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潰れ花 01


 弾む息をなんとな抑えながら、明かりも差し込まぬ狭い道を手探りで進んでいく。


 突如として攫われてしまったアヴィを追い、ボクは見つけた地下へ向かうもう一つの通路へと飛び込んだ。

 ただうっかりランプを用意してくるのを忘れてしまったため、真っ暗で視界はほぼ皆無。

 これが勇者であれば、光源とすら言えない僅かな明るさの中でも、なんとか歩くことが可能なのだとは思う。

 けれど勇者としての血を半分しか引かぬ身では、ボクにそこまでの能力を期待はできない。



「早く、早く行かないとアヴィが……」



 ボクは手が傷だらけになるのも厭わず、拳を振り回すようにして探り歩を進める。

 痛みは当然ある。けれどそれを構っていては、攫われたアヴィがどうなるとも知れたものじゃない。


 ここまで数十人以上もの奴隷たちが、再開発区画で行方不明となっている。

 その原因がさっきアヴィを攫った存在、"黒の聖杯"によるものであるというのは明らかだ。

 この国に来た最大の目的であるヤツは、ボクとサクラさんはこれまで幾度となく対峙してきた。なのである意味で、専門家のようなモノと言えるかもしれない。


 けれど目下心配なのは、これまで攫われた奴隷たちが、今まで一人として発見されていないという点。

 具体的にどんな目に遭っているかはわからずとも、普通に考えれば生きているという希望は抱きづらい。

 黒の聖杯が食料を与えるとは思えないし、体力面の問題だって。

 そもそも攫われたばかりであるからと言って、無事であるという根拠もなかった。



「せめてサクラさんと合流できれば――」



 切実に願うのは、やはりこれだろうか。

 非常に情けない話ではあるが、サクラさんが居ない状況で、ただ一人攫われたアヴィを追うというのが怖くて仕方ない。

 黒の聖杯にも能力に個体差があるけれど、どれだけ下であっても普段のボクでは叶うはずがない存在だ。

 そのせいもあって痛む拳以上に、脚の震えを感じられてならない。


 故についついサクラさんが居ればと声を漏らしてしまう。

 けれどそう口にし終えたところで、進行方向のずっと先から、悲鳴らしき声が聞こえてきた。


 聞いたことのない、女性的な甲高い声。だが間違いなく、あれはアヴィのものだ。

 彼女の懇願にも似た悲鳴を聞くなり、ボクは無意識に駆け出す。脚の震えも忘れ、ただひたすらに。


 そうして走り、壁面に打ち付けられた全身が打撲だらけとなったところで、ボクは唐突に壁よりも柔らかな何かへとぶつかった。



「ちょ、クルス君。どうしてここに」


「……え、サクラさん?」



 てっきりいつの間にか追いつき、黒の聖杯にでもぶつかったのかと思い身構える。

 けれどすぐさま頭上から降ってきたのは、聞き馴染んだ少しだけ低めな声。

 どうやら壁よりも多少柔らかいと感じたのは、彼女の胸板であったらしい。



「なんだか妙に失礼な想像をされた気がするけどまあいいわ。クルス君がここに居るってことは、さっきの悲鳴はもしかして」


「は、はい。アヴィが攫われました、黒の聖杯によって」


「やっぱり。つまり見事当たりを引いたって訳ね」



 ボクの姿を見て、サクラさんはすぐさま状況を察知。報復的にボクの頭へコツリと拳を置くと、すぐに手を取って進み始めた。

 今すぐに引き返せとは言わない。きっと下手に別行動を取るよりも、こちらの方が安全だと考えたために。


 そんな彼女に手を引かれ、ボクは真っ暗なそこを進んでいく。

 ボクとは違ってある程度道が見えているようで、躊躇もしなければ体勢を崩しもせず進むサクラさんは、ほどなくして探す対象を発見したようだった。



「ここは……。倉庫でしょうか」



 サクラさんが立ち止まった場所で、ボクもまた小さく呟く。

 そこはさっきまでの真っ暗な通路と違い、老朽化によってか天井が崩落し、僅かだけれど空からの光が入り込んでいる。

 その差し込んだ明りを頼りに周囲を窺って見ると、広い空間には大量の古びた壷や、割れた(かめ)が散乱していた。



「倉庫、というよりは墓場ね」


「墓場? もしかして、これに骨が?」



 ただサクラさんは、この場が倉庫であるという考えを一蹴する。


 ここが元々アバスカル国軍の有する施設である以上、そういった可能性は存在する。

 なんらかの理由によって死した兵士の遺体が、家族に引き取られずこうして埋葬されたという可能性だ。

 この国がどういった方法で死者を弔うかは知らないけれど、案外こういった方法もあるのかも。


 けれどサクラさんは、ひび割れた壷の中身を覗き込むボクの言葉に、またしても小さく首を横へ振る。

 ではいったいどのような意味なのかと思いきや、彼女はとんでもないことを口走るのだった。



「人の墓じゃない。これは黒の聖杯の墓よ」


「黒の……、って、まさか!?」


「形状は知っているそれとは異なるけれど、たぶんそうだと思う」



 サクラさんはそう告げると、転がっていた小振りな甕を一つ拾い上げた。

 そして軽く手で表面の埃を払うと、現れたのは見慣れた重い鉛色をした表面。黒い粘液状の物質こそ出していないが、この感じは確かに黒の聖杯と呼ばれるそれだ。



「さ、サクラさん! 早くそれを放して……」


「大丈夫よ。言ったでしょ、墓場だって。既に死んでいる、というよりも機能停止しているといったところね」



 動揺しサクラさんにすぐ手から放すよう口にするも、彼女に動じた様子はない。

 むしろ矯めつ眇めつしてから、掴んだそいつを適当に背後へ放っていた。

 放られた先には、同じような壷が無数に。まさかこれが全て、サクラさんが言うところの機能が止まった黒の聖杯だということか。


 よもやこんな場所に、それこそ数えるのが面倒になるほど大量に。

 ただこれによって、アバスカルが黒の聖杯出現に深く関わっていたという確証を得た。

 これらを持ち帰るのは難しいと思うが、せめて少しでもと割れた欠片を拾うと、ポケットに入れながらサクラさんへ問う。



「でもサクラさん、どうしてわかったんです?」


「さあ? あえて言えば直感かな。こいつからは危険な印象を受けない、けれどなんとなくわかる」



 よく一目見てこれが黒の聖杯であると、そして既に活動を止めていると気付いたものだ。

 何故そんなことに気付いたのかと問うてみれば、サクラさんは軽く肩をすくめて、自身の直感であると言い放つ。


 なんとも適当な根拠だと思いはするも、ある意味で非常に説得力がある。

 なにせ勇者である彼女自身、黒の聖杯と同じく異界から来たのだ。ある意味においては近しい存在であるため、そういった感覚が備わっていてもおかしくはなかった。



「ところでアヴィは。ここには居ないようですけれど」


「この奥かな。向こうの扉が開いている、行きましょ」



 ともあれ今は、動かなくなった物にかまけている暇は無い。

 まだ活動を続けているヤツに攫われた、アヴィを見つけることこそ先決。


 サクラさんは広い空間の隅へポツンと存在する、小さな扉へと向かう。

 欠片を数個回収し終えたボクも、急ぎ彼女の側へ駆け寄って、開かれる扉の奥を凝視する。

 どうやら扉の向こうもまたここと同じく天井が崩落し、曇天ながらも淡い光によって照らされているらしい。

 その僅かな光によって映し出された光景に、ボクは声を出すことすら忘れ息を呑んだ。


 小さな扉の向こうに在ったのは、さっきよりもずっと大きな部屋。

 ただその中央には何十人もの人が横たわっており、一様に意識が無いのか身動き一つしていなかった。



「サクラさん、これって……」



 ボクは目の前に広がる光景を前に、しばしの間を置いてようやく声を発する。


 横たわっているのは、おそらく行方不明となっている奴隷たち。

 その数なんと100に迫ろうかという人数で、並べられたかのような彼ら彼女らの姿に圧倒される。

 けれどそれ以上に目を引くのは、横たわる人々の周囲へ、彼らを監視するかのようにズラリと並べられた無数の壺や甕。

 しかもただの器ではない。これは一目見ただけでわかる、さっきと同じく黒の聖杯と呼ばれる物体であると。


 ボクは緊張に背を震わせながら、横たわる奴隷たちへ向け歩を進めようとする。

 けれど突然サクラさんに腕を掴んで阻まれると、囁くように彼女から忠告を受けた。



「慎重に動きなさい。静かに、出来るだけ音を立てないで」



 サクラさんの視線は、奴隷たちではなく周囲に置かれた物体へ注がれている。

 安置されていると形容できそうなそれらを見る視線は鋭く、彼女自身の声にも強い緊張が滲んでいた。


 彼女の様子から、すぐさま言わんとしていることを察する。

 つまりここにある黒の聖杯、さっきの部屋にあった物とは異なり、いまだ"生きている"状態にあるということか。下手をするとその全てが。


 奴隷たちと同じくらい、いやもっと多いであろう数。

 100を優に超えるこれらが全て、稼働している黒の聖杯であるとすれば……。

 ボクはその想像に汗すら乾かすほどゾッとしながら、なんとか意を決して奴隷たちのもとへ。

 サクラさんと一緒になって、可能な限り慎重に音を立てぬよう、奴隷たちの様子を窺う。



「そっちは?」


「ダメです。今のところ全員が」



 奴隷たちの状態を一人ずつ確認していく中、サクラさんが近づきコソリと問う。

 ボクは彼女に対し小さく首を横へ振ると、今の時点で診てきた奴隷たち、その全員が既に息を引き取っていると告げた。


 奴隷たちの多くは、静かに瞼を閉じまるで苦しんだ様子もない穏やかな表情。けれど見たところ死因は衰弱死。

 ここへ黒の聖杯に攫われてから眠らされ、そのまま脱水や栄養失調、体力の低下で命を落としたに違いない。

 アヴィを除き最後の行方不明者が出てから、既に何日も経過しているのだ。ある意味でそれは当然だった。


 いったいどうしてこんな事をと思うも、きっと想像を巡らせてもわかりはしないのだろう。

 今しなくてはならないのは、まずアヴィを見つけること。そして望み薄ではあるけれど、生き残っている奴隷が居れば助け出さなくては。

 と思っていた矢先、ちょうど振り向いた方向に、僅かに動く影が目に映る。



「居ました。まだちゃんと生きているみたいです」



 そこに居たのは、もぞもぞと身体を捩じり険しい表情を浮かべるアヴィ。

 意識はないようだけれど、少なくともしっかりと生きていてくれたことに安堵し、ボクはゆっくりと彼女の下へ。


 しかしアヴィが動いた音が原因なのか、それとも気を抜いたボクの声が若干大きかったせいか。

 アヴィの向こうに置かれた黒の聖杯の内一つが、カタリと揺れたのに気付くのであった。


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