潰れ花 04
重い音を響かせながらゆっくりと、列車に備わった金属の車輪が回っていく。
周囲で警備に立っていた兵士たちは、聞かされていなかった突然の駆動に驚き、おろおろとしながら駆け寄ろうとする。
叫び、先頭車両に居る誰かへ声をかけるも、それに対し返す者はなし。
そこに乗っている男はそれどころではないし、ボクらだってわざわざ返事を返してやる義理もない。
「もっとだ、もっと早く動かせ!」
「む、無理だ。そんな無茶が出来るようには造られちゃいない!」
列車の操縦を担当する男を拘束。そいつを脅したボクらは、サクラさんが待つであろう場所に向け列車を走らせ始めた。
こんなことをすれば、男だって後々困った事態になるのは確か。けれど自身の命には代えられないと考えたか、大人しく言う通り動かすための操作をしていく。
いつでも発進出来るようにされていたのは幸運。けれどどうしたところで、その速さを上げることはできないようだ。
いかにも鈍重な、金属の塊ということを思い出させる動きに、ボクは歯噛みし苛立ちを募らせる。
これが走り始めてそれなりに経つと、人では決して追いつけない速さになるのだけれど。
「あれからかなり経ってしまった。そろそろ誘導が終わっていてもおかしくは……」
「下手をすれば、どこぞやで戦って時間を稼いでいるかもしれんな」
「流石にサクラさん一人じゃ、アレの相手は厳しいはず。急いで向かわないと」
徐々に速度を上げていく列車。けれどこいつが到着するころには、きっとサクラさんは魔物を線路上に誘導し終えているはず。
シグレシア王国において、五指に入る実力者となっていたサクラさん。彼女はこの国においても、おそらくはかなり上位の勇者であるとは思う。
でもそんなサクラさんにしても、あの巨大となった魔物は荷が重いのではないか。
少なくとも単騎では、手傷を負わせられても討伐とまではいかないはずだ。
そういえば、以前に国境近くのシグレシア側に在る町で遭遇した魔物も、あれと同じく非常に巨大な体躯だった。
形状こそ異なるものの、単眼の魔物は他で見たことのないもので、今まさにサクラさんが相手をしている存在を髣髴とさせる。
もしも仮に、あの時の魔物と今のアレが同じ成り立ちで発生した魔物であるとすれば、やはりサクラさん一人では厳しいに違いない。
「おいクルス! 後ろを見ろ!」
しかしいち早くサクラさんのもとへと急くボクらであったけれど、列車がしっかりと速度を上げる前に、さらなる障害が迫りつつあるようだ。
突然叫ぶアヴィの言葉に反応し、列車から身を乗り出して後ろを窺う。
すると後方から土煙を上げ、数騎の兵士が追いかけて来るのが見えた。
列車を奪った時には混乱から止め損ねたようだけれど、警備の兵たちは早々に統率を取り戻し、こうして追跡を始めたようだ。
さすがは訓練された兵士。などと関心をしている場合ではない。
徐々に速度を上げつつある列車ではあるけれど、今の様子だと連中が追いつくほうが先。
「まったくこんな時に……。仕方ない、迎え撃とう」
「本気か!? わたしたちの装備で立ち向かえる相手とは思えんぞ」
「ここに来て弱気かい? どのみち戦わなきゃ捕まるだけなんだ」
ボクは腰に差した短剣を抜き放ちながら、力を入れ戦闘への覚悟を口にする。
もちろんアヴィの言うことは正解なのだろう。人数的には倍以上の差、普通であれば戦おうとするのは自殺行為に近い。
彼女自身もそこそこ腕に覚えがあるようだけれど、流石に兵士相手に多勢に無勢で大立ち回りを、とは考えていないようだった。
けれどその無茶を、今はやらなくてはいけない。
「幸いにも一対一には持ち込める。列車の上が狭いのを救いと考えよう」
「まったく、お前たちに買われたのがわたしにとって人生最大の不運だ。……わかった、交代で相手をするぞ」
今の状況であえて光明を見出すとすれば、追いかけてくる兵の乗る馬が、個々で脚の速さが異なるという点。
なので追いついて乗り込んでくるのもバラバラであるのに加え、細長く不安定な足場が一本しかない先頭車両、常に一対一の状況で戦える。
あとはアヴィが自信を持っているであろう技量と、ボク自身の訓練がどれだけ現れてくれるか……。
首都リグーの外壁に沿って伸びる線路を進む列車。
ゆっくりと速度を上げていくその列車上で、ボクらは迫りつつある国軍兵士を迎え撃つ。
連続で斬り合うのはさすがに骨が折れるため、アヴィと交代で前に出て戦うことに。
後ろに下がっている方は、列車を動かしている男が逃げ出さぬよう見張りながら、前方の様子を窺う役割だ。
「交代してくれ! 武器がもう限界だ!」
強引に馬から列車へ飛び移り、強奪犯であるボクらを止めようとする国軍兵士。
そいつが振り下ろす剣をなんとか短剣で受け止め、揺れた瞬間を逃さず兵士を蹴り落とすなり、背後に居るアヴィへと叫ぶ。
今さっき受け止めた拍子に、短剣が嫌な音を立てたのが、車輪と線路の擦れ合う甲高い音の中でも聞こえた。
今ので3人目の兵士だ。むしろここまで持った方であると、限界を迎えた短剣に感謝するべきなのかもしれない。
「こいつを使え。悪いがわたしもコレ1本しか持っていないものでな」
「……なんとも心許ないな。しかもこの狭さじゃ取り回しが」
「無いよりはマシだろう。それにこのくらい武骨な方が、連中も委縮してくれるやもしれん」
けれど武器の交換を求めるも、ボクに代わって前に出ようとするアヴィが手渡してきたのは、彼女も言うように武骨な外見をした金属の棒。
鋳造によって造られたと思われるその黒鉄の棒は、列車を動かすために必要な燃料を扱うための道具だ。
武骨とは言うものの、武器として使うには少々心もとない細さ。とはいえアヴィが言うように、無いよりはずっとマシか。
その棒を受け取ったボクは、アヴィに代わって男の見張りをする。
男はせっせと真っ黒い石のようなものを炉に放り込んでいくのだけれど、どうやらこいつはアバスカルの国土で大量に採れる、燃料として使える代物らしい。
そいつを燃やすことによって湯を沸かし、蒸気を発生させることによって、列車が走る力に変換するとサクラさんは言っていた。
……いまいち理解できるような出来ないような。
ともあれ男がそれを放り込むにつれ、どんどんと加速していく列車。
外へ頭を出して前を窺うと、進路上の遠くには、沈みつつある太陽に照らされた白い物体が。
どうやらサクラさんは上手く都市外へ、魔物の誘導を行ったとみえる。
「どうだクルス!? ちゃんと来ているのか?」
「大丈夫。このままいけば作戦通りにいけそうだ」
なおも乗り込んでくる国軍兵士を、自身の短剣でいなすアヴィ。
これまで彼女が戦う姿を見てはこなかったけれど、自信のほどを証明するように難なく列車から兵士を叩き落すアヴィは、誘導の状況を問うてくる。
さすがにここからではサクラさんの姿が見えないけれど、魔物が一点に留まり移動する様子がないことから、彼女もまたあの場に居るはず。
きっと、いや絶対に、サクラさんはあそこで戦っているはずだ。
「よし、これで最後だ!」
「まさか本当に、追手の全部を排除してしまうなんて」
「クルス、お前まさかわたしの実力を信用していなかったのか?」
そうしてボクが前方に意識を向けているうちに、アヴィは兵士を続けざまに蹴落としていく。
途中から十数騎に増えていた追手の兵士たちも、彼女がさっき落としたので最後であったらしく、周囲には駆ける馬の姿はみあたらない。
どうやら馬の走る速さでは追いつけぬほどに、列車は加速できているおかげもあるけれど。
感心するように呟くボクであったけれど、アヴィの顔に浮かぶのは不満げな様子。
自身の素性をある程度明らかにして以降は、己が武を誇っていたというのに、そいつを話半分に取られていたのが不服であるようだ。
けれど実際に常に一対一の状況が得られていたとはいえ、この足場が不安定な列車の上で、幾人もの兵士を相手に勝利を収めたというのは事実。
「悪かったよ。どうやら言っていたことは、一字一句本当だったみたいだね」
意外なことに、こんな状況でもボクらは案外平静を保てている。
必死に炉へ燃料をくべ続ける男をよそに、自身よりも多くの兵士を追い払ったアヴィへと、称賛の言葉を贈った。
彼女は向けられたそれにいたく満足したようだ。
短剣を鞘に戻し腰に手を当てると、どうだと言わんばかりに胸を張っていた。
けれど満足感に浸っていたのもほんの数秒だけ。すぐさま表情を険しくさせると、身を乗り出してから進行方向を見て問う。
「でだ。ここまで来ておいて今更なんだが……」
「またかい? 今度は一体なにを言いたいんだか」
一転して真面目な表情となったアヴィ。
彼女は履いているブーツの踵を列車の床に打ち付けて鳴らすと、少しばかり心配そうに懸念を口にした。
「本当にこいつで倒せるのか? わたしにはどうにも、これがぶつかっただけでは足りぬと思えるのだが」
彼女の抱いた懸念。それは現在線路上に誘導されているであろう、白い巨大な魔物がこいつによって本当に倒れるのかという点。
確かに城壁と見紛うような巨躯であるだけに、いかな金属の塊が高速で突っ込んでも、致命傷を与えられるか不安になるのもわかる。
もしも可能であれば、列車2台により挟み込むようにできれば理想ではある。
けれど2台もの列車を盗むのは厳しいし、丁度挟むように呼吸を合わせるのはもっと難しいはず。
「確証は持てない。けれどこいつがあるなら、少しは希望が持てると思うよ」
ボクは不安そうにするアヴィに、ソッと背後に在るそれを指さした。
置かれているのは、この列車を走らせるための燃料。さっきから男が炉に延々と放り込み続けている黒い石だ。
重量級の列車を、国土の端から端まで動かすために積まれた、大量の可燃物。
ボクはかすかな希望をそいつに託し、男に指示をしさらに列車の速度を上げさせるのであった。