特別 04
昨夜は随分と夜遅くまで話をし、やたらと酒を勧めてくるゲンゾーさんの誘いを、のらりくらりと躱しながら聞き続けた。
そのため最終的にお開きとなり部屋へ戻れたのは、ゲンゾーさんが酔いつぶれた後。
眠りについたのはさらに遅く、空も白み始めた頃だった。
考えてもみれば、出会ってまだ2日目の人物相手に、よく身の上話などをしてしまったものだとは思う。
しかしサクラさんも同じように、ボクに話していなかった自身の話を彼へとしていたのを思い出すに、ゲンゾーさんはそういった話をし易い雰囲気を持っているのかもしれない。
ボクにもそんな個性が持てればとは思うが、こればかりは人生経験と持ち前の快活さなどがあってのもの。
なかなかその域に達するのは苦労しそうだ。
「オハヨ。……どうしたの、すごいクマができてるけど?」
たった2~3時間の睡眠を経て、大きく欠伸をし廊下へと出る。
そこで丁度出くわしたサクラさんは、ボクの顔を見るなり怪訝そうにしていた。
「なかなか解放してもらえなくて。いや、話を聞こうとしたのはボクなんで、文句を言う筋合いはないですけど」
「それはご愁傷様。でもその様子だと納得するだけは話せたみたいね、私はどんな内容か知らないけれど」
「そう……、ですね。良い話を聞けたと思います」
「なら良かった。さ、早く降りて食事にしましょ」
クラウディアさんと深酒をし雑談に興じつつも、ボクがゲンゾーさんらと真剣な話をしていたのは気付いたらしい。
サクラさんは穏やかな笑みを浮かべ、ボクの頭を子供にするように撫でると、伸びをしながら廊下を歩いていった。
子供扱いが少しばかり不満ではあるけど、気に掛けてくれていたことがちょっとばかり嬉しく、自然と頬が緩んでしまう。
サクラさんについて朝食を摂りに階下へ降りる。
ただクラウディアさんに朝の挨拶をしようとしたところで、なにやら宿の食堂から口論めいた声が響くのに気付く。
いったいどうしたのかと、柱の陰からコッソリと中を覗き込む。
するとそこに居たのは、昨夜酔い潰れここで寝てしまったであろうゲンゾーさん。
そしてさらに2人。黒髪をした見知らぬ男たちがそこには居た。
椅子に座り腕を組むゲンゾーさんの表情は険しく、この2日ほど見てきた様子とは大きく違う。
対して正面に立つ2人は声を上げてはいるが、怒声というよりは必死に彼を説得するかのようだった。
「ならん。お前たちはサッサと王都へ帰れ、召喚士を置いて勝手に押し掛けおってからに!」
「お願いします先生! 雑用でも何でも申し付けて下さい。俺たち先生のお傍で強くなりたいんです!」
男2人は腰が直角に曲がる程に深く頭を下げる。
黒の髪色からして、彼らも異世界から来た勇者であるのはほぼ間違いない。
何を必死に訴えているのかは、……まぁさきほどの話で大方予想が付く。
ゲンゾーさんを先生と呼んでいるあたり、彼を師事しようというのだろう。
だがおそらく弟子入りを断られ、その結果として相棒の召喚士を置いたまま王都を飛び出し、カルテリオまで来てしまったのだ。
「彼ら、まだ諦めてないのですね」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはクレメンテさんが立っていた。
彼はこれまで通り綺麗な身なりこそしているものの、まだ若干眠そうな目をしているため、今しがた起きたばかりのようだった。
「頻繁にあるんですか? こういう事」
「年に何人かは、といったところですね。ゲンゾーが戦うのを目の当たりにして、ああやって弟子入りを志願する者は多いんです」
また面倒なと言わんばかりに、困った様子を見せるクレメンテさん。
どうも高い戦闘能力を持つというのは、ある意味では悩みの種を呼び寄せてしまうようだ。
ここ2日ほど見ただけに過ぎないけれど、ゲンゾーさんは弟子を取るといった行為を好むようには見えない。
実際何度となく追い縋る勇者たちへと怒声を発し、早々に追い返そうとしている。
年に何人かいるという弟子入り志願者も、毎度ああやって跳ね除けているのかもしれない。
「ただ大概は何度か断る内に諦めてくれるんですが、今回の彼らはなかなかに粘りますね」
それでも今度ばかりは難敵なのか、上手く追い払えずにいるようだ。
2人の内もっぱら口を開いている片割れは、中肉中背で黒髪以外にはこれといった外見的特徴に乏しい男。
目が隠れる程に伸ばしている前髪が、少々鬱陶しそうではある。
もう一人はゲンゾーさん程ではないけど、筋骨隆々のガッチリとした体格の男で、さきほどからあまり口も開かず、もう一人の男が頭を下げるのに倣うばかりだ。
あまり熱心に頼み込んでいるようには見えないものの、彼もまた心酔し弟子入りを願って追いかけて来たのだと、クレメンテさんは呟く。
「召喚士を置いて来てしまったのはいただけませんが、彼らなりに真剣なのでしょう」
「ゲンゾーさんは今まで、お弟子さんを取ったことがあるのかしら?」
「無いですね。見ての通り大雑把な性格をしているので、人の指導などにはとても向いていません。何故か王都で勇者の監督役など任されてはいますが」
サクラさんのした疑問に、クレメンテさんはすぐさま言い切る。
実際のところ、勇者が誰かに弟子入りするという話は聞いたことがない。
ボクの常識内に在る勇者というのは、召喚士と常にペアで行動し、各々技量を磨き強くなっていくという認識。
別に誰かに師事して習うというのが、悪いとは思わないのだが。
「ああ、もう。このままじゃいつまで経っても終わらない」
そんな食堂内の光景に焦れたのか、サクラさんは物陰からでて進んでいく。
きっとこのままでは延々押し問答が続くばかりで、朝食にありつけないと考えたためだ。
「おおサクラちゃん、おはよう」
そんな彼女が食堂へ入るなり、ゲンゾーさんは今までしていた険しい表情を綻ばせ、一転して嬉しそうな笑顔を溢す。
いつの間にやらちゃん付けで呼んでいるのだが、女性を前にして嬉しそうにするあたり、そこら辺のおじさん達と変わらないように思えてしまう。
「ちゃん付けは勘弁してください。で、そろそろ食事にしても構いませんか? ゲンゾーさんの剣幕にクラウディアが困っていますし」
「おっと、そいつは悪い事をした。だがお前さんが来てくれて助かったぞ、そこで隠れて見てる小僧らとは大違いだな」
大きく笑うゲンゾーさんは、手にした楊枝でビシッとこちらを指す。
最初からバレていたのか、それともサクラさんがかけた声によって気付いたのか。なんとなく前者であるようには思える。
ボクとクレメンテさんは見合わせ、苦笑しながら肩を竦めて大人しく食堂へと入る。
視界の端には、カウンターの向こうへ立っているクラウディアさんが、ホッとした様子で朝食の準備を進めていた。
なるほど、こんな空気の中では食事を出すのも憚られる。
クレメンテさんはそのままあちらへ向かうが、ボクとサクラさんは別の卓へ。
そこで腰かけ一息つくと、サクラさんはそっと身を乗り出し耳打ちをしてきた。
「やたら強いってのも考え物ね。たぶん休暇でここに来てるんでしょうに」
「同感です。でもいずれ同じ立場になるかもしれませんよ?」
「そう信じてくれるのは光栄だけどね。でも面倒臭いからパス」
確かにもしボクがその立場で、行く先々へと押し掛けられたならば気の休まる暇がない。
なので勘弁して欲しいと言わんばかりなサクラさんの態度は、同意以外にしようがないものだった。
それでもボクは、彼女に強い勇者であってもらいたいのだけれど。
ボクらがようやく得られた朝食を摂る間、ゲンゾーさんとクレメンテさんは押し掛けた勇者の相手を続けていた。
勇者2人が運ばれてきた料理を前にしてもなお食い下がろうとした時には、流石にクレメンテさんから釘を刺されたようで、その間だけは大人しくしていたが。
ただ食事が終われば再開、時折ゲンゾーさんの怒鳴り声が響き、頭を下げ大声で弟子入りを願う勇者の声が届く。
食後に出された香茶を飲み終えたボクらは、この場から退散しようと出口へ向かうも、クラウディアさんによって制止される。
「ちょい待った」
「なによ、私たちじゃアレは鎮められないわよ」
「違うって。実は今日なんだけど、魔物を狩るのは止めておいた方がいいと思ってさ」
いったいどうしたのかと思えば、クラウディアさんが告げたのは、今日一日狩りを行うのは勘弁してもらいたいというもの。
より正確には、魔物の素材を持ち込まれても困るという内容だ。
というのも、昨日ゲンゾーさんが大量に魔物を狩ったことで、素材の引き取り予算が底をついてしまったらしい。
なので今日は素材を持ち込んでも買い取りが出来ないそうで、かといって保管しようにも初夏の気候、腐敗でもすれば目も当てられない。
纏めて一括でという手段もあるけれど、そうなるとまた同じ状況になりかねないという事であった。
この町で必要とする素材の量などたかが知れている、現金化するのも一苦労なようだ。
「仕方ないわね……。クルス君も睡眠不足みたいだし、今日のところは大人しく休むとしましょうか」
「悪いわね。多めの予算を預けてくれるよう、協会本部に掛け合ってるからさ。来月には解消すると思うけど」
ボクの体調を気に掛けてくれたのか、サクラさんは軽く手を振って休息を宣言する。
そういえばここ最近は、肉の入手などを目的に遠出が続いた。ちょっとくらい休んでも罰は当たらないはず。
ただ少し気になるのは、クラウディアさんの言い様だと、ボクとサクラさんがこの町に腰を落ち着けるような空気になっていること。
まだそうと決まった訳ではないので、あまり過度な期待を持たせるのはどうかとは思う。
……もっともそれはそれで悪くないので、成るようにしかならないか。
さて、突然に得た休息日。昼寝以外はいったいどう過ごしたものか。
などと考え始めた矢先、ここまで延々と問答を続けていたゲンゾーさんの声が、突如として食堂内に大きく響いた。
「いいだろう、そこまで言うなら弟子にしてやらんでもない」
「ほ……、本当ですか!?」
なんと意外なことに、ゲンゾーさんは2人の押し掛け弟子を認めるという。
しかし彼はニヤリと口元を歪めると、持つ楊枝を今度はサクラさんへ向け言い放つ。
「ただし条件がある。そこに居る勇者サクラと勝負し、勝ったら弟子入りを認めてやろう」
「ちょっと!」
唐突に名前を出されたサクラさんは、その言葉へ咄嗟に待ったをかける。
当人の了承も無しに、何ともわからぬ勝負を行うと勝手に決められたのだ、不満を声に出すのも当然。
ただそのような声に耳を貸す気はないのか、ゲンゾーさんはなおも条件を提示し続ける。
「勝負は魔物の討伐数で決める。日の出から日没まで、より多くを狩った方が勝者だ」
「なに勝手に決めてるんですか!」
「お前ら2人がかりでこの娘に勝てんようでは、到底弟子入りなんぞ認められん!」
「だから勝手に話を……、って2人同時!?」
悲鳴のようにされる抗議も虚しく、次々と話は進められていく。
聞く勇者2人組は真剣そのもので、サクラさんを余所にやる気は十分のようだ。
そのためこれ以上言っても無駄だと悟ったのだろう、抗議の声を治めたサクラさんは、肩を落として深いため息をつく。
「という訳だから、頼んだぞサクラちゃん」
「そういうのは事前に本人の了承を得てからして下さい……」
多少グッタリとした様で、手近にあった椅子に腰かけるサクラさん。
もうどうにでもなれと言わんばかりに、投げ遣りな態度で返す。
勇者2人組を横目で見てみると、彼らは敵意のこもった視線をサクラさんへ向けている。
直接ではないとはいえ戦う相手であるためか、それとも自らが師と仰ぐ相手への態度に、不満を表しているからか。
中肉中背の男だけではなく、もう一人の男までも今まで見せなかった鋭い視線をしていた。
おそらくは気付いているであろうその視線を受け流すサクラさんは、腰を上げゲンゾーさんへ向き直る。
「どちらにせよ今日はダメですよ、採取した素材の換金ができないって、クラウディアが言ってましたから。せめて明日以降にしてください」
「すまねえなサクラちゃん。まあお前さんの実力ならそう苦戦するこたねえだろう、適当に揉んでやってくれや」
ゲンゾーさんが軽く言い放つその言葉に、勇者たちは向ける視線の鋭さを強めていく。
実力とは言うものの、彼の前でサクラさんは戦った事がないはずなのだが。
それに何も、わざわざ煽るような発言をせずともよいだろうにとは思う。
ニヤニヤとしながら言うゲンゾーさんを見ると、自重は期待できそうもない。半ば面白がっているのがありありとしている。
「この女に勝てば、お傍に置いてもらえるんですね」
「応よ。男に二言はねえぜ」
それだけ聞くと、2人はゲンゾーへと一礼して食堂から去って行く。
対して無理やり巻き込まれたサクラさんへは何も無し。
少々無礼にも思えるのだが、彼等からしてみれば自身を差し置いてゲンゾーさんから高い評価をされている、得体の知れぬ勇者というのが面白くないらしい。
この町に来てから早2ヶ月、ここでの生活にも慣れ穏やかに過ごせていると思っていた。
だがここにきて現れたゲンゾーさんによって、新たな騒動が巻き起こされたように思えてならなかった。