としながら揺れる火を眺めていた。


 高地であるアバスカルとはいえ、夏の盛りであるのに加えまだ中部であるここいらでは、火に手をかざすほどに寒くはない。

 むしろ強張った筋肉を解すためという目的で、身体を温め脚をさすっていく。



「ところでだ、そろそろ聞いておきたいことがあるのだが」


「どうぞどうぞ。答えられる範疇なら、疲れのせいで口を滑らすかも」



 適当に背嚢から取り出した材料を煮込んでいるサクラさんを他所に、アヴィはチラリとこちらを窺う。

 そして少しだけ躊躇を経て、彼女はここまで聞こうとしていたものの、なかなか切り出せずにいた質問を口にしようとしていた。



「いい加減、お前たちがどこから来たのかくらい教えてもらいたいところだ。今からわたしは、そこに行くのだろう?」



 そんな彼女が口にしたのは、ボクらがいったいどこから来たのかとうこと。

 あまり好んで自らのことを話す性格ではないアヴィだ。逆にこちらについて根掘り葉掘り聞くのを、これまでは躊躇っていたのだろう。

 実際アヴィが聞いてこなかったため、ボクもそれに甘えあえて話してはこなかった。

 けれどリグーで巨大な魔物を討ち、どこへ向かうとも知れぬ逃走を続けている内に、いい加減聞いておくべきであると思ったのかもしれない。


 彼女がそう考えるのも当然。

 そこでボクは一瞬だけサクラさんの方を見ると、彼女もまたボクへと視線を向け、ほんの僅かに首を縦に振るのだった。



「そうだね、一応こっちに来てもらうわけだし」



 流石にここで教えないというのは、少々白状に過ぎるのではと考える。


 彼女にはこれからなんとかして国境を越え、シグレシア共和国へ来てもらわなくてはいけない。

 というのもボクらがこの国に来たのは、黒の聖杯に関する手がかりを得るのが第一ではあったけれど、密かに第二の目的があったため。

 それはアバスカル共和国に対する、外交的な武器となる材料を探すというものだ。


 大陸で唯一奴隷売買を公然と行う国ではあるが、その点だけを言えばあくまでもアバスカルの内側の問題。

 けれどもしそこで扱われる奴隷に、他国人が混じっていたとすれば、それは一気に国同士の争いへと姿を変える。

 そしてアヴィはその他国人。アバスカルの北に在る国の出で、しかも不遇を受けてはいるが一応現役の貴族。

 サクラさん曰く"外交のカードとしては十分すぎる"とのことだ。


 そのためにもアヴィにはシグレシアに来てもらわなくてはいけないが、いずれはその部分を話す必要に迫られるし、何気に聡い彼女のことだからそのうち気付くに違いない。

 ならば今のうちに話してしまう方が面倒がないと、アヴィに自分たちの素性を話すことに。



「……では向かうのはさらに南か。また随分と距離があるな」



 ただ丁寧にここまでの事情を話してみると、意外にもアヴィは驚いた様子もなく、大人しくシグレシア行きを受け入れる。

 もっともある程度安全な状況になった今も、なお延々と南に向かっている点から、薄々感づいていたようだけれど。

 そんなアヴィ、決して大国とは言えぬシグレシアではあるが、一応位置くらいは知っているようだ。



「今更だけれど、本当にいいのかい? 実際君を奴隷市で買った目的はもう果たしたんだ。国に帰りたいとかは……」



 それでもボクは、シグレシアに連れて行かなければいけないという目的をあえて横に置き、彼女にこれでいいのかを問う。

 ここまでで話を聞く限り、彼女はあまり自国にというか、古郷や家族に未練がないようではある。

 けれどもしも当人が望むなら、いずれ国に帰れるようにしたいとは思う。


 そう聞くと彼女は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべ、苦笑交じりに首を横に振る。

 どうやら本当に、自身の国に対する未練が微塵もないと見える。

 なにやら鬱屈した感情や記憶に満ち満ちていたようで、むしろ戻らない方が好ましいとすら考えているらしい。


 そんなアヴィは両国の間に横たわる、巨大な山脈の存在を口にすると、そこを越えるのが容易くはないことも思い出す。



「で、どうやって国境を超える? かなり険しい場所だと聞くが」


「そこが問題なのよね。来た道を辿るのは難しい、安全が云々という次元の話でもないし」



 ボクに代わって答えたのは、あとはもう少しばかりスープを煮込むばかりとなって、やることがなくなったサクラさん。

 彼女はボクらが最初に通ってきた、山脈地下の洞窟を通るのは厳しいという認識を示す。


 確かにあそこは地下水の流れによって、アバスカル側へ移動するのであればともかく逆は困難。

 それにかなり強力な、それこそ先日討った黒の聖杯の融合により生まれた魔物と、同等水準の強力な魔物まで生息している。

 国境越えの時に逃げきれたのは、ひとえに運の良さがあってのものだ。



「だからとりあえず、アマノイワトに向かおうかなって」


「聞いたことのない町だな。そこに行けばどうにかなるのか?」


「ちょっとばかり伝手があってさ。おそらくこの国を出るのに、ちょっとは協力してくれると思う」



 とりあえず目下の目的としては、この国から脱出をすること。

 そのための手段として真っ先に浮かんだのは、国境を越えて最初にたどり着いた都市であるアマノイワトへ向かうこと。

 そこで都市守備隊の責任者でもある、イチノヤに会う。


 あの人物はこの国での目的を達した暁には、国境越えの手助けをしてくれると約束してくれた。

 おそらくは協力に対する礼のつもりなのだとは思うけれど、ボクにはどこかイチノヤの本心が、別のところへあるように思えてならない。

 けれどどのみち他に頼る相手がいない以上、あの町に向かうというのは至極当然の選択だった。



「いいだろう。とりあえずついて行ってやる」


「助かるよ。けれどアマノイワトはまだまだ遠い、とりあえず今日のところはゆっくり休んで――」



 とは言うものの、目的地であるアマノイワトまではまだかなりの距離がある。

 今夜はひとまず、しっかりと食事と睡眠を摂り、明日からまた延々歩き続けなくては。

 そう考え力を抜くよう促そうとするのだけれど、ボクはふと妙な感覚を覚え、無意識に言葉を止めて背後を振り向いた。



「誰かが近づいているわね」



 そしてこの感覚は、ボクだけでなくサクラさんまでも受けていたようだ。

 彼女は同じ方向を向いて、自身の愛用する大弓へ触れながら、警戒感を露わとしていた。


 国境を越えてこの国に入った時と、よく似た状況。

 あの時は不心得な国軍の兵士によって取り囲まれ、捕まる方が無難であると考えたために、その場は大人しく投降した。

 けれど今はもし同じ状況となれば、捕まってやるわけにはいかない。


 そう考えボクもまた、壊れる一歩手前な短剣を握りしめるのだけれど、そんな意思など無関係に軽い声が響く。



「よう、お前ら。無事だったようだな」



 暢気な声を徐々に沈み始めた日差しに響かせ、ニカリと笑みを浮かべる。

 そのどことなく気が抜ける様子を見せたのは、本来ならもう数日後に顔を合わせるはずであった、イチノヤのものであった。


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